〔当HP:目次〕

令和三年十一月六日~~

吉野櫻雲

小林秀雄著『本居宣長』(昭和五十一年連載終了:七十四歳)

《各主題及び各項の「關係論」的纏め

〔四十九章主題〕norinaga49.pdf へのリンク

[古傳説を創り,育て,信じて來た,古人の心ばへを熟知しなければ,わが國の歴史を解く事は出來ぬ.神々が,傳統的心ばへのうちには,現に生きてゐる](宣長思想),[其國のたましひが,國の臭氣也]とする,秋成の考へとは,全く逆であつた》

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

P454關係論#言葉で作られた物(太陽//)⇒からの關係:①#性質情状(あるかたち/#あるがままの形)との出會ひ,⇒[②#神々の如く振舞ふ人々の行爲③#生活④#生き甲斐],②として語る事(F⇒Eの至大化:古言のふり),の意味目的がしつかりと掴まれ,④として決定的に實感された(言の世界)⇒⑤#上古人の真心。

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P456關係論#言靈(ことだま)⇒からの關係:(前項⇒)[その(計り知りえぬ威力の) #性質情状(#あるかたち/あるがままのかたち)]を見究めようとした㉔の努力(とは:#神 への #古言 による #古意/#體言命名),㉒は注目してゐたのである.これは,⑨の働き(言靈⇒#轉義⇒#合體)を待たなければ出來ない事であつた㉒宣長㉔大人達.

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#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

P456關係論#言靈⑩#空や山や海彼方⑫#神々⑬#驚くべき心からの關係:(前項⇒).そして,⑨の働きも亦,⑩,遙か見知らぬから,㉕の許にやつて來たと考へる他はないのであつた.⑫,㉕を信じ,その,㉕に通はせ,君達の,#信ずる所を語れ,といふ様子をみせたであらう㉕彼等.

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P456關係論#自然⑫#神々⑭#自然全體からの關係:(前項⇒)[君達の信ずる所を語れ]といふの聲が,㉕に聞えて來たといふ事は,言つてみれば,⑭の内に,㉓は居るのだし,㉓全體の中に②が在る,これほど確かな事はないと感じて生きて行く,その味ひ だつたであらう#自分等㉕#彼等.

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#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P457關係論#古傳説②#古人の心ばへ③#わが國の歴史④#神々⑤#傳統的心ばへ⇒からの關係:(前項⇒)[①を創り,育て,信じて來た②〔とは:神への古言(いにしへごと)による古意(いにしへごころ)=體言命名〕 #熟知しなければ,③を #解く事は出來ぬ, ④が,⑤のうちには,現に #生きてゐる 事は,⑮の見るところである],[其國のたましひが,國の臭氣也]とする⑯の考へとは,#全く逆であつた⇒⑭#宣長⑮衆目⑯#秋成

小林秀雄 著 #本居宣長 四十二章

P394關係論①上代人②意(こころ)③我國の歴史④神代⑤わが國史⇒からの關係:[誰もが眞實と信ずる,神の物語が生れて來て,それが傳へられて來た,①の②(心的事實?)を知らなければならない],⑥は,聊かも崩さなかつた. それ故に,③が,④といふ怪しげな時代から始つてゐる事を,どう解したらよいかといふ、古へから,⑦を惱ませて來た問題が,⑥にはおこらなかつた。⑥は極めて率直に,③が④から始つてゐる事に,⑤の紛れもない特色があると考へた⇒⑥宣長⑦世の識者(ものしりびと)等。

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P457關係論#古傳説⑥#今⑦#人々の表情#國語 の力⑨#運命⇒からの關係:⑥もなほ①の流れに浸つた⑦,#故意に眼を閉じなければ,⑰にも #見えてゐる.それ〔とは:①の流れに浸つた⑦〕は,⑱が⑧に捕らへられてゐるのと同じやうに,⑱の⑨と呼ぶべきものである.と⑭は言ふ⇒⑭#宣長⑰#誰⑱#私達.

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P457關係論#運命⑩#姿⑪#意味⑫#眞⑬#天⇒からの關係:(前項⇒).⑰のものでもない自分の⑨の #特殊性の完璧な⑩,それ〔とは:特殊性の完璧な⑩〕自身で充實した⑪を見極めて,是を⑫として #信ずる事は,⑲の⑨は⑬與のものといふ考へに向ひ,#是を支へてゐなければ,不可能ではないか.と⑭⇒⑭#宣長⑰誰⑲#

 

〔以下は四十九章纏め〕

 

〔宣長と秋成との論爭:再取り上げ〕

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

P448關係論#論爭②己③#古學④己の物⑤#古學の眼⇒からの關係:[⑥⑦の①]での⑥の發言とは,⑥が #確信する に到つた③の獨特の性質につき,⑥が④としたと信じた,その所謂⑤についての發言なのだ.それは,やや解り難いが,#意味深長 なものに思われた⇒⑥#宣長⑦#秋成。

 

(以下文の主旨抜粋)

P448關係論論爭(物:場 C‘)②己(物:場 C‘)③古學(物:場 C‘)④己の物(物:場 C‘)⑤『古學の眼』(物:場 C‘)⇒からの關係:二人(⑥と⑦)は、それぞれ、①といふ切つ掛けがなかつたなら、決して語らなかつたやうな語り方で、②を語つて見せた。ここで言ふ⑥の發言(D1)とは、彼が確信する(D1の至大化)に到つた③(古道=古代精神:研究)の獨特の性質につき、彼(⑥△枠)が④としたと信じた、その所謂⑤についての發言(D1の至大化)なのだ。それは①の締め括り(D1の至大化)と言つていいやうな、やや解り難い(D1の至小化)が、意味深長(D1の至大化)なものに思われた⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑥宣長⑦秋成(△枠):①への適應正常。

