平成二十二年三月二十八日
『福田恆存を讀む會』
發表者 吉野櫻雲
三月選擇評論:全集第一巻所收『永井荷風』(昭和二十一年八月、東京女子大學學友會夏期特別講座にて講演。三十五歳著)。
「附『墨東奇譚』について」(筑摩書房版『文學講座』第六巻作品論 昭和二十六年十二月刊 四十歳著)。
ゑ
恆存は永井荷風の文學活動に、自己の評論活動と同一的立脚點があるのを見出してゐる。その同一的立脚點とは、かくの如きものである(詳細は該當項目にて探究)。
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〔難解又は重要文〕:P220上「 」内が恆存文。( )内は吉野注。 「いま(明治も現代も)の世の中は現實が素材のまま(P1-4rekisi.bunka.kata.pdf へのリンク)なまの姿を現してゐるので、これを整理し、これに衣裳をまとはせる樣式(E)といふものが缺けてゐるのです。樣式のないところに眞の人間生活(同右圖)はありえない。――それはたんに動物の生存にほかならない。僕たちはなんとかしてこの素材のままの現實に樣式を與へなければならぬ。それが現代の政治家、事業家、學者、藝術家、すべての人に課せられた任務なのです。荷風の青少年期をおくつた明治二十年代、三十年代とはまさにかういふ時代であつたといへませう」。 |
そして更に、鴎外、漱石、四迷にも近似的な立脚點(無限定性の自己)を以下枠文の樣に見て、其處から「われわれが敵(自己を超えたる場:C)としてなにを選んだかによつて、そしてそれといかにたたかふ(宿命/自己劇化)かによつて、はじめて自己は(創作對象に)表現せられるのだ」と、彼等の自己劇化(文學活動等)との關聯を論述してゐる。其處から察するに、荷風の場合は、「敵(自己を超えたる場:C)として」、《歴史(時間的全體Cとしての「江戸」)⇒文化(D1)》を選んだ事が窺へるのである。
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拙發表文:第一囘『人間・この劇的なるもの』より *無限定性の自己=「解放されて仕へるべき何をも持たぬ自我の不安」=統一体を形つくつていた一つの世界の崩壊期(明治・戰後の現代)。 *無限定性の自己といふ名の、江戸幕府瓦解が招いた「規範喪失」は、二葉亭四迷、鴎外、漱石、彼ら明治人を苦しめた。彼らの人生或はその創作の主題にそれは大きく関係した。維新後の精神的空白が齎す、集団的自我上への表現せられるべきものの不在(敵である「全体」を喪失したがための)に繋がつたのである(要約)、と恆存は『獨斷的な餘りに獨斷的な』等の評論にて論述してゐる。 |
【どうであらう、此の邊について各位のご賢察は・・・】
そして、上述の内容を含め當評論を讀むに際し、以下の恆存文が參考になるかと思へるので、此處に轉載しておく。
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*「一時代、一民族の生き方が一つの型(E)に結集する處に一つの文化(D1)が生れる。その同じ物が個人に現れる時、人はそれを教養と稱する」(全四P393『文學以前』) *「文化とは私たちの生き方であります。生活の樣式であります。(中略)目の前に客體化しえぬもの、意識的に追求しえぬもの、合理的に説明しえぬもの・・」(T・Sエリオットの辯より) *「現代の日本には主體的な生き方や心の働きとしての文化や教養がないばかりか、文化とはそのやうな主體的な精神の型(E)だといふ觀念さへないのです。おそらく日本の全歴史を通じて現代ほど文化が薄ぺらになり、教養ある階級を失つた時代はなかつたらう。(中略)私たちはまづその自覺に徹すべき」(全五P187『傳統にたいする心構』) |
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190上【全集第五巻所載『傳統にたいする心構』から探究。 恆存は文化を「歴史(C:時間的全體)⇒文化・傳統(D1:關係)⇒制度・仕來り・儀式・藝術・風俗・思想・道徳等々(集團的自我上・個人的自我上)への現象化」と言ふ圖で捉へてゐる。そして「文化(D1)とは生き方(對象・言葉に對する距離測定能力確保:Eの至大化)」に反映されるものと見てゐる。そして「心の生き方をよく心得る」と言ふ事は、その含む内容は、別評論(以下枠文)で恆存が書いてゐる「コンシャンス(良心・自覺)」と言ふ事をも意味してゐて、やはりそれは同じく「對象・言葉との距離測定能力確保=Eの至大化」の意に通じて來ると小生には思へるのである(「テキストP12圖」參照)。190上の、「文化(D1)があり、傳統があるところでは、社會が、家庭(即ち仕來り)が、それ(生き方:E)を教へてくれる」の文は、その事を言つてゐる樣に思へる。 即ち文化(D1)のある處(換言すれば「自國の歴史=C」との「適應正常化=非沈湎=D1の至大化」が圖れてゐる國)では、「E」を至大化させる「:型・仕來り・様式・儀式」が形成されてゐて、その「型・仕來り」が歴史との關係(文化)を形ある「物」として生き方に反映(Eを至大化)させてくれるのである。