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平成十七年一月三十日
平成十七年度 第一回『福田恆存を讀む会』
発表者:吉野櫻雲
恆存評論のあるものについては、以下「表」のやうな分類で比較し捉へると理解し易い
のではと思ひ、此処にて展開してみます。(表中○×は分類内での伸張の適否を示す。 なほ構図的比較は別図参照)
尚、前々回『職業としての作家』の「職業:権力欲」、そして前回『人間不在の防衛論
議』の「問題は、すべてはフィクションであり云々」の、今一つ不明確な点等も、その視点 で明確化が可能ではなからうかと。
即ち、それらは福田恆存の本質に繋がりうると思しき点(「近代自我:個人主義の限
界」とそれを超えるべき「完成せる統一体としての人格」論)に、集約されていく問題点と 考へられるのであります。
更に、今回主要項目の《解かりにくい点》:「日本は物質面における近代化は行はれた
が、物質面に対しての、精神の面での『精神の政治学』としての近代化は行はれてゐな い」も、矢張りそこ(同一の視点)に辿り着いて行くのではなからうか。結局は「近代自 我:個人主義の限界」と、超近代として「完成せる統一体としての人格」論への問題に と・・・。
その様に思へるが故に、以下「表及び図」で構図的に比較すると、難解テーマの輪郭
が浮かび上がるのではなからうかと構成を試みました。
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一.《此處が解りにくい:職業権力欲の成長。個人的自我の平静と純粋。と
は・・・》
二.《此處が解りにくい:国家愛(愛国心)と防衛とは》
三.《此處が解りにくい:
『精神の政治学』としての近代化は行はれてゐないとは》
(以下をクリックしてご覧下さい)
『福田恆存を読む会』(仮)テキスト(上記「レジュメ」の補助として)
發表者:吉野
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