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P449關係論①秋成の論難②論爭③世④常見⑤古學の眼⇒からの關係:①に對するの應答は,はつきりしたものであつた.[實を言へば,②といふものが,そもそも不可能なのだ.何故かと言ふと,①,③に基いてゐるが,自分がを得たのは,そのを捨て去る決心に基くからだ]⇒⑦宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P449關係論#秋成との論爭④#常見⑤#古學の眼今日⑦#知性⑧#古學の本質からの關係:(前項⇒),①,⑨といふ言葉で,言ひたかつたところは,簡單に言つて了へば,⑥ #學者達のやうに,⑦だけを頼んでゐては,決してには到達する事は出來ないといふ確信なのである⇒⑨#宣長

~~~~~~~~~~(とは以下枠文參照)~~~~~~~~~~~~~~~

(!倒置型&F挿入&MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論⑧文字なき世⑨學問の道⇒からの關係:(前項⇒).以下の事を熟考するのが,⑫には,[⑧は,⑧の心(古意)]なる所以を知る事に他ならなかつた.[#感覺感情]⇒その以下とは,身に附けた⑩(神への古言の古意)から逸脱しては,⑪には傳説を語る術はなかつた⇒⑪古人達⑫宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論 #文字なき世⑨#学問の道⇒からの關係:(前項⇒).そこで,⑫が取り上げた⑨は,當時の順路(#分析的知識)を外れた.むしろ,(とは:[#転覆/#逆転].即ち、#見えたるまま)に行く事になつた⇒⑩#上古の人々⑪#古人達⑫#宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章

○P432關係論#本文⇒からの關係:(前項⇒)⑥にとつて,①の #註釋 とは,①をよく知る爲の準備としての #分析的知識(#真淵 的方法)ではなかつた.そのやうなものでは決してなかつた.先づ①がそつくり信じられてゐないところに,どんな註釋も不可能な筈であると(次項へ続く)⇒⑥#宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章

○P432關係論#本文②#神代の傳説⇒からの關係:(前項⇒).①のない所に註釋はないといふ,極めて單純な,普通の⑦の眼にはとまらぬ程 #單純な事實が持つ奥行 とでも呼ぶべきものに,たださういふものだけに,⑥の關心は集中されてゐた.②に見えたるがままを信ずる,⇒⑥宣長⑦#註釋家。

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P392[#古学の眼とは,疑ひを知らぬ(D1の至大化)素直な感情(物:場 C‘)]

古學の眼で『向う側』(事の世界)を見極めた結果、『古傳説(古事記)の正實(まこと:)とは、上古人の眞(まこと:心的事實?)を示す也』

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十一章

P381關係論#古学②古學の眼③古傳④姿(#上古精神)⇒からの關係:[②を以て見る]とは,眼に映じて來るがまま③の④を信ずるといふ事.その④を見ず,④から離れた内容を判じ,それが理解出來なければ信じないとか,理解の行く程度だけ信ずるは②の働きからすれば意味をなさない⇒宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十一章

P382關係論#古伝③本文④#古学⑤#宣長の古學⇒からの關係:⑦にとつて,(#上古精神 探究)の大事は,②についての,疑ひを知らぬ,素直な感情にある(P384契沖の大明眼[ただ仰(あふぎ)てこれを信ずべし]に開眼).ひたすらさう解さなければ,⑤を正解する道はない.これは,⑧には到底許せぬ事だつた⇒⑦#宣長⑧#秋成。

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十一章

P383關係論#古伝⑤#姿⑥#古学(#上古精神 探究)⇒からの關係:[⑥の眼を以て見れば然思はるる]とは,その事についての、疑ひを知らぬ,#素直な感情 であり,優先するのは,③の[]或は⑤を,#心眼に描き出す想像の力.その働きさへしつかりしてみれば,推論は,自づからこれに追隨する⇒#宣長 の #学問。

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十一章

P383關係論#古伝②#古学⇒からの關係:③にいはせれば,(#上古の#精神)との親身な交際を求める④は,[#常見 の人]たる事を止めなければならない.[#古道(古代の精神)を明らかにする學問]の大事は,方法(#:#知的理解)よりむしろ #決斷(#信ずる)にある,⇒③#宣長④#古学者。

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十一章

P384關係論①學問②#古書③#契沖の大明眼④古傳⇒からの關係:⑤曰く[自分の①は古今獨歩たる③によつて目が醒めた所に始つた].⑥の④の考へは[和漢ともに圖り難き事多し,殊に本朝は神國にて人の代となりても國史に記する所神異数へ難し.ただ仰(あふぎ)てこれを信ずべし]⇒⑤宣長⑥契沖。※契沖[ただ仰(あふぎ)てこれを信ずべし]の、宣長『古學(上古精神探究)の眼とは、疑ひを知らぬ素直な感情』への繼承

 

(以下文の主旨抜粋)

P449關係論秋成の論難(物:場 C‘)②論爭(物:場 C‘)③世(場 C‘)④『常見』(物:場 C‘)⑤『古學の眼』(物:場 C‘)⑥今日(場 C‘)⑦知性(物:場 C‘)⑧古學(古道=古代精神:研究)の本質(物:場 C‘)⇒からの關係:①(省略:P448參照)に對するの應答(D1)は、まことにはつきりしたもの(D1の至大化)であつた。(宣長曰く)實を言へば、②といふものが、そもそも不可能(D1の至小化)なのである。何故かと言ふと、上田氏の一切の論難(①)は、③の④に基いてゐるが、自分(⑦△枠)が⑤を得た(D1の至大化)のは、その④を捨て去る決心(D1の至大化)に基くからだ、といふのだ。⑦は、『④の人』(物:場 C‘)とか、『漢意(からごころ)の④』(物:場 C‘)とかいふ言ひ方をしてゐるが、ここで、彼が④といふ言葉で、言ひたかつた(D1の至大化)ところは、簡單に言つて了へば、⑥の學者達(△枠)のやうに、⑦だけを頼んでゐて(D1の至小化)は、決して⑧には到達する事は出來ない(D1の至小化)、といふ確信(D1の至大化)なのである。(とは以下枠文參照)それが、⑤を『信ぜん(D1の至大化)人は信ぜよ、信ぜざらん(D1の至小化)人の信ぜざるは又何事かあらん』といふ烈しい語氣となつて現れ、相手(①)の主張との間には、妥協の餘地は全くない(D1の至小化)といふ考への表明となつた⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑦宣長(△枠)。

(!倒置型&F挿入&MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論⑧文字なき世⑨學問の道⇒からの關係:(前項⇒).以下の事を熟考するのが,⑫には,[⑧は,⑧の心(古意)]なる所以を知る事に他ならなかつた.[#感覺感情]⇒その以下とは,身に附けた⑩(神への古言の古意)から逸脱しては,⑪には傳説を語る術はなかつた⇒⑪古人達⑫宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論 #文字なき世⑨#学問の道⇒からの關係:(前項⇒).そこで,⑫が取り上げた⑨は,當時の順路(#分析的知識)を外れた.むしろ,(とは:[#転覆/#逆転].即ち、#見えたるまま)に行く事になつた⇒⑩#上古の人々⑪#古人達⑫#宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章

○P432關係論#本文⇒からの關係:(前項⇒)⑥にとつて,①の #註釋 とは,①をよく知る爲の準備としての #分析的知識(#真淵 的方法)ではなかつた.そのやうなものでは決してなかつた.先づ①がそつくり信じられてゐないところに,どんな註釋も不可能な筈であると(次項へ続く)⇒⑥#宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章

○P432關係論#本文②#神代の傳説⇒からの關係:(前項⇒).①のない所に註釋はないといふ,極めて單純な,普通の⑦の眼にはとまらぬ程 #單純な事實が持つ奥行 とでも呼ぶべきものに,たださういふものだけに,⑥の關心は集中されてゐた.②に見えたるがままを信ずる,⇒⑥宣長⑦#註釋家。

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P392[#古学の眼とは,疑ひを知らぬ(D1の至大化)素直な感情(物:場 C‘)]

古學の眼で『向う側』(事の世界)を見極めた結果、『古傳説(古事記)の正實(まこと:)とは、上古人の眞(まこと:心的事實?)を示す也』

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十一章

P381關係論#古学②古學の眼③古傳④姿(#上古精神)⇒からの關係:[②を以て見る]とは,眼に映じて來るがまま③の④を信ずるといふ事.その④を見ず,④から離れた内容を判じ,それが理解出來なければ信じないとか,理解の行く程度だけ信ずるは②の働きからすれば意味をなさない⇒宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十一章

P382關係論#古伝③本文④#古学⑤#宣長の古學⇒からの關係:⑦にとつて,(#上古精神 探究)の大事は,②についての,疑ひを知らぬ,素直な感情にある(P384契沖の大明眼[ただ仰(あふぎ)てこれを信ずべし]に開眼).ひたすらさう解さなければ,⑤を正解する道はない.これは,⑧には到底許せぬ事だつた⇒⑦#宣長⑧#秋成。

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十一章

P383關係論#古伝⑤#姿⑥#古学(#上古精神 探究)⇒からの關係:[⑥の眼を以て見れば然思はるる]とは,その事についての、疑ひを知らぬ,#素直な感情 であり,優先するのは,③の[]或は⑤を,#心眼に描き出す想像の力.その働きさへしつかりしてみれば,推論は,自づからこれに追隨する⇒#宣長 の #学問。

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十一章

P383關係論#古伝②#古学⇒からの關係:③にいはせれば,(#上古の#精神)との親身な交際を求める④は,[#常見 の人]たる事を止めなければならない.[#古道(古代の精神)を明らかにする學問]の大事は,方法(#:#知的理解)よりむしろ #決斷(#信ずる)にある,⇒③#宣長④#古学者。

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十一章

P384關係論①學問②#古書③#契沖の大明眼④古傳⇒からの關係:⑤曰く[自分の①は古今獨歩たる③によつて目が醒めた所に始つた].⑥の④の考へは[和漢ともに圖り難き事多し,殊に本朝は神國にて人の代となりても國史に記する所神異数へ難し.ただ仰(あふぎ)てこれを信ずべし]⇒⑤宣長⑥契沖。※契沖[ただ仰(あふぎ)てこれを信ずべし]の、宣長『古學(上古精神探究)の眼とは、疑ひを知らぬ素直な感情』への繼承

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P449關係論①たとへ②秋成③問題④贋物⑤眞物⇒からの關係:(前項⇒).[論争]話でが提起してゐるを讀み過ごすまい.④に欺かれない事と,⑤を信ずる事とは,おのづから別事で,どちらがにとつて大事か.先づどちらの態度を,⑩として取るのが賢い事かとに問ふ⇒⑨宣長學者

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P449關係論②秋成⑥#疑問⑦#古學學問上の態度からの關係:(前項⇒).この見た所,簡單なの底が,非常に深い事が,⑨はよく知つてゐた.⑨にとつて,⑦の仕事とは,この〔とは:④に欺かれない(D1の至小化)事(消極的概念?)と、⑤を信ずる(D1の至大化)事(積極的概念?)、どちらが學者(△枠)にとつて大事(D1の至大化)か。先づどちらの態度(D1)を、學者(△枠)として取るのが賢い(D1の至大化)ことか〕に苦しみ,其處に,自分なりの #活路 を見付ける事〔とは:神代の物語に見えるがままの,あやしさの[かたち]に連れ戻される(F⇒Eの至大化)事〕だつたからだ(とは以下枠文參照).その經驗で,②など甚だ曖昧と⇒⑨宣長

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(以下文の主旨抜粋)

P449關係論たとへ(物:場 C‘)②秋成(物:場 C‘)③問題(物:場 C‘)④贋物(物:場 C‘)⑤眞物(物:場 C‘)⑥疑問(物:場 C‘)⑦古學(物:場 C‘)⑧學問上の態度(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。⑨は『今ひとつの①をまうけてこれ(②)をさとすべし(D1の至大化)』といふ事になった(①文省略:P449參照)。この①話で、⑨が提起(D1の至大化)してゐる③を讀み過ごすまい(D1の至大化)。④に欺かれない(D1の至小化)事(消極的概念?)と、⑤を信ずる(D1の至大化)事(積極的概念?)とは、おのづから別事(D1の至大化)であらうどちらが⑩にとつて大事(D1の至大化)か。先づどちらの態度(D1)を、⑩として取るのが賢い(D1の至大化)ことか。君はどう思ふ、と②に問ふ(D1の至大化)のであるこの見たところ簡單(D1の至小化)な⑥の底が、非常に深い(D1の至大化)事が、⑨はよく知つてゐた(D1の至大化)。彼(⑨△枠)にとつて、⑦(古道=古代精神:研究)の仕事とは、この⑥〔とは:④に欺かれない(D1の至小化)事(消極的概念?)と、⑤を信ずる(D1の至大化)事(積極的概念?)、どちらが學者(△枠)にとつて大事(D1の至大化)か。先づどちらの態度(D1)を、學者(△枠)として取るのが賢い(D1の至大化)ことか〕に苦しみ、其處(⑥)に、自分(⑨△枠)なりの活路(D1の至大化)を見付ける事〔とは:神代の物語に見えるがままの,あやしさの[かたち]に連れ戻される(F⇒Eの至大化)事〕だつたからだ(とは以下枠文參照)。更に言へば、さういふ經驗を積んだ(D1の至大化)彼(⑨△枠)の眼には、この點に關する②の⑧など、甚だ曖昧(D1の至小化)である事が、よく見えてゐた(D1の至大化)のであり、又、これ〔とは:②の學問上の態度(物:場 C‘)など、甚だ曖昧(D1の至小化)〕が、②に①話を持ち出す(D1の至大化)絲口ともなつたのであつた⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑨宣長⑩學者(△枠):①への適應正常

(MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論①問題②[あやし]なる神代の物語からの關係:③にとつて,②の挑戰的表情[とは:世の中の事何物かは,あやしからざる],虚心に眺めるにある.この態度轉換[とは:#理りあり(合理)=學問」選擇よりも「#あやし(不合理)#物語に見えるがまま」選擇]の困難性⇒③宣長

https://twitter.com/hodaka31903190/status/1785252230452613253

(F挿入:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論#問題②[#あやし]なる #神代 の物語からの關係:(前項から).#態度轉換 の #困難性 につき,⑧はその仕事ぶりから推して,長い間,思ひめぐらしてゐたやうに思はれる.#思ひめぐらし,又しては,②#見えるがままの,⇒[③#あやしさ]⇒③[#かたち]に連れ戻される⇒⑧宣長

〔追加「論究項目」アップロード濟み〕 

 

https://twitter.com/hodaka31903190/status/1787071867133857832

(上項の),#態度轉換 の #困難性 につき,⑧はその仕事ぶりから推して,長い間,思ひめぐらしてゐたやうに思はれる」とは,以下と關聯する。

 

https://twitter.com/hodaka31903190/status/1777576119241511322

(凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章主題

P436關係論①世の中の事②何物③源氏論④古學⇒からの關係:つらつら思ひ巡らせば,①②かは,⇒⑤あはれ/あやし⇒⑤ならざると觀じたを得て,③は盡きた.つらつら思ひ巡らせば,[①②かは,⑥からざる]本來の構造,⑥の構造を明らめるがに携はるといふ事,と宣長⇒⑦式部

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論①問題②#神代の物語③#根據からの關係:(前項から). #観察と熟考 とは,②の見せてゐる表情[とは:#あやし なる #神代の物語 の #挑戰的表情 即ち『#世の中の事何物かは,#あやしからざる』],よつて立つてゐる向けられた⇒⑨宣長

 

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P450關係論①國②魂③#皇国の道宣長古學問題からの關係:[どこのでも其の臭氣]は考へ,その臭氣をの説くに感じた事が,④非難の動機.⑤自體が孕んでゐる困難な〔とは:『世の中の事何物かは, あやしからざる』が古學本來の構造〕(とは以下枠文參照)の經驗は,⑦にはなかつた.實を言へば,⑦にはなどどうでもいいものだつた⇒⑦秋成宣長

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(F挿入:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論#問題②[#あやし]なる #神代 の物語⇒からの關係:(前項から).#態度轉換 の #困難性 につき,⑧はその仕事ぶりから推して,長い間,思ひめぐらしてゐたやうに思はれる.#思ひめぐらし,又しては,②に #見えるがままの,[#あやしさ]⇒③の[#かたち]に連れ戻される⇒⑧宣長。

(凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章主題

P436關係論①世の中の事②何物③源氏論④古學⇒からの關係:つらつら思ひ巡らせば,①②かは,⇒⑤あはれ/⑥あやし⇒⑤ならざると觀じた⑦を得て,③は盡きた.つらつら思ひ巡らせば,[①②かは,⑥からざる]が④本來の構造,⑥の構造を明らめるが④に携はるといふ事,と宣長⇒⑦式部

 

(以下文の主旨抜粋)

P450關係論國(場 C‘)②たましい(物:場 C‘)③『皇國の道』(物:場 C‘)④宣長(物:場 C‘)⑤古學(物:場 C‘)⑥問題(物:場 C‘)⇒からの關係:『どこの①でも其①の②が①の臭氣(D1の至小化)也』と⑦は考へてゐた(D1)。その尊大の氣(D1の至小化)〔とは:『其國のたましい』(物:場 C‘)と言ふ臭氣(D1の至小化)〕を、⑧の説く③に感じた(D1の至小化)事が、彼(⑦△枠)の④非難(D1の至小化)の動機の中心部を成してゐた。⑧のやうに、⑤(古道=古代精神:研究)への執心(D1の至大化)のあまり、⑤(古道=古代精神:研究)自體が孕んでゐる(D1)困難(D1の至小化)な⑥〔とは:『世の中の事何物かは, あやしからざる』が古學本來の構造〕に連れて行かれる(D1の至大化)(とは以下枠文參照)、さういふ經驗(D1の至大化)は、⑦にはなかつた(D1の至小化)のである。實を言へば、彼(⑦△枠)には⑤(古道=古代精神:研究)などどうでもいいもの(D1の至小化)だつた⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑦秋成⑧宣長(△枠):①への適應正常

(F挿入:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論#問題②[#あやし]なる #神代 の物語⇒からの關係:(前項から).#態度轉換 の #困難性 につき,⑧はその仕事ぶりから推して,長い間,思ひめぐらしてゐたやうに思はれる.#思ひめぐらし,又しては,②に #見えるがままの,[#あやしさ]⇒③の[#かたち]に連れ戻される⇒⑧宣長。

(凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章主題

P436關係論①世の中の事②何物③源氏論④古學⇒からの關係:つらつら思ひ巡らせば,①②かは,⇒⑤あはれ/⑥あやし⇒⑤ならざると觀じた⑦を得て,③は盡きた.つらつら思ひ巡らせば,[①②かは,⑥からざる]が④本來の構造,⑥の構造を明らめるが④に携はるといふ事,と宣長⇒⑦式部

 

 

〔以下の通り〕

省略

P451關係論秋成の難詰文(物:場 C‘)②物識り人(秋成の師:加藤宇萬伎)の『常見』(物:場 C‘)③秋成の思想(物:場 C‘)④譬へ話(物:場 C‘)⇒からの關係:①(省略:P450參照)にはつきり殘るところは、『自然に従つて運轉する必然の事の成行き』、といふ考へだけ(D1の至小化)である事は明らかだつた。この牢固たる、②を踏へた(D1の至小化)③の姿を思ひつつ(D1)、⑤の④は、次のやうにつづく(D1)⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑤宣長(△枠):①への適應正常

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P451關係論#眞物②#正しき事③#眞筆④#眞⇒からの關係:⑳又いはむ.[たとひ其中に必ず一枚は①ありとても,十人の㉑おのおの皆極め札はいふに及ばず,傳來の②までを口々にいひたてて,我が持たるこそ③なれといはむに,いづれをか④とは定めむといふ]#宣長⑳#上田秋成㉑持ち主.

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P451關係論#漢意⑥#古學の眼⑦#神代⑧#古傳説⑨#眞實の物⇒からの關係:(前項⇒)[是又其⑤眞僞をみづから見定む事能はざる故の疑ひ也,もしよく⑤のなまさかしらを清く洗ひ去りて,濁りなき純一の⑥を開きて見る時は,⑦の吾⑧の妙趣ありて⑨なる事,自づから明白に分れて]と⇒宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P451關係論#眞物⑨#眞實の物⑩#贋物⑪#其域⇒からの關係:(前項⇒).更に⑫言ふ.[⑨なる事,自づから明白に分れて,かの九枚の⑩とはいささかもまぎるることなかるべし,⑪に至りなば,此の①をかの⑩共と一つさまにいへる事も,みづから #恥かしかるべき物ぞや]と⇒⑫#宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P451關係論#此の國⑬#傳説⑭#心⑮#事⇒からの關係:(前項⇒).更に㉑言ふ.[ただ⑫の㉒は太古の靈奇なる⑬をひたぶるに信じ居らんぞ直かるべきといへるも又,なまさかしら⑭にて,實に #信ずべき⑮をえしらざる #ひがこと 也],と⇒㉑#宣長㉒#

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P451關係論⑫此の國⑯言⑰僞の常⑱天地⑲萬國⇒からの關係:(前項⇒)[此の⑯の如くにては,信じ居るにはあらずして,信ずる顔して居る也,これぞ㉓の⑰なる,もし實に信ずべくば,⑱は一枚なれば⑫の㉒のみならず,⑲の㉒みな信ずべき事也,然るをただ⑫の㉒はと言ふ]と⇒宣長㉒人㉓漢人

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P451關係論#言⑰#僞 の常⑱#天地⑲#萬國⇒からの關係:(前項⇒).更に㉑言ふ.[これ實には #信ずることなかれ,ただ #信ずる顔 して,居よといはぬばかり也,いかでか是を #直し といはむ]と⇒㉑#宣長㉒人㉓#漢人.

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(以下文の主旨抜粋)

P451關係論眞物(物:場 C‘)②正しき事(物:場 C‘)③眞筆(物:場 C‘)④眞(物:場 C‘)⑤漢意(物:場 C‘)⑥古學の眼(物:場 C‘)⑦神代(物:場 C‘)⑧古傳説(物:場 C‘)⑨眞實の物(物:場 C‘)⑩贋物(物:場 C‘)⑪其域(場 C‘)⑫此の國(場 C‘)⑬傳説(物:場 C‘)⑭心(物:場 C‘)⑮事(物:場 C‘)⑯言(物:場 C‘)⑰僞の常(物:場 C‘)⑱天地(場 C‘)⑲萬國(物:場 C‘)⇒からの關係:『⑳又いはむ。たとひ其中に必ず一枚は①ありとても、十人の21おのおの皆極め札はいふに及ばず、傳來の②までを口々にいひたてて(D1)、我が持たる(D1)こそ③なれといはむに、いづれをか④とは定めむ(D1の至小化)といふべし、是又其⑤眞僞(物:場 C‘)をみづから見定む(D1)ことあたはざる(D1の至小化)故の疑ひ也、もしよく⑤のなまさかしら(D1の至小化)を清く洗ひ去りて(D1の至大化)、濁りなき純一(D1の至大化)の⑥を開きて見る時は、⑦の吾⑧の妙趣(D1の至大化)ありて⑨なること、おのづから明白に分れて(D1の至大化)、かの九枚の⑩とはいささかもまぎるることなかるべし(D1の至大化)、⑪に至りなば(D1の至大化)、此の①をかの⑩共と一つさまにいへる(D1の至小化)事も、みづから恥かしかるべき物ぞや(D1の至小化)、ただ⑫の22は太古の靈奇なる⑬をひたぶるに信じ居らん(D1の至大化)ぞ直かるべき(D1の至大化)といへるも又、なまさかしら(D1の至小化)⑭にて、實に信ずべき(D1の至大化)⑮をえしらざる(D1の至小化)ひがこと(D1の至小化)也、此の⑯の如くにては、信じ居る(D1の至大化)にはあらず(D1の至小化)して、信ずるがほして居る(D1の至小化)也、これぞ、23の⑰なる、もし實に信ずべく(D1の至大化)ば、⑱は一枚なれば⑫の22のみならず、⑲の22みな信ずべき(D1の至大化)こと也、然るをただ⑫の22はといへる、これ實には信ずることなかれ(D1の至小化)、ただ信ずるかほ(D1の至小化)して、居よといはぬばかり(D1)也、いかでか是を直し(D1の至大化)といはむ(D1の至小化)』⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒宣長⑳上田氏21持ち主2223漢人(△枠):①への適應正常

 

〔以下の通り〕

省略

P451關係論『古學の眼』(物:場 C‘)②難題(物:場 C‘)③所(場 C‘)④考へ方(物:場 C‘)⇒からの關係:このやうな、畳み掛けるやうな語調(D1の至大化)は、①を得ん(D1の至大化)として、理解と信念(D1の至大化)とが織りなす②の中心に躍り込んだ(D1の至大化)、その⑤の身振り(D1の至大化)(とは以下枠文參照)を、よく現してゐる。さういふ③に浮かび上つて來る(D1の至大化)彼(⑤△枠)の④の絲を辿り(D1の至大化)、これを整理してみる(D1の至大化)⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑤宣長(△枠):①への適應正常。

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P452關係論①色紙②#眞物⇒からの關係:十枚の①の内,一枚は②であるのを知りながら,何故,それを選び取りあげないか.言ふまでもなく,選ぶには,その證據が不十分だからであらう.⑯が難ずるのは,この當り前な事も,當世の⑭の手にかかると妙な具合になる,といふ事だ(とは以下枠文參照)⇒⑭學者等⑯宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P452關係論⑤問題⑥#態度⑦#眞⑧#贋⑨#姿勢⇒からの關係:(前項⇒).見易い⑮の方法などが⑤ではなく,方法を扱ふ⑮等の⑥の内に這入つてみれば,[⑦を見分けることをばえずしてただ⑧に欺かれざる事を,#かしこげ にいひなせる].さういふ⑮の⑨は,明らかだと⑯は言ふ⇒⑮#學者⑯宣長.

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P452關係論#眞⑧#贋⑨#姿勢⑩#眞僞⇒からの關係:(前項⇒)『⑮の⑨は何のかしこきことかあらん,ただ #なまさかしら[とは:あやしきものに對する,さかしらな態度]といふ物』ではないかと難詰の語調になるのも,さういふ事を⑮等はまるで自覺してゐないからだ,と⑯⇒⑮#學者⑯#宣長.

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P452關係論⑥態度⑦眞⑧贋⑩#眞僞⑪#心⇒からの關係:(前項⇒).⑩は物の表裏であるが,⑦を得んとする⑪と,⑧を避けんとする⑪とでは,その働きは全く逆になる.それが⑮等には見えてゐない.⑮等が固執する⑥からすると,大事なのは,⑦ではなく,その證據[#理り],と⑯⇒⑮學者⑯宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P452關係論#眞物⑦#眞⑧#贋⑨姿勢⑩#眞僞⑪#心⑫何⇒からの關係:(前項⇒).⑦が在るかないかは,#證據[#理り]次第である.證據[理り]が不十分な⑧を⑦とするくらゐなら,⑫も信じないでゐる方が,⑮として[#かしこき事]と思ひ込んでゐる,と⑯は難ずる⇒⑮#學者⑯宣長(とは以下枠文參照)

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(以下文の主旨抜粋)

P452關係論色紙(物:場 C‘)②眞物(物:場 C‘)③譬へ話(物:場 C‘)④事柄(物:場 C‘)⑤問題(物:場 C‘)⑥態度(物:場 C‘)⑦(物:場 C‘)⑧贋(物:場 C‘)⑨姿勢(物:場 C‘)⑩眞僞(物:場 C‘)⑪心(物:場 C‘)⑫何(物:場 C‘)⇒からの關係:十枚の①のうち、一枚は②であるのを知りながら(D1の至大化)、何故、それを選び(D1の至大化)、取りあげない(D1の至小化)か。言ふまでもなく、選ぶ(D1の至大化)には、その證據(理り/理に還元:D1の至大化)が不十分(D1の至小化)だからであらう。それだけの話(理り/理に還元が不十分:D1の至小化)なら、特に文句を附ける(D1の至小化)筋ではない。⑬が難ずる(D1の至小化)のは、この當り前な事〔とは:理り/理に還元が不十分(D1の至小化)なら特に文句を附ける(D1の至小化)筋ではない〕も、當世の⑭の手にかかると妙な具合(D1の至小化)(とは以下枠文參照)〔更には以下次枠文:『(あやしの)合理化(#理り/#理に還元/自分流 #理附け)に走る』〕

『漢意(からごころ)』・・・大かた世の人の、萬の事の善惡是非(よさあしさ)を論ひ(Eの至小化)、物の理(ことは)りをさだめいふ』。

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十章主題

P374&P322關係論#徂徠 辯[物は教への條件也]#古代主義③#古事記④#御國ごころ⑤古典⑥#神⇒からの關係:①を受けた⑧の②は,直ちに③に推參.[清々しき④もて,⑤どもをよく學びてよ][:受け行ふべき道(道といふ言擧)][然りせば,⑦なきことは知りてむ,其をしるぞ〔つまり、『皇大御國(すめらおほみくに)を黙して信ずる(うひ山ぶみ)』に〕,⑥の道を受け行ふにあり](直毘霊)に結實⇒⑧宣長

になる、その氣質(D1の至小化)〔とは:合理化(#理り/#理に還元/自分流 #理附け)〕に染められ、歪められずにはゐない(D1の至小化)といふ事だ(とは以下枠文參照)

(MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論#神代の物語②#學問③[#あやしさ][#あやし]#常識⑦#物語⑨彼等の仕事⇒からの關係:(前項から).⑧が,⑨に大きな不滿を抱いたのは,①を⑤(#理りなし)と受け止める餘裕すらなく,誰も(),その(⑤の)合理化(#理り/#理に還元/自分流 #理附け)に走るから⇒⑧宣長⑩#学者達

〔追加「論究項目」⇒アップロード濟

https://twitter.com/hodaka31903190/status/1785483097519366242

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論#神の傳説②[#なに物かはあやしからざる](すべてあやし)#神代の物語⇒からの關係:⑧は,①を #眞實と信じ,②に徹し,[息を殺して,③に聞き入れば足りる]とした.[#あやし]⇒對するに,⑩は,③を④(#理りなし)と受け止める餘裕すらなかつた⇒⑧宣長⑩#学者達

 

(とは以下文參照)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章

○P437關係論#あやし(理りなし)②世の中③あらゆる事④なに物⑤周囲⑥古学の道⇒からの關係:①の不徹底な使ひ方[とは:あやしき(理りなし)ものに對する,さかしらな態度]〔理に還元/自分流理附け〕ばかりが,⑤に行はれてゐる様を,見てゐる内に,それが,⑥を,遂に誤らす事になつた〔とは:一例が眞淵の所謂『上古の事實(神は人の上)』:自分流理附けのが,はつきりして來た⇒宣長。

(凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章