文化(D1)のある國は「仕來り」を持つが故に、「對象・言葉との距離測定不能(言葉に呪縛)」が原因の、適應異常や狂氣の囘避が可能となるのである。その事柄を「テキスト圖」(P1-4rekisi.bunka.kata.pdf へのリンク)的に言へば、「D1の至大化=Eの至大化」(右圖)と言ふ事になる。「型・仕來り・様式・儀式」は生活・言葉への囚はれから人を救出してくれるのである。更に換言すれば、平生足をさらはれてゐる樣な現實的平面から意識を立ち上がらせてくれる。なぜにそれが可能となるかと言へば、「:型・仕來り・様式・儀式」に内在する働き、恆存の文章に從へば、以下枠文のダイナミズムをそれは宿してゐるからなのであると理解する。
もう一度簡略して言ふと、文化は國及び歴史への沈湎を防ぎ、「:型・仕來り・樣式・儀式」は言葉(或は生活・對象)への沈湎から免れる手立てとなる、と言ふ事なのでは(參照:拙發表文《恆存の「實在感」についての考察》)。 即ち恆存が近代化論で度々言ふ樣に、「場との關係(D1)」と言ふ適應正常の可否(此處では文化の有無)は「言葉との距離測定能力:E」の有無に比例するのである。そして「言葉との距離測定能力:E」とは、評論『醒めて踊れ』で言ふ樣に「ソフトウェア」の領域に入り、それは「フレイジング」(注)的な要素即ち、「言葉(F)と話し手との間に距離(E)を保ち、その距離を絶え間なく変化させねばならぬ」と言ふ手立てを必要とする事になる。 (注) 「フレイジングはphrasingでありphrase(句)の粒立てを意味する。フレイジングとは、平面圖を立体的な三次元の世界に見せる遠近法の技術」。・・・即ち、話し手とせりふ(言葉)との距離を、その方法論で至大化させることによつて、關係も至大化し場面への沈湎から免れる。場面から發生する「心の動き(關係)」が寝そべることなく、「なぜ」と言ふ強い必然性が生まれる。 |
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*「美意識といふ立場から見れば、日本人には統一があつた。一時代としての横の統一もまた歴史をとほしてみた縦の統一も、ちやんとあつた。(中略)しかし統一があるが、横にも縦にも、積み重ねといふものがない。(中略)嚴密に言へば、西洋流の『歴史』といふ觀念が稀薄。連續がない」(全三P178『日本および日本人』)(參照:①「日本の文化形態」nihonbunkanotokuchou.pdf へのリンク②「テキストP5~8」西洋流の『歴史』の連續性・統一性・一貫性)。 *「連續性のない文化はつねに一時代で完成する。完成してしまふから、つぎの時代に手渡しするものがない。次代に受けついでもらふ未完成のものをもたない」(P179)。(參照:「日本の文化形態」nihonbunkanotokuchou.pdf へのリンク *「つぎの時代に手渡せないその時代特有の完璧さをもつてしまつた」(P180)。(參照:同) |
尚加へるに、小生はふと疑問を抱いたのであるが、たとへ恆存の講演が名調子であつたとしても、はたして當時の「東京女子大學」の學生及び來場者は、此のやはり難解的評論と言へる内容を耳で聽いて、それを即座に理解へと置き換へる事が出來たのであらうか。
更に問ひをもうひとつ。當評論記述(講演)の昭和二十一年、二十六年は、荷風はまだ存命で當時六十七歳及び七十二歳であつた(三十四年逝去、享年八十歳)。此の評論を讀んでの荷風の感想は果たしてありやなしや・・。
附記しておくと、當『讀む會』開場は、荷風晩年の居住地「市川」と近接してゐて所縁があるといへる。また同じ市川に住む當會會員「S」氏は子供の頃、親父に手を引かれながら「あれが永井荷風だよ」と、歩いてゐる晩年の荷風散人を教えて貰つた記憶があると、かつて曰うてゐた。 また『墨東奇譚』の舞台「玉の井」は、小生の高校の直ぐ近くであつたし、それが理由ではないが荷風の小説は、吾が高校時代の耽讀の書であつた。勿論當評論に書かれてある内容に思ひ至れる筈はなく、ただ美文と江戸情緒や様式美に浸つてゐただけではあるが・・。今から思ひ起こせば小生の高校時代(昭和四十~四十二年)はいはゆる「高度成長」の眞つ直中、物質主義の時代で、東京の街は将に「いま(明治も現代も)の世の中は現實が素材のまま(P1-4rekisi.bunka.kata.pdf へのリンク)なまの姿を現して」ゐた。車の運行(物質)の爲には祭禮(儀式=様式)も犧牲にされて、それで良しとされてゐた時代であつた(現今も本質的には當時と大差はない)。かかる時に讀んだ荷風の描く「風景」は心の潤ひであつたと言へる。かうした事などもまあ、荷風散人との縁と言へば縁ではある。
*今評論選擇理由・・・川上會員より。
*引き續き川上會員より、LEADING(READING)へ・・・。
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〔以下は、吉野櫻雲發表文〕