P436關係論①神の傳説②『なに物かはあやしからざる』(すべてあやし)⇒からの關係:①を眞實と信じ、に徹し、『息を殺して,神の物語 に聞き入ればをりる』,とした④の態度⇒「③:寓言(#たとへ)」⇒E:とは相反し、⑤は『理りあり/理附け/自己流解釋』で、①を③(F)と捉へ(F⇒Eの至大化)、[上古の事實]を身勝手に、神代といふも名のことなる(異なる)のみにて、同じく人の上なるべき』とした⇒④宣長⑤眞淵

 

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P310《近世新興學者(徂徠他)と、その對照としての「理學(宋儒・朱子學)」との懸隔理由

P310關係論①道(物:場 C‘)②禮樂(物:場 C‘)③古言(『言靈』物:場 C‘)⇒からの關係:知り難く言ひ難い①(即ち②といふ聖人の治績)を、「➍:⑦の思惟の努力(無私と心眼:D1の至大化)のうちに、③に徴す(いよいよ鮮やかに、心眼に映じて來る:D1の至大化)」⇒「⑤:理」(➍的對立概念F)⇒E:それとは對照に、⑥は、⑤を頼む〔とは、自分流に、⑤に還元(Eの至小化:假説附け・定義附け・原理附け)する〕」(⑤への距離不獲得:Eの至大化)⇒⑥宋儒⑦學者(徂徠△枠):①③への適應正常。

 

《『漢意(からごころ)』〔理(F)に還元(Eの至大化):つまり自分流理附け(定義附け・原理附け)〕對『御國ごころ』([物(物:場 C‘)は⇒教へ(D1の至大化)の條件也]》:以下參照

『漢意(からごころ)』・・・大かた世の人の、萬の事の善惡是非(よさあしさ)を論ひ(Eの至小化)、物の理(ことは)りをさだめいふ』。

『御國ごころ』・・・『清々(すがすが)しき御國ごころ(物:場 C‘)もて(D1の至大化)古典(ふるきふみ)(物:場 C‘)どもをよく學びてよ(D1の至大化)、然りせば受行(うけおこなふ)べき道〔理に還元:つまり自分流理附け(定義附け・原理附け)〕なきことは、おのづから(△枠)知りてむ』人の心の、いづれの國(場 C‘)もことなることなきは、本のまごころ(物:場 C‘)こそあれ(Eの至大化)』。

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十章主題

P374&P322關係論#徂徠 辯[物は教への條件也]#古代主義③#古事記④#御國ごころ⑤古典⑥#神⇒からの關係:①を受けた⑧の②は,直ちに③に推參.[清々しき④もて,⑤どもをよく學びてよ][:受け行ふべき道(道といふ言擧)][然りせば,⑦なきことは知りてむ,其をしるぞ〔つまり、『皇大御國(すめらおほみくに)を黙して信ずる(うひ山ぶみ)』に〕,⑥の道を受け行ふにあり](直毘霊)に結實⇒⑧宣長

*「事し(場 C‘)あれば(D1) うれしかなし(實情。物:場 C‘)と 時々(場 C‘)に うごく(D1の至大化)こころ(△枠)ぞ 人のまごころ(△枠)」。

P452關係論:①色紙(物:場 C‘)②眞物(物:場 C‘)③譬へ話(物:場 C‘)④事柄(物:場 C‘)⑤問題(物:場 C‘)⑥態度(物:場 C‘)⑦(物:場 C‘)⑧贋(物:場 C‘)⑨姿勢(物:場 C‘)⑩眞僞(物:場 C‘)⑪心(物:場 C‘)⑫何(物:場 C‘)⇒からの關係:これ〔とは:(あやしの)合理化(#理り/#理に還元/自分流 #理附け)は、③にでもして語る(D1)他はないやうな、微妙な(D1の至小化)④になるのであつた。見易い⑮の方法(D1)〔とは:『選ぶには、その證據が不十分』〕などが⑤ではなく、方法(『選び取りあげ』:D1)を扱ふ⑮等の⑥の内に這入つてみれば(D1)、――『⑦を見分ける(D1の至大化)ことをばえずして(D1の至小化)ただ⑧に欺かれざる(D1の至小化)事を、かしこげ(D1の至大化)にいひなせる〔とは上枠文:『(あやし=理りなし=贋) への合理化(#理り/#理に還元/自分流 #理附け)に走る』及び『漢意(からごころ)』・・・大かた世の人の、萬の事の善惡是非(よさあしさ)を論ひ(Eの至小化)、物の理(ことは)りをさだめいふ』〕――さういふ⑮の⑨は、明らかだ(D1の至大化)と言ふ。そして、『そは何のかしこき(D1の至大化)ことかあらん(D1の至小化)』、ただ『なまさかしら(小賢しい)といふ物』[とは上枠文:あやしき(理りなし)ものに對する,さかしらな態度]ではないか、と難詰(D1の至小化)の語調になるのも、さういふ事〔とは:『(あやし=理りなし=贋) への合理化(#理り/#理に還元/自分流 #理附け)に走る』〕を、彼等(⑭△枠)はまるで自覺してゐない(D1の至小化)からだ。⑩は物の表裏(相對?)であらうが、⑦を得ん(D1の至大化)とする⑪と、⑧を避けん(D1の至小化)とする⑪とでは、その働き(D1)は全く逆〔とは:(D1の至大化=積極的概念)/(D1の至小化=消極的概念)〕になるだらう。それが、彼等(⑭△枠)には見えてゐない(D1の至小化)、と⑯は言ふのである。彼等(⑭△枠)が固執する(D1の至小化)⑥からすると、大事なのは、⑦ではなく、むしろその證據〔とは:『あやし=理りなし=贋』ではない眞(物:場 C‘)の、理り(D1:合理化/理に還元/自分流理附け)』〕だと言つてよい。⑦が在る(D1の至大化)かない(D1の至小化)かは、證據〔とは:理り(合理化/理に還元/自分流理附け)〕次第である。證據〔とは:理り(合理化/理に還元/自分流理附け)〕が不十分(D1の至小化)な⑧を⑦とする(D1の至小化)くらゐなら、⑫も信じない(D1の至小化)でゐる方が、學者(△枠)として『かしこき(D1の至大化)事』と思ひ込んでゐる⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⑭學者等⑮學者⑯宣長(△枠):①への適應正常。

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P452關係論#②#生活からの關係:(前項⇒).[理りが不十分な贋を眞とするくらゐなら,#何も信じないでゐる],なんて言ふ馬鹿な事があるか.②の上で,①を求めて前進する,①を得んとして誤る危險を,決してその様に恐れるものではない.それが努力といふものだ,(とは以下枠文參照)⇒#宣長人々

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P452關係論#③#生きた智慧からの關係:(前項⇒).[①を得んとして誤る危險を,決してその様に恐れるものではない]を熟慮するなら,⑨[#かしこき事]としてゐる態度には,何が缺けてゐるか.それは,③には,自づから備つてゐる,尋常で健全な,内から發する努力だと〔とは以下枠文:『知り難く言ひ難い道(物:場 C‘)を、學者(△枠)の思惟の努力(無私と心眼:D1の至大化)のうちに、古言(物:場 C‘)に徴す(いよいよ鮮やかに、心眼に映じて來る:D1の至大化)〕及び(以下枠文參照)⇒#宣長學者等

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(以下文の主旨抜粋)

P452關係論①眞(物:場 C‘)②生活(物:場 C‘)③生きた智慧(物:場 C‘)④人生(物:場 C‘)⑤古人の生き方(物:場 C‘)⑥生活(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。そんな〔とは:『理り(合理化/理に還元/自分流理附け)が不十分(D1の至小化)な贋(物:場 C‘)を眞(物:場 C‘)とする(D1の至小化)くらゐなら、何(物:場 C‘)も信じない(D1の至小化)でゐる』なんて言ふ〕馬鹿な事(D1の至小化)があるか。②の上で、①を求めて前進する(D1の至大化)⑦は、①を得ん(D1の至大化)として誤る危險(D1の至小化)を、決してそのやう〔とは:上枠文同樣に〕に恐れるものではない(D1の至大化)。それが、⑧もが熟知してゐる(D1の至大化)努力(D1の至小化)といふものだ。(とは以下枠文參照)

P310《近世新興學者(徂徠他)と、その對照としての「理學(宋儒・朱子學)」との懸隔理由

P310關係論①道(物:場 C‘)②禮樂(物:場 C‘)③古言(『言靈』物:場 C‘)⇒からの關係:知り難く言ひ難い①(即ち②といふ聖人の治績)を、「➍:⑦の思惟の努力(無私と心眼:D1の至大化)のうちに、③に徴す(いよいよ鮮やかに、心眼に映じて來る:D1の至大化)」⇒「⑤:理」(➍的對立概念F)⇒E:それとは對照に、⑥は、⑤を頼む〔とは、自分流に、⑤に還元(Eの至小化:假説附け・定義附け・原理附け)する〕」(⑤への距離不獲得:Eの至大化)⇒⑥宋儒⑦學者(徂徠△枠):①③への適應正常。

この事〔とは:『眞(物:場 C‘)を得ん(D1の至大化)として誤る危險(D1の至小化)を、決してそのやうに恐れるものではない(D1の至大化)』〕を熟慮する(D1の至大化)なら、⑨が『かしこき事』(D1の至大化)としてゐる態度(D1)には、何が缺けてゐるか(D1の至小化)は明らか(D1の至大化)であらう。缺けてゐる(D1の至小化)のは、③には、おのづから備つてゐる(D1)、尋常で健全な(D1の至大化)、内から發する努力(D1の至大化)なのである〔とは上枠文:『知り難く言ひ難い道(物:場 C‘)を、學者(△枠)の思惟の努力(無私と心眼:D1の至大化)のうちに、古言(物:場 C‘)に徴す(いよいよ鮮やかに、心眼に映じて來る:D1の至大化)〕及び(以下枠文參照)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P443關係論#實生活#生きた #智恵#古道⑦#直毘靈⇒からの關係: (前項から).言ふまでもなく,この考へ[とは:④の上でも,これに即した⑤を,⑪は身に付けてゐた],⑫の⑥(#古代精神) #根本思想()に繋つてゐる⇒⑪#上古の人々⑫#宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P443關係論#直毘霊⇒からの關係: (前項から).⑦にあるやうに,[人はみな,#産霊日神(#むすびのかみ)の御霊によりて,生れつるまにまに,身にあるべきかぎりの行(わざ),おのづから知りてよく爲()る物にしあれば,いかでか其の上へをなほ強ひることのあらむ]といふ事になる⇒宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P443關係論#直毘霊#文字⑨#智識⑩#強事(#しひごと)⇒からの關係: (前項から).⑧による,⑨の普及と教へといふ⑩の成功の如きが,人の本質的な⑨(⑦文参照),〔とは:理り(合理化/理に還元/自分流理附け)を加へ得たらうか.この點〔とは:理り(合理化/理に還元/自分流理附け)に關し,⑱の,その #自負 から來る #錯覚 はまことに深いのであると⇒宣長⑱世の物識り人達

⑨は、この己の態度(D1)に空いた空洞(D1の至小化)〔とは:『生きた智慧(物:場 C‘)には、おのづから備つてゐる、尋常で健全(D1の至大化)な、内から發する努力(D1の至大化)』の缺如(D1の至小化)〕を、恐らく漠然と感じて(D1の至小化)、これを被はう(D1)として、その(贋に欺かれざる事の)やり方(理/自分の臆見:D1の至小化)を、『かしこげにいひな』す(D1の至大化)、――それ(理/自分の臆見:D1の至小化)で、⑩の役目は勤まるかも知れない(D1)が、『かしこげにいひな』して(D1の至大化)〔理に還元/自分流理附け/自分の臆見/理附け/定義附け(Eの至大化?)で〕、④を乗り切るわけにはいくまい(D1の至小化)、⑤を明らめよう(D1の至大化)とする〔とは以下枠『神(物:場 C‘)の道を受け行ふにあり(直毘霊)』文參照〕⑪の⑫には、當然、そのやうに見えてゐた筈(D1の至大化)である。

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十章主題

P374&P322關係論#徂徠 辯[物は教への條件也]#古代主義③#古事記④#御國ごころ⑤古典⑥#神⇒からの關係:①を受けた⑧の②は,直ちに③に推參.[清々しき④もて,⑤どもをよく學びてよ][:受け行ふべき道(道といふ言擧)][然りせば,⑦なきことは知りてむ,其をしるぞ〔つまり、『皇大御國(すめらおほみくに)を黙して信ずる(うひ山ぶみ)』に〕,⑥の道を受け行ふにあり](直毘霊)に結實⇒⑧宣長。

  と豫感する(D1の至大化)ところを信じて(D1の至大化)、これを絶えず⑥の上で試してゐる

〔とは:『生きた智慧には、おのづから備つてゐる、尋常で健全な、内から發する努力』の意〕人々(△枠)が、證據が揃ふ(D1の至大化)まで、①について手を拱いてゐる(D1の至小化)わけもなし、又證據が出揃ふ(D1の至大化)時には、これを、もう生きた①とも感じもしまい(D1の至小化)、といふわけである⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑦人々⑧誰⑨彼等(學者等△枠)⑩學者⑪宣長⑫『古學の眼』(△枠):①への適應正常

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P453關係論#古傳説②#國々③#我が持ちたるもの⑤#いづれ⑦#學問からの關係:(前項⇒).①によつて異なる,それぞれのの人々が,④こそなれと主張するのを,公平に容認しなければならない.⑧,⑥と定めて,これを信ずる事が出來ようか,⇒#宣長⑧#學者

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P453關係論#古傳説國々③#⑤#⑦#學問からの關係:(前項⇒).そこで,[ただ此國の人は太古の靈奇なる傳説をひたぶるに信じ居らんぞ直かるべき]とでも言つて置かざるを得なかつたわけだ.しかし,そのやうな #曖昧な考へで,⑦が出來るわけはない,⇒#宣長⑨#上田秋成

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P453關係論#古傳説國々③#我國⑦#學問からの關係:(前項⇒).⑩,⑦の上で,⑧としてを信じたのは,[ただ此國の人]として,[信ずるかほして]見せたのではない.⑪ #信ずべき事 と見極めたから〔とは:『キリスト教』と立場は同じの、對『全人類』的性質として、では?〕,これを信じたのである,さういふ話になつた⇒⑧#學者⑩#自分(#宣長)⑪#萬人

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(以下文の主旨抜粋)

P453關係論古傳説(物:場 C‘)②國々(場 C‘)③國(場 C‘)④我が持ちたるもの(物:場 C‘)⑤眞(物:場 C‘)⑥いづれ(物:場 C‘)⑦學問(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。①は②によつて異なる、それぞれの③の人々(△枠)が、④こそ⑤なれと主張する(D1の至大化)のを、公平に容認(D1の至大化)しなければならない。⑧は、⑥を⑤と定めて(D1の至大化)、これを信ずる(D1の至大化)事が出來ようか(D1の至小化)。そこで⑨は、『ただ此國(場 C‘)の人(△枠)は太古の靈奇(D1の至大化)なる傳説(物:場 C‘)をひたぶるに信じ居らん(D1の至大化)ぞ直かるべき(D1の至大化)』とでも言つて置かざるを得なかつた(D1)わけだ。しかし、そのやうな曖昧な考へ(D1の至小化)で、⑦が出來るわけはない(D1の至小化)。⑩が、⑦の上で、⑧として、わが③の①を信じたのは、『ただ此國(場 C‘)の人(△枠)』として、『信ずるかほして』見せた(D1の至小化)のではない(D1の至大化)。⑪が信ずべき(D1の至大化)事と見極めた(D1の至大化)から〔とは:『キリスト教』と立場は同じの、對『全人類』的性質として、では?〕これを信じた(D1の至大化)のである、さういふ話になつた(D1)⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑧學者⑨上田氏⑩自分(宣長△枠)⑪萬人(△枠):①への適應正常

 

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#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P453關係論#自然②#神たちからの關係:⑲,[事物みな自然に従て運轉するを,其勢ひに對へ立て止むべきにあらず]と言つたのに對し,⑳,[こは余がもとより常にいふ所也,但し #運轉 といふは #非也,運轉は #御しわざ 也,(次項へ続く)⇒⑲#秋成⑳#宣長

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#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P453關係論③世中④萬の事⑤#神の御心⑥#御しわざからの關係:(前項⇒).抑も,悉くより出でそのなれば,よきもあしきも,㉑にて容易く止むべきにあらず],と言つた.⑳からすれば,㉒は㉓とは言へ様が㉔とは言へないものだ⇒⑳宣長㉑人力㉒秋成の眼㉓理學の眼㉔#古學の眼

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#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P453關係論#神の御心⑦#上つ代の #傳説(#つたへごと)⑧#神々の物語⑨#神たちの御しわざ⑩#姿からの關係:(前項⇒).⑦が語る,ありのままに素直に受取るなら,明らかに,それはであり,讀む㉕が眼のあたりするその⑩は,⑤の現れに他なるまい.それで何が不足であらうか㉕人

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#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P453關係論#神たちの御しわざ⑪#歴史⑫#古い頃⑬#記紀⑭#わが國の正史からの關係:⑪,⑨についての,どんなにからか,㉕が言ひ出したことともない㉖で始つた,は言ふ.⑭をものした㉗にも,これを讀んだ㉗にも,⑪はさういふ風に見えてゐた#誰㉖#傳へ言㉗人々

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#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P453關係論#基本的な事實⑯#神々の御行爲(みしわざ)⑰#神の代人の代からの關係:このを疑つてかかる理由など全くない,は考へてゐた.當然,⑯で動いてゐた,㉗の行爲に運轉される⑱に移り,その間に斷絶は見られない.⑳にとつて他に書きやうがなかつた⇒⑳宣長㉗人々

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(以下文の主旨抜粋)

P453關係論①自然(物:場 C‘)②神たち(物:場 C‘)③世中(場 C‘)④萬の事(物:場 C‘)⑤神の御心(物:場 C‘)⑥御しわざ(物:場 C‘)⑦『上つ代の傳説(つたへごと)』(物:場 C‘)⑧神々の物語(物:場 C‘)⑨『神たちの御しわざ』⑩姿(物:場 C‘)⑪歴史(物:場 C‘)⑫古い頃(場 C‘)⑬『記紀』(物:場 C‘)⑭わが國の正史(物:場 C‘)⑮基本的な事實(物:場 C‘)⑯神々の御行爲(みしわざ。物:場 C‘)⑰神の代(物:場 C‘)⑱人の代(物:場 C‘)⇒からの關係:⑲が、『事物(物:場 C‘)みな自然(物:場 C‘)に従て運轉する(D1の至大化)を、其勢ひに對へ立て止むべきにあらず(D1の至小化)』と言つた(D1)のに對し、⑳は、『こは余(⑳△枠)がもとより常にいふ所也(D1の至大化)、但し①の運轉(D1の至大化)といふは非也(D1の至小化)、運轉(D1の至大化)は②の御しわざ(D1の至大化)也抑も③の④は、ことごとく⑤より出で(D1の至大化)その⑥なれば、よき(D1の至大化)もあしき(D1の至小化)も、21にてたやすく止むべきにあらず(D1の至小化)』、と言つた。⑳からすれば、22は、23とは言へやう(D1)が、24とは言へない(D1の至小化)ものだ。⑦が語る⑧を、ありのまま(D1の至大化)に素直に受取るなら、明らかに、それは⑨であり、讀む25が眼のあたりする(D1の至大化)その⑩は、⑤の現れに他なるまい(D1の至大化)。それで何が不足(D1の至小化)であらうか。⑪は、⑨についての、どんなに⑫からか、誰(△枠)が言ひ出した(D1の至大化)ことともない26で始つたと⑬は言ふ(D1の至大化)。⑭をものした(D1の至大化)27にも、これを讀んだ(D1の至大化)27にも、⑪はさういふ風〔とは:傳へ言(△枠)で始つた〕に見えてゐた(D1の至大化)。この⑮を疑つてかかる(D1の至小化)理由など全くない(D1の至大化)、と⑳ははつきり考へてゐた(D1の至大化)當然、⑯で動いてゐた⑰は、27の行爲に運轉される(D1)⑱に、いつの間にか移り(D1)、その間に斷絶は見られない(D1の至大化)。⑳の見方(D1)からすれば、他に書きやうがなかつた(D1の至大化)からである⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑲秋成⑳宣長21人力22秋成の眼(△枠)23『理學』の眼(△枠)24『古學の眼』(△枠)2526傳へ言27人々(△枠):①への適應正常

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P454關係論#神代②#神たち③#其の代の人④#⑤#古事記傳からの關係:[①,多くはにして,③は皆なりし故に,①とは云ふなり]は言ふ.,④と言ふ言葉のの使ひ方に注目し,この言葉を,#一準に定義 する事によつて #誤るまい と努めてゐた⇒⑨#宣長⑩#古人

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P454關係論#神代②#神たち③#其の代の人④#⑥#からの關係:[①たちも,多くはにして]といふのは,⑩と呼んでゐたのは,何もには限らなかつたから,さういふ言ひ方になるので,[①も實はにて],後世の學者が言ふやうな言ひ方は,⑩にはなかつた,宣長⑩#古人

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P454關係論#神代④#⑥#からの關係:(前項⇒)から言へば,さういふ言ひ方は,[④との #けじめ をしらざる #ひがごと 也,そもそも,⑥なれども,④なるが故にといふ,④ならざるただのとはいはず,⇒⑩宣長⑪#古人の心ばへ

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P454關係論#⑥#⑦#漢國⑧#聖人からの關係:(前項⇒)[⑫ただなる事をのみ知りて,⑥にあらざることをしらず,⑦にても,⑧なれ共,⑥にあらざるをもて,此の差別(#けじめ)を准へ知れかし](#くず花),と言ふ事になる,[神代の神も實は人にて]と言ふへのの答へは,先にあげた[事物みな自然に従て運轉す]と言ふ,⑭への答へ,[自然の運轉といふは非也],裏付けるものと言へよう⇒⑨宣長古人古人の心ばへ難者難者匡麻呂難者秋成.

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(以下文の主旨抜粋)

P454關係論①神代(物:場 C‘)②神たち(C)③其の代の人(物:場 C‘)④神(C)⑤『古事記傳』(物:場 C‘)⑥人(C‘)⑦漢國(場 C‘)⑧聖人(物:場 C‘)⇒からの關係:『①の②も、多くはにして、③は皆④なりし故に、①とは云ふなり』、と⑤は言ふ。⑨は、④と言ふ言葉の⑩の使ひ方(D1)に注目(D1の至大化)し、この言葉を、一準に定義する(D1の至大化)事によつて誤るまい(D1の至大化)と努めてゐた。『神代の神たちも、多くは其の代の人にして』といふのは、⑩が④と呼んでゐたのは、何も⑥には限らなかつたから、さういふ言ひ方になるので、『神代の神も實は人にて』と後世の學者(△枠)が言ふやうな言ひ方(D1の至小化)は、古人(△枠)にはなかつた(D1の至大化)。⑪から言へば、さういふ言ひ方(D1の至小化)は、『④と⑥とのけじめをしらざる(D1の至小化)ひがごと(D1の至小化)也、そもそも①の④は、⑥なれども、④なるが故に④といふ、④ならざるただの⑮を④とはいはず、⑫ただ④も⑥なる事をのみ知りて、⑬は④にあらざる(D1の至小化)ことをしらず(D1の至小化)、⑦にても、⑧は⑥なれ共、⑬は⑧にあらざるをもて、此の差別(けじめ)を准へ知れかし(D1の至大化)』、と言ふ事になる。これは、『くず花、下巻』に出て來る言葉だが、『神代の神も實は人にて』と言ふ、⑬への宣長(△枠)の答へ(D1の至大化)は、先にあげた『事物(物:場 C‘)みな自然(物:場 C‘)に従て運轉す』と言ふ、⑭への答へ(D1の至大化)、『自然の運轉(D1の至大化)といふは非(D1の至小化)也』を、裏付ける(D1の至大化)ものと言へよう⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑨宣長⑩古人古人の心ばへ(△枠)⑫難者⑬難者匡麻呂⑭難者秋成⑮人(△枠):①への適應正常

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P454關係論#上つ代の[#傳説](#つたへごと)②#超自然③#からの關係:①,②の力が,③と見定められ,これが #信じられた ところに成り立つた,といふ言ひ方をしてみる事は出來ようが,⇒⑭#上つ代の人々⑮#古學の眼⑯#宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P454關係論#宗教的經驗⑤#神々⑥#人々⑦#行爲からの關係:(前項⇒)このに必至であつた,廣い意味での,現實には,あたかもの如く振舞ふとして,語られたのである.宣長の #注がれたのは,其處であつた⇒⑭#上つ代の人々⑮[#古學の眼]

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P454關係論⑧世⑨[(あやし),可畏(かしこ)]經驗智慧からの關係:(前項⇒)⑭,さういふ語り方以外のどんな語り方も知らなかつたし,さういふ語り方をしてみて,初めて,⑧にもを信ずるといふ容易ならぬ,身について,生きたとして働くのを覺えた⇒⑭上つ代の人々

(!倒置型&F挿入&MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P454關係論[古事記]註解仕事からの關係:(前項⇒)⑫の虚心なを導いたのは,⇒⑯生活⇒⑭,そのやうに〔とは:あたかも神々の如く振舞ふ人々の行爲として〕語る事(F⇒Eの至大化/古言のふり)により,⑯の意味なり目的なりがしつかりと掴まれ,生き甲斐として,決定的に實感されるに至つた次第(言の世界),⑮が一と筋に踏んだ為⇒⑭上つ代の人々⑮#古學の眼

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(以下文の主旨抜粋)

P454關係論①上つ代の『傳説』(つたへごと。物:場 C‘)②超自然(C)③眞(物:場 C‘)④宗教的經驗(物:場 C‘)⑤神々(C)⑥人々(C‘)⑦行爲(物:場 C‘)⑧世(場 C‘)⑨『怪(あやし)き』『可畏(かしこ)き』物(物:場 C‘)⑩經驗(物:場 C‘)⑪智慧(物:場 C‘)⑫『古事記』註解(物:場 C‘)⑬仕事(物:場 C‘)⇒からの關係:①は、②の力が、③と見定められ(D1の至大化)、これが信じられた(D1の至大化)ところに成り立つた(D1の至大化)、といふ言ひ方をしてみる事は出來よう(D1の至大化)がこの⑭に必至(D1の至大化)であつた、廣い意味での④は、現實には、あたかも⑤の如く振舞ふ(D1の至大化)⑥の⑦として、語られた(D1の至大化)のである宣長の⑮が注がれた(D1の至大化)のは、其處〔とは:宗教的經驗(物:場 C‘)は、現實には、あたかも神々(C)の如く振舞ふ(D1の至大化)人々(C‘)の行爲(物:場 C‘)として、語られたであつた。彼等(⑭△枠)は、基本的には、さういふ語り方以外の、どんな語り方も知らなかつた(D1の至小化)し、又、さういふ語り方〔とは:上記宗教的經驗云々文〕をしてみて、はじめて、⑧にも⑨を信ずる(D1の至大化)(事の世界)といふ容易ならぬ(D1の至大化)⑩が、身について(D1の至大化)、生きた⑪として、働く(D1の至大化)(事の世界)のを覺えた、と言つてもよからう。それなら、更に進んで、そのやうに語る事〔とは:古言のふり(F⇒Eの至大化)〕により、生活(F)の意味(Eの至大化)なり、目的なりが、しつかりと掴まれ(F⇒Eの至大化)、生き甲斐として實感される(F⇒Eの至大化)(言の世界)に至つたのは、決定的な事(事の世界=言の世界)だつた、と言へよう。⑫の虚心(D1の至大化)な⑬が⑮を導いた(D1)のは、一と筋に、さういふ次第〔とは:決定的な事(事の世界=言の世界)〕を踏んだ考へ(D1の至大化)だつた、と見てよいのである⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⑭上つ代の人々⑮『古學の眼』⑯宣長(△枠):①への適應正常

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P455關係論#神話⑤#私説(わたくしごと)⑥#古學⑦#神話學からの關係:③として受取り,これにを加へぬといふ,㉑の態度に反對する理由は,⑳にはなかつたのだが,⑳,#本質的には,⑦とは,#決して言へないものだつた からである⇒⑳#宣長㉑#神話研究者

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P455關係論#神話⑧#日神の傳説⑨#太陽崇拜⑩#⑪#學問からの關係:(前項⇒)③の内容が整理され,分類され,比較され,例へば,⑧,⑨といふの一類型と理解される,さういふ,⑳は行かなかつた.全く無縁なではなくも,⑳からすれば,これは脇道には違ひなかつた⇒⑳宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P455關係論#日神の傳説(#ひのかみのつたへごと)⑪#學問⑫#わが國⑬#上つ代の人々⑭[#心ばへ]の姿からの關係:(前項⇒)その理由は,⑧,そのまま,⑫,掛け替へなく個性的なと觀じられてゐれば,それで充分と,⑳,自分の #中心部で,#考へてゐたからである⇒⑳宣長

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P455關係論①上つ代の『傳説』(つたへごと。物:場 C‘)②今(場 C‘)③『神話』(物:場 C‘)④(物:場 C‘)⑤『私説(わたくしごと)』⑥『古學』(物:場 C‘)⑦神話學(物:場 C‘)⑧『日神の傳説』(ひのかみのつたへごと。物:場 C‘)⑨『太陽崇拜』(物:場 C‘)⑩道(物:場 C‘)⑪學問(物:場 C‘)⑫わが國(場 C‘)⑬上つ代の人々(物:場 C‘)⑭『心ばへ』の姿(物:場 C‘)⑮意味(物:場 C‘)⑯何處(物:場 C‘)⑰物語(物:場 C‘)⑱『天照大御神』(C)⑲實在の神様(C)⇒からの關係:③を③として受取り(D1)、これに⑤を加へぬ(D1の至小化)といふ、21の態度に反對する(D1の至小化)理由は、⑳にはなかつた(D1の至大化)のだが、彼(⑳△枠)の⑥(古道=古代精神:研究)は、本質的(D1の至大化)には、⑦とは、決して言へない(D1の至小化)ものだつたからである。③の内容が整理され(D1の至大化)、分類され、比較され(D1の至大化)、例へば、⑧は、⑨といふ③の一類型(D1)と理解される、さういふ〔とは:⑨といふ③の一類型(D1)と理解される〕⑩を、⑳は行かなかつた(D1の至小化)。彼(⑳△枠)には全く無縁(D1の至小化)な⑩だつたとは言はないまでも、彼(⑳△枠)の⑪からすれば、やはりこれは、脇道(D1の至小化)には違ひなかつた。⑧が、そのまま、⑫の⑬の、掛け替へなく(D1の至大化)個性的(D1の至大化)な⑭と觀じられてゐれば(D1の至大化)、それで充分(D1の至大化)と、彼(⑳△枠)は、自分の⑪の中心部で、考へてゐた(D1の至大化)からである。⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑳宣長21神話研究者(△枠):①への適應正常。

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#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P455關係論[#心ばへ]の姿⑮#意味何處⑰#物語からの關係:(前項⇒)掛け替へなく個性的な,見るにも飽かぬ眺めであり,その中から,汲みつくせぬが現れて來るのであつた.さういふ姿に仕上げてみせた力は,⑯から來てゐるかといふ事になるなら,⑰として統一された魅力宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P455關係論#物語⑱#天照大御神⑲#實在の神様からの關係:(前項⇒)⑱といふ#信じられ,#生きられる,耳を傾けてゐさへすれば,其處には,#分析的理解 など,一切入込んで來る #餘地がない 事を,⑳は確かめてゐたわけである⇒⑳#宣長

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P455關係論①上つ代の『傳説』(つたへごと。物:場 C‘)②今(場 C‘)③『神話』(物:場 C‘)④(物:場 C‘)⑤『私説(わたくしごと)』⑥『古學』(物:場 C‘)⑦神話學(物:場 C‘)⑧『日神の傳説』(ひのかみのつたへごと。物:場 C‘)⑨『太陽崇拜』(物:場 C‘)⑩道(物:場 C‘)⑪學問(物:場 C‘)⑫わが國(場 C‘)⑬上つ代の人々(物:場 C‘)⑭『心ばへ』の姿(物:場 C‘)⑮意味(物:場 C‘)⑯何處(物:場 C‘)⑰物語(物:場 C‘)⑱『天照大御神』(C)⑲實在の神様(C)⇒からの關係:それ〔とは:掛け替へなく(D1の至大化)個性的(D1の至大化)な⑭〕は、見るにも飽かぬ眺め(D1の至大化)であり、その中から、汲みつくせぬ(D1の至大化)⑮が現れて來る(D1の至大化)のであつた。さういふ姿〔とは:掛け替へなく(D1の至大化)個性的(D1の至大化)な⑭〕に仕上げてみせた力は、⑯から來てゐるかといふ事になるなら、それは、言はずと知れた、⑰として統一された(D1の至大化)その魅力(D1の至大化)に他ならない。⑱といふ⑲が信じられ(D1の至大化)、生きられる(D1の至大化)⑰に、耳を傾けてゐさへ(D1の至大化)すれば、其處には、分析的理解(D1の至小化)など、一切入込んで來る餘地がない(D1の至小化)事を、彼(△枠)は確かめてゐた(D1の至大化)わけである⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑳宣長21神話研究者(△枠):①への適應正常。

 

(以下文の主旨抜粋)

P455關係論①上つ代の『傳説』(つたへごと。物:場 C‘)②今(場 C‘)③『神話』(物:場 C‘)④(物:場 C‘)⑤『私説(わたくしごと)』⑥『古學』(物:場 C‘)⑦神話學(物:場 C‘)⑧『日神の傳説』(ひのかみのつたへごと。物:場 C‘)⑨『太陽崇拜』(物:場 C‘)⑩道(物:場 C‘)⑪學問(物:場 C‘)⑫わが國(場 C‘)⑬上つ代の人々(物:場 C‘)⑭『心ばへ』の姿(物:場 C‘)⑮意味(物:場 C‘)⑯何處(物:場 C‘)⑰物語(物:場 C‘)⑱『天照大御神』(C)⑲實在の神様(C)⇒からの關係:①といふ、②は耳遠くなつた(D1の至小化)、⑳自身の言葉に固執して、今日普通になつてゐる(D1)③といふ言葉を避けてきた(D1の至小化)のも、③を③として受取り(D1)、これに⑤を加へぬ(D1の至小化)といふ、21の態度に反對する(D1の至小化)理由は、⑳にはなかつた(D1の至大化)のだが、彼(⑳△枠)の⑥(古道=古代精神:研究)は、本質的(D1の至大化)には、⑦とは、決して言へない(D1の至小化)ものだつたからである。③の内容が整理され(D1の至大化)、分類され、比較され(D1の至大化)、例へば、⑧は、⑨といふ③の一類型(D1)と理解される、さういふ〔とは:⑨といふ③の一類型(D1)と理解される〕⑩を、⑳は行かなかつた(D1の至小化)。彼(⑳△枠)には全く無縁(D1の至小化)な⑩だつたとは言はないまでも、彼(⑳△枠)の⑪からすれば、やはりこれは、脇道(D1の至小化)には違ひなかつた。⑧が、そのまま、⑫の⑬の、掛け替へなく(D1の至大化)個性的(D1の至大化)な⑭と觀じられてゐれば(D1の至大化)、それで充分(D1の至大化)と、彼(⑳△枠)は、自分の⑪の中心部で、考へてゐた(D1の至大化)からである。それ〔とは:掛け替へなく(D1の至大化)個性的(D1の至大化)な⑭〕は、見るにも飽かぬ眺め(D1の至大化)であり、その中から、汲みつくせぬ(D1の至大化)⑮が現れて來る(D1の至大化)のであつた。さういふ姿〔とは:掛け替へなく(D1の至大化)個性的(D1の至大化)な⑭〕に仕上げてみせた力は、⑯から來てゐるかといふ事になるなら、それは、言はずと知れた、⑰として統一された(D1の至大化)その魅力(D1の至大化)に他ならない。⑱といふ⑲が信じられ(D1の至大化)、生きられる(D1の至大化)⑰に、耳を傾けてゐさへ(D1の至大化)すれば、其處には、分析的理解(D1の至小化)など、一切入込んで來る餘地がない(D1の至小化)事を、彼(△枠)は確かめてゐた(D1の至大化)わけである⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑳宣長21神話研究者(△枠):①への適應正常。

 

(倒置型:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P455關係論#傳説(つたへごと)②#人生觀③#人生からの關係:①,⑥にとつては,勿論,③理解の明瞭な形を取つてはゐなかつた.言はば,發生状態にあるの形で,⑦の想像裡に生きてゐた.⇒④#生活ともどもに #秩序ある,⑥を營む爲に,不可缺なではあつたが,⇒⑥#古人人々。

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P455關係論#人生④#思想⑤#目覺めた感覺感情からの關係:(前項⇒).④といふには單純すぎ,或は激しすぎる,#あるがまま のの感じ方,と言つていいものがあるだらう,⑤ #天眞な動きによる,その #受取り方 があるだらう,⑧もがしてゐる事だ.⑨⇒⑥#古人人々⑧#⑨#宣長.

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P455關係論①傳説⇒からの關係:(前項⇒).この受取り方[とは:#神への古言(いにしへごと)による古意(いにしへごころ)/體言命名]から,直接には生れて來たであらうし,,生れ出た,逆に受取り方を確かめ,發展させるやうに働きもしたらう.⑨が入込んだのは,さういふ場所⇒⑨宣長.

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(以下文の主旨抜粋)

P455關係論①『傳説』(つたへごと。物:場 C‘)②人生觀(物:場 C‘)③人生(物:場 C‘)④思想(物:場 C‘)⑤目覺めた感覺感情(物:場 C‘)⇒からの關係:①は、⑥にとつては、ともどもに秩序ある(Eの至大化)生活(F)を營む(F⇒Eの至大化)爲に、不可缺な②ではあつたが、勿論、それは、③理解の明瞭な形(D1の至大化)を取つてはゐなかつた(D1の至小化)。言はば、發生状態(D1の至小化)にある②の形で、⑦の想像裡(D1)に生きてゐた。④といふには單純すぎ(D1の至小化)、或は激しすぎる、あるがまま(D1の至大化)の③の感じ方、と言つていいものがあるだらう、⑤の天眞な動き(D1の至大化)による、その受取り方(D1の至大化)があるだらう、⑧もがしてゐる事だ。この〔とは:の天眞な動き(D1の至大化)による〕受取り方(D1の至大化)〔とは:神への古言(いにしへごと)による古意(いにしへごころ)=體言命名〕から、直接に①は生れて來たであらうし、又、生れ出た①は、逆に、受取り方を確かめ(D1の至大化)、發展させる(D1の至大化)やうに働きもしたらう。⑨が入込んだのは、さういふ場所〔とは上記:の天眞な動き、云々〕であつた⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑥古人⑦人々⑧誰⑨宣長(△枠):①への適應正常。

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P456關係論#上代の人々の[#心ばへ]②古人の[心ばへ]③意味からの關係:(前項⇒)①を言ふ時,さういふ場所[前項:目覺めた感覺感情の #天眞な動き,云々],⑨が考へてゐたとすれば,②と言つても,⑩の言つた③([天眞な歌ごころ])とは餘程違つたものだつたわけだし,⇒⑨宣長眞淵。

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P456關係論#古人の[#心ばへ]④今日⑤#人情⑥#まごころ⑦#事物からの關係:(前項⇒).②を言ふのに,④の意味合で,主觀的,客觀的とかいふ,惑はしい言葉に躓いてはならない.⑪の素朴な⑤,人が持つて生れて來たと呼んでもいいとした,有るがままのとの出會ひ(事の世界),⇒宣長⑪#古人。

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P456關係論⑥まごころ⑦#事物⑧#古事記傳からの關係:(前項⇒).⑧のもつと愼重で正確な言ひ方で言へば,[#天地 はただ天地,#男女(めを)はただ男女,#水火(ひみづ)はただ水火の,#性質情状(#あるかたち)]との出會ひ,これが語られるのを聞いてゐれば,⑨には充分だつた⇒⑨宣長古人。(とは以下枠文參照)

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(以下文の主旨抜粋)

P456關係論①上代の人々の『心ばへ』(物:場 C‘)②古人の『心ばへ』(物:場 C‘)③意味(物:場 C‘)④今日(場 C‘)⑤人情(物:場 C‘)⑥『まごころ』(物:場 C‘)⑦事物(物:場 C‘)⑧『古事記傳』(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。①を言ふ時、さういふ場所〔とは上項:目覺めた感覺感情の天眞な動き、云々を、彼(⑨宣長△枠)が考へてゐた(D1の至大化)とすれば、②と言つても、⑩の言つた③〔とは以下:『天眞な歌ごころ』〕とは餘程違つたものだつたわけだし(とは以下枠文參照)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十五章

〇P417關係論①言辭(言葉遣ひ/古書の註釋/#古言 の語釋)の道②#上つ代③事物④#具體性或は個性⇒からの關係:①を探る⑤の眼には,終始,何の曇りもなかつたと見ていい.#訓詁 の長い道を徹底的に辿つてみた,⑤の何一つ貯へぬ #心眼〔とは:『#自照(古人の心である『天眞』の獲得)を通じての『古事記』觀照の道〕,②の③の #あつたがまま の④が,鮮明に映じて來た⇒⑤宣長。

(凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章

○P436關係論①問題(物:場 C‘)②古學の主題(物:場 C‘)③『あやし(理りなし)』(物:場 C‘)④『上代の心ばへの驚く程の天眞』(物:場 C‘)⇒からの關係:⑥は、『①として扱はれるのを、初めから拒絶してゐるやうなもの』を、②③として捉へ、⇒「⑤:『直(なほ)く安らか』(F)」⇒E:③の對象を④即ち⑤とした。それ故に、⑤を明らめる事(Eの至大化)は,⑤の觀照の世界を擴げ深め,⑤をわが心とする(自照)以外にないと捉へた」(⑤への距離獲得:Eの至大化)⇒⑥宣長(△枠):②への適應正常。

(F挿入&MIX:凝縮實在關係論)〔私的論究〕

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P442關係論#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

#言傳へ(ことづたへ)の世②天眞な歌ごころ⇒からの關係:④は,①の⑤に,②と言ふ表現の才を見ようとしたが⇒[#表現]⇒⑥は,⑤に③の #天分[とは:#古言のふり に依る,#迦微 と言ふ #体言命名]を見る方が,どれほど自然な事かを直覺してゐた⇒④眞淵⑤#上古人⑥宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P443關係論①場合②考へ方③#天眞な歌ごころ⇒からの關係:(前項から).この①,⑪は,⑫のやうに不自由な②はしなかつた.⑬は生れて來る,⑭は,,[#弘大なる風雅の意(こころ)/ 天地のしらべ]を持つてゐた,といふ風に問題を狭めはしなかつた⇒⑪宣長⑫眞淵⑬歌人⑭上古の人々。

(!倒置型&F挿入&MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

P443關係論#天眞な歌ごころ⇒からの關係:⑭は⑬として生まれ來て,,[#弘大なる風雅の意(こころ)/ 天地のしらべ]を持つてゐたと,⑫は,問題を狭めて考へた。對するに⑪は,[:言語]⇒直かな,豊かな⑥表現[精氣ある⑥表現(古言のふり)]を、実生活上の生きた智恵として⑭は身に付け,當然, それは日常會話にも及んでゐた,考へた⇒⑪宣長⑫眞淵⑬歌人⑭上古の人々。

(凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章

P436關係論①神の傳説②『なに物かはあやしからざる』(すべてあやし)⇒からの關係:①を眞實と信じ、に徹し、『息を殺して,神の物語 に聞き入れば足りる』,とした④の態度⇒「③:寓言(#たとへ)」⇒E:とは相反し、⑤は『理りあり/理附け/自己流解釋』で、①を③(F)と捉へ(F⇒Eの至大化)、[上古の事實]を身勝手に、神代といふも名のことなる(異なる)のみにて、同じく人の上なるべき』とした⇒④宣長⑤眞淵

  上代の人々の『心ばへ』(物:場 C‘)②古人の『心ばへ』(物:場 C‘)③意味(物:場 C‘)

④今日(場 C‘)⑤人情(物:場 C‘)⑥『まごころ』(物:場 C‘)⑦事物(物:場 C‘)⑧『古事記傳』(物:場 C‘)⇒からの關係:

又これ(古人の『心ばへ』)を言ふのに、④の意味合で、主觀的とか客觀的とかいふ、惑はしい(D1の至小化)言葉に躓いてはならない。⑪の素朴な⑤、人が持つて生れて來た⑥と呼んでもいいとした⑤と、有るがままの⑦との出會ひ(D1の至大化)、⑧のもつと愼重で正確な言ひ方(D1の至大化)で言へば、『天地はただ天地(物:場 C‘)、男女(めを)はただ男女(めを)、水火(ひみづ)はただ水火(ひみづ)の、性質情状(あるかたち)(物:場 C‘)』との出會ひ(D1の至大化)、これが語られるのを聞いてゐれば、⑨には充分だつた(とは以下枠文參照)⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑨宣長⑩眞淵⑪古人(△枠):①への適應正常

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論#神の傳説②[#なに物かはあやしからざる](すべてあやし)#神代の物語⇒からの關係:⑧は,①を #眞實と信じ,②に徹し,[息を殺して,③に聞き入れば足りる]とした.[#あやし]⇒對するに,⑩は,③を④(#理りなし)と受け止める餘裕すらなかつた⇒⑧宣長⑩#学者達。

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十五章

〇P417關係論①言辭(言葉遣ひ/古書の註釋/#古言 の語釋)の道②#上つ代③事物④#具體性或は個性⇒からの關係:①を探る⑤の眼には,終始,何の曇りもなかつたと見ていい.#訓詁 の長い道を徹底的に辿つてみた,⑤の何一つ貯へぬ #心眼〔とは:『#自照(古人の心である『天眞』の獲得)を通じての『古事記』觀照の道〕,②の③の #あつたがまま の④が,鮮明に映じて來た⇒⑤宣長。

P290《古事記傳』完成時詠歌:古事(ふるごと)の ふみをらよめば いにしへの てぶりこととひ 聞見るごとし》 注:『てぶりこととひ』とは、古言(いにしへごと)の『ふり』の意。

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P456關係論[#上古 #言傳へ(#ことづたへ)のみなりし代 の #]②子供の時期③#歴史子供の世⑥#人性の基本的構造からの關係:(前項⇒).さういふ次第で,⑦を言ふ時,⑧を經て來たやうに,③にも,④があつたといふ通念から,⑦は全く #自由であつた.⇒⑦#宣長私達

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P456關係論#⑥#人性の基本的構造からの關係:(前項⇒).どんなでも,#大人は大人 であつたし,#子供は子供 だつたと,率直に考へてゐれば足りた.⑨は餘程利口になつた積りでゐるには,⑥,解りにくいものになつた,は見てゐたのである⇒⑦#宣長自分等⑩#今日の人々

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(以下文の主旨抜粋)

P456關係論①『上古言傳(ことづた)へのみなりし代の心』(物:場 C‘)②、子供の時期(場 C‘)③歴史(物:場 C‘)④子供の世(場 C‘)⑤昔(場 C‘)⑥人性の基本的構造(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。さういふ〔とは前項:人が持つて生れて來た『まごころ』(物:場 C‘)と呼んでもいいとした人情と、有るがままの事物(物:場 C‘)との出會ひ(D1の至大化)が語られるのを聞いてゐれば、宣長(△枠)には充分だつた次第で、⑦が①を言ふ(D1の至大化)時、⑧が②を經て來た(D1)やうに、③にも、④があつたといふ通念(D1の至小化)から、彼(⑦△枠)は全く自由(D1の至大化)であつた。どんな⑤でも、大人(△枠)は大人(△枠)であつたし、子供(△枠)は子供(△枠)だつたと、率直に考へて(D1の至大化)ゐれば足りた(D1の至大化)。⑨は餘程利口(D1の至大化)になつた積りでゐる⑩には、⑥が、解りにくい(D1の至小化)ものになつた、と彼(⑦△枠)は見てゐた(D1の至大化)のである⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑦宣長⑧私達⑨自分等⑩今日の人々(△枠):①への適應正常

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P456關係論#太陽⑤#青い海⑥#高い山⑦#⑧#威力からの關係:㉓を捕へて離さぬ,輝くにも,⑤にも,⑥にも宿つてゐる,㉓の意志から,全く獨立してゐるとしか思へない,#計り知りえぬに向ひ,どういふ態度を取り(#事の世界),どう行動したらいいか,(次項へ続く)⇒宣長㉓自分等.

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P456關係論#言靈(ことだま)⇒からの關係:(前項⇒)[その(計り知りえぬ威力の) #性質情状(#あるかたち)]を見究めよう〔とは:「言葉で作られた『物』(太陽/青い海/神、等)の『いはではやみがたき』ありやうの感知をしよう」(P336)の事/『物(物:場 C‘)には、おのおのその性質情状(あるかたち)が有る(D1の至大化)』(P331)とした㉔の努力(とは:#神 への #古言 による #古意/#體言命名),㉒は注目してゐたのである.これは,⑨の働き(言靈⇒#轉義⇒#合體)を待たなければ出來ない事であつた㉒宣長㉔大人達.(とは以下枠文參照)

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P456關係論①(物:場 C‘)②自然(場 C‘)③自然感情(物:場 C‘)④太陽(物:場 C‘)⑤青い海(物:場 C‘)⑥高い山(物:場 C‘)⑦力(物:場 C‘)⑧威力(物:場 C‘)⑨言靈(ことだま。物:場 C‘)⑩空や山や海(物:場 C‘)⑪彼方(場 C‘)⑫神々(C)⑬驚くべき心(物:場 C‘)⑭自然全體(物:場 C‘)⑮壓力(物:場 C‘)⑯惠み(物:場 C‘))⑰多種多様な事物(物:場 C‘)⑱人生の『實(まこと)』(物:場 C‘)⑲物語(物:場 C‘)⑳意味なり價値(物:場 C‘)21人生の物語(物:場 C‘)⇒からの關係:23を捕へて離さぬ(D1の至大化)輝く④にも、⑤にも、⑥にも宿つてゐる(D1の至大化)⑦、23の意志(D1)から、全く獨立してゐる(D1の至大化)としか思へない、計り知りえぬ(D1の至大化)⑧に向ひ(D1)、どういふ態度を取り(事の世界)、どう行動したらいいか(D1)、『その性質情状(あるかたち:D1の至大化)』〔とはP333言葉で作られた『物』(太陽/青い海.言霊:神代/神。物:場 C‘)の『いはではやみがたき(ありやう:D1の至大化)』と同種(とは以下枠文參照)を見究めよう(D1の至大化)とした〔とは:『尋常(よのつね)ならずすぐれたる徳(こと)のありて、可畏き物(物:場 C‘)を迦微(F)と言ふ』とした(體言命名:F⇒Eの至大化)〕24の努力〔とは:神への古言(いにしへごと)による古意(いにしへごころ)=體言命名〕に、(宣長は)注目してゐたのであるこれは、⑨の働き〔とは:言靈(ことだま:C’)⇒轉義(D1の至大化)⇒合體(古言/體言命名/Eの至大化)〕を待(別字)たなければ、出來ない事であつた

〔小生的纏め〕

三十五章P333~4關係論言葉で作られた『物』(言霊:神代/神。物:場 C‘)②心(物:場 C‘)③宣命(物:場 C‘)④言靈(物:場 C‘)⇒からの關係:「◎:①の『いはではやみがたき(ありやう:D1の至大化)』〔性質情状(あるかたち:D1の至大化)〕を感知(D1の至大化)〔(P333)『意(こころ:語釋D1の至小化)より詞(ことば)を先き』と同意〕」⇒「⑤:文(あや)」(◎的概念F)⇒E:②が直かに感ずる①(事の世界)に對する〔言(こと:F)の世界の〕⑤といふ、しつかりした經驗。(P333)『⑥又⑦の聞て(Eの至大化)、心にしめて感(かま)く(D1の至大化)(Eの至大化)べく、其詞(F)に⑤をなして(Eの至大化)、美麗(うるはし)く作れる(Eの至大化)もの』。(P334)「③の④〔言葉で作られた物(神代/)〕は、先づ宣(の)る(D1の至大化)といふ事(わざ:D1の至大化)〔即ち『事(こと)の世界(物:場 C‘)』〕が作り出す、音聲の⑤に宿つて現れた(Eの至大化)〔言(こと:F)の世界〕。」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑥神⑦人(△枠):①への適應正常。

⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)22宣長23自分等24大人達25彼等26自分自身2728人(△枠)

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

P456關係論#言靈⑩#空や山や海彼方⑫#神々⑬#驚くべき心からの關係:(前項⇒).そして,⑨の働きも亦,⑩,遙か見知らぬから,㉕の許にやつて來たと考へる他はないのであつた.⑫,㉕を信じ,その,㉕に通はせ,君達の,#信ずる所を語れ,といふ様子をみせたであらう㉕彼等.(とは以下枠文參照)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P456關係論#自然⑫#神々⑭#自然全體からの關係:(前項⇒)[君達の信ずる所を語れ]といふの聲が,㉕に聞えて來たといふ事は,言つてみれば,⑭の内に,㉓は居るのだし,㉓全體の中に②が在る,これほど確かな事はないと感じて生きて行く,その味ひ だつたであらう#自分等㉕#彼等.(とは以下枠文參照)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P456關係論②自然⑮壓力⑯#惠み多種多様な事物からの關係:(前項⇒).其處で,㉕は,言ふに言はれぬ,恐ろしい頑丈なと共に,又言ふに言はれぬ,柔らかく豊かなも現す,②の恐怖と魅惑とが入り混る,⑰[性質情状]を素直に感受し⇒[⑱:#表現]⇒その困難なに心を躍らす㉕彼等.(とは以下枠文參照)

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(以下文の主旨抜粋)

P456關係論①(物:場 C‘)②自然(場 C‘)③自然感情(物:場 C‘)④太陽(物:場 C‘)⑤青い海(物:場 C‘)⑥高い山(物:場 C‘)⑦力(物:場 C‘)⑧威力(物:場 C‘)⑨言靈(ことだま。物:場 C‘)⑩空や山や海(物:場 C‘)⑪彼方(場 C‘)⑫神々(C)⑬驚くべき心(物:場 C‘)⑭自然全體(物:場 C‘)⑮壓力(物:場 C‘)⑯惠み(物:場 C‘))⑰多種多様な事物(物:場 C‘)⑱人生の『實(まこと)』(物:場 C‘)⑲物語(物:場 C‘)⑳意味なり價値(物:場 C‘)21人生の物語(物:場 C‘)⇒からの關係:そして、この働き〔とは:言靈(ことだま:C’)⇒轉義(D1の至大化)⇒合體(體言命名/Eの至大化)〕も亦、⑩の、遙か見知らぬ⑪から、25の許にやつて來た(D1の至大化)と考へる他はないのであつた。⑫は、25を信じ(D1の至大化)、その⑬を、25に通はせ(D1の至大化)、君達(△枠)の、信ずる(D1の至大化)ところを語れ(D1の至大化)、といふ様子をみせたであらうさういふ聲(F)が、25に聞えて來た(F⇒Eの至大化)といふ事は、言つてみれば、⑭のうちに、自分等(△枠)は居る(D1の至大化)のだし、23全體の中に②が在る(D1の至大化=Eの至大化)、これほど確かな事(D1の至大化=Eの至大化)はないと感じて生きて行く(D1の至大化)、その味ひ(Eの至大化)だつたであらう。其處で、25は、言ふに言はれぬ(D1の至大化)、恐ろしい(可畏き:D1の至大化/小生注)頑丈な⑮とともに、これ又言ふに言はれぬ(D1の至大化)、柔らかく豊かな⑯も現してゐる(D1の至大化)②の姿、恐怖(可畏き:D1の至大化)と魅惑(D1の至大化)とが細かく入り混る、⑰の『性質情状(あるかたち:D1の至大化)』〔とはP333言葉で作られた『物』(太陽/青い海.言霊:神代/神。物:場 C‘)の『いはではやみがたき(ありやう:D1の至大化)』と同種〕を、そのまま素直に感受し(事の世界:D1の至大化)、その困難な表現〔とは:神への古言(いにしへごと)による古意(いにしへごころ)=體言命名〕に心を躍らす(F⇒Eの至大化:言の世界)といふ事になる⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)22宣長23自分等24大人達25彼等26自分自身2728人(△枠)

P456關係論①(物:場 C‘)②自然(場 C‘)③自然感情(物:場 C‘)④太陽(物:場 C‘)⑤青い海(物:場 C‘)⑥高い山(物:場 C‘)⑦力(物:場 C‘)⑧威力(物:場 C‘)⑨言靈(ことだま。物:場 C‘)⑩空や山や海(物:場 C‘)⑪彼方(場 C‘)⑫神々(C)⑬驚くべき心(物:場 C‘)⑭自然全體(物:場 C‘)⑮壓力(物:場 C‘)⑯惠み(物:場 C‘))⑰多種多様な事物(物:場 C‘)⑱人生の『實(まこと)』(物:場 C‘)⑲物語(物:場 C‘)⑳意味なり價値(物:場 C‘)21人生の物語(物:場 C‘)⇒からの關係:これこそ⑱と信じ得た(D1の至大化)ところを、最上(D1の至大化)と思はれた着想(D1)、即ち先づ26が驚くほど(D1の至大化)の着想(D1)によつて、27が言ひ出した(D1の至大化)ともなく語られた(D1の至大化)⑲、⑫が坐(いま)さなければ(D1の至小化)、その⑳なりを失つて了ふ(D1の至小化)が、28から28へと大切に(D1の至大化)言ひ傳へられ、育てられて來なかつたわけがあらうか(D1の至大化)⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)22宣長23自分等24大人達25彼等26自分自身2728人(△枠)

 

(以下文の主旨抜粋)

P456關係論①(物:場 C‘)②自然(場 C‘)③自然感情(物:場 C‘)④太陽(物:場 C‘)⑤青い海(物:場 C‘)⑥高い山(物:場 C‘)⑦力(物:場 C‘)⑧威力(物:場 C‘)⑨言靈(ことだま。物:場 C‘)⑩空や山や海(物:場 C‘)⑪彼方(場 C‘)⑫神々(C驚くべき心(物:場 C‘自然全體(物:場 C‘)⑮壓力(物:場 C‘)⑯惠み(物:場 C‘))⑰多種多様な事物(物:場 C‘)⑱人生の『實(まこと)』(物:場 C‘)⑲物語(物:場 C‘意味なり價値(物:場 C‘21人生の物語(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。さういふ22の考へ方(D1の至大化)からすれば、上古の人々の生活(F)は、②の懐に抱かれて(D1)行はれてゐた(Eの至大化)と言つても、ただ、子供(△枠)の③の鋭敏な動き(D1の至大化)を言ふのではない(D1の至小化)。さういふ事は二の次であつて、23を捕へて離さぬ(D1の至大化)輝く④にも、⑤にも、⑥にも宿つてゐる(D1の至大化)⑦、23の意志(D1)から、全く獨立してゐる(D1の至大化)としか思へない、計り知りえぬ(D1の至大化)⑧に向ひ(D1)、どういふ態度を取り(事の世界)、どう行動したらいいか(D1)、『その性質情状(あるかたち:D1の至大化)』〔とはP333言葉で作られた『物』(太陽/青い海.言霊:神代/神。物:場 C‘)の『いはではやみがたき(ありやう)』=性質情状(あるかたち:D1の至大化)と同種(とは以下枠文參照)を見究めよう(D1の至大化)とした〔とは:『尋常(よのつね)ならずすぐれたる徳(こと)のありて、可畏き物(物:場 C‘)を迦微(F)と言ふ』とした(體言命名:F⇒Eの至大化)〕24の努力〔とは:神への古言(いにしへごと)による古意(いにしへごころ)=體言命名〕に、(宣長は)注目してゐたのであるこれは、⑨の働き〔とは:言靈(ことだま:C’)⇒轉義(D1の至大化)⇒合體(古言/體言命名/Eの至大化)〕を待(別字)たなければ、出來ない事であつた

〔小生的纏め〕

三十五章P333~4關係論①言葉で作られた『物』(言霊:神代/神。物:場 C‘)②心(物:場 C‘)③宣命(物:場 C‘)④言靈(物:場 C‘)⇒からの關係:「◎:①の『いはではやみがたき(ありやう:D1の至大化)』〔性質情状(あるかたち:D1の至大化)〕を感知(D1の至大化)〔(P333)『意(こころ:語釋D1の至小化)より詞(ことば)を先き』と同意〕」⇒「⑤:文(あや)」(◎的概念F)⇒E:②が直かに感ずる①(事の世界)に對する〔言(こと:F)の世界の〕⑤といふ、しつかりした經驗。(P333)『⑥又⑦の聞て(Eの至大化)、心にしめて感(かま)く(D1の至大化)(Eの至大化)べく、其詞(F)に⑤をなして(Eの至大化)、美麗(うるはし)く作れる(Eの至大化)もの』。(P334)「③の④〔言葉で作られた物(神代/)〕は、先づ宣(の)る(D1の至大化)といふ事(わざ:D1の至大化)〔即ち『事(こと)の世界(物:場 C‘)』〕が作り出す、音聲の⑤に宿つて現れた(Eの至大化)〔言(こと:F)の世界〕。」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑥神⑦人(△枠):①への適應正常。

  (物:場 C‘)②自然(場 C‘)③自然感情(物:場 C‘)④太陽(物:場 C‘)⑤青い海(物:

C‘)⑥高い山(物:場 C‘)⑦力(物:場 C‘)⑧威力(物:場 C‘)⑨言靈(ことだま。物:場 C‘)⑩空や山や海(物:場 C‘)⑪彼方(場 C‘)⑫神々(C)⑬驚くべき心(物:場 C‘)⑭自然全體(場 C‘⑮壓力(物:場 C‘)⑯惠み(物:場 C‘)⑰多種多様な事物(物:場 C‘)⑱人生の『實(まこと)』(物:場 C‘)⑲物語(物:場 C‘)⑳意味なり價値(物:場 C‘)、21人生の物語(物:場 C‘)⇒からの關係:そして、この働き〔とは:言靈(ことだま:C’)⇒轉義(D1の至大化)⇒合體(體言命名/Eの至大化)〕も亦、⑩の、遙か見知らぬ⑪から、25の許にやつて來た(D1の至大化)と考へる他はないのであつた。⑫は、25を信じ(D1の至大化)、その⑬を、25に通はせ(D1の至大化)、君達(△枠)の、信ずる(D1の至大化)ところを語れ(D1の至大化)、といふ様子をみせたであらうさういふ聲(F)が、25に聞えて來た(F⇒Eの至大化)といふ事は、言つてみれば、⑭のうちに、自分等(△枠)は居る(D1の至大化)のだし、23全體の中に②が在る(D1の至大化=Eの至大化)、これほど確かな事(D1の至大化=Eの至大化)はないと感じて生きて行く(D1の至大化)、その味ひ(Eの至大化)だつたであらう。其處で、25は、言ふに言はれぬ(D1の至大化)、恐ろしい(可畏き:D1の至大化/小生注)頑丈な⑮とともに、これ又言ふに言はれぬ(D1の至大化)、柔らかく豊かな⑯も現してゐる(D1の至大化)②の姿、恐怖(可畏き:D1の至大化)と魅惑(D1の至大化)とが細かく入り混る、⑰の『性質情状(あるかたち:D1の至大化)』〔とはP333言葉で作られた『物』(太陽/青い海.言霊:神代/神。物:場 C‘)の『いはではやみがたき(ありやう:D1の至大化)』と同種〕を、そのまま素直に感受し(事の世界:D1の至大化)、その困難な表現〔とは:神への古言(いにしへごと)による古意(いにしへごころ)=體言命名〕に心を躍らす(F⇒Eの至大化:言の世界)といふ事になる。これこそ⑱と信じ得た(D1の至大化)ところを、最上(D1の至大化)と思はれた着想(D1)、即ち先づ26が驚くほど(D1の至大化)の着想(D1)によつて、27が言ひ出した(D1の至大化)ともなく語られた(D1の至大化)⑲、⑫が坐(いま)さなければ(D1の至小化)、その⑳なりを失つて了ふ(D1の至小化)が、28から28へと大切に(D1の至大化)言ひ傳へられ、育てられて來なかつたわけがあらうか(D1の至大化)⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)22宣長23自分等24大人達25彼等26自分自身2728人(△枠):①への適應正常

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

P456關係論#神々⑱#人生の[#(#まこと)]⑲#物語⑳#意味なり價値㉑#人生の物語からの關係:(前項⇒).これこそと信じ得たところを,#最上と思はれた着想,即ち,先づ㉖が驚くほどの着想によつて,㉗が言ひ出したともなく語られた⑲,(次項へ続く)⇒#自分自身㉗誰.

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P456關係論#神々⑱#人生の[#(#まこと)]⑲#物語⑳#意味なり價値㉑人生の物語⇒からの關係:(前項⇒).⑫#(#いま)さなければ,そのなりを失つて了ふが,㉘から㉘へと #大切に言ひ傳へられ,育てられて來なかつたわけがあらうか㉖自分自身㉗誰㉘#.

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(以下文の主旨抜粋)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

神々驚くべき心自然全體壓力惠み多種多様な事物人生の[(まこと)]⑲物語意味なり價値㉑人生の物語⇒からの關係:(前項⇒).これこそ⑱と信じ得た(D1の至大化)ところを、最上(D1の至大化)と思はれた着想(D1)、即ち先づ26が驚くほど(D1の至大化)の着想(D1)によつて、27が言ひ出した(D1の至大化)ともなく語られた(D1の至大化)⑲、⑫が坐(いま)さなければ(D1の至小化)、その⑳なりを失つて了ふ(D1の至小化)が、28から28へと大切に(D1の至大化)言ひ傳へられ、育てられて來なかつたわけがあらうか(D1の至大化)⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒㉒宣長㉓自分等㉔大人達㉕彼等㉖自分自身㉗誰㉘人