と言ふ事で、今評論も中々の難解にしてかつ手ごはく、そしてどの文章も重要なのであるが、特に以下内容文を此處に取り上げる事とする。更にいつもの如く難解なる内容については、手助けを他評論に仰ぐこととする。(以下文中傍線及び括弧内は概ね吉野附記。「P9圖」云々は「讀む會テキスト」頁を表す。「A・B・D2」等も同テキスト三頁を參照の程)
一 發想について
〔難解又は重要文〕:P211下~2上「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
*「現代とのつながりが、さらに現代に對する荷風の責任が、その作品(B藝術)と生活(A)と、二つの面において疑はれてゐるわけであります。したがつて、僕のこころみはこの點をめぐつて荷風を近代日本文學の流れのうちに正しく位置づけること――さきの言葉をそのまま用ゐれば彼の文學を僕たちの『遺産』と化することにほかなりません。(中略)所詮彼等(他の批評家)はさういふふう(史的位置づけ)に荷風を位置づけながら、これを否定してゐる。――ときにその愛着を表明しながらも、です。しかし僕はこれをあくまで肯定したいのです。――ほかならぬその愛着のゆゑに、であります」・・・當文は重要文として轉載した。そして肯定の理由の一つとしては、「まへがき」で記した「恆存は永井荷風の文學活動に、自己の評論活動と同一的立地點があるのを見出してゐる」、その内容〔難解又は重要文〕:P220上に繋がる。更には「明治の精神主義の弱點を洞察した荷風の識見とそれを可能ならしめた彼の本能とは、いまやふたたび囘顧せられてよいものではありますまいか」〔難解又は重要文〕:P238下にも。
〔難解又は重要文〕:P213下「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
原文再讀要:「なぜなら觀念小説~P214の四行目迄
「(觀念小説とは)周囲の現實(A)を惡と見て、それと自己のものである前時代の道義(B)、人情とのあいだに間隙を感じつつも、さればといつてこの間隙を作品(B)と生活(A)とのうへにおいて埋める力もないので、そこに觀念といふ緩衝地帯を置いたところから生まれたものにほかならなかつた。それが創作にあたつて主題といふ枠を設けなくては彼等を落ちつかせなくさせた原因であり、それゆゑに彼等は作品を現實の客觀描寫(寫實=リアリズム)のままに抛りだすほどの強さをもたなかつたのであります。ここに自然主義の萌芽nihontekiseishinshugikouzu.pdf へのリンクはたしかにみとめられるのでありますが、~~」・・・左記文中、「この間隙を作品(B)と生活(A)とのうへにおいて埋める力もない」及び「作品を現實の客觀描寫(寫實=リアリズム)のままに抛りだすほどの強さをもたなかつた」とは何を言はんとしてゐるのであらうか。
察するに、それは以下枠文の邊りの消息を物語つてゐるのではなからうか。先述要約すると、彼等は「借物の表象(C2:後盾・護符・西歐概念=上位概念)をかざして現實(民衆も含む)の醜惡を鞭打する」だけで、西歐十九世紀知識階級の如く「社會(A)の醜惡と痼疾とを自己のそれとして受け入れ」る方法(リアリズム)は取り得なかつた。換言するならば「Aの事はAの領域で解決し、個人の純粋性(B)の静謐を保つ」と言ふ方法は取り得なかつた、と言ふことでは・・。⇒(參照:『日本の知識階級』nihontekiseishinshugikouzu.pdf へのリンク)(參照「彼我の差」圖higanosa.pdf へのリンク)。
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拙發表文『民衆の心』より 「民衆の心」が持つ「現實の醜惡さ、人間性の奥深くにひそむエゴイズム(A)」への對處に、西歐(歐米)と日本の知識階級(自由主義者)では、以下の樣な彼我の差が生じてゐる事を恆存は指摘してゐるのである。 簡略して先述すると、日本の自由主義者は「A(現實)⇒B(良心の問題)へ逃避」であつた。それが故に表象(C2)を後盾にした民衆蔑視が形成されるのである、と恆存は言ふ。即ち「借物の表象(C2:後盾・護符・西歐概念=上位概念)をかざして現實(民衆も含む)の醜惡を鞭打する」(P543上)と(參照「彼我の差」圖higanosa.pdf へのリンク)。それ故に「(當時の)民衆は自分たちの心理に眼をそむけた自由主義的文化人に對して、すでに不信の心をもつて對してゐた」(P544上)のだと。 それに反して歐米自由主義者は、以下枠文の方法で「現實と民衆(A)とのかはに立ち、つねに圧制者と對立してゐた」のだと指摘するのである。 現實(民衆)への對處:その彼我の差 *西歐(歐米) 西歐十九世紀知識階級(自由主義者)は、以下の如く「社會(A)の醜惡と痼疾とを自己のそれとして受け入れた」のである。
*日本 *「それ(表象・後盾・護符・C2化)はたしかにポーズにほかならぬ――現實の混亂に對して積極的な解決策を提供しえぬ、といふよりは、はじめから解決すべき對象として現實(A)を眺めようとしない人間が、自己保證(後盾・護符・C2)のために必要としてきたものが、つねにこのポーズの設定であつた。~~(中略)~~かれら(日本の自由主義者=文化人、知識階級)は外部的に解決すべき問題(A)をそのまま内部の問題(B)に、すなはち良心と意思との問題(B)に還元してゐるといふ事實に、いまなほ氣づかぬのである」(『民衆の心』P538上)。 *「明治の知識階級は政治活動(A)や社會活動(A)のうちに自己を生かすこと(AのものはAで解決)を惡と見なさざるを得なかつた」(『近代の宿命』全二P463)⇒「外部的に解決すべき問題(A)をそのまま内部の問題(B)に、すなはち良心と意思との問題(B)に還元してゐる」。 そして恆存が指摘する、彼我の差の本質的原因とは、別紙「彼我の差」圖higanosa.pdf へのリンクで示す通りである。 即ち、西歐近代(アメリカも含む)が、實證精神(A”主體⇒A客體)により、「神に型どれる 人間の概念の探究」として獲得した、精華(自由・自由主義・資本主義・民主主義・個人主義等)を、日本は只の「表象・後盾・護符(西歐概念=上位概念):C2」に祀り上げてしてしまつ た事に、その本質的原因がある。その事を此の評論(『民衆の心』)で恆存は詳らかにしてゐるのである。 |
【どうであらう、此の邊について各位のご賢察は・・・】
二 日本の近代
〔難解又は重要文〕:P219上「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
原文再讀要:①からP220上「強調したりぬ」迄
① 「僕はマナリズムのことを申しましたけれども、このやうに人間と外部の風景(F)とのあひだに感情の交流が行はれるためには、どうしても固定(E)した風景(F)が必要であり、このくりかへしが僕たちに一定の風景に一定の情感を必然ならしめてきた――いはば、風景( F)の固定化(E:様式化)があることによつて、僕たちはそれに反應する情感を錬磨してきたといへます。この固定化(E:様式化)がマナリズムであるならば、僕たちが完成し洗練された生活樣式(E)をもつためには、それもまたしかたがないことであります」。及び、
②
〔難解又は重要文〕:P220上「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
「いまの世の中は現實が素材のまま(P1-4rekisi.bunka.kata.pdf へのリンク)なまの姿を現してゐるので、これを整理し、これに衣裳をまとはせる樣式(E)といふものが缺けてゐるのです。樣式のないところに眞の人間生活(同右圖)はありえない。――それはたんに動物の生存にほかならない。僕たちはなんとかしてこの素材のままの現實に樣式を與へなければならぬ。それが現代の政治家、事業家、學者、藝術家、すべての人に課せられた任務なのです。荷風の青少年期をおくつた明治二十年代、三十年代とはまさにかういふ時代であつたといへませう」。
・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。①の「感情の交流」とは、以下枠文で言ふ「自分に近付け、言葉〔此處では風景( F:自然・生活・習俗)〕を物そのものから離して自分の所有にする事」と言ふことでは。そしてそれが可能となる爲には、「風景( F)の固定化(E:様式化⇒マナリズム)」が必要だ、と言ふことでは・・。⇒參照〔荷風・風景(F)・固定化(E樣式化・マナリズム)kahuu.huukei.kteika.pdf へのリンク〕及び(日本の文化形態nihonbunkanotokuchou.pdf へのリンク)
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*「言葉(物)を自己所有化する」と言ふ事。即ち、意識度を高くし、言葉(物)の用法に細心の注意をし、「言葉(物)を自分から遠く離す事によつて、逆にその言葉を精神化し、支配、操作する事が出来る様になる」(P391全七)。さうする事によつて「自分に近付け、言葉を物そのものから離して自分の所有にする事が可能になる」(『醒めて踊れ』?)。 |
そして「僕たちはなんとかしてこの素材のままの現實に樣式を與へなければならぬ。それが現代の政治家、事業家、學者、藝術家、すべての人に課せられた任務なのです。荷風の青少年期をおくつた明治二十年代、三十年代とはまさにかういふ時代であつた」とは、以下(傍線部分)の内容と關聯があるのではなからうか。故に荷風は己の文學で、明治の文化喪失、樣式喪失(「素材のままの現實」)の時代に江戸情緒の型を借りてその「樣式を與へ」んとした、と恆存は謂はんとしてゐるのであらう。⇒參照〔荷風・風景(F)・固定化(E樣式化・マナリズム)kahuu.huukei.kteika.pdf へのリンク〕