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P457關係論#古傳説②#古人の心ばへ③#わが國の歴史④#神々⑤#傳統的心ばへからの關係:⑭,①を創り,育て,信じて來たを熟知しなければ,③ #解く事 は出來ぬ,④,⑤のうちには,現に #生きてゐる 事は,⑮の見るところである,さういふ風に考へてゐた(とは以下枠文參照)⇒⑭#宣長⑮#衆目。

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P457關係論#古傳説②#古人の心ばへ③#わが國の歴史④#神々⑤#傳統的心ばへからの關係:(前項⇒)[①を創り,育て,信じて來た #熟知しなければ,③ #解く事は出來ぬ],[其國のたましひが,國の臭氣也]とするの考へとは,#全く逆であつた(とは以下枠文參照)

⇒⑭#宣長衆目⑯#秋成

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(以下文の主旨抜粋)

P457關係論古傳説(物:場 C‘)②古人の心ばへ(物:場 C‘)わが國の歴史(物:場 C‘)④神々(C)⑤傳統的心ばへ(物:場 C‘)⑥今(場 C‘)⑦人々の表情(物:場 C‘)⑧國語の力(物:場 C‘)⑨運命(物:場 C‘)⑩姿(物:場 C‘)⑪意味(物:場 C‘)⑫眞(物:場 C‘)⑬天(場 C‘)⇒からの關係:⑭は、①を創り(D1の至大化)、育て(D1の至大化)、信じて來た(D1の至大化)②を熟知(D1の至大化)しなければ、③を解く事(D1の至大化)は出來ぬ、④が、⑤のうちには、現に生きてゐる(D1の至大化)事は、⑮の見るところ(D1の至大化)である、さういふ風に考へてゐた(D1の至大化)(とは以下枠文參照)

小林秀雄 著 #本居宣長 四十二章

P394關係論①上代人②意(こころ)③我國の歴史④神代⑤わが國史⇒からの關係:[誰もが眞實と信ずる,神の物語が生れて來て,それが傳へられて來た,①の②(心的事實?)を知らなければならない],⑥は,聊かも崩さなかつた. それ故に,③が,④といふ怪しげな時代から始つてゐる事を,どう解したらよいかといふ、古へから,⑦を惱ませて來た問題が,⑥にはおこらなかつた。⑥は極めて率直に,③が④から始つてゐる事に,⑤の紛れもない特色があると考へた⇒⑥宣長⑦世の識者(ものしりびと)等。

〔三十九章主題〕:

P369關係論#源氏②雅の趣③實情世界(喜怒哀楽)④古事記⑤可畏(かしこ:おそるる) ⇒からの關係: ⑦は,①熟讀(雅言のふり に徹す),②を得,③に觸れての⇒[⑥あはれ]⇒⑥を發見(⑥を奈我牟流)。と同時に④の⑤に、「觸れ⑥を阿夜(あや:驚て歎く)」(古言のふり)を發見し、兩者を『我邦の歴史』と信じた⇒⑦宣長。

(凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十六章

P428關係論①古事記②古へ③言語表現(古言のふり)④意(こころ)⑤事(こと)⑥言辭の形⑦[神の世の事ら]⑧喜怒哀楽(まごころ)⑨物の可畏き(おそるる)⑩我邦の歴史⇒からの關係:⑫の心には、①の、②よりの云ひ傳へに忠實な③で、④も⑤も(事の世界),(ことば:言の世界)も、相稱(あひかな)つてゐる(即ち⑥の),⑦が鮮やかに映じてゐた.しかしこの⑥は,⑫が[もののあはれ]論について書いた時に,『⑧/⑨』に觸れて⇒[⑪あはれ]⇒⑪を直ちに歎く(奈我牟流/阿夜)は,⑩と確信してゐた⇒⑫宣長。

これは『其國(物:場 C‘)のたましひ(物:場 C‘)が、國(物:場 C‘)の臭氣(D1の至小化)也』とする⑯の考へ(D1の至小化)とは、全く逆(D1の至大化)であつた⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑭宣長⑮衆目⑯秋成⑰誰⑱私達(△枠)⑲己(△枠):①への適應正常。

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#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P457關係論#古傳説⑥#⑦#人々の表情⑧#國語 の力⑨#運命からの關係:⑥もなほの流れに浸つた,#故意に眼を閉じなければ,⑰にも #見えてゐる.それは,⑱に捕らへられてゐるのと同じやうに,⑱と呼ぶべきものである.は言ふ⇒⑭#宣長⑰#⑱#私達.

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P457關係論#運命からの關係:(前項⇒)⑨の外に #出られるものなら,⇒[⑩# :⑪ #]⇒⑩とかとかいふ #言葉 を,⑰もが,#何時の間にか 使つてゐたわけはないし,#無理にその外に出れば,例へば,#臭氣 といふ別な #言葉 が #入り用にならう⇒⑰#.

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(以下文の主旨抜粋)

P457關係論古傳説(物:場 C‘)②古人の心ばへ(物:場 C‘)わが國の歴史(物:場 C‘)④神々(C)⑤傳統的心ばへ(物:場 C‘)⑥今(場 C‘)⑦人々の表情(物:場 C‘)⑧國語の力(物:場 C‘)⑨運命(物:場 C‘)⑩姿(物:場 C‘)⑪意味(物:場 C‘)⑫眞(物:場 C‘)⑬天(場 C‘)⇒からの關係:⑥もなほ①の流れに浸つた(D1の至大化)⑦は、故意に眼を閉じなければ(D1の至小化)、⑰にも見えてゐる(D1の至大化)。それは、⑱が⑧に捕らへられてゐる(D1の至大化)のと同じやうに、⑱の⑨と呼ぶべき(D1の至大化)ものである。⑨の外に出られる(D1の至大化)ものなら、⇒「運(F)とか命(F)」⇒E:とかいふ言葉(F)を、⑰もが、何時の間にか使つてゐた(F⇒Eの至大化)わけはない(D1の至小化)し、無理(D1の至小化)にその外に出れば、例へば、臭氣(F)といふ別な言葉が入り用(F⇒Eの至大化)にならう」⇒⑭宣長⑮衆目⑯秋成⑰誰⑱私達(△枠)⑲己(△枠)。

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P457關係論#運命⑩#姿⑪#意味⑫#⑬#からの關係:(前項⇒).⑰のものでもない自分の #特殊性の完璧な⑩,それ自身で充實したを見極めて,是をとして #信ずる事は,⑲與のものといふ考へに向ひ,#是を支へてゐなければ,不可能ではないか.⑭⇒⑭#宣長⑲#

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十九章

○P457關係論#運命⑩#姿⑪#意味⑫#⑬#からの關係:(前項⇒).このやう[とは:⑲與のものといふ考へに向ひ,是を支へてゐなければ,不可能]な事に,⑰[ただ #信ずるかほ して居](⑯の弁)る事が出來ようか⇒⑭#宣長⑯#秋成⑰#⑲#.

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(以下文の主旨抜粋)

P457關係論古傳説(物:場 C‘)②古人の心ばへ(物:場 C‘)わが國の歴史(物:場 C‘)④神々(C)⑤傳統的心ばへ(物:場 C‘)⑥今(場 C‘)⑦人々の表情(物:場 C‘)⑧國語の力(物:場 C‘)⑨運命(物:場 C‘)⑩姿(物:場 C‘)⑪意味(物:場 C‘)⑫眞(物:場 C‘)⑬天(場 C‘)⇒からの關係:⑰のものでもない自分の⑨の特殊性の完璧な(D1の至大化)⑩、それ〔とは:〕自身で充實した(D1の至大化)⑪を見極めて(D1の至大化)、これを⑫として信ずる(D1の至大化)事は、⑲の⑨は⑬與(D1の至大化)のものといふ考へに向ひ(D1の至大化)、これを支へて(D1の至大化)ゐなければ、不可能(D1の至小化)ではないか。このやうな事に、⑰が『ただ信ずるかほして居』る(D1の至小化)事が出來ようか⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑭宣長⑮衆目⑯秋成⑰誰⑱私達(△枠)⑲己(△枠):①への適應正常。

 

 

 

〔四十八章主題〕

《言傳(ことづた)へだけで,[あやし]なる語り方をしなければならぬ, 上古の人々の[内的な必然性]の意味を問ふ事。それが[神代とは不合理]の始末》

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P440關係論#文字③世④#浮きたる事⑤今の世⑧國⑩#神代⑪#心⇒からの關係:(前項⇒).⑩より言ひ傳へ,[#言霊]⇒⑬の幸はふ⑧と語り繼いで來た[①なき③は,①なき③の⑪なる故],想像力を働かせるなら,[言辭の道]に於いて,④はむしろ⑤の,[①知れる⑰]の側と,⑮⇒⑮宣長⑰人

 

(凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P441關係論:#文字②#何時③#昔④#人間の心の歴史⇒からの關係:①の出現以前,②からとも知れぬ③から,④は,ただ #言傳(ことづた)へだけで,支障なくつづけられてゐたのは何故か.[#話し言葉]#言葉 と言へば,⑦があれば足りたからだ,と⑬⇒⑬#宣長

 

(MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論#神代の物語②#學問③[#あやしさ]⑤[#あやし]⑥#常識⑦#物語彼等の仕事からの關係:(前項から).,⑨に大きな不滿を抱いたのは,①⑤(#理りなし)と受け止める餘裕すらなく,誰も(⑩),その合理化(#理り/#理に還元/自分流 #理附け)に走るから⇒⑧宣長⑩#学者達

 

(F挿入&MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論#傳説⑤#心ばへからの關係:(前項から).④の無名の⑤(#事の世界)からすると,⇒[⑦#あやし]⇒⑦なる #語り方(とは:#古言のふり による #體言命名/#言の世界)をしなければ,何一つ語る事は出來なかつた,のさういふ #内的(#心的) #必然性(とは以下項參照)⇒#宣長の眼⑩#作家達

#小林秀雄 著 #本居宣長 三十九章

P367關係論#からの關係:に直かに觸れてゐるといふ, 己の#直観の内容を,⇒[⑥:内部]⇒ひたすらから明らめようとする努力で,⑦も一ぱいだつたであらう.この努力こそ,⑤の名[#迦微 #産巣日神,]を得ようとする行爲(#古言のふり)そのものであつた上古の人々誰の心

〔以下は四十八章各項:纏め〕

 

 

徂徠の孫弟子にあたる名古屋の儒者、市川匡麻呂(たずまろ)。「末賀乃比礼(まがのひれ)」という文章を書き、儒学とりわけ徂徠学の立場から宣長に批判を試みた。

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P439關係論#神代の伝説②くず花③まがのひれ④文字の徳⑤#言傳(ことづた)への徳⇒からの關係:①について,⑥が非常に明瞭な徹底した考へ方を,②の議論でしてゐる.③の⑦が,④を言ふに對し,⑥は⑤を説く.このやうな事を明言した者は,この人以前に誰一人ゐなかつた⇒⑥宣長⑦著者

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P439關係論

#くず花』議論で,宣長曰く

『古へ(場 C‘)より文字(物:場 C‘)を用ひなれたる(D1の至大化)、今の世の心(△枠)をもて見る(D1)時は言傳〔(ことづた)へ〕物:場 C‘)のみならんには、萬の事(物:場 C‘)おぼつかなかるべけれ(D1の至小化)ば、文字(物:場 C‘)の方ははるかにまさるべし(D1の至大化)と、誰(△枠)も思ふべけれ(D1)共、上古(場 C‘)言傳〔(ことづた)へ:F⇒Eの至大化〕のみなりし、代(物:場 C‘)の心(△枠)に立ちかへりて見れば(D1)、其世(場 C‘)には、文字(物:場 C‘)なし(D1の至小化)とて事たらざることはなし(D1の至大化)、これは文字(物:場 C‘)のみならず、萬の器(物:場 C‘)も何(物:場 C‘)も、古へ(場 C‘)には無かりし(D1の至小化)物の、世々を經(ふ)るままに、新(あらた)に出來つつ、次第に事の便よきやうになりゆくめる、その新しく出來始めたる物も、年を經て用ひなれての心には、此物なかりけん昔は、さこそ不便なりつらめと思へ共、無かりし昔も、さらに事は缺(かけ)ざりし也』と。

 

(以下文の主旨抜粋)

P439關係論神代の傳説(つたへごと。物:場 C‘)②『くず花』(物:場 C‘)③『まがのひれ/末賀乃比礼』(物:場 C‘)④文字の徳(物:場 C‘)⑤言傳(ことづた)への徳(物:場 C‘)⇒からの關係:①について、⑥が非常に明瞭(D1の至大化)な、徹底した考へ方(D1の至大化)をしてゐた事は、②の議論(D1)の中によく現れてゐる(D1の至大化)。③の⑦が、④を言ふ(D1の至大化)に對し、⑥は⑤を説く。(以下枠文參照)このやうな事を明言した者は、この人以前(とは以下枠文參照)に、誰一人ゐなかつた⇒⑥宣長⑦著者(市川匡麻呂△枠)(△枠):①への適應正常。

 

宣長曰く『古へ(場 C‘)より文字(物:場 C‘)を用ひなれたる(D1の至大化)、今の世の心(△枠)をもて見る(D1)時は言傳〔(ことづた)へ〕物:場 C‘)のみならんには、萬の事(物:場 C‘)おぼつかなかるべけれ(D1の至小化)ば、文字(物:場 C‘)の方ははるかにまさるべし(D1の至大化)と、誰(△枠)も思ふべけれ(D1)共、上古(場 C‘)言傳〔(ことづた)へ:F⇒Eの至大化〕のみなりし、代(物:場 C‘)の心(△枠)に立ちかへりて見れば(D1)、其世(場 C‘)には、文字(物:場 C‘)なし(D1の至小化)とて事たらざることはなし(D1の至大化)、これは文字(物:場 C‘)のみならず、萬の器(物:場 C‘)も何(物:場 C‘)も、古へ(場 C‘)には無かりし(D1の至小化)物の、世々を經(ふ)るままに、新(あらた)に出來つつ、次第に事の便よきやうになりゆくめる、その新しく出來始めたる物も、年を經て用ひなれての心には、此物なかりけん昔は、さこそ不便なりつらめと思へ共、無かりし昔も、さらに事は缺(かけ)ざりし也』(②)と。

 

〔倒置法を活用〕

(倒置型:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P439關係論#文字④#言⇒からの關係:③④は相違するといふ端的な事實に着目して欲しいと,⑦は言つてゐるのだ.ところが,其處に眼を向ける人がない. ⑦の言ふところには,③を用ゐなれたる⑧が,知らずして抱いてゐる #偏見 に,強く抗議したいといふ含みがあるのだ⇒⑦宣長⑧人々。

(倒置型:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P439關係論③文字④言⑤今日⇒からの關係:(前項⇒).[③をもて書傳ふると,][:][④を以ていひ傳ふる(F⇒Eの至大化)とを比べいはんには,互ひに得失有て,いずれを勝れり共定めがたく,#上古 言傳(ことづた)へのみなりし代の心に立ちかへりて見],といふ事が,⑤になつてみると難しい⇒⑦宣長

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P439關係論:①それ(物:場 C‘)②譬へ(物:場 C‘)③文字(物:場 C‘)⑤今日(場 C‘)⇒からの關係:兩者(③④)は相違する(D1の至大化)といふ端的な事實に着目して欲しいと、宣長(△枠)は言つてゐるのだ。ところが、其處に眼を向ける人がない。 その言ふところには、③を用ゐなれたる(D1の至大化)人々(△枠)が、知らずして抱いてゐる偏見(D1の至小化)に、強く抗議したい(D1の至大化)といふ含みがある

⇒「④:言(F)」(◎的概念F)⇒E:宣長曰く『④を以ていひ傳ふる(F⇒Eの至大化)と、③をもて書傳ふる(D1)とをくらべいはんには、互ひに得失有て、いずれを勝(まさ)れり共定めがた』くと、宣長(△枠)は繰返し言つてゐる。兩者(③④)は相違する(D1の至大化)といふ端的な事實に着目して欲しいと、言つてゐるのだ。ところが、其處に眼を向ける人がない。上古(場 C‘)言傳〔(ことづた)へ:F⇒Eの至大化〕のみなりし代(物:場 C‘)の心(△枠)に立ちかへりて見(D1の至大化)』るといふ事が、⑤になつてみると如何に難しい(D1の至小化)かを、宣長は考へる(D1の至大化)のであり、その言ふところには、③を用ゐなれたる(D1の至大化)人々(△枠)が、知らずして抱いてゐる偏見(D1の至小化)に、強く抗議したい(D1の至大化)といふ含みがある」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑥眞淵⑦宣長(△枠):③への適應正常。

 

(以下文の主旨抜粋)

P439關係論:それ(物:場 C‘)②譬へ(物:場 C‘)③文字(物:場 C‘)⑤今日(場 C‘)⇒からの關係:⑥が、『古へ(物:場 C‘)を、おのが心言(ことば)にならはし得』たところ(即ち:身勝手な『上古の事實』の事)を振返つてみるなら、①とは質の違つた想像力(D1の至大化)〔とは:上古(場 C‘)言傳〔(ことづた)へ:F⇒Eの至大化〕のみなりし代(物:場 C‘)の心(△枠)に立ちかへりて見』るといふ事が、「◎:この(上記の)易しい(D1の至大化)②の裏には、働いてゐる(D1の至大化)のが見えて來るであらう⇒「④:言(F)」(◎的概念F)⇒E:宣長曰く『④:を以ていひ傳ふる(F⇒Eの至大化)と、③をもて書傳ふる(D1)とをくらべいはんには、互ひに得失有て、いずれを勝(まさ)れり共定めがた』くと、宣長(△枠)は繰返し言つてゐる。兩者(③④)は相違する(D1の至大化)といふ端的な事實に着目して欲しいと、言つてゐるのだ。ところが、其處に眼を向ける人がない。『上古(場 C‘)言傳〔(ことづた)へ:F⇒Eの至大化〕のみなりし代(物:場 C‘)の心(△枠)に立ちかへりて見(D1の至大化)』るといふ事が、⑤になつてみると如何に難しい(D1の至小化)かを、宣長は考へる(D1の至大化)のであり、その言ふところには、③を用ゐなれたる(D1の至大化)人々(△枠)が、知らずして抱いてゐる偏見(D1の至小化)に、強く抗議したい(D1の至大化)といふ含みがある」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑥眞淵⑦宣長(△枠):③への適應正常。

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P440關係論#文字②幾千年③世④心⑤浮きたる事⇒からの關係:⑮曰く[①は不朽の物なれば,一たび記し置つる事は,②を經ても,その儘に遺るは①の徳也⇒[⑥言傳(ことづた)]⇒然れ共①なき③は,①なき③の④なる故に,⑥とても,①ある③の⑥とは大に異にして⑤さらになし]⇒⑮宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P440關係論#文字②#いく千年③#世④浮きたること⑤#今の世⑥#萬の事⇒からの關係:(前項⇒).⑮更に[#くず花]にて言ふ.[⑤とても,①知れる⑰は,⑥を①に預くる故に,空にはえ覺え居らぬ事をも,①知らぬ⑰は,返りてよく覺え居るにてさとるべし]⇒⑮#宣長⑰#

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P440關係論#文字②いく千年③#世④浮きたる事⑤今の世⑥萬の事⑦#皇国(みくに)#国⑨萬国⇒からの關係:(前項⇒).[殊に⑦は,][#言霊(#ことだま)#古語(#いにしへごと)[⑬の助くる⑧,⑬の幸(さき)はふ⑧と⑭にもいひて,實に言語(F)の妙なる(Eの至大化)こと⑨にすぐれたるをや]と⇒宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P440關係論#文字③世④#浮きたる事⑤今の世⑧國⑩#神代⑪#心⇒からの關係:(前項⇒).⑩より言ひ傳へ,[#言霊]⇒⑬の幸はふ⑧と語り繼いで來た[①なき③は,①なき③の⑪なる故],想像力を働かせるなら,[言辭の道]に於いて,④はむしろ⑤の,[①知れる⑰]の側と,⑮⇒⑮宣長⑰人

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P440關係論①文字(物:場 C‘)②いく千年(物:場 C‘)③世(場 C‘)④うき(浮き)たること(物:場 C‘)⑤今の世(場 C‘)⑥萬の事(物:場 C‘)⑦皇國(みくに。物:場 C‘)⑧國(場 C‘)⑨萬國(物:場 C‘)⑩神代(物:場 C‘)⑪世(場 C‘)⑫(物:場 C‘)⇒からの關係:⑮更に『くず花』にて曰く、『①は不朽(D1の至大化)の物なれば、一たび記し置つる事は、②を經て(D1の至大化)も、そのままに遺る(D1の至大化)は①の徳(D1の至大化)也、然れ共①なき(D1の至小化)③は、①なき(D1の至小化)③の⑯なる故に、言傳〔(ことづた)へ:F⇒Eの至大化〕とても、①ある(D1の至大化)③の言傳〔(ことづた)へ:F⇒Eの至大化〕とは大に異(D1の至小化)にして、④さらになし(D1の至小化)、』⇒⑮宣長⑯心⑰人(△枠):①への適應正常。

 

P440關係論①文字(物:場 C‘)②いく千年(物:場 C‘)③世(場 C‘)④うき(浮き)たること(物:場 C‘)⑤今の世(場 C‘)⑥萬の事(物:場 C‘)⑦皇國(みくに。物:場 C‘)⑧國(場 C‘)⑨萬國(物:場 C‘)⑩神代(物:場 C‘)⑪世(場 C‘)⑫(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。⑤とても、①知れる(D1)⑰は、⑥を①に預くる故に、空にはえ覺え居らぬ(D1の至小化)事をも、「◎:①知らぬ(D1の至小化)⑰は、返りてよく覺え居る(D1の至大化)にてさとる(D1の至大化)べし、⇒「⑬:言靈(ことだま:F)⑭:古語(いにしへごと:F)」(◎的概念F)⇒E:殊に⑦は、⑬の助くる(F⇒Eの至大化)⑧⑬の幸(さき)はふ(F⇒Eの至大化)⑧と⑭にもいひて(F⇒Eの至大化)、實に言語(F)の妙なる(F⇒Eの至大化)こと⑨にすぐれたる(D1の至大化)をや』、⑩より言ひ傳へ(F⇒Eの至大化)、⑬の幸(さき)はふ(F⇒Eの至大化)⑧と語り繼いで來た『①なき(D1の至小化)⑪は、①なき(D1の至小化)⑪の⑯なる故』と、しつかりと想像力を働かせてみる(D1の至大化)なら、『言辭(ことば遣ひ:F⇒Eの至大化)の道』に於いて、④は、むしろ⑤の、『①知れる(D1)⑰』の側にある事に氣付く(D1の至大化)であらう。といふのが、⑮の言ひたいところ(D1の至大化)だつた」⇒⑮宣長⑯心⑰人(△枠):①への適應正常。

 

(以下文の主旨抜粋)

P440關係論文字(物:場 C‘)②いく千年(物:場 C‘)③世(場 C‘)④うき(浮き)たること(物:場 C‘)⑤今の世(場 C‘)⑥萬の事(物:場 C‘)⑦皇國(みくに。物:場 C‘)⑧國(場 C‘)⑨萬國(物:場 C‘)⑩神代(物:場 C‘)⑪世(場 C‘)⑫(物:場 C‘)⇒からの關係:⑮更に『くず花』にて曰く、『①は不朽(D1の至大化)の物なれば、一たび記し置つる事は、②を經て(D1の至大化)も、そのままに遺る(D1の至大化)は①の徳(D1の至大化)也、然れ共①なき(D1の至小化)③は、①なき(D1の至小化)③の⑯なる故に、言傳〔(ことづた)へ:F⇒Eの至大化〕とても、①ある(D1の至大化)③の言傳〔(ことづた)へ:F⇒Eの至大化〕とは大に異(D1の至小化)にして、④さらになし(D1の至小化)、⑤とても、①知れる(D1)⑰は、⑥を①に預くる故に、空にはえ覺え居らぬ(D1の至小化)事をも、「◎:①知らぬ(D1の至小化)⑰は、返りてよく覺え居る(D1の至大化)にてさとる(D1の至大化)べし、⇒「⑬:言靈(ことだま:F)⑭:古語(いにしへごと:F)」(◎的概念F)⇒E:殊に⑦は、⑬の助くる(F⇒Eの至大化)⑧⑬の幸(さき)はふ(F⇒Eの至大化)⑧と⑭にもいひて(F⇒Eの至大化)、實に言語(F)の妙なる(F⇒Eの至大化)こと⑨にすぐれたる(D1の至大化)をや』、⑩より言ひ傳へ(F⇒Eの至大化)、⑬の幸(さき)はふ(F⇒Eの至大化)⑧と語り繼いで來た『①なき(D1の至小化)⑪は、①なき(D1の至小化)⑪の⑯なる故』と、しつかりと想像力を働かせてみる(D1の至大化)なら、『言辭(ことば遣ひ:F⇒Eの至大化)の道』に於いて、④は、むしろ⑤の、『①知れる(D1)⑰』の側にある事に氣付く(D1の至大化)であらう。といふのが、⑮の言ひたいところ(D1の至大化)だつた」(⑬⑭への距離獲得:Eの至大化)⇒⑮宣長⑯心⑰人(△枠):①への適應正常。

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P440關係論[まがのひれ]②文字③世世④古事⑤よきさま⑥實の事⑦中古(なかむかし)⑧さかしら⇒からの關係:①の⑨が,[②なかりし③の④は,皆その後の⑪もて,⑤に造り成し給へる物にて,⑥にはあらず]と言ふに對し,⑩はかしこげなる意見と,烈しく抗し,⇒⑨著者⑩宣長⑪天皇の御心

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P440關係論②文字⑦中古(なかむかし)⑧さかしら⇒からの關係:(前項⇒).[⑦迄,中々に②といふ物の⑧無くして,][:言靈(ことだま)][妙なる⑨の傳へなりし徳]を忘れてはならないと言ふ.⑩は,②の徳を,少しも見損なつてはゐなかつたが,⇒⑩宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P440關係論#文字⑧#さかしら⇒からの關係:(前項⇒).②の徳との馴れ合ひ,言はば,[②といふ物の⑧]となれば,これは又別事である事を,⑩は見逃してはゐなかつた.それが,[②知れる人は,#萬の事 を②に預くる故に]云々,といふ言ひ方になるのである.さういふ含みを辿るべし⇒⑩#宣長

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(以下文の主旨抜粋)

P440關係論『まがのひれ』(物:場 C‘)②文字(物:場 C‘)③世世(場 C‘)④古事(いにしへごと。物:場 C‘)⑤よきさま(物:場 C‘)⑥實の事(物:場 C‘)⑦中古(なかむかし。場 C)⑧さかしら(物:場 C‘)⇒からの關係:①のが、②なかりし(D1の至小化)③の④は、皆その後の天皇の御心(△枠)もて、⑤に造り成し給へる(D1の至小化)物にて、⑥にはあらず(D1の至小化)」と言ふに對し、⑩はかしこげ(小賢しい:D1の至小化)なる意見と、烈しく抗し(D1の至大化)、『⑦迄、中々に②といふ物の⑧なく(無く)して(D1の至小化)、妙なる(Eの至大化)言靈(ことだま:Fの傳へなりし徳(Eの至大化)』を忘れてはならない(Eの至大化)と言ふ。彼(宣長△枠)は、②の徳(D1の至大化)を、少しも見損なつてはゐなかつた(D1の至大化)が、②の徳(D1の至大化)との馴れ合ひ(D1の至小化)、言はば、『文字(物:場 C‘)といふ物のさかしら(物:場 C‘)』となれば、これは又別事(D1の至小化)である事を、見逃してはゐなかつた。それが、『文字(物:場 C‘)知れる(D1)人(△枠)は、萬の事(物:場 C‘)を文字(物:場 C‘)に預くる(D1の至小化)故に』云々、といふ言ひ方になるのであり、さういふ含み(D1の至大化)が辿れなければ、讀まぬに等しいであらう⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑨著者⑩宣長(△枠)

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P441關係論#古語(ふるごと)拾遺③文字⇒からの關係:⑥は①(斎部広成撰)を重んじてゐた.その序に,[上古の世,未だ文字有らず,貴賤老少,口々相傳,前言往行,存而不忘]とある.⑥に言はせれば,この⑧の間に,生きて働いてゐた口々相傳の言が,③に預けられて以來,⇒⑥宣長⑧上古の人々

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P441關係論④教養とか知能⑤世⇒からの關係:(前項⇒).固定した知識となつて死んで了つたことを語つてもゐる.④とかいふものを測る標準が,基本的には,讀み書きが出來る出來ないで定まつて了ひ,⑨もこれを疑はない⑤となつては,そのやうな事を氣に掛ける人もない,と⑥⇒⑥宣長⑨誰

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P441關係論①『古語(ふるごと)拾遺』(物:場 C‘)②今の世(場 C‘)③文字(物:場 C‘)④教養とか知能(物:場 C‘)⑤世(場 C‘)⇒からの關係:⑥は①(平安時代の家伝。1巻。斎部広成いんべのひろなり撰)を重んじてゐた(D1の至大化)。その序に、『上古の世(場 C‘)、未だ文字(物:場 C‘)有らず(D1の至小化)、貴賤老少、口々相傳、前言往行、存而(ぞんして?)不忘』とある。⑥に言はせれば、この⑧の間に、生きて働いてゐた(F⇒Eの至大化)口々相傳(F⇒Eの至大化)の言(F)が、③に預けられて(D1)以來、固定した知識(D1の至小化)となつて死んで了つたことを語つてもゐるのである。④とかいふものを測る標準(D1)が、基本的には、讀み書きが出來る(D1の至大化)出來ない(D1の至小化)で定まつて了ひ、⑨もこれを疑はない(D1の至小化)⑤となつては、そのやうな事〔とは:③に預けられて(D1)以來、固定した知識(D1の至小化)となつて死んで了つたこと〕を氣に掛ける人(△枠)もない。⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑥宣長⑦人⑧上古の人々⑨誰(△枠):①への適應正常。

 

(以下文の主旨抜粋)

P441關係論①『古語(ふるごと)拾遺』(物:場 C‘)②今の世(場 C‘)③文字(物:場 C‘)④教養とか知能(物:場 C‘)⑤世(場 C‘)⇒からの關係:⑥は①(平安時代の家伝。1巻。斎部広成いんべのひろなり撰)を重んじてゐた(D1の至大化)。その序に、『上古の世(場 C‘)、未だ文字(物:場 C‘)有らず(D1の至小化)、貴賤老少、口々相傳、前言往行、存而(ぞんして?)不忘』とある。②で、物識り(D1の至大化)と言はれるほどの⑦なら、知らぬものはない言葉だ。⑥に言はせれば、この⑧の間に、生きて働いてゐた(F⇒Eの至大化)口々相傳(F⇒Eの至大化)の言(F)が、③に預けられて(D1)以來、固定した知識(D1の至小化)となつて死んで了つたことを語つてもゐるのである。④とかいふものを測る標準(D1)が、基本的には、讀み書きが出來る(D1の至大化)出來ない(D1の至小化)で定まつて了ひ、⑨もこれを疑はない(D1の至小化)⑤となつては、そのやうな事〔とは:③に預けられて(D1)以來、固定した知識(D1の至小化)となつて死んで了つたこと〕を氣に掛ける人(△枠)もない。⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑥宣長⑦人⑧上古の人々⑨誰(△枠):①への適應正常。

 

(凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P441關係論:#文字②#何時③#昔④#人間の心の歴史⇒からの關係:①の出現以前,②からとも知れぬ③から,④は,ただ #言傳(ことづた)へだけで,支障なくつづけられてゐたのは何故か.[#話し言葉]#言葉 と言へば,⑦があれば足りたからだ,と⑬⇒⑬#宣長

 

(凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P441關係論:#心の生活⇒からの關係:(前項から).⑥は,[#意味内容:#肉聲]⇒⑧で,はち切れんばかりになつてゐる,⑩の⑨の充實感(#言の世界),⑪めいめいの⑤を貫いてゐれば(事の世界),⑫と共にする生活の秩序保持の肝腎に,事を缺く道理がなかつた⇒⑥#古人⑩己⑪世人⑫人々

(凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P441關係論:⑤心の生活⇒からの關係:(前項から).さういふ⑥の⇒[#言語]⇒⑦經驗(F⇒Eの至大化)の廣大深刻な味ひ[とは:眼の前の神の姿(即ち,#迦微 と言ふ #體言命名)なくしては,成り立たなかつた,日常生活,その生きた味ひ]を想ひ描き,⑬は,はつきりと,これに驚嘆する事が出來た⇒⑥#古人⑬宣長

(凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P441關係論:⑤心の生活⇒からの關係:(前項から).[#書契(文字化)以來、#不レ好レ談レ古]と言つた⑭の古い嘆きを,#今日,#新しく考へ直す要がある事を,⑬ほどよく知つてゐたものはゐなかつた⇒⑥#古人⑬#宣長⑭#斎部宿禰

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P441關係論文字(物:場 C‘)②何時(場 C‘)③昔(場 C‘)④人間の心の歴史(物:場 C‘)(物:場 C‘)⑤心の生活(物:場 C‘)⑥古人(物:場 C‘)⇒からの關係:①の出現(D1の至大化)以前、②からとも知れぬ③から、④は、ただ言傳へ〔(ことづた)へ:F⇒Eの至大化〕だけで、支障なくつづけられてゐた(D1の至大化)のは何故か。⇒「⑦:話し言葉⑧:意味内容(F)⑨:肉聲(F)」(◎的概念F)⇒E:言葉(物:場 C‘)と言へば、⑦があれば足りた(F⇒Eの至大化)からだ。⑧で、はち切れん(F⇒Eの至大化)ばかりになつてゐる、⑩の⑨の充實感(言の世界:F⇒Eの至大化)が、⑪めいめいの⑤を貫いてゐれば(事の世界:D1の至大化)、⑫と共にする生活(F)の秩序保持(F⇒Eの至大化)の肝腎に、事を缺かぬ(Eの至大化)、事を缺く道理がなかつたからだ。さういふ、⑥の言語(F)經驗(F⇒Eの至大化)の廣大深刻な味ひ(Eの至大化)を想ひ描き、⑬は、はつきりと、これ〔とは:古人(物:場 C‘)の言語(F)經驗(F⇒Eの至大化)の廣大深刻な味ひ(Eの至大化)〕(とは以下枠文參照)に驚嘆する事が出來た。『書契(文字化)以來、不レ好レ談レ古』と言つた⑭の古い嘆き(D1の至小化)を、今日(場 C‘)、新しく考へ直す(D1の至大化)要がある事を、⑬ほどよく知つてゐた(D1の至大化)ものはゐなかつた」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑩己⑪世人⑫人々⑬宣長⑭斎部宿禰(△枠):①への適應正常。

 

 