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*「いはばコップから水を飲むことすら完成せる統一體の一構成分子たらしめることだ。文學者とは(中略)たんなる現實の素材(F)に意味的聯關(Eの至大化)を與へるやう強烈な意識(E:so called=所謂何々)をもつて、その生活(此處では集團的自我A?)を主題的に統一(「完成せる統一體としての人格」)して生きぬかうとする人間のことにほかならない」(全二P297『急進的文學論の位置づけ』)。 *場から生ずる「關係(D1)と稱する實在物は潜在的には一つのせりふ(F:言葉)によつて表し得る」。故にせりふの力學、換言すればせりふ(F:言葉・物)との附合ひ方、扱ひ方(E)。即ち「フレイジング」「So called」「型・仕來り・生き方・様式」の用ゐ方の適不適で、「距離の測定:E」即ち、場との關係(D1)の適應正常化(非沈湎)をさせる事が可能となり、また反對に適應異常化(沈湎)に陥らせる事にもなり得る。「Eの至大化=D1の至大化」と言ふ事になる(『せりふと動き』等から要約)。 |
即ち、「悲哀の感情(E)によつて包攝しうる自然、生活、習俗(F:風景)であるならば、そこに荷風の關心は集中せられ、そのなかから風景として完成した構圖や素材を切り取つてくるのでありますから、いきほひその圖柄はかぎられたものになつてまいります」と言ふ、小説樣式を借りてそれを行つた、と言ふ事になる。⇒參照〔荷風・風景(F)・固定化(E樣式化・マナリズム)kahuu.huukei.kteika.pdf へのリンク〕の左圖。(注:此處では「自然」を「C:空間的全體」ではなく、F的概念「風景の範疇」として恆存は捉へてゐる樣だ。⇒P218上參照)。
【どうであらう、此の邊について各位のご賢察は・・・】
〔難解又は重要文〕:P220上「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
「僕は明治革命とそれにともなふ近代日本の出發とについて多くの經濟學者、社會學者、あるいは近代日本文學研究家の言説に日ごろから傔(あきた)らぬものを感じてゐるのですが、それは彼等がこの外國からむりに開港を迫られた近代日本の宿命を見のがしてゐること、すくなくともこの點を強調したりぬといふことなのであります」・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。此處で言ふ「多くの經濟學者、社會學者、あるいは近代日本文學研究家の言説に日ごろから傔(あきた)らぬものを感じてゐる」端的な例の一つが、「司馬遼太郎史觀」に對してであり、更には保守派學者の「和魂洋才論」なのであらう。彼等は明治の「物質的近代化」に賞讚するあまり、「外國からむりに開港を迫られた近代日本の宿命」としての「西歐近代適應異常=精神の近代化缺如」に思ひ至らない。と、その問題に對して恆存は此處で謂はんとしてゐるのではなからうか。
【どうであらう、此の邊について各位のご賢察は・・・】
〔難解又は重要文〕:P225上「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
原文再讀要:右文からP225下5行目「(荷風は)知識階級にも反撥した――なぜならば、荷風の眼に映じた知識階級とはやはり出世しそこねた出世主義者でしかなかつた。彼等は現實を拒まれたがために現實を否定したにすぎない。(中略)荷風の眼はさらに深いところにとどいてをりました。彼は現實(A)を惡とする彼等の理念に疑ひを向けたのです。(中略)いはば近代精神そのものではなく、日本の近代に疑惑を懷いたのであります。ここでは近代ヨーロッパの人間完成の思想(個人主義)がその純粋な核を抜き去られて、その外郭である自己主張と優越意識としか受け繼がれてゐない」・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。「やはり」と書いてゐる樣に、此處にも荷風に自己の主張(以下枠文)が共鳴するものがあるのを恆存は讀み取つてゐる。⇒(參照:『日本の知識階級』nihontekiseishinshugikouzu.pdf へのリンク)
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*日本の資本主義は、以下の理由(特に傍線部分)によつて、明治の知識階級(自由主義)を「おのれを鞭うつ冷酷な敵」とせざるを得なかつた。尚以下の「自然主義作家・私小説家」はそのまま日本の知識階級と置き換へて差し支へない(參照:恆存著『日本の知識階級』nihontekiseishinshugikouzu.pdf へのリンク)。 〔恆存が書く「自然主義作家・私小説家」に至る流れ。及びその似非實在感〕(拙發表文:『獨斷的な餘りに獨斷的な』より)「 」内が恆存文。( )内は吉野注。 *江戸幕府瓦解(文化政策的な儒教倫理C”の崩壊)⇒規範(D1)喪失⇒無限定性の自己(D1・關係・宿命喪失)⇒宗教改革の神に先導された西歐の資本主義と異なり、「近代日本(明治)は資本主義をはじめから利己的な惡徳として發展せしめる以外に道はなかつた(經濟的適應異常)。天皇と國家とのためにといふ名目を除外しては。(中略)近代日本の帝國主義は自己を限界づけるなにもの(國際主義)ももたなかつた(政治的適應異常)。のみならず、天皇や國家の権威は強者の惡徳を正當化した」⇒したがつて「明治の知識階級は政治活動(A)や社會活動(A)のうちに自己を生かすことを惡と見なさざるを得なかつた」のである⇒加へるに利己心に對する後ろめたさ(日本人の習俗性と封建道徳の残滓)⇒爲に、「完全に私を放棄して政治に身を挺するか(「下級武士の和魂洋才」)、さもなければ頑強に私を固執(自己絶對視)して一點に立ちすくむか(自然主義作家及び知識階級)」の二者擇一⇒それが故の、自然主義作家がした實生活(A)から文學(B)への逃避。即ち「文學すらも文明開化の出世主義のネガティーブな吐け口になつてゐた」。(と同時に和魂(B)は下級武士(福沢諭吉等)のアクティーブな吐け口と言ふ事なのでは)⇒自己に忠實(D2:自己表現)⇒C”:自己完成といふ名の自己絶對視・自己正當化⇒D3:自分でする自己確認即ちセルフ・アイデンティフィケイション(虚妄の實感)・似非實在感。 參照:「テキストP9圖」及び『近代の宿命』(全二P463)『私小説的現實について』(全一P571~3) |
そして、「近代ヨーロッパの人間完成の思想がその純粋な核を抜き去られて、その外郭である自己主張と優越意識としか受け繼がれてゐない」とは、以下のことを示していると思へる(參照⇒「PP『彼我の差』」higanosa.pdf へのリンク)。先述圖説すると、(D2)自己主張(表現)・自由意思(人間如何に生くべき)と(C”)自己完成(自己主人公化・自己全体化・自惚鏡)→(D3)自己陶酔・自己満足・自己絶対視しか受け繼いでゐないと言ふ事なのである。
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*恆存の諸著作から個人主義についての文言を要約すれば、以下の通りになると思ふ。 《近代ヨーロッパの人間完成の思想》 近代=「神(C)の死」即ち「神意(宿命D1)」喪失⇒神の代はりに自己の手による宿命演出(D1)⇒(D2)自己主張(表現)・自由意思(人間如何に生くべき)⇒(C”)自己完成(自己主人公化・自己全体化・自惚鏡)⇒(D3)自己陶酔・自己満足・自己絶対視・自己証明による「似非実在感」⇒自己喪失(自己への距離感喪失・適応異常)。 そして畢竟、神の棲まぬ我が国では、個人主義は利己主義に帰結すると言ふ事にも。即ち「神なくして個人の権利を主張しえない。それをあへてなすことは悪徳である」(『近代の宿命』)と言ふ文がそれを示す。 日本の知識階級(前枠文參照) 江戸幕府瓦解(文化政策的な儒教倫理C”の崩壊)⇒規範(D1)喪失⇒無限定性の自己(D1・關係・宿命喪失)⇒「現實(A)的不滿⇒B:逃げ處としての個人的自我概念⇒(D2)人間如何にいくべき(自己主張)C”自己主人公化(自己完成: 絶對的自己肯定)⇔「詩神・護符・後ろ楯の思想:C2」⇒(D3)自己滿足・自己正當化・自己絶対視(似非生き甲斐・似非實在感)」(參照:『日本の知識階級』nihontekiseishinshugikouzu.pdf へのリンク)。 |
【どうであらう、此の邊について各位のご賢察は・・・】
三 生活の様式化
難解又は重要文〕:P234上「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
「荷風は明治の現實に對して、日本の近代に對して、その様式化せられたものしか、あるいは様式化しうるものしか、是認しようとしなかつた。なぜなら様式化しえぬ以上、あらゆる理想も一片の虚妄にすぎず、また様式化が可能(so
called=所謂何々)ならば、いかなる醜惡も時代と社會との眞實にゐるものだからであります」・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。即ち、「様式化」出來得ぬ状態とは、對象(場C”)との關係が「適應異常」してゐる状態を指す(參照「歴史・文化・型」2頁P1-4rekisi.bunka.kata.pdf へのリンク)のである。要するに圖説すると、「人間(△圖)が物(F・言葉・理想・○圖)に呑み込まれ「物等との附合ひ」の距離感(E)を喪失してゐる状態。「物が單なる物にしか見えない」状態を指す。
この荷風論の文章を讀むにつけても、小生は、恆存思想の重要文と思しき以下文を想起してしまふのである。
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①
場から生ずる「關係(D1)と稱する實在物は潜在的には一つのせりふ(問答・對話・獨白:言葉)によつて表し得る」(全七P300『せりふと動き』) ②
場から生ずる「心の動き(關係)を形のある『物』として見せるのがせりふの力學」(『せりふと動き』)。 この二つを合はせ要略すると以下となる。 *場から生ずる「關係(D1)と稱する實在物は潜在的には一つのせりふ(言葉)によつて表し得る」。故にせりふの力學、換言すればせりふ(言葉・物)との附合ひ方、扱ひ方。即ち「フレイジング」「So