(以下文の主旨抜粋)

P441關係論文字(物:場 C‘)②何時(場 C‘)③昔(場 C‘)④人間の心の歴史(物:場 C‘)(物:場 C‘)⑤心の生活(物:場 C‘)⑥古人(物:場 C‘)⇒からの關係:①の出現(D1の至大化)以前、②からとも知れぬ③から、④は、ただ言傳へ〔(ことづた)へ:F⇒Eの至大化〕だけで、支障なくつづけられてゐた(D1の至大化)のは何故か。⇒「⑦:話し言葉⑧:意味内容(F)⑨:肉聲(F)」(◎的概念F)⇒E:言葉(物:場 C‘)と言へば、⑦があれば足りた(F⇒Eの至大化)からだ。⑧で、はち切れん(F⇒Eの至大化)ばかりになつてゐる、⑩の⑨の充實感(言の世界:F⇒Eの至大化)が、⑪めいめいの⑤を貫いてゐれば(事の世界:D1の至大化)、⑫と共にする生活(F)の秩序保持(F⇒Eの至大化)の肝腎に、事を缺かぬ(Eの至大化)、事を缺く道理がなかつたからだ。さういふ、⑥の言語(F)經驗(F⇒Eの至大化)の廣大深刻な味ひ(Eの至大化)を想ひ描き、⑬は、はつきりと、これ〔とは:古人(物:場 C‘)の言語(F)經驗(F⇒Eの至大化)の廣大深刻な味ひ(Eの至大化)〕(とは以下枠文參照)に驚嘆する事が出來た。

(凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章

P435關係論②『上古の事實』(物:場 C‘)⑧神(物:場 C‘)⇒からの關係:⑬の身勝手な②の尊重が語る、「◎:⑧の名だけを保存した、上の空の言葉〔とは:『神代といふも名の異なるのみにて,同じく人の上なるべき』の事〕は、」⇒「⑪:日常生活(F)/⑫神の傳説(つたへごと(F)」(◎的對立概念F)⇒E:⑮の、眼の前の⑧の姿なくしては、成り立たなかつた、⑪、その生きた味ひ(Eの至大化)が、⑬には、そつくり無視(Eの至小化)されてゐるこれは、⑫の有りのままの姿(Eの至大化)〔とは:『迦微』は、古言(いにしへごと)のふりの體言命名〕を、先づ壞した(Eの至小化)上でなければ起り得ない事だ、と⑭は考へた(とは以下枠文參照)⇒⑬眞淵⑭宣長⑮上古の人々(△枠)。

『書契(文字化)以來、不レ好レ談レ古』と言つた⑭の古い嘆き(D1の至小化)を、今日(場 C‘)、新しく考へ直す(D1の至大化)要がある事を、⑬ほどよく知つてゐた(D1の至大化)ものはゐなかつた」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑩己⑪世人⑫人々⑬宣長⑭斎部宿禰(△枠):①への適應正常。

 

(凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P441關係論:[#古事記]註釋②#皇國の古言からの關係:⑬,非常な忍耐で,ひたすら接觸を続けたとは,①の初めにあるやうに,[ただに其の物其の事のある形の儘に,易く云ひ初め名づけ初めたる(とは:#迦微 といふ古言は,#體言 であつて,迦微といふ,ただ其物を指して云ふ)]⇒⑬宣長

(凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P441關係論:[#古事記]註釋②#皇國の古言③#言葉からの關係:(前項から).[ただに #其の物 #其の事 のある形の儘に,#易く云ひ初め名づけ初めたることにして,さらに深き理[とは:#理り/#理に還元]などを思ひて言へる物には非れば]といふ,さういふであつた⇒⑬#宣長

(F挿入:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P441關係論:[#古事記]註釋②#皇國の古言④#文字⑤#⑥#今日からの關係:(前項から).未だがなく,⇒[⑧#發音⑨#言語]⇒ただに頼つてゐた #機能 が,⑥考へられぬほど #優性 だつた傾向を,ここで,⑬は言つてゐるのである⇒⑬#宣長

(F挿入:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P441關係論:[#古事記]註釋②##皇國の #古言(#いにしへごと)④#文字からの關係:(前項から).⑬,⇒[⑤#言霊(#ことだま):⑥#肉聲]⇒⑤といふ #言葉 を持ち出した時,それは,⑭⑥(#言傳へ)に乗つて # (#さき)はつたといふ事を,誰よりも深く見てゐた⇒⑬#宣長⑭#人々

(F挿入:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P441關係論:[#古事記]註釋②#皇國の #古言(#いにしへごと)⑦言語⑧#からの關係:(前項から).⑦には固有ながあつて,それが,⑦に不思議な働き[とは:轉義/#合體]をさせる,といふ發想は,⇒[⑨:#言傳(ことづた)]⇒⑨を事とした,⑮の間に生れた,といふ事⇒⑬#宣長⑮#上古の人々

(F挿入:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P441關係論:#言葉事實からの關係:(前項から).③の意味が,これを發音する,⇒[④#肉聲]⇒④のニュアンス(#ふり) #合體 して働いてゐる,といふ事,そのあるがままの姿を,そのまま素直に受け納れて何ら支障もなく暮してゐたといふ,⑬は改めて注意を促した⇒⑬宣長

(F挿入:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P441關係論:③言葉⑩情⑪#言葉といふ物生き物からの關係:(前項⇒)⑩の動きに直結する⇒[⑬肉聲⑭#]⇒⑬の持つニュアンスは極めて微妙で,話すの手にも負へぬ物であり,それが語られるの意味に他ならないなら,⑪をその様なを持つて生きてゐると觀ずるのは自然⇒⑰當人

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P441關係論①『古事記』註釋(物:場 C‘)②『皇國(みくに)の古言(いにしへごと)』(物:場 C‘)③言葉(物:場 C‘)④文字(物:場 C‘)⑤世(場 C‘)⑥今日(場 C‘)⑦言語(物:場 C‘)⑧靈(物:場 C‘)⑨事實(物:場 C‘)⑩情(こころ。物:場 C‘)⑪言葉といふ物(物:場 C‘)⑫生き物(物:場 C‘)⇒からの關係:彼(⑬△枠)が、非常な忍耐(D1の至大化)で、ひたすら接觸(D1の至大化)をつづけた②とは、①の初めにあるやうに、『ただに其の物(物:場 C‘)其の事(物:場 C‘)のあるかたちのまま(物:場 C‘)に、やすく(D1の至大化)云ひ初め名づけ初め(D1の至大化)たる〔とは:『迦微といふ古言は,體言であつて,迦微といふ[ただ其物を指して云ふ]言葉』の意〕(以下枠文參照)ことにして、さらに深き理〔とは:理り/理に還元/自分流理附け/自分の臆見/理附け/定義附け(Eの至小化)〕などを思ひて言へる物には非れ(D1の至小化)ば』、といふ、さういふ③であつた。⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑬宣長⑭人々⑮上古の人々⑯人⑰當人(△枠):①への適應正常。

 

P441關係論①『古事記』註釋(物:場 C‘)②『皇國(みくに)の古言(いにしへごと)』(物:場 C‘)③言葉(物:場 C‘)④文字(物:場 C‘)⑤世(場 C‘)⑥今日(場 C‘)⑦言語(物:場 C‘)⑧靈(物:場 C‘)⑨事實(物:場 C‘)⑩情(こころ。物:場 C‘)⑪言葉といふ物(物:場 C‘)⑫生き物(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。未だ④がなく(D1の至小化)、ただ發音(F)に頼つてゐた(F⇒Eの至大化)⑤の⑦の機能(F⇒Eの至大化)が、⑥考へられぬほど優性(Eの至大化)だつた傾向を、ここで、彼(⑬)は言つてゐる(D1の至大化)のである。⑬は、言靈(ことだま:F)といふ③を持ち出した(D1の至大化)時、それは、⑭の肉聲(F)に乗つて幸(さき)はつた(F⇒Eの至大化)といふ事を、誰(△枠)よりも深く見てゐた(D1の至大化)。⑦には固有な⑧があつて、それが、⑦に不思議な働き〔とは:轉義(D1の至大化)/合體(Eの至大化)〕をさせる、といふ發想(D1)は、言傳(ことづた)へ(F⇒Eの至大化)を事とした、⑮の間に生れた(D1の至大化)、といふ事③の意味(D1の至大化:事の世界)が、これを發音する⑯の、肉聲(F)のニュアンス(ふり?)と合體(F⇒Eの至大化:言の世界)して働いてゐる、といふ事、そのあるがままの姿〔とは:言の世界=事の世界〕を、そのまま素直に受け納れて(F⇒Eの至大化)〔とは:『直く安らか』(F)と言ふ上古の人々の古意(いにしへごころ:F⇒Eの至大化)〕(とは以下枠文參照)何ら支障もなく暮してゐた(D1の至大化)といふ、全く簡明(D1の至大化)な⑨に、(宣長は)改めて、注意を促した(D1の至大化)のだ。⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑬宣長⑭人々⑮上古の人々⑯人⑰當人(△枠):①への適應正常。

 

P441關係論①『古事記』註釋(物:場 C‘)②『皇國(みくに)の古言(いにしへごと)』(物:場 C‘)③言葉(物:場 C‘)④文字(物:場 C‘)⑤世(場 C‘)⑥今日(場 C‘)⑦言語(物:場 C‘)⑧靈(物:場 C‘)⑨事實(物:場 C‘)⑩情(こころ。物:場 C‘)⑪言葉といふ物(物:場 C‘)⑫生き物(物:場 C‘)⇒からの關係:⑩の動き(D1の至大化:事の世界)に直結する肉聲(F)の持つニュアンス(ふり?:F⇒Eの至大化:言の世界)は、極めて微妙(Eの至大化)なもので、話す⑰の手にも負へぬ(Eの至小化)、少くとも思ひ通りにはならぬ(Eの至小化)ものであり、それ〔とは:(D1の至大化)=(Eの至大化)〕が、語られる③の意味(D1の至大化:事の世界)に他ならないなら、⑪を、そのやう〔とは:『肉聲(F)の持つニュアンス(ふり?:F⇒Eの至大化:言の世界)は、極めて微妙(Eの至大化)なもので、話す當人(△枠)の手にも負へぬ(Eの至小化)、少くとも思ひ通りにはならぬ(Eの至小化)もの』〕な、『たましい』(F)を持つて生きてゐる(F⇒Eの至大化)⑫と(上古の人々が)觀ずる(D1の至大化)のは、まことに自然(D1の至大化)な事だつたのである⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑬宣長⑭人々⑮上古の人々⑯人⑰當人(△枠):①への適應正常。

 

(以下文の主旨抜粋)

P441關係論①『古事記』註釋(物:場 C‘)②『皇國(みくに)の古言(いにしへごと)』(物:場 C‘)③言葉(物:場 C‘)④文字(物:場 C‘)⑤世(場 C‘)⑥今日(場 C‘)⑦言語(物:場 C‘)⑧靈(物:場 C‘)⑨事實(物:場 C‘)⑩情(こころ。物:場 C‘)⑪言葉といふ物(物:場 C‘)⑫生き物(物:場 C‘)⇒からの關係:先に、⑬が歩いた(D1の至大化)、①といふ『廻り道』について述べたが、彼(⑬△枠)が、非常な忍耐(D1の至大化)で、ひたすら接觸(D1の至大化)をつづけた②とは、註解(①)の初めにあるやうに、『ただに其の物(物:場 C‘)其の事(物:場 C‘)のあるかたちのまま(物:場 C‘)に、やすく(D1の至大化)云ひ初め名づけ初め(D1の至大化)たる〔とは:『迦微といふ古言は,體言であつて,迦微といふ[ただ其物を指して云ふ]言葉』の意〔とは『體言命名』:及び『物(禮樂/)あれば名()あり』的謂ひ〕(以下枠文參照)ことにして、さらに深き理〔とは:理り/理に還元/自分流理附け/自分の臆見/理附け/定義附け(Eの至小化)〕などを思ひて言へる物には非れ(D1の至小化)ば』、といふ、さういふ③であつた。

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十四章

〇P410關係論①神代一之巻②#迦微③體言④其物⑤迦微の道⑥#神⑦#道⇒からの關係:⑭の①によれば,②といふ古言は,③であつて,②といふ[ただ④を指して云ふ]言葉〔とは神(物:場 C‘)=道(物:場 C‘):『物(禮樂/)あれば名()あり』的謂ひの『其(道)はただ物(神。物:場 C‘)にゆく道(D1の至大化)こそ有りけれ、』としての、『其物』(物:場 C‘)〕である.従つて,⑤と使はれる場合も,實際に[(と言ふ物)の始めたまひ行ひたまふ⑦(と言ふ物)]を直指してゐる

(凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十四章

〇P410關係論①神代一之巻②#迦微③體言④其物⑤迦微の道⑥#神⑦#道⇒からの關係:⑧の①によれば,②といふ古言は,③〔即ち八百万の神々への命名巢日神/天照大御神/伊邪那岐神/伊邪那美神,等〕である。⑨は、『古言のふり』(命名的③/②)から離れて、⑤(迦微=道)を理(漢意)に還元し、老荘の意『天地自然の道』に適ふとした⇒⑧宣長⑨眞淵(△枠)。

⇒⑭宣長

未だ④がなく(D1の至小化)、ただ發音(F)に頼つてゐた(F⇒Eの至大化)⑤の⑦の機能(F⇒Eの至大化)が、⑥考へられぬほど優性(Eの至大化)だつた傾向を、ここで、彼(⑬)は言つてゐる(D1の至大化)のである。⑬は、言靈(ことだま:F)といふ③を持ち出した(D1の至大化)時、それは、⑭の肉聲(F)に乗つて幸(さき)はつた(F⇒Eの至大化)といふ事を、誰(△枠)よりも深く見てゐた(D1の至大化)。⑦には固有な⑧があつて、それが、⑦に不思議な働き〔とは:轉義(D1の至大化)/合體(Eの至大化)〕をさせる、といふ發想(D1)は、言傳(ことづた)へ(F⇒Eの至大化)を事とした、⑮の間に生れた(D1の至大化)、といふ事③の意味(D1の至大化:事の世界)が、これを發音する⑯の、肉聲(F)のニュアンス(ふり?)と合體(F⇒Eの至大化:言の世界)して働いてゐる、といふ事、そのあるがままの姿〔とは:言の世界=事の世界〕を、そのまま素直に受け納れて(F⇒Eの至大化)〔とは:『直く安らか』(F)と言ふ上古の人々の古意(いにしへごころ:F⇒Eの至大化)〕(とは以下枠文參照)何ら支障もなく暮してゐた(D1の至大化)といふ、全く簡明(D1の至大化)な⑨に、(宣長は)改めて、注意を促した(D1の至大化)のだ。

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十三章

P399關係論#⑥玉勝間⑦#古事記伝⑧古人の心⇒からの關係:⑭の①に關する考へは,充分に熟した上で,⑦は始められた⇒[#あはれ/#(なほ)く安らか]⇒⑥での⑫と見るといふ言ひ方は,⑦では,⑬と見るとなつてゐる.それだけの違ひだ.①を歌ひ,①を語る⑧を,⑬と觀ずる⇒⑭宣長

⑩の動き(D1の至大化:事の世界)に直結する肉聲(F)の持つニュアンス(ふり?:F⇒Eの至大化:言の世界)は、極めて微妙(Eの至大化)なもので、話す⑰の手にも負へぬ(Eの至小化)、少くとも思ひ通りにはならぬ(Eの至小化)ものであり、それ〔とは:(D1の至大化)=(Eの至大化)〕が、語られる③の意味(D1の至大化:事の世界)に他ならないなら、⑪を、そのやう〔とは:『肉聲(F)の持つニュアンス(ふり?:F⇒Eの至大化:言の世界)は、極めて微妙(Eの至大化)なもので、話す當人(△枠)の手にも負へぬ(Eの至小化)、少くとも思ひ通りにはならぬ(Eの至小化)もの』〕な、『たましい』(F)を持つて生きてゐる(F⇒Eの至大化)⑫と(上古の人々が)觀ずる(D1の至大化)のは、まことに自然(D1の至大化)な事だつたのである⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑬宣長⑭人々⑮上古の人々⑯人⑰當人(△枠):①への適應正常。

 

 

注:二十三章:てにをは関聨參照!

 

(倒置型:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P442關係論#文字の道⇒からの關係:,②が開かれる事になつたのは,[#言傳へ(ことづたへ):#言霊(#ことだま)]⇒③の遺産の上にであつたのだが,②が開かれた事は,④の働きを大きく制限しないでは行はれはしなかつた.さういふ決定的な事に,⑩が鈍感になつて了つた⇒宣長⑩世人

(F挿入:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P442關係論①文字の徳②文字の道③思ふところ④言葉⇒からの關係:(前項から).⑪は,④の意味(事の世界),⑬を以て,感じ取つてゐたのは,③を,われしらず,[:]⇒⑤にする(言の世界)といふ自然な行爲によつてであつた⇒宣長⑪上古の人々⑬全身

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P442關係論④言葉⑦#内容⇒からの關係:(前項から).其處に④の定義を介入させる爲には,#話し方(言の世界)と話の⑦(事の世界)とを,無理にも引き裂かなければならなかつた.動く話し方(言の世界)の方を引離して,是を無視すれば,後には動かぬ⑦(事の世界)が殘り,定義を待つ事に⇒宣長

(F挿入:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P442關係論⑤文字⑥言語⑦#内容⇒からの關係:(前項から).⑤の出現により,⑥の機能の上で,意のままになる⑦の傳達への,大きな轉囘が可能になつた.[:#表現]⇒是は思ふにまかせぬ⑧の様(言の世界)からの離脱を意味するのだが,⇒宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P442關係論#文字⑦#内容⇒からの關係: (前項から).⑧は,⑤の出現による #意のままになる⑦の #傳達を,⑭を奪ふ樣な大事とは,考へてゐなかつた.何故なら,⑪は,そのやうな餘計な事を思ひ付く必要を,感じてゐなかつた,といふ考へだつたからである⇒⑧宣長⑪#上古の人々⑭人々の心

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P442關係論①文字の徳(物:場 C‘)②文字の道(物:場 C‘)③思ふところ(物:場 C‘)④言葉(物:場 C‘)⑤文字(物:場 C‘)⑥言語(物:場 C‘)⑦内容(物:場 C‘)⇒からの關係:⑧は、①が、言傳(ことづた)へ(F⇒Eの至大化)の徳に取つて代つた、などど言つてゐるのではない。⑨にもそんな事の出來る力はありはしない(D1の至小化)。言傳(ことづた)へ(F⇒Eの至大化)の遺産(Eの至大化)の上に、②が開かれる(D1の至大化)事になつたのだが、これ〔とは:文字の道(物:場 C‘)が開かれる(D1の至大化)事〕は、言靈(ことだま:F)の働き(F⇒Eの至大化)を大きく制限(Eの至小化)しないでは行はれはしなかつた。さういふ決定的な(D1の至大化)事に、⑩が鈍感(D1の至小化)になつて了つた事を言ふ。⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑧宣長⑨誰⑩世人⑪上古の人々⑫われ⑬全身⑭人々の心(△枠)

 

P442關係論①文字の徳(物:場 C‘)②文字の道(物:場 C‘)③思ふところ(物:場 C‘)④言葉(物:場 C‘)⑤文字(物:場 C‘)⑥言語(物:場 C‘)⑦内容(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。は、③を、⑫しらず口(F)にする(F⇒Eの至大化:言の世界)といふ自然な行爲(Eの至大化)によつて、④の意味(D1の至大化:事の世界)を、⑬を以て、感じ取つてゐた(D1の至大化)筈だから、其處〔われ(△枠)しらず口(F)にする(F⇒Eの至大化:言の世界)〕に、④の定義(決まつた意味。物:場 C‘)を介入(D1)させる爲には、話し方(F⇒Eの至大化:言の世界)と話の⑦〔とは:思ふところ(物:場 C‘:事の世界)〕とを、無理にも引き裂かなければ(D1の至小化)ならなかつたであらう。動く話し方(F⇒Eの至大化:言の世界)の方を引離して、これ〔とは:無理にも引き裂かなければ(D1の至小化)ならなかつた〕を無視すれば、後には、動かぬ⑦〔とは:思ふところ(物:場 C‘:事の世界)〕が殘り、定義(決まつた意味。物:場 C‘)を待つ(D1)事になつただらう⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑧宣長⑨誰⑩世人⑪上古の人々⑫われ⑬全身⑭人々の心(△枠)

 

P442關係論①文字の徳(物:場 C‘)②文字の道(物:場 C‘)③思ふところ(物:場 C‘)④言葉(物:場 C‘)⑤文字(物:場 C‘)⑥言語(物:場 C‘)⑦内容(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。⑤の出現(D1の至大化)により、⑥の機能(D1)の上で思ふにまかせぬ(Eの至小化)表現の様(さま:言の世界)(F⇒E)から、意のままになる(D1の至大化)⑦の傳達(D1)〔とは:動かぬ内容が殘り、定義(決まつた意味。物:場 C‘)を待つ(D1)事になつた〕への、大きな轉囘(D1の至大化)が可能になつたわけだが⑧は、これを、⑭を奪ふ樣な大事(D1の至大化)とは、考へてゐなかつた(D1の至小化)⑪は、そのやうな事〔とは:心を奪ふ樣な大事〕に未だ思ひ及ばなかつたのではなく、そのやうな餘計な事〔とは:心を奪ふ樣な大事〕を思ひ付く必要を、感じてゐなかつた、といふ考へだつたからである⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑧宣長⑨誰⑩世人⑪上古の人々⑫われ⑬全身⑭人々の心(△枠)

 

(以下文の主旨抜粋)

注:二十三章:てにをは関聨參照!

P442關係論①文字の徳(物:場 C‘)②文字の道(物:場 C‘)③思ふところ(物:場 C‘)④言葉(物:場 C‘)⑤文字(物:場 C‘)⑥言語(物:場 C‘)⑦内容(物:場 C‘)⇒からの關係:⑧は、①が、言傳(ことづた)へ(F⇒Eの至大化)の徳に取つて代つた、などど言つてゐるのではない。⑨にもそんな事の出來る力はありはしない(D1の至小化)。言傳(ことづた)へ(F⇒Eの至大化)の遺産(Eの至大化)の上に、②が開かれる(D1の至大化)事になつたのだが、これ〔とは:文字の道(物:場 C‘)が開かれる(D1の至大化)事〕は、言靈(ことだま:F)の働き(F⇒Eの至大化)を大きく制限(Eの至小化)しないでは行はれはしなかつた。さういふ決定的な(D1の至大化)事に、⑩が鈍感(D1の至小化)になつて了つた事を言ふ。⑪は、③を、⑫しらず口(F)にする(F⇒Eの至大化:言の世界)といふ自然な行爲(Eの至大化)によつて、④の意味(D1の至大化:事の世界)を、⑬を以て、感じ取つてゐた(D1の至大化)筈だから、其處〔われ(△枠)しらず口(F)にする(F⇒Eの至大化:言の世界)〕に、④の定義(決まつた意味。物:場 C‘)を介入(D1)させる爲には、話し方(F⇒Eの至大化:言の世界)と話の⑦〔とは:思ふところ(物:場 C‘:事の世界)〕とを、無理にも引き裂かなければ(D1の至小化)ならなかつたであらう。動く話し方(F⇒Eの至大化:言の世界)の方を引離して、これ〔とは:無理にも引き裂かなければ(D1の至小化)ならなかつた〕を無視すれば、後には、動かぬ⑦〔とは:思ふところ(物:場 C‘:事の世界)〕が殘り、定義(決まつた意味。物:場 C‘)を待つ(D1)事になつただらう⑤の出現(D1の至大化)により、⑥の機能(D1)の上で思ふにまかせぬ(Eの至小化)表現の様(さま:言の世界)(F⇒E)から、意のままになる(D1の至大化)⑦の傳達(D1)〔とは:動かぬ内容が殘り、定義(決まつた意味。物:場 C‘)を待つ(D1)事になつた〕への、大きな轉囘(D1の至大化)が可能になつたわけだが⑧は、これを、⑭を奪ふ樣な大事(D1の至大化)とは、考へてゐなかつた(D1の至小化)⑪は、そのやうな事〔とは:心を奪ふ樣な大事〕に未だ思ひ及ばなかつたのではなく、そのやうな餘計な事〔とは:心を奪ふ樣な大事〕を思ひ付く必要を、感じてゐなかつた、といふ考へだつたからである⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑧宣長⑨誰⑩世人⑪上古の人々⑫われ⑬全身⑭人々の心(△枠)。

 

(F挿入&MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P442關係論#物事②#互ひ⇒からの關係:(前項から).⑪は,①を知り(事の世界),②に理解し合つて暮らすのに,何の不自由もなかつた⇒[:#国語]⇒自分等が口にしてゐる③の抑揚[即ち:#古言(#いにしへごと)のふり)]さへ掴まへてゐれば⇒⑪#上古の人々

(!倒置型&F挿入&MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P442關係論③文字と共に始つた歴史④#言傳への世⑤姿⑥人々の心ばへ⇒からの關係:⑫は,この④として,何一つ缺けた所のない⑤の裡に身を置いて,⑥を宰領(事の世界)してゐる,[#生活]#言語表現(言の世界)を想ふ.その⑦が,③以前,どれほど久しい間,續けられて來たかを⇒⑫宣長

(F挿入&MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P442關係論#言傳へ(ことづたへ)の世⇒からの關係:(前項から).④では,[#表現]⇒⑪には,⑧の才を言ふより,⑧の #天分[即ち:#古言(いにしへごとのふりに依る,#迦微 と言ふ #体言命名]を言ふ方が,どれほど #自然な事 だつたかを,⑫は #直覺 してゐた⇒⑪#上古の人々⑫#宣長.

(!倒置型&F挿入&MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P442關係論#智識⑨心身⑩文字ある世⇒からの關係:(前項⇒).習ひ覺えた⑧に依存せず,⑬の持つて生れて來た⑨の働きに深く關はつてゐる(事の世界)のが⇒[⑪言語]⇒⑪表現の本質(言の世界).さういふ⑪機能の基本的な性質は⑩になつても少しも變らないが,忘却されてゐる⇒⑬その人

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P442關係論①物事(物:場 C‘)②互ひ(物:場 C‘)③文字と共に始つた歴史(物:場 C‘)④世(場 C‘)⑤姿(上古の人々。物:場 C‘)⑥人々の心ばへ(物:場 C‘)⑦其處(場 C‘)⑧智識(物:場 C‘)⑨心身(物:場 C‘)⑩『文字ある世』(場 C‘)⇒からの關係:⑪は、自分等が口にしてゐる國語(F)の抑揚〔F⇒Eの至大化:古言(いにしへごと)のふり〕さへ掴まへてゐれば、①を知り(D1の至大化:事の世界)、②に理解し合つて暮らす(D1の至大化)のに、何の不自由もなかつた(D1の至大化)。

さういふ生活(F)が、③以前、どれほど久しい間、續けられて來たか(F⇒Eの至大化)、⑫は、この言傳(ことづた)へ(言の世界:F⇒Eの至大化)の④として、何一つ缺けたところのない(D1の至大化)⑤の裡に、身(⑫△枠)を置いて(D1)、⑥を宰領してゐる(D1の至大化:事の世界)言語表現(言の世界:F⇒Eの至大化)を想ひ描き(D1)、⑦では、表現の才(Eの至大化)を言ふより、表現(Eの至大化)の天分〔とは:言靈(ことだま:C’)⇒轉義(D1の至大化)⇒合體(Eの至大化)〕を言ふ方が、どれほど自然(D1の至大化)な事だつたかを直覺してゐた(D1の至大化)。⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑪彼等(上古の人々△枠)⑫宣長⑬その人(△枠):①への適應正常。

 

P442關係論①物事(物:場 C‘)②互ひ(物:場 C‘)③文字と共に始つた歴史(物:場 C‘)④世(場 C‘)⑤姿(上古の人々。物:場 C‘)⑥人々の心ばへ(物:場 C‘)⑦其處(場 C‘)⑧智識(物:場 C‘)⑨心身(物:場 C‘)⑩『文字ある世』(場 C‘)⇒からの關係:(承前)。言語表現(F⇒E)の本質(Eの至大化)を成すものは、習ひ覺えた(D1の至大化)⑧に依存せず(D1の至小化)、⑬の持つて生れて來た〔とは:歴史(物:場 C‘??)的環境(時と場)がもたらす(D1)?〕⑨の働き(D1)に、深く關はつてゐる(D1の至大化)ものだ、さういふ言語機能(F⇒E)の基本的な性質(Eの至大化)は、⑩になつても、少しも變りはしない(Eの至大化)のだが、それが、忘れられて了つた(D1の至小化)のである⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑪彼等(上古の人々△枠)⑫宣長⑬その人(△枠):①への適應正常。

⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑪彼等(上古の人々△枠)⑫宣長⑬その人(△枠):①への適應正常。

 

(以下文の主旨抜粋)

P442關係論物事(物:場 C‘)②互ひ(物:場 C‘)③文字と共に始つた歴史(物:場 C‘)④世(場 C‘)⑤姿(上古の人々。物:場 C‘)⑥人々の心ばへ(物:場 C‘)⑦其處(場 C‘)⑧智識(物:場 C‘)⑨心身(物:場 C‘)⑩『文字ある世』(場 C‘)⇒からの關係:⑪は、自分等が口にしてゐる國語(F)の抑揚〔F⇒Eの至大化:古言(いにしへごと)のふり〕さへ掴まへてゐれば、①を知り(D1の至大化:事の世界)、②に理解し合つて暮らす(D1の至大化)のに、何の不自由もなかつた(D1の至大化)。さういふ生活(F)が、③以前、どれほど久しい間、續けられて來たか(F⇒Eの至大化)、⑫は、この言傳(ことづた)へ(言の世界:F⇒Eの至大化)の④として、何一つ缺けたところのない(D1の至大化)⑤の裡に、身(⑫△枠)を置いて(D1)、⑥を宰領してゐる(D1の至大化:事の世界)言語表現(言の世界:F⇒Eの至大化)を想ひ描き(D1)、⑦では、表現の才(Eの至大化)を言ふより、表現(Eの至大化)の天分〔とは:言靈(ことだま:C’)⇒轉義(D1の至大化)⇒合體(Eの至大化)〕を言ふ方が、どれほど自然(D1の至大化)な事だつたかを直覺してゐた(D1の至大化)。言語表現(F⇒E)の本質(Eの至大化)を成すものは、習ひ覺えた(D1の至大化)⑧に依存せず(D1の至小化)、⑬の持つて生れて來た〔とは:歴史(物:場 C‘??)的環境(時と場)がもたらす(D1)?〕⑨の働き(D1)に、深く關はつてゐる(D1の至大化)ものだ、さういふ言語機能(F⇒E)の基本的な性質(Eの至大化)は、⑩になつても、少しも變りはしない(Eの至大化)のだが、それが、忘れられて了つた(D1の至小化)のである⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑪彼等(上古の人々△枠)⑫宣長⑬その人(△枠):①への適應正常。

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P443關係論①場合②考へ方③#天眞な歌ごころからの關係:(前項から).この①,⑪,⑫のやうに不自由なはしなかつた.⑬は生れて來る,⑭,,③[#弘大なる風雅の意(こころ)/ 天地のしらべ]を持つてゐた,といふ風に問題を狭めはしなかつた⇒⑪宣長眞淵歌人上古の人々

(倒置型&F挿入:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P443關係論#実生活⑤#生きた智恵からの關係: (前項から). ④の上で,精氣ある言語表現に即した,⑤,⑭が身に付けてゐなかつたわけがない,は考へた⇒[⑥#言語]⇒何故なら,直かな,豊かな表現は,當然,⑭の日常會話にも及んでゐた,と考へられたからだ⇒⑪宣長上古の人々

 

(!倒置型&F挿入&MIX:凝縮實在關係論):小生的纏め

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

P443關係論#天眞な歌ごころからの關係:⑭として生まれ來て,,③を持つてゐたと,⑫,問題を狭めて考へた.對するに,⇒[⑥#言語]⇒直かな豊かな表現(古言のふり),⑭は身に付け,実生活上の生きた智恵として,日常會話にも及んでゐた,と考へた⇒⑪宣長眞淵歌人⑭#上古の人々

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

P443關係論#天眞な歌ごころ⇒からの關係:は⑬として生まれ來て,,③[#弘大なる風雅の意(こころ)/ 天地のしらべ]を持つてゐたと,⑫は,問題を狭めて考へた。對するに⑪は,[:言語]⇒直かな,豊かな表現[精氣ある⑥表現(古言のふり)]を、実生活上の生きた智恵として⑭は身に付け,當然, それは日常會話にも及んでゐた,考へた⇒⑪宣長⑫眞淵⑬歌人⑭上古の人々

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P443關係論#實生活⑤#生きた #智恵⑥#古道⑦#直毘靈からの關係: (前項から).言ふまでもなく,この考へ[とは:④の上でも,これに即した,⑪は身に付けてゐた],⑫⑥(#古代精神) #根本思想(⑦)に繋つてゐる⇒⑪#上古の人々⑫#宣長

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P443關係論#直毘霊からの關係: (前項から).⑦にあるやうに,[人はみな,#産霊日神(#むすびのかみ)の御霊によりて,生れつるまにまに,身にあるべきかぎりの行(わざ),おのづから知りてよく爲()る物にしあれば,いかでか其の上へをなほ強ひることのあらむ]といふ事になる宣長