called」「型・仕來り・生き方・様式」の用ゐ方の適不適で、「距離の測定」即ち、場との關係(D1)の適應正常化(非沈湎)をさせる事が可能となり、また反對に適應異常化(沈湎)に陥らせる事にもなり得る。「Eの至大化=D1の至大化」と言ふ事になる。 |
そして更に、「様式化が可能(so called=所謂何々)ならば、いかなる醜惡も時代と社會との眞實にゐるものだからであります」についても、以下枠文を想起してしまふのである。先述かつ要約するとかうなる。「社會(A)の醜惡と痼疾とを自己のそれとして受け入れ」る爲に、西歐十九世紀知識階級は、「藝術を保證するための、いはば苦しまぎれの方法の『リアリズム』」をその「様式:E」とした、といふ事になるのである。
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拙發表文:『民衆の心』より 『民衆の心』〔難解又は重要文〕:P540上「 」内が恆存文。( )内は吉野注。 「現實の醜惡さ、人間性の奥深くにひそむエゴイズム(A)――かうしたものに直面した時、ひるがへつて正義や善の觀念(B)にすがりつくことしか知らぬひとびとにむしろ強い反撥を感ずるのだ。近代日本にあつては、文化(B)のみならず政治(A)もまた、この人間性の惡とエゴイズム(A)とに氣づかぬやうにふるまつてきた。――ここにすべての病根がある。民衆のエゴイズム(A)に眼をそむけた政治はいきほひ強權の發動となる。そこには獨善と押しつけとがあるのみだ。歐米自由主義の表象(C2)を維持しながら、政治(A)がつひに專制と封建との世界に低迷せざるをえなかつたゆゑんである。――いや、この借物の表象(C2)に隔てられてゐたために、ぼくたちの父祖はつねに人間の惡(A)をまともに見つめる習慣を身につけえなかつたのだ。のみならず、この借物のうへに、過去の儒教的な道徳觀(精神B主義?)がかれらをして現實に直面(A”主體⇒A客體)する勞を省いてゐたのである(⇒參照:以下枠文『肉體の自律性』)。このふたつのものは――すなはち歐米の自由主義から譲り受けた觀念的な表象(C2)と儒教の道徳觀(精神B主義?)とは――したがつて、わが國においてはたんなる分銅の役割しか果しえなかつた。惡といふ現實の實體を解決せん(A”主體⇒A客體)として、その内部から高くもちあげられたものとしての善、ないしは理想(彼我の差:右圖)higanosa.pdf へのリンクではなく、それは惡の外部にあり、惡と對立して精神の均衡を計らうとする形式的な存在(以下枠文:參照『肉體の自律性』)としての意味しかもちえなかつたのである」云々。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 現實(民衆)への對處:その彼我の差 西歐(歐米) 西歐十九世紀知識階級(自由主義者)は、以下の如く「社會(A)の醜惡と痼疾とを自己のそれとして受け入れた」のである。
日本 *「それ(表象・後盾・護符・C2化)はたしかにポーズにほかならぬ――現實の混亂に對して積極的な解決策を提供しえぬ、といふよりは、はじめから解決すべき對象として現實(A)を眺めようとしない人間が、自己保證(後盾・護符・C2)のために必要としてきたものが、つねにこのポーズの設定であつた。~~(中略)~~かれら(日本の文化人、知識階級)は外部的に解決すべき問題(A)をそのまま内部の問題(B)に、すなはち良心と意思との問題(B)に還元してゐるといふ事實に、いまなほ氣づかぬのである」(『民衆の心』P538上)。 *「明治の知識階級は政治活動(A)や社會活動(A)のうちに自己を生かすことを惡と見なさざるを得なかつた」(『近代の宿命』全二P463)⇒「外部的に解決すべき問題(A)をそのまま内部の問題(B)に、すなはち良心と意思との問題(B)に還元してゐる」。 |
【どうであらう、此の邊について各位のご賢察は・・・】
難解又は重要文〕:P234上「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
原文再讀要:右文間「このやうにフランスの藝術(B)と現實(A)との吻合に羨望を禁じ得なかつた荷風は、顧て近代日本の混亂に絶望を感じたのでした。現實生活の様式化(E)が藝術kahuu.huukei.kteika.pdf へのリンクであるとするならば、明治の日本に藝術は不可能であると斷ずるよりほかにしかたはない――(中略)それだけに――生活を様式化するといふ現實的な責任kahuu.huukei.kteika.pdf へのリンクを負はされてゐるだけに、荷風のばあひ、他の同時代の作家の知らなかつた苦痛を嚴しく感じ、しかもそれを彼ははつきりと意識してゐた」・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。