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P443關係論#直毘霊⑧#文字⑨#智識⑩#強事(#しひごと)⇒からの關係: (前項から).⑧による,⑨の普及と教へといふの成功の如きが,人の本質的な⑨(⑦文参照),何を加へ得たらうか.この點に關し,⑱,その #自負 から來る #錯覚 はまことに深いのであると宣長世の物識り人達

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P443關係論①場合(物:場 C‘)②考へ方(物:場 C‘)③天眞な歌ごころ(物:場 C‘)④實生活(場 C‘)⑤生きた智恵(物:場 C‘)⑥古道(物:場 C‘)⑦『直毘靈』(物:場 C‘)⑧文字(物:場 C‘)⑨智識(物:場 C‘)⑩『強事(しひごと)』(物:場 C‘)⇒からの關係:この①、⑪は、⑫のやうに不自由(D1の至小化)な②はしなかつた。⑬は生れて來る、⑭は、皆、③〔とは:弘大なる風雅の意(こころ)/ 天地の(弘大なる)しらべ〕を持つてゐた、といふ風に問題を狭め(D1の至小化)はしなかつた。「③」(◎的概念F)⇒E:の間では、直かな、豊かな表現(F⇒Eの至大化)は、當然、その日常會話(F⇒E)にも及んでゐた、と考へた(D1の至大化)のだが、更に進んで、さういふ精氣ある言語表現(古言のふり:F⇒Eの至大化)を⑯としてゐた⑰が、④の上で、これ〔とは:精氣ある言語表現(古言のふり:F⇒Eの至大化)〕に即した、⑤を身に付けてゐなかつたわけがない(D1の至大化)、といふ考へ(D1の至大化)に(宣長は)導かれたのである。」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑪宣長⑫眞淵⑬歌人⑭上古の人々⑮彼等上古の人々△枠)⑯わが物⑰人々(上古の人々△枠)⑱世の物識り人達(△枠):①への適應正常。

 

P443關係論①場合(物:場 C‘)②考へ方(物:場 C‘)③天眞な歌ごころ(物:場 C‘)④實生活(場 C‘)⑤生きた智恵(物:場 C‘)⑥古道(物:場 C‘)⑦『直毘靈』(物:場 C‘)⑧文字(物:場 C‘)⑨智識(物:場 C‘)⑩『強事(しひごと)』(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。言ふまでもなく、この考へ〔とは:④の上でも、これに即した、⑤を身に付けてゐた〕は、彼の⑥(古代精神)の根本思想に繋つてゐる(D1の至大化)。⑦にあるやうに、『人(△枠)はみな、産靈日神(むすびのかみ)の御靈(物:場 C‘)によりて、生れつる(D1の至大化)まにまに、身(△枠)にあるべきかぎりの行(わざ。物:場 C‘)は、おのづから知りてよく爲(す)る(D1の至大化)物にしあれば』、『いかでか其の上へをなほ強ひる(D1の至小化)ことのあらむ』といふ事になる⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑪彼等(上古の人々△枠)⑫宣長⑬その人(△枠):①への適應正常。

 

P443關係論①場合(物:場 C‘)②考へ方(物:場 C‘)③天眞な歌ごころ(物:場 C‘)④實生活(場 C‘)⑤生きた智恵(物:場 C‘)⑥古道(物:場 C‘)⑦『直毘靈』(物:場 C‘)⑧文字(物:場 C‘)⑨智識(物:場 C‘)⑩『強事(しひごと)』(物:場 C‘)⇒からの關係:

(承前)。⑧による、⑨の普及と教へ(D1の至大化)といふ⑩の成功(D1の至大化)の如きが、人の本質的な⑨に、何を加へ得たらうか(D1の至小化)。この點に關し、⑱の、その自負から來る錯覺(D1の至小化)はまことに深い(D1の至小化)のである⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑪彼等(上古の人々△枠)⑫宣長⑬その人(△枠):①への適應正常。

 

 

(以下文の主旨抜粋)

P443關係論場合(物:場 C‘)②考へ方(物:場 C‘)③天眞な歌ごころ(物:場 C‘)④實生活(場 C‘)⑤生きた智恵(物:場 C‘)⑥古道(物:場 C‘)⑦『直毘靈』(物:場 C‘)⑧文字(物:場 C‘)⑨智識(物:場 C‘)⑩『強事(しひごと)』(物:場 C‘)⇒からの關係:この①、⑪は、⑫のやうに不自由(D1の至小化)な②はしなかつた。⑬は生れて來る、⑭は、皆、③を持つてゐた、といふ風に問題を狭め(D1の至小化)はしなかつた。⑮の間では、直かな、豊かな表現(F⇒Eの至大化)は、當然、その日常會話(F⇒E)にも及んでゐた、と考へた(D1の至大化)のだが、更に進んで、さういふ精氣ある言語表現(古言のふり:F⇒Eの至大化)を⑯としてゐた⑰が、④の上で、これ〔とは:精氣ある言語表現(古言のふり:F⇒Eの至大化)〕に即した、⑤を身に付けてゐなかつたわけがない(D1の至大化)、といふ考へ(D1の至大化)に(宣長は)導かれたのである。言ふまでもなく、この考へ〔とは:④の上でも、これに即した、⑤を身に付けてゐた〕は、彼の⑥(古代精神)の根本思想に繋つてゐる(D1の至大化)。⑦にあるやうに、『人(△枠)はみな、産靈日神(むすびのかみ)の御靈(物:場 C‘)によりて、生れつる(D1の至大化)まにまに、身(△枠)にあるべきかぎりの行(わざ。物:場 C‘)は、おのづから知りてよく爲(す)る(D1の至大化)物にしあれば』、『いかでか其の上へをなほ強ひる(D1の至小化)ことのあらむ』といふ事になる⑧による、⑨の普及と教へ(D1の至大化)といふ⑩の成功(D1の至大化)の如きが、人の本質的な⑨に、何を加へ得たらうか(D1の至小化)。この點に關し、⑱の、その自負から來る錯覺(D1の至小化)はまことに深い(D1の至小化)のである⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑪宣長⑫眞淵⑬歌人⑭上古の人々⑮彼等上古の人々△枠)⑯わが物⑰人々(上古の人々△枠)⑱世の物識り人達(△枠):①への適應正常

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P444關係論③古人④古學⑤愛讀の道⑥學問の道⇒からの關係:③の生き方を,一擧に掴まうとした,⑯④(古道=古代精神:研究)の極まるところ,⑤[とは:古人の心(#天真)をわが心にする],そのままとして熟した⇒⑯宣長

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P444關係論#神代の傳説⑦#あやしき事の説⑧[#あやし]⑨#伝説⑩#あやしからぬ物⑪#あやしき物からの關係:(前項から).⑯で言ふ.⑲,②に接し,特にその内容を取り上げて,⑧と判ずるのだが,⑨の裡に暮らしてゐた,⑩に對して,⑪を立てる巧みを知らず,⇒⑯#宣長⑲#學者達

(F挿入:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P444關係論#伝説(#つたへごと)⑩#あやしからぬ物⑪#あやしき物からの關係:(前項から).⑨の裡に暮らしてゐた,⑩に對して,⑪を立てる巧みを知らず,⇒[⑫#あやし]⇒ただどう仕様もなく,⑫と甘受する事の #味ひの中にゐた,といふのが,⑯の考へであつた⇒⑯宣長⑳#上古の人々

(F挿入&MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章(更に以下枠文參照)

○P444關係論⑫源氏⑬神の物語⇒からの關係: (前項⇒).丁度が語られるその様を,⇒[⑭#あはれ⑮#あやし]⇒⑭といふ長息(#なげき)の聲に發する,斷絶を知らぬ發展(事の世界=言の世界)と受取つた様に,⑬に關しては,その成長の源泉(言の世界),⑮といふ絶對的〔とは:『阿夜訶志古泥神(あやかしこきのかみ)』〕[#なげき]を得た宣長

(MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P444關係論#神々の傳説(つたへごと)⇒からの關係: (前項⇒).この,⑯の大膽な類推(即ち:兩者を[#我邦の歴史]と信じた),⑱はついて行く事が出來なかつた.⑱の逡巡は,⑱の註解([#迦微]といふ古言の #古意に關する吟味),實際に手をつけなかつた事に深く關係⇒⑯宣長眞淵

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

P445關係論①わが國(物:場 C‘)②神代の傳説(つたへごと。物:場 C‘)③古人(物:場 C‘)④古學(物:場 C‘)⑤愛讀の道(物:場 C‘)⑥學問の道(物:場 C‘)⑦『あやしき事の説』(物:場 C‘)⑧『あやし』(物:場 C‘)⑨傳説(つたへごと。物:場 C‘)⑩あやしからぬ物(不思議でないもの。物:場 C‘)⑪あやしき物(不思議なもの/理りなし。物:場 C‘)⑫『源氏』(物:場 C‘)⑬神の物語(物:場 C‘)⑭神々の傳説(つたへごと。物:場 C‘)⑮『古事記傳』(物:場 C‘)⇒からの關係:⑯は、③の生き方(D1)を、一擧に掴まうとした(D1の至大化)、彼の④(古道=古代精神:研究)の極まる(D1の至大化)ところ、⑤〔とは:古人の心『#天真』をわが心にする〕が、そのまま⑥として熟した(D1の至大化)。宣長(△枠)が⑦で言ふ。學者達(△枠)は、②に接し、特にその内容を取り上げて、⑧と判ずる(D1)のだが、⑨の裡に暮らしてゐた(D1)人々(△枠)は、さういふ⑧いふ言葉の使ひ方(D1)、つまり、⑩に對して、⑪を立てる巧みを知らず(D1の至小化)、ただどう仕様もなく(D1の至小化)、『あやし』(F)と甘受する事の味ひ(F⇒Eの至大化)の中にゐた、といふのが、宣長(△枠)の考へ(D1の至大化)であつた。⇒⑯宣長⑰愛讀者⑱眞淵(△枠)。

 

P445關係論①わが國(物:場 C‘)②神代の傳説(つたへごと。物:場 C‘)③古人(物:場 C‘)④古學(物:場 C‘)⑤愛讀の道(物:場 C‘)⑥學問の道(物:場 C‘)⑦『あやしき事の説』(物:場 C‘)⑧『あやし』(物:場 C‘)⑨傳説(つたへごと。物:場 C‘)⑩あやしからぬ物(不思議でないもの。物:場 C‘)⑪あやしき物(不思議なもの/理りなし。物:場 C‘)⑫『源氏』(物:場 C‘)⑬神の物語(物:場 C‘)⑭神々の傳説(つたへごと。物:場 C‘)⑮『古事記傳』(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。丁度、⑫が語られる(D1の至大化)その様を、『あはれ』(F)といふ長息(なげき)の聲に發する(F⇒Eの至大化)、斷絶を知らぬ發展〔とは:事の世界(D1の至大化)=言の世界(F⇒Eの至大化)〕(更に以下枠文參照)と受取つたやうに、⑬に關して(D1)は、その(⑬の)成長(事の世界)の源泉(言の世界)に『あやし』(F)といふ絶對的〔とは:『阿夜訶志古泥神(あやかしこきのかみ)』〕な『なげき』(F⇒Eの至大化)を得た(とは以下枠文參照)。この、宣長(△枠)の大膽な類推(D1の至大化)〔とは:兩者を『我邦の歴史』(上枠文參照)と信じた〕に、⑱はついて行く事が出來なかつた(D1の至小化)。彼(⑱)の逡巡(D1の至小化)は、彼が⑭の註解(D1)に、實際に手をつけなかつた(D1の至小化)事〔とは:『迦微』といふ言葉(古言)の古意(いにしへごころ)に關する吟味に手をつけなかつた(D1の至小化)事〕に、恐らく深く關係(D1の至大化)した。(とは以下枠文參照)⇒⑯宣長⑰愛讀者⑱眞淵(△枠)。

 

 

(以下文の主旨抜粋)

P445關係論わが國(物:場 C‘)②神代の傳説(つたへごと。物:場 C‘)③古人(物:場 C‘)④古學(物:場 C‘)⑤愛讀の道(物:場 C‘)⑥學問の道(物:場 C‘)⑦『あやしき事の説』(物:場 C‘)⑧『あやし』(物:場 C‘)⑨傳説(つたへごと。物:場 C‘)⑩あやしからぬ物(不思議でないもの。物:場 C‘)⑪あやしき物(不思議なもの/理りなし。物:場 C‘)⑫『源氏』(物:場 C‘)⑬神の物語(物:場 C‘)⑭神々の傳説(つたへごと。物:場 C‘)⑮『古事記傳』(物:場 C‘)⇒からの關係:⑯は、①の②の、最初にして最後の、覺め切つた(D1の至大化)⑰であつたとは、先に書いたところだ。③の生き方(D1)を、一擧に掴まうとした(D1の至大化)、彼の④(古道=古代精神:研究)の極まる(D1の至大化)ところ、⑤〔とは:古人の心『#天真』をわが心にする〕が、そのまま⑥として熟した(D1の至大化)、さういふ形を取つた事を言つたわけだが、其の際、彼の⑦といふ文に觸れた(D1)。學者達(△枠)は、②に接し、特にその内容を取り上げて、⑧と判ずる(D1)のだが、⑨の裡に暮らしてゐた(D1)人々(△枠)は、さういふ⑧いふ言葉の使ひ方(D1)、つまり、⑩に對して、⑪を立てる巧みを知らず(D1の至小化)、ただどう仕様もなく(D1の至小化)、『あやし』(F)と甘受する事の味ひ(F⇒Eの至大化)の中にゐた、といふのが、宣長(△枠)の考へ(D1の至大化)であつた。丁度、⑫が語られる(D1の至大化)その様を、『あはれ』(F)といふ長息(なげき)の聲に發する(F⇒Eの至大化)、斷絶を知らぬ發展〔とは:事の世界(D1の至大化)=言の世界(F⇒Eの至大化)〕(更に以下枠文參照)と受取つたやうに、⑬に關して(D1)は、その(⑬の)成長(事の世界)の源泉(言の世界)に『あやし』(F)といふ絶對的〔とは:『阿夜訶志古泥神(あやかしこきのかみ)』〕な『なげき』(F⇒Eの至大化)を得た(とは以下枠文參照)

#小林秀雄 著 #本居宣長 三十九章

P367關係論②可畏(かしこ)き③訶志古(かしこ)④おそるる意⑦#阿夜訶志古泥神(あやかしこきのかみ)⑧神の名⇒からの關係:⑨は②といふ言葉について,かく曰く.[③は古書に,,可畏,恐惶,懼などの字を書て,④なり](古事記傳).この③の解は,⑦の註釋の内に出て來る.⑧である。その點、ここ〔とは:②③〕の註釋には看過出來ない含みがある⇒⑨宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 三十九章

P369關係論#阿夜訶志古泥(あやかしこね)#訶志古(かしこ)⑥おそるる意⑦#可畏(かしこ)⇒からの關係:④の#阿夜(あや),『驚て歎く聲』[なげく/奈我牟流:/ふり)]であり,⑤は,⑥である⇒[:阿夜(あや)]⇒⑧⑦と云は,其の⑦き(⑥)に觸れて,直に歎(なげ)く言で,いよいよ切⇒宣長

(凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章主題

P436關係論①世の中の事②何物③源氏論④古學⇒からの關係:つらつら思ひ巡らせば,①②かは,⇒⑤あはれ/⑥あやし⇒⑤ならざると觀じた⑦を得て,③は盡きた.つらつら思ひ巡らせば,①②かは,⑥からざるが④本來の構造で,⑥の構造を明らめるが④に携はるといふ事,と宣長⇒⑦式部

〔參照:三十九章主題〕:

P369關係論#源氏②雅の趣③實情世界(喜怒哀楽)④古事記⑤可畏(かしこ:おそるる) ⇒からの關係: ⑦は,①熟讀(雅言のふり に徹す),②を得,③に觸れての⇒[⑥あはれ]⇒⑥を發見(⑥を奈我牟流)。と同時に④の⑤に、「觸れ⑥を阿夜(あや:驚て歎く)」(古言のふり)を發見し、兩者を『我邦の歴史』と信じた⇒⑦宣長

(凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十六章

P428關係論①古事記②古へ③言語表現(古言のふり)④意(こころ)⑤事(こと)⑥言辭の形⑦[神の世の事ら]⑧喜怒哀楽(まごころ)⑨物の可畏き(おそるる)⑩我邦の歴史⇒からの關係:⑫の心には、①の、②よりの云ひ傳へに忠實な③で、④も⑤も(事の世界),(ことば:言の世界)も、相稱(あひかな)つてゐる(即ち⑥の),⑦が鮮やかに映じてゐた.しかしこの⑥は,⑫が[もののあはれ]論について書いた時に,『⑧/⑨』に觸れて⇒[⑪あはれ]⇒⑪を直ちに歎く(奈我牟流/阿夜)は,⑩と確信してゐた⇒⑫宣長

 

この、宣長(△枠)の大膽な類推(D1の至大化)〔とは:兩者を『我邦の歴史』(上枠文參照)と信じた〕に、⑱はついて行く事が出來なかつた(D1の至小化)。彼(⑱)の逡巡(D1の至小化)は、彼が⑭の註解(D1)に、實際に手をつけなかつた(D1の至小化)事〔とは:『迦微』といふ言葉(古言)の古意(いにしへごころ)に關する吟味に手をつけなかつた(D1の至小化)事〕に、恐らく深く關係(D1の至大化)した。(とは以下枠文參照)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十五章

〇P415關係論#万葉⑩#古道⑪#理想⇒からの關係:⑨の鑑賞や批評で充分に錬磨された筈の,⑫の素早い語感が, [神といふ古言(いにしへごと)の古意(いにしへごころ)]では躊躇つてゐる何が,彼の鋭敏な語感の自由な動きを阻んでゐるか,といふ事になれば,⑩の上で,己の⑪(神は人の上)を貫かう(自己流解釋:理附け?)とする,⑫の意志だ⇒⑫真淵

少なくとも、⑯の⑮の仕事を子細に眺めてゐる(D1の至大化)と、さういふ考へに誘はれる(D1の至大化)のは、私には極めて自然な事(D1の至大化)だつた⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑯宣長⑰愛讀者⑱眞淵(△枠)。

 

(F挿入&MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P444關係論#高天原神域からの關係:,①に躓いた.①といふ,日常の場所([神は人の上] 的謂ひ)を超えたを描き,⇒[⑤#其の物]⇒⑤のある形に名づけ初める(體言命名)といふ,⑭の言語行爲(古言のふり)の中に入込んで行くといふ,⑮の考へはには浮んで來なかつた⇒⑬眞淵古人宣長

 

(!倒置型&F挿入&MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P444關係論⑦古事記傳⑧註解といふ仕事⇒からの關係:(前項⇒).それが,⑮の場合になると,考へが浮かぶ浮ばぬといふ事ではなく,⑦⑧,⇒[⑫言語]⇒⑭行爲(#体言命名)の現場[#迦微といふ古言の古意(いにしへごころ)],否應なくを立會はせる事になつた⇒⑬眞淵古人宣長

 

(!倒置型&F挿入&MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P444關係論⑧註解⑨神々のまともな物語⑩神々の系譜⑪原文⇒からの關係: (前項⇒).⑨が始まる前に先づが語られてゐる,といふ風には,⑪は讀めなかつた.さういふ普通な讀み方を,⑧は許さなかつた.⇒[⑫#迦微]⇒何故なら, 言語行爲(#体言命名)の現場[⑫といふ古言の #古意]に立會つたから宣長眞淵古人

(倒置型&F挿入:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P444關係論#註解⑨#神々のまともな物語物語の眞の内容からの關係: (前項⇒).,⑮,⑨は既にその系譜で始まつてゐる,といふ風に讀まざるを得なかつた.何故なら,⑧はあくまで⇒[⑬物語]⇒⑬の語り方に即して行はなければならない.⑫,#語り方の進行に随伴 する故に⇒⑮宣長

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

P444關係論①『高天原』(物:場 C‘)②國土(くに。物:場 C‘)③古人の『心詞(こころことば)』(物:場 C‘)④神域(物:場 C‘)⑤其の物(物:場 C‘)⑥かたち(物:場 C‘)(物:場 C‘)⑦『古事記傳』(物:場 C‘)⑧註解といふ仕事(物:場 C‘)⑨神々のまともな物語(物:場 C‘)⑩神々の系譜(物:場 C‘)⑪原文(物:場 C‘)⑫物語の眞の内容(物:場 C‘)⇒からの關係:⑬は、①といふ言葉に躓いた。(中略)。③に通暁(D1の至大化)してゐた彼(⑬眞淵)にも、①といふ日常の場所(『神は人の上』的謂ひ)を超えた④(を描き)、『⑤のある⑥に名づけ初める(體言命名:D1の至大化)』(『古事記傳』註解)といふ、⑭の言語行爲(體言命名/古言のふり:F⇒Eの至大化)の中に、入込んで行く(Eの至大化)といふ(宣長のやうな)考へ(D1の至大化)は、(眞淵には)浮んで來なかつた(D1の至小化)のである。(とは以下枠文參照&二十三章二十八章:てにをは/言靈(ことだま)關聯)

⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑬眞淵⑭古人⑮宣長(△枠)

 

P444關係論①『高天原』(物:場 C‘)②國土(くに。物:場 C‘)③古人の『心詞(こころことば)』(物:場 C‘)④神域(物:場 C‘)⑤其の物(物:場 C‘)⑥かたち(物:場 C‘)(物:場 C‘)⑦『古事記傳』(物:場 C‘)⑧註解といふ仕事(物:場 C‘)⑨神々のまともな物語(物:場 C‘)⑩神々の系譜(物:場 C‘)⑪原文(物:場 C‘)⑫物語の眞の内容(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。それが、⑮の場合になると、考へが浮かぶ浮ばぬといふ事(D1の至大化/D1の至小化)ではなく、⑦の冒頭を讀めば明らかなやうに、⑧が、さういふ⑭の言語行爲(體言命名/古言のふり:F⇒Eの至大化)の現場〔とは:古人がなす、神といふ古言(いにしへごと)の古意(いにしへごころ)〕に、否應なく(D1の至大化)、彼(⑭宣長)を立會はせる(Eの至大化)事になつたのである。そこに立會つてみれば、⑨が始まる(D1の至大化)前に、先づ⑩が語られてゐる(D1の至小化)、といふ風には、⑪は讀めなかつた(D1の至大化)。さういふ普通な讀み方(D1の至小化)を、⑧は許さなかつた(D1の至大化)のである(とは以下枠文參照)。⑧は、あくまで物語の語り方(體言命名/古言のふり:FEの至大化:言の世界)に即して行はなければならない。は、語り方の進行(古言のふり:FEの至大化:言の世界)に随伴して現れて來る(D1の至大化:事の世界))以上、は當然、は、(『物語が始まる前に、先づ神々の系譜』語りではなく)、既に、その系譜で始まつてゐる〔とは:古言のふり(FEの至大化)による、迦微等(F)の體言命名(FEの至大化)で始まつてゐる〕、といふ風に讀まざるを得なかつた(D1の至大化)のである(とは上枠文參照)⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑬眞淵⑭古人⑮宣長(△枠)

 

(以下文の主旨抜粋)

P444關係論『高天原』(物:場 C‘)②國土(くに。物:場 C‘)③古人の『心詞(こころことば)』(物:場 C‘)④神域(物:場 C‘)⑤其の物(物:場 C‘)⑥かたち(物:場 C‘)(物:場 C‘)⑦『古事記傳』(物:場 C‘)⑧註解といふ仕事(物:場 C‘)⑨神々のまともな物語(物:場 C‘)⑩神々の系譜(物:場 C‘)⑪原文(物:場 C‘)⑫物語の眞の内容(物:場 C‘)⇒からの關係:⑬は、①といふ言葉に躓いた。①とは、何處にある②と指して名づけたものか(D1)、といふ尋常な問ひ(D1の至大化)を、思ひ切つて、振り捨てて了ふ(D1の至小化)のは、非常に困難な事(D1の至大化)であつた。③に通暁(D1の至大化)してゐた彼(⑬眞淵)にも、①といふ日常の場所(『神は人の上』的謂ひ)を超えた④(を描き)、『⑤のある⑥に名づけ初める(體言命名:D1の至大化)』(『古事記傳』註解)といふ、⑭の言語行爲(體言命名/古言のふり:F⇒Eの至大化)の中に、入込んで行く(Eの至大化)といふ(宣長のやうな)考へ(D1の至大化)は、(眞淵には)浮んで來なかつた(D1の至小化)のである。(とは以下枠文參照&二十三章二十八章:てにをは/言靈(ことだま)關聯)

(凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章

P435關係論②『上古の事實』(物:場 C‘)⑧神(物:場 C‘)⇒からの關係:⑬の身勝手な②の尊重が語る、「◎:⑧の名だけを保存した、上の空の言葉〔とは:『神代といふも名の異なるのみにて,同じく人の上なるべき』の事〕は、」⇒「⑪:日常生活(F)/⑫神の傳説(つたへごと(F)」(◎的對立概念F)⇒E:⑮の、眼の前の⑧の姿なくしては、成り立たなかつた、⑪、その生きた味ひ(F⇒Eの至大化)(とは以下枠文參照)が、⑬には、そつくり無視(Eの至小化)されてゐるこれは、⑫の有りのままの姿(Eの至大化)〔とは:『迦微』は、古言(いにしへごと)のふりの體言命名〕を、(神は人の上と)先づ壞した(Eの至小化)上でなければ起り得ない事だ、と⑭は考へた(とは以下枠文參照)⇒⑬眞淵⑭宣長⑮上古の人々(△枠)。

(凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十四章

P410關係論#神②古言のふり③迦微の道⇒からの關係:①に直かに觸れてゐるといふ, 己の直觀(可畏き)の内容を,⑤は②で體言命名[#迦微 #産巣日神 #天照大御神,]をした[#天地自然の道]⇒⑥は②から離れて,(迦微=道)を理に還元し,⑦の④に適ふと変質⇒⑤古人(古意:いにしへごころ)⑥眞淵⑦老荘

それが、⑮の場合になると、考へが浮かぶ浮ばぬといふ事(D1の至大化/D1の至小化)ではなく、⑦の冒頭を讀めば明らかなやうに、⑧が、さういふ⑭の言語行爲(體言命名/古言のふり:FEの至大化)の現場〔とは:古人がなす、神といふ古言(いにしへごと)の古意(いにしへごころ)〕に、否應なく(D1の至大化)、彼(⑭宣長)を立會はせる(Eの至大化)事になつたのである。そこに立會つてみれば、⑨が始まる(D1の至大化)前に、先づ⑩が語られてゐる(D1の至小化)、といふ風には、⑪は讀めなかつた(D1の至大化)。さういふ普通な讀み方(D1の至小化)を、⑧は許さなかつた(D1の至大化)のである(とは以下枠文參照)。

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章

○P432關係論#道②#神代の傳説③註釋④#神典(かみのみふみ)⑤新知識⑥仕事⇒からの關係:(前項⇒)(#古事記)の解は,今日まで,いろいろ現れたが,#本文に見えたるまま といふやうな解のあつた例しがあつたか,その事を考へて欲しい,と⑦は,⑧に言ひたいのだ⇒⑦#宣長⑧#讀者

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章

○P432關係論#註釋④#神典(かみのみふみ)#新知識⑥#仕事⇒からの關係:(前項⇒)自分の精細な③を,たださういふ⑤として,そつくり受け取る事は容易であらうが,この⑥によつて自分が敢行した事,即ち③に關する在來の考へを,轉覆させ逆轉させた,これはなかなか⑨に付き難い,と⑦⇒⑦宣長⑨人目

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章

○P432關係論#註釋④#神典⑥#仕事⇒からの關係:(前項⇒)③の考への[#転覆/#逆転] [とは:#見えたるまま]に想到して,心を動かす様な⑩は,恐らく極めて少数であらう,敢行したなどと言ふより,③の⑥をしてゐるうちに,#自然,さういふ事[とは:#見えたるまま]になつた,と言つた方がよからう,と⑦⇒⑦宣長⑩人

*註解(①)の初め:『ただに其の物(物:場 C‘)其の事(物:場 C‘)のあるかたちのまま(物:場 C‘)に、やすく(D1の至大化)云ひ初め名づけ初め(D1の至大化)たる〔とは『體言命名』:及び『物(禮樂/)あれば名()あり』的謂ひことにして、さらに深き理〔とは:理り/理に還元/自分流理附け/自分の臆見/理附け/定義附け(Eの至小化)〕などを思ひて言へる物には非れ(D1の至小化)ば』。

*迦微といふ[ただ其物を指して云ふ]

*『其(道)はただ物(神。物:場 C‘)にゆく道(D1の至大化)こそ有りけれ、』(『直毘靈』)。

⑧は、あくまで物語の語り方(體言命名/古言のふり:FEの至大化:言の世界)に即して行はなければならない。⑫は、語り方の進行(古言のふり:F⇒Eの至大化:言の世界)に随伴して現れて來る(D1の至大化:事の世界))以上、⑮は當然、⑨は、(『物語が始まる前に、先づ神々の系譜』語りではなく)、既に、その系譜で始まつてゐる〔とは:古言のふり(F⇒Eの至大化)による、迦微等(F)の體言命名(F⇒Eの至大化)で始まつてゐる〕、といふ風に讀まざるを得なかつた(D1の至大化)のである(とは上枠文參照)⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑬眞淵⑭古人⑮宣長(△枠)

 

(F挿入&MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P445關係論#神々②#からの關係:④が註解者として入込んだのは,①⇒[③#]⇒③づけ(#体言命名)初める,⑤の言語行爲(#古言のふり)の内部(#古意/#いにしへごころ)なのであり,古意では,②といふ對象は,その③(#迦微/體言命名)と全く #合體 してゐるのである⇒④宣長⑤#古人

(!倒置型&F挿入&MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P445關係論②神のかたち⇒からの關係: (前項⇒).④が立會つてゐるのは,[萬づの物も事業(こと)も悉に皆],生成(うみなし)賜ふ,⑤の眼前に出現するといふ[#あやしき]光景に他ならない⇒[③#高御巢日神 #巢日神]⇒即ちの御名(體言命名)を正しく唱へた時に⇒④宣長古人

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P445關係論①神々(物:場 C‘)②神(物:場 C‘)③神の『かたち』(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。④が註解者(△枠)として入込んだ(Eの至大化)のは、①に名づけ初める〔體言命名する(F⇒Eの至大化)〕、⑤の言語行爲(古言のふり:F⇒Eの至大化:言の世界)の内部(とは:『神への古言(いにしへごと)の古意(いにしへごころ)』:以下枠文參照)なのであり、其處(内部)では、②といふ對象は、その名(體言命名の名:F)と全く合體(F⇒Eの至大化)してゐる(とは以下枠文參照)のである(高天原といふ名にしても同樣である)。⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒④宣長⑤古人(△枠)。

 

P445關係論①神々(物:場 C‘)②神(物:場 C‘)③神の『かたち』(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。彼(④)が立會つてゐるのは、例へば、『高御巢日神(たかみむすびのかみ:F)神巢日神(かみむすびのかみ:F)』の二柱の神の御名(體言命名の名/古言:F)を正しく唱へれば(古言のふり:F⇒Eの至大化)、『生(むす)』といふ御名(體言命名の名/古言:F)のままに、『萬づの物(物:場 C‘)も事業(こと。物:場 C‘)も悉(ことごと)に皆』、生成(うみなし)賜ふ(D1の至大化)③〔とは:事の世界〕は、⑤の眼前に出現する(言の世界=事の世界)といふ、『あやしき』(F)光景に他ならなかつた⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒④宣長⑤古人(△枠)

 

(以下文の主旨抜粋)

P445關係論①神々(物:場 C‘)②神(物:場 C‘)③神の『かたち』(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。④が註解者(△枠)として入込んだ(Eの至大化)のは、①に名づけ初める〔體言命名する(F⇒Eの至大化)〕、⑤の言語行爲(古言のふり:F⇒Eの至大化:言の世界)の内部(とは:『神への古言(いにしへごと)の古意(いにしへごころ)』:以下枠文參照)なのであり、其處(内部)では、②といふ對象は、その名(體言命名の名:F)と全く合體(F⇒Eの至大化)してゐる(とは以下枠文參照)のである(高天原といふ名にしても同樣である)。

#小林秀雄 著 #本居宣長 三十九章

P367關係論#神⇒からの關係:⑤に直かに觸れてゐるといふ,[:内部]⇒己の#直観の内容を,ひたすら⑥から明らめようとする努力で,⑦も一ぱいだつたであらう.この努力こそ,⑤の名[#迦微 #産巣日神,]を得ようとする行爲(體言命名/古言のふり)そのものであつた⇒上古の人々⑦誰の心

#小林秀雄 著 #本居宣長 三十九章

P367關係論#神②物③神の意⇒からの關係:⑤の,①の名を得んと(體言命名)する行爲が身に付けたもの(古言のふり),①の名とは,①といふ②の内部に入り込み,③を引出して見せ(事の世界),①を見る肉眼とは,同時に①を知る #心眼(事の世界)である事を保證する,[:言葉]⇒生きた④の働き(言の世界)の不思議であつた⇒⑤上古人

彼(④)が立會つてゐるのは、例へば、『高御巢日神(たかみむすびのかみ:F)神巢日神(かみむすびのかみ:F)』の二柱の神の御名(體言命名の名/古言:F)を正しく唱へれば(古言のふり:F⇒Eの至大化)、『生(むす)』といふ御名(體言命名の名/古言:F)のままに、『萬づの物(物:場 C‘)も事業(こと。物:場 C‘)も悉(ことごと)に皆』、生成(うみなし)賜ふ(D1の至大化)③〔とは:事の世界〕は、⑤の眼前に出現する(言の世界=事の世界)といふ、『あやしき』(F)光景に他ならなかつた⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒④宣長⑤古人(△枠)

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

P445關係論①註解②#高天原神々④#神々の系譜⑥[#神世七代]の神々からの關係:②,次々に成り坐すの名が擧げられるに添うて進むに導かれ,是を,④と呼ぶのが適切ではない,と考へた.⑥の出現が,⑦には,#同時]の出來事に見えてゐた,それに間違ひはないと,⑧⇒⑦#古人宣長

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P445關係論①註解(物:場 C‘)②高天原(物:場 C‘)③神々(物:場 C‘)④神々の系譜(物:場 C‘)⑤何の神(物:場 C‘)⑥『神世七代(かみよななよ)』の神々(物:場 C‘)⇒からの關係:②に、次々に成り坐す③の名が擧げられるに添うて進む①に導かれ、これを、④と呼ぶのが、そもそも適切ではない、と宣長が考へてゐる(D1の至大化)のが、其處(①)にはつきり見てとれる(D1の至大化)。(中略)。とは、の出現が、⑦には、『同時』(場 C‘)の出來事に見えてゐた(D1の至大化)、それに間違ひはないと、宣長は考へるする⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑦古人(△枠):①への適應正常

 

(以下文の主旨抜粋)

P445關係論註解(物:場 C‘)②高天原(物:場 C‘)③神々(物:場 C‘)④神々の系譜(物:場 C‘)⑤何の神(物:場 C‘)⑥『神世七代(かみよななよ)』の神々(物:場 C‘)⇒からの關係:宣長(△枠)の①がどれほど行きとどいたものか(D1の至大化)、又行きとどいて、どういふ事になつてゐるかに、重ねて言及する。②に、次々に成り坐す③の名が擧げられるに添うて進む①に導かれ、これを、④と呼ぶのが、そもそも適切ではない、と宣長が考へてゐる(D1の至大化)のが、其處(①)にはつきり見てとれる(D1の至大化)。①によれば、次(つぎに)⑤、次(つぎに)⑤とある、その次(つぎに)といふ言葉は、『其れに縦横(たてよこ)の別(わき)あり、縦(たて)は、假令(たとへ)ば、父の後を子の嗣(つぐ)たぐひなり、横は、兄(せ)に次(つぎ)に弟(おと)の生るる類ひなり、記中に次(つぎに)とあるは、皆此の横の意なり、されば今此(ここ)なるを始めて、下に次に妹伊邪那美の神とある次(つぎに)まで、皆同時にして、指し續き次第(つぎつぎ)に成り坐ること、兄弟の次序(ついで)の如し、〔父子の次第(ついで)の如く、前(さき)の神の御世過ぎて、次に後の神とつづくには非ず、おもひまがふることなかれ〕』、と言ふ。⑥の出現が、⑦には、『同時』(場 C‘)の出來事に見えてゐた(D1の至大化)、それに間違ひはないとする⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑦古人(△枠):①への適應正常

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P445關係論#神々②#神々の系譜④[#]⑤#絶對的な内容からの關係:⑥にとつて,①,言はば離れられぬ一團を形成し,横様に並列して現れるのであつて,とてもなどといふ言葉を,うつかり使ふわけにはいかない宣長⑥#古人

(!倒置型&F挿入:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P445關係論[#]④#絶對的な内容からの關係:(前項から).⇒[⑤:#天地初發時(#あめつちのはじめのとき)]⇒⑤と語る,語り樣に即して言へば,⑦,[天地の初發の]といふ,具體的で,而もを持つものであり,③の縦様の次序(ついで)は消え,③は停止する,⑥⇒⑥宣長⑦#古人

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(以下文の主旨抜粋)

P445關係論神々(物:場 C‘)②神々の系譜(物:場 C‘)③『天地初發時(あめつちのはじめのとき)』(場 C‘)④『時』(場 C‘)⑤絶對的な内容(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。①は、言はば離れられぬ(D1の至小化)一團を形成し、横様に並列して現れるのであつて、とても②などといふ言葉を、うつかり使ふ(D1の至小化)わけにはいかない。③と語る⑥の、その語り樣に即して言へば、彼等の④は、『天地の初發の』といふ、具體的で、而も⑤を持つものであり、④の縦様の次序(ついで)は消え、④は停止する、と(⑤)はつきり言ふのである⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑤宣長⑥古人(△枠)。

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論①宣長の仕事の本質②出發點③事物④時空⑤觀念の質⇒からの關係:(前項⇒).①,その,もう決つて了つたと言ふ事.といふのは,⑩,③に關する基本的な認識,或は經驗の形式,更に言へばそれを成立させてゐるの根本,確かめられて了つたといふ事に⇒⑩上古の人々

(F挿入&MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論#觀念の質⑥#抽象的な時空の觀念からの關係:(前項⇒).確かめられたとは,等質化され,量化されたなどには,全く無縁であつた,⇒[⑦#感覺感情]⇒文字通り身に附けた,その⑦(とは[#神 への #古言 の #古意])に浸されたものを言ふ.⑫⇒⑪#古人達⑫#宣長

(!倒置型&F挿入&MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論⑧文字なき世⑨學問の道⇒からの關係:(前項⇒).以下の事を熟考するのが,⑫には,[⑧,⑧の心(古意)]なる所以を知る事に他ならなかつた.⇒[⑩#感覺感情]⇒その以下とは,身に附けた⑩(神への古言の古意)]から逸脱しては,⑪には傳説を語る術はなかつた事⇒⑪古人達宣長

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論 #文字なき世⑨#学問の道からの關係:(前項⇒).そこで,⑫が取り上げた,當時の順路(#分析的知識)を外れた.むしろ,(とは:[#転覆/#逆転].#見えたるまま)に行く事になつた⇒⑩#上古の人々⑪#古人達⑫#宣長

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P446關係論①宣長の仕事の本質(物:場 C‘)②出發點(場 C‘)③事物(物:場 C‘)④時空(場 C‘)⑤觀念の質(物:場 C‘)⑥抽象的な時空の觀念(物:場 C‘)⑦傳説(物:場 C‘)⑧文字なき世(場 C‘)⑨學問の道(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。さういふ次第で、①は、その②で、もう決つて了つた(D1の至大化)と言ふ事が出來る。といふのは、⑩の、③に關する基本的な認識(D1)、或は經驗(D1)の形式、更に言へば、それを成立させてゐる(D1の至大化)④の根本⑤が、確かめられて了つた(D1の至大化)、といふ事になるのだ。確かめられた(D1の至大化)⑤とは、等質化され、量化された⑥などには、全く無縁(D1の至小化)であつた⑪が、文字通り身に附けた、その感覺感情〔とは:『神への古言(いにしへごと)の古意(いにしへごころ)』(體言命名/古言のふり:F⇒Eの至大化:言の世界)?〕に浸されたものを言ふ。⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑩上古の人々⑪古人達⑫宣長(△枠)。

 

P446關係論①宣長の仕事の本質(物:場 C‘)②出發點(場 C‘)③事物(物:場 C‘)④時空(場 C‘)⑤觀念の質(物:場 C‘)⑥抽象的な時空の觀念(物:場 C‘)⑦傳説(物:場 C‘)⑧文字なき世(場 C‘)⑨學問の道(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。ここから逸脱しては、どのやうに語らうとも、彼等(⑪)には傳説(F)を語る術はなかつた(Eの至小化)。この事を熟考(D1の至大化)するのが、⑫には、『⑧は、⑧の心〔とは:『神への古言(F:いにしへごと)の古意(いにしへごころ)』〕』なる所以を知る事に、他ならなかつたのである。そこで、彼(⑫)が取り上げた⑨は、當時の順路(分析的知識)を外れた。むしろ、逆〔とは:転覆/逆転:見えたるまま〕に行く事になつた(とは以下枠文參照)⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑩上古の人々⑪古人達⑫宣長(△枠)。

 

(以下文の主旨抜粋)

P446關係論宣長の仕事の本質(物:場 C‘)②出發點(場 C‘)③事物(物:場 C‘)④時空(場 C‘)⑤觀念の質(物:場 C‘)⑥抽象的な時空の觀念(物:場 C‘)⑦傳説(物:場 C‘)⑧文字なき世(場 C‘)⑨學問の道(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。さういふ次第で、①は、その②で、もう決つて了つた(D1の至大化)と言ふ事が出來る。といふのは、⑩の、③に關する基本的な認識(D1)、或は經驗(D1)の形式、更に言へば、それを成立させてゐる(D1の至大化)④の根本⑤が、確かめられて了つた(D1の至大化)、といふ事になるのだ。確かめられた(D1の至大化)⑤とは、等質化され、量化された⑥などには、全く無縁(D1の至小化)であつた⑪が、文字通り身に附けた、その感覺感情〔とは:『神への古言(いにしへごと)の古意(いにしへごころ)』(體言命名/古言のふり:F⇒Eの至大化:言の世界)?〕に浸されたものを言ふ。ここから逸脱しては、どのやうに語らうとも、彼等(⑪)には傳説(F)を語る術はなかつた(Eの至小化)。この事を熟考(D1の至大化)するのが、⑫には、『⑧は、⑧の心〔とは:『神への古言(F:いにしへごと)の古意(いにしへごころ)』〕』なる所以を知る事に、他ならなかつたのである。そこで、彼(⑫)が取り上げた⑨は、當時の順路(分析的知識)を外れた。むしろ、逆〔とは:転覆/逆転:見えたるまま〕に行く事になつた(とは以下枠文參照)。」⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑩上古の人々⑪古人達⑫宣長(△枠)。

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章

○P432關係論#道②#神代の傳説③註釋④#神典(かみのみふみ)⑤新知識⑥仕事⇒からの關係:(前項⇒)(#古事記)の解は,今日まで,いろいろ現れたが,#本文に見えたるまま といふやうな解のあつた例しがあつたか,その事を考へて欲しい,と⑦は,⑧に言ひたいのだ⇒⑦#宣長⑧#讀者

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章

○P432關係論#註釋④#神典(かみのみふみ)#新知識⑥#仕事⇒からの關係:(前項⇒)自分の精細な③を,たださういふ⑤として,そつくり受け取る事は容易であらうが,この⑥によつて自分が敢行した事,即ち③に關する在來の考へを,轉覆させ逆轉させた事,これはなかなか⑨に付き難い,と⑦⇒⑦宣長⑨人目

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章

○P432關係論#註釋④#神典⑥#仕事⇒からの關係:(前項⇒)③の考への[#転覆/#逆転] [とは:#見えたるまま]に想到して,心を動かす様な⑩は,恐らく極めて少数であらう,敢行したなどと言ふより,③の⑥をしてゐるうちに,#自然,さういふ事[とは:#見えたるまま]になつた,と言つた方がよからう,と⑦⇒⑦宣長⑩人

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章

○P432關係論#本文⇒からの關係:(前項⇒)⑥にとつて,①の #註釋 とは,①をよく知る爲の準備としての #分析的知識(#真淵 的方法)ではなかつた.そのやうなものでは決してなかつた.先づ①がそつくり信じられてゐないところに,どんな註釋も不可能な筈であると(次項へ続く)⇒⑥#宣長

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章

○P432關係論#本文②#神代の傳説⇒からの關係:(前項⇒).①のない所に註釋はないといふ,極めて單純な,普通の⑦の眼にはとまらぬ程 #單純な事實が持つ奥行 とでも呼ぶべきものに,たださういふものだけに,⑥の關心は集中されてゐた.②に見えたるがままを信ずる,⇒⑥宣長⑦#註釋家。

 

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論#神代の物語②#学問からの關係:①の示す不合理(#理りなし)[とは:#天上の国(#神代) とは #不合理 であると言ふ考へ],まことに #露骨 なものであつて,これをそのままに差し置いて,その上にを築くわけにはいかない.は捉へた⇒⑧#宣長⑨#學者達相手

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論#神代の物語②#學問③[#あやしさ]④#問題⑤[#あやし]⑥#常識⑦#物語彼等の #仕事からの關係:(前項から).②を出發させる爲には,この物語(①)③(#理りなし)をなんとか #始末しなければならない.⑧,④,其處(③の始末)へ絞つた⇒⑧#宣長⑨#學者達

(MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論#神代の物語②#學問③[#あやしさ]⑤[#あやし]⑥#常識⑦#物語彼等の仕事からの關係:(前項から).⑧,⑨に大きな不滿を抱いたのは,①⑤(#理りなし)と受け止める餘裕すらなく,誰も(⑩),その合理化(#理り/#理に還元/自分流 #理附け)に走るから⇒⑧宣長⑩#学者達

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P446關係論神代の物語(物:場 C‘)②學問(物:場 C‘)③『あやしさ』(物:場 C‘)④問題(物:場 C‘)⑤『あやし』(物:場 C‘)⑥常識(物:場 C‘)⑦物語(物:場 C‘)⑨彼等の仕事(物:場 C‘)⇒からの關係:①の示す不合理(理りなし:D1の至小化)〔とは:天上の国(神代) とは不合理であると言ふ考へ〕は、まことに露骨(D1の至小化)なものであつて、これをそのままに差し置いて(D1の至小化)、その上に②を築くわけにはいかない(D1の至小化)。②を出發させる(D1の至大化)爲には、この物語(①)の③(理りなし)をなんとか始末(D1の至大化)しなければならない(とは以下枠文參照)。⑧は、④を、其處(③の始末)へ絞つた⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑧宣長⑨學者達⑩相手(△枠)。

 

P446關係論神代の物語(物:場 C‘)②學問(物:場 C‘)③『あやしさ』(物:場 C‘)④問題(物:場 C‘)⑤『あやし』(物:場 C‘)⑥常識(物:場 C‘)⑦物語(物:場 C‘)⑨彼等の仕事(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。彼(宣長⑧)が、⑨に大きな不滿を抱いたのは、物語(①)を⑤(理りなし)と受け止める(D1の至大化)餘裕すらなく、誰も(⑨)が、その合理化(D1の至小化)〔理りあり化/理に還元/自分流理附け〕に走る(とは以下枠文參照)

まるで、自分等(⑨)が頼んでゐる②の⑥(『理りあり』)を、根柢から覆さう(D1の至小化)と挑戦して來る⑩〔とは:『あやし』なる神代の物語〕に對し、氣構へる(D1の至小化)、といふ態度(「學問の敵」視)が取られる。(中略)彼等(⑨)にしてみれば、身勝手な始末(D1の至小化)〔とは:(したいと)望むだけの『あやしさ』(理りなし)の始末(D1の至小化)〕どころか、⑦と②が兩立しない(D1の至小化)場合、學者(⑨)として、當然取らねばならなかつた措置〔とは:物語の『あやしさ』(理りなし)を捨て、理りあり(合理=學問)を選擇した措置〕だつたのである。⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑧宣長⑨學者達⑩相手(△枠)。

 

(以下文の主旨抜粋)

P446關係論神代の物語(物:場 C‘)②學問(物:場 C‘)③『あやしさ』(物:場 C‘)④問題(物:場 C‘)⑤『あやし』(物:場 C‘)⑥常識(物:場 C‘)⑦物語(物:場 C‘)⑨彼等の仕事(物:場 C‘)⇒からの關係:①の示す不合理(理りなし:D1の至小化)〔とは:天上の国(神代) とは不合理であると言ふ考へ〕は、まことに露骨(D1の至小化)なものであつて、これをそのままに差し置いて(D1の至小化)、その上に②を築くわけにはいかない(D1の至小化)。②を出發させる(D1の至大化)爲には、この物語(①)の③(理りなし)をなんとか始末(D1の至大化)しなければならない(とは以下枠文參照)。

(凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十五章

〇P419關係論#高天原②古言③古意⇒からの關係:①といふ②のはつきりした③とは,[虚空(そら)の上(かみ)]有る[(あめ)つ神の坐します御國]の稱だと④.それを⑤は,①とは[高き天の廣く平らかなる所],自論(神は人の上/かみ)を言換へ,本心(天上の国とは不合理)を隱した,と④⇒④宣長⑤眞淵

⑧は、④を、其處(③の始末)へ絞つたわけだが、彼(宣長⑧)が、⑨に大きな不滿を抱いたのは、彼等(⑨)の身勝手な始末(D1の至小化)、といふより、⑨は、始末(D1の至大化)まで行つてもゐないと思へるところにあつた。物語(①)を⑤(理りなし)と受け止める(D1の至大化)餘裕すらなく、誰も(⑨)が、その合理化(D1の至小化)〔理りあり化/理に還元/自分流理附け〕に走る(とは以下枠文參照)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章

○P437關係論#あやし(理りなし)②世の中③あらゆる事④なに物⑤周囲⑥古学の道⇒からの關係:①の不徹底な使ひ方[とは:あやしき(理りなし)ものに對する,さかしらな態度〔理に還元/自分流理附け〕ばかりが,⑤に行はれてゐる様を,見てゐる内に,それが,⑥を,遂に誤らす事になつた〔とは:一例が眞淵の所謂『上古の事實(神は人の上)』:自分流理附けのが,はつきりして來た⇒宣長。

 

(凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章

P436關係論①神の傳説②『なに物かはあやしからざる』(すべてあやし)⇒からの關係:①を眞實と信じ、②に徹し、『息を殺して,神の物語 に聞き入れば足りる』,とした④の態度⇒「③:寓言(#たとへ)」⇒E:とは相反し、⑤は『理りあり/理附け/自己流解釋』で、①を③(F)と捉へ(F⇒Eの至大化)、上古の事實を身勝手に、『神代といふも名のことなる(異なる)のみにて、同じく人の上なるべき』とした⇒④宣長⑤眞淵

まるで、自分等(⑨)が頼んでゐる②の⑥(『理りあり』)を、根柢から覆さう(D1の至小化)と挑戦して來る⑩〔とは:『あやし』なる神代の物語〕に對し、氣構へる(D1の至小化)、といふ態度(「學問の敵」視)が取られる。⑩〔とは:『あやし』なる神代の物語〕の顔など、もう見もしない(D1の至小化)。これでは、③(理りなし)の始末(D1の至大化)と言つても、合理化(D1の至小化)〔理りあり化/理に還元/自分流理附け〕するにつれて、(したいと)望むだけの③(理りなし)が現れて來る(D1の至小化)、と言つた方がいい〔とは:理に還元/自分流理附け/自分の臆見、の優先〕。だが、彼等(⑨)にしてみれば、身勝手な始末(D1の至小化)〔とは:(したいと)望むだけの『あやしさ』(理りなし)の始末(D1の至小化)〕どころか、⑦と②が兩立しない(D1の至小化)場合、學者(⑨)として、當然取らねばならなかつた措置〔とは:物語の『あやしさ』(理りなし)を捨て、理りあり(合理=學問)を選擇した措置〕だつたのである。⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑧宣長⑨學者達⑩相手(△枠)。

 

(MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論①問題②[あやし]なる神代の物語からの關係:③にとつて,②の挑戰的表情[とは:世の中の事何物かは,あやしからざる],虚心に眺めるにある.この態度轉換[とは:#理りあり(合理)=學問」選擇よりも「#あやし(不合理)#物語に見えるがまま」選擇]の困難性⇒③宣長

(F挿入:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論#問題②[#あやし]なる #神代 の物語からの關係:(前項から).#態度轉換 の #困難性 につき,⑧はその仕事ぶりから推して,長い間,思ひめぐらしてゐたやうに思はれる.#思ひめぐらし,又しては,② #見えるがままの,⇒[③#あやしさ]⇒[#かたち]に連れ戻される⇒⑧宣長

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論①問題②#神代の物語③#根據からの關係:(前項から).⑨ #観察と熟考 とは,②の見せてゐる表情[とは:#あやし なる #神代の物語 の #挑戰的表情 即ち『#世の中の事何物かは,#あやしからざる』],よつて立つてゐるに向けられた⇒⑨宣長

(F挿入&MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論#傳説⑤#心ばへからの關係:(前項から).④の無名の⑤(#事の世界)からすると,⇒[⑦#あやし]⇒⑦なる #語り方(とは:#古言のふり による #體言命名/#言の世界)をしなければ,何一つ語る事は出來なかつた,⑩のさういふ #内的(#心的) #必然性(とは以下枠文參照)⇒#宣長の眼⑩#作家達

 

(!倒置型&F挿入&MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論#物語⑦#あやしさ(#理りなし/#不合理)⑧#學問の道からの關係:(前項から).⑪にも付き易い,②の背後に隠れてゐる,以下を見つけ,その意味を問ふ事([#あやしの構造を明らめる事])⇒[③#あやし]⇒以下とは,③なる #語り方 の #内的な必然性 を指す宣長誰の眼

(MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論②物語⑥#内的な必然性⑦#あやしさ(理りなし/不合理)⑧学問(古学)の道からの關係:(前項から).⑥を見つけ,その意味を問ふ事が,②の露骨な不合理[#天上の国(#神代) とは不合理であると言ふ考へ]から眼を逸らす事なく,⑦を本當に始末してを開く事だ,と確信した宣長

(MIX:凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十八章

○P446關係論#神代の物語の「#あやしさ(#理りなし/#不合理)」の背後に隠れてゐる「内的な必然性」とは、以下を謂ふ。

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P446關係論問題(物:場 C‘)②『あやし』なる神代の物語(物:場 C‘⇒からの關係:(承前)。宣長(△枠)にとつて①は、②の挑戰的表情〔とは:『世の中の事何物かは,あやしからざる』〕を、虚心に眺める(D1の至大化)にある。この態度轉換〔とは:理りあり(合理=學問)選擇よりも『あやし(不合理)=物語に見えるがまま選擇〕の困難につき、宣長(△枠)はその仕事ぶり(D1の至大化)から推して、長い間、思ひめぐらしてゐた(D1の至大化)やうに思はれる。思ひめぐらし(D1の至大化)、又して(D1の至大化)は、②(神代の物語)に見えるがまま(D1の至大化)の、『あやしさ』(F)の『かたち』(Eの至大化)に連れ戻される⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒宣長(△枠)。

 

P446關係論①問題(物:場 C‘)②神代の物語(物:場 C‘)③根據(物:場 C‘)④傳説(物:場 C‘)⑤心ばへ(物:場 C‘)⑥内的(心的。物:場 C‘)⑦『あやしさ』(理りなし/不合理。物:場 C‘)⑧學問(古學)の道(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。彼(⑨△枠)の観察と熟考(D1の至大化)とは、②の見せてゐる表情(D1の至大化)〔とは:『あやし』なる神代の物語(物:場 C‘)の挑戰的表情(D1の至大化)即ち『世の中の事何物かは,あやし(F)からざる』〕が、よつて立つてゐる(D1の至大化)③に向けられた(D1の至大化)。⇒⑨宣長の眼⑩作家達⑪誰の眼(△枠)

 

P446關係論①問題(物:場 C‘)②物語(物:場 C‘)③根據(物:場 C‘)④傳説(物:場 C‘)⑤心ばへ(物:場 C‘)⑥内的(心的。物:場 C‘)⑦『あやしさ』(理りなし/不合理。物:場 C‘)⑧學問(古學)の道(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。④の無名の⑩の⑤〔とは:『事の世界』〕からすると、このやうな(『あやし:F』なる)語り方(古言のふりによる體言命名:F⇒Eの至大化/言の世界)をしなければ、何一つ語る事は出來なかつた、さういふ〔とは:『このやうな(『あやし:F』なる)語り方をしなければ、何一つ語る事は出來なかつた』:即ち『古言のふりによる體言命名:F⇒Eの至大化/言の世界』といふ〕⑥な必然性(D1の至大化)(とは以下枠文參照)が、⑪にも付き易い(D1の至大化)、②の⑦の背後に隠れてゐる(D1の至小化)。これ〔内的(心的。物:場 C‘)な必然性(D1の至大化)(とは以下枠文參照)〕を見つけ、その意味を問ふ事(とは:『あやしの構造を明らめる』)が、②(神代の物語)の露骨な不合理(理りなし)〔とは:天上の国(神代) とは不合理であると言ふ考へ〕から、眼を逸らす事なく(D1の至大化)、これ〔『あやしさ』(理りなし/不合理)〕を本當に始末(D1の至大化)して⑧を開く(D1の至大化)事だ。彼(⑨△枠)はさう確信した(D1の至大化)⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⇒⑨宣長の眼⑩作家達⑪誰の眼(△枠)⇒⑨宣長の眼⑩作家達⑪誰の眼(△枠)

〔内的(心的。物:場 C‘)な必然性(D1の至大化)〕・・・枠  指定文

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 三十九章

P367關係論#神⇒からの關係:⑧は,⑤に直かに觸れてゐるといふ確かな感じを,⑨でも⑩に抱いてゐた.この⑪各樣の感じは,非常に強い,壓倒的なものだつたに相違なく,⑫も,己の #直観 に捕へられ,これから逃れ去る事など思ひも寄らなかつた⇒⑧#上古の人々⑨誰⑩心⑪各人⑫誰の心。

#小林秀雄 著 #本居宣長 三十九章

P367關係論#神⇒からの關係:⑤に直かに觸れてゐるといふ,[:内部]己の#直観の内容を,ひたすら⑥から明らめようとする努力で,⑦も一ぱいだつたであらう.この努力こそ,⑤の名[#迦微 #産巣日神,]を得ようとする行爲(#古言のふり)そのものであつた⇒上古の人々⑦誰の心

P365關係論#物②古い#時代③世上⇒からの關係:先づ⑤の①との出會ひ(#事の世界)がなければ,[:#迦微]⇒⑥にも,#生活 の切つ掛け(#言の世界)は摑めはしないのであり,②③に廣く行き渡つてゐた,④に關する經驗(#古言のふり:#言の世界)にしても同じ事⇒⑤周圍⑥誰

#小林秀雄 著 #本居宣長 三十九章

P365關係論#八百万の神々②#姿③周圍⇒からの關係:先づ①の,何か,恐るべき具體的な②[即ち:#可畏(かしこ)],漠然とでも,③に現じてゐる(#事の世界)といふ事でなければ⇒[:#神代]⇒④の #生活[古言(いにしへごと)のふり:#言の世界]は始まりはしなかつた#上代人

#小林秀雄 著 #本居宣長 三十九章

P366關係論#神々②#八百万の神々⇒からの關係:①との出會ひ,その印象,感觸なりを,意識化して,確かめるといふ事は,[:#迦微]⇒④にとつても,②に命名するといふ事に他ならなかつた.[③と云は體言なれば]と⑤が言ふ時,考へてゐたのは,實は,その事(命名)であつた⇒④誰⑤宣長。

 

 

(以下文の主旨抜粋)

P446關係論問題(物:場 C‘)②物語(物:場 C‘)③根據(物:場 C‘)④傳説(物:場 C‘)⑤心ばへ(物:場 C‘)⑥内的(心的。物:場 C‘)⑦『あやしさ』(理りなし/不合理。物:場 C‘)⑧學問(古學)の道(物:場 C‘)⇒からの關係:(承前)。しかし、⑨は、どのやうな措置(D1)〔とは:物語の『あやしさ』(理りなし)を捨て、理りあり(合理=學問)を選擇する事(D1)〕が取られようとも、〔學者達(△枠)には、物語(物:場 C‘)と學問(物:場 C‘)が〕兩立しない(D1の至小化)といふ當の事實自體には、何の變りもありはしない(D1の至小化)、そちらの側を見てゐた。①は、相手〔とは:『あやし』なる神代の物語(物:場 C‘)〕の挑戰〔『あやし』(物:場 C‘)〕に應ずる(D1)にはない、相手〔とは:『あやし』なる神代の物語(物:場 C‘)〕の挑戰的表情〔とは:『世の中の事何物かは,あやしからざる』〕を、虚心に眺める(D1の至大化)にある。この態度轉換〔とは:理りあり(合理=學問)選擇よりも『あやし(不合理)=物語に見えるがまま選擇〕の困難につき、⑨はその仕事ぶり(D1の至大化)から推して、長い間、思ひめぐらしてゐた(D1の至大化)やうに思はれる。思ひめぐらし(D1の至大化)、又して(D1の至大化)は、②(神代の物語)に見えるがまま(D1の至大化)の、『あやしさ』(F)の『かたち』(Eの至大化)に連れ戻される樣〔とは以下枠文「弐」:即ち『つらつら思ひめぐらせば,世の中の事何物かは,あやし(F)からざる』〕を、私は想像に描いてみる(とは以下枠文參照)。

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章

○P432關係論②神代の傳説⇒からの關係:(前項⇒).②に見えたるが儘を信ずる⑧が⑨を反省する.それがそのまま註釋の形を取る.この註釋が信ずる⑧を新たにし,又新しい註釋を生む.さういふ一種無心な反復を,集中された關心の内にあつて行ふ他,何も願ひはしなかつた⑥⇒⑥宣長⑧心⑨己。

(凝縮實在關係論)

#小林秀雄 著 #本居宣長 四十七章主題

「弐」:P436關係論①世の中の事②何物③源氏論④古學⇒からの關係:つらつら思ひめぐらせば,①②かは,⇒⑤あはれ/⑥あやし⇒⑤ならざると觀じた⑦を得て,③は盡きた.つらつら思ひめぐらせば,①(神代の物語)②かは,⑥からざるが④本來の構造で,⑥の構造を明らめるが④に携はるといふ事,と宣長⇒⑦式部。

彼(⑨△枠)の観察と熟考(D1の至大化)とは、②の見せてゐる表情(D1の至大化)〔とは:『あやし』なる神代の物語(物:場 C‘)の挑戰的表情(D1の至大化)即ち『世の中の事何物かは,あやし(F)からざる』〕が、よつて立つてゐる(D1の至大化)③に向けられた(D1の至大化)。④の無名の⑩の⑤〔とは:『事の世界』〕からすると、このやうな(『あやし:F』なる)語り方(古言のふりによる體言命名:F⇒Eの至大化/言の世界)をしなければ、何一つ語る事は出來なかつた、さういふ〔とは:『このやうな(『あやし:F』なる)語り方をしなければ、何一つ語る事は出來なかつた』:即ち『古言のふりによる體言命名:F⇒Eの至大化/言の世界』といふ〕⑥な必然性(D1の至大化)(とは以下枠文參照)が、⑪にも付き易い(D1の至大化)、②の⑦の背後に隠れてゐる(D1の至小化)。これ〔内的(心的。物:場 C‘)な必然性(D1の至大化)(とは以下枠文參照)〕を見つけ、

〔内的(心的。物:場 C‘)な必然性(D1の至大化)〕・・・枠  指定文

 

#小林秀雄 著 #本居宣長 三十九章

P367關係論#神⇒からの關係:⑧は,⑤に直かに觸れてゐるといふ確かな感じを,⑨でも⑩に抱いてゐた.この⑪各樣の感じは,非常に強い,壓倒的なものだつたに相違なく,⑫も,己の #直観 に捕へられ,これから逃れ去る事など思ひも寄らなかつた⇒⑧#上古の人々⑨誰⑩心⑪各人⑫誰の心。

#小林秀雄 著 #本居宣長 三十九章

P367關係論#神⇒からの關係:⑤に直かに觸れてゐるといふ,[:内部]己の#直観の内容を,ひたすら⑥から明らめようとする努力で,⑦も一ぱいだつたであらう.この努力こそ,⑤の名[#迦微 #産巣日神,]を得ようとする行爲(#古言のふり)そのものであつた⇒上古の人々⑦誰の心

P365關係論#物②古い#時代③世上⇒からの關係:先づ⑤の①との出會ひ(#事の世界)がなければ,[:#迦微]⇒⑥にも,#生活 の切つ掛け(#言の世界)は摑めはしないのであり,②③に廣く行き渡つてゐた,④に關する經驗(#古言のふり:#言の世界)にしても同じ事⇒⑤周圍⑥誰

#小林秀雄 著 #本居宣長 三十九章

P365關係論#八百万の神々②#姿③周圍⇒からの關係:先づ①の,何か,恐るべき具體的な②[即ち:#可畏(かしこ)],漠然とでも,③に現じてゐる(#事の世界)といふ事でなければ⇒[:#神代]⇒④の #生活[古言(いにしへごと)のふり:#言の世界]は始まりはしなかつた#上代人

#小林秀雄 著 #本居宣長 三十九章

P366關係論#神々②#八百万の神々⇒からの關係:①との出會ひ,その印象,感觸なりを,意識化して,確かめるといふ事は,[:#迦微]⇒④にとつても,②に命名するといふ事に他ならなかつた.[③と云は體言なれば]と⑤が言ふ時,考へてゐたのは,實は,その事(命名)であつた⇒④誰⑤宣長。

その意味を問ふ事(とは:『あやしの構造を明らめる』)が、②(神代の物語)の露骨な不合理(理りなし)〔とは:天上の国(神代) とは不合理であると言ふ考へ〕から、眼を逸らす事なく(D1の至大化)、これ〔『あやしさ』(理りなし/不合理)〕を本當に始末(D1の至大化)して⑧を開く(D1の至大化)事だ。彼(⑨△枠)はさう確信した(D1の至大化)⇒「③」(◎的概念F)⇒E:」(③への距離獲得:Eの至大化)⑨宣長の眼⑩作家達⑪誰の眼(△枠):①への適應正常。