荷風はフランスにあつて、明治に喪失されてゐるものを、江戸時代に観た。それ故に江戸情緒にある様式美を小説に復元せんとした、と謂はんとしてゐるのではなからうか。⇒參照「フランス・江戸時代にある生活の様式化」huransu.edo.seikatsunoyoushikika.pdf へのリンク。
【どうであらう、此の邊について各位のご賢察は・・・】
〔四 主張の藝術に對して〕
難解又は重要文〕:P237上「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
「荷風の本性(情緒を歌う詩人)が、近代日本の精神主義nihontekiseishinshugikouzu.pdf へのリンクとその線に沿つて發展していつた自然主義の藝術概念とに觸發され鍛錬されて、たんなる荷風一個の特殊性にとどまらず、藝術のより普遍的な、より本質的な眞に到達したといふこと、そこに僕たちの想ひをいたさねばならぬものがあるのではないでしょうか」・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。「藝術のより普遍的な、より本質的な眞」とは、「官能の讃美」=「肉體の肯定(集團的自我A)の肯定」云々の事であらう。それが故に荷風は、自然主義(精神主義)の「主張の藝術」を否定し、「(精神主義が齎す)打算と虚榮とに穢れぬ官能の耽溺はむしろ封建時代の庶民生活(=「封建の遺民」)のうちに見いだされるものであることを、はつきり意識」し得たのである。
【どうであらう、此の邊について各位のご賢察は・・・】
難解又は重要文〕:P238下「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
「いはば、その底にあるものは東洋流の、封建日本の快楽否定の思想にほかなりません。精神の自由と尊嚴(B精神主義)とが、このやうに肉體(A)を否定することをとほしてしか考へられず、また實現しなかつたところに、近代日本のあらゆる近代性の弱點があり、その弊は今日もいまだ改められてゐぬ、~~(中略)明治の精神主義の弱點を洞察した荷風の識見とそれを可能ならしめた彼の本能とは、いまやふたたび囘顧せられてよいものではありますまいか」云々・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。
此の「明治の精神主義の弱點を洞察した荷風の識見」と、恆存の「識見」とは以下枠文の樣に共通項が見いだされる。故に恆存は此處で共鳴してゐるのである。ただ恆存の「識見」は先輩の荷風から學んだと言ふよりは、「DHロレンス」の探究より掴み取つたものなのであらう。
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拙發表文『個人主義からの逃避』より 何故「(西歐の近代文學・個人主義に)まねようとしたのにまねられなかつた」のかを、端的に表してゐるのが以下の文である。其處に西歐近代と明治以降日本人の精神性の相違がコントラストに描き出されてゐると言へる。前文二つが西歐近代精神である。詳しくは「PP『彼我の差』higanosa.pdf へのリンク」でその差異をご覽戴きたい。 *「近代ヨーロッパは神を見失つた――が、それはただ神の解體と變形と抽象化とを意味するに過ぎぬ。まさにその爲の手續きであり過程にすぎなかつたヨーロッパの近代精神とその政治制度・経済機構」なのである。(參照『近代の宿命』全二P466・「テキスト八圖」) *「肉體(A)の自律性は當然その反面に精神(B)の自律性を前提とする。肉體、あるいは物質で解決すべき事を、精神の重荷とするなかれ――精神には精神のみの解決しうる問題をあてがひ、その領域と大權とを縮小せしめるにしくはない。そのときはじめて精神は自律し、その権威は輝くであらう。が、ぼくたちは今日までなんと精神を神聖化し、さうすることによつて精神の負荷を重からしめ、結果として精神を侮辱してきたことか。肉體の自律性が確立してゐなかつたからである。明治以降の日本人はあらゆる物質的(A)なこと、肉體的(A)なことに、すべて精神(B)のべールをかぶせ、それをことごとく精神の發動として自己満足してきた。かれらは肉慾を肉慾として是認することをおそれ、それに精神的な衣をかぶせた。物慾を物慾として是認することをおそれ、それに藝術愛(B)や愛國心(B)や愛他心(B)や、その他の主種雑多な大義名分をかぶせた」。(P479全二『肉體の自律性』:續く文も重要であるが、長いので省略) |
尚「明治の精神主義の弱點」の指摘については、洋行して西歐近代にもろにぶつかつた「漱石・鴎外」の主張にも共通してゐる處である。結局この問題は、「西歐近代・個人主義等」を目の當たりに見た人間にしか分かり得ぬ事なのであらうか。
漱石はかく言つてゐる。「外發的で皮相、上滑りな文明開化」と明治の近代化を批判し、近代化を「和魂洋才」などと讚美してはゐないのである。また鴎外もこの樣に書いてゐる。「西學の東漸するや、初その物を傳へてその心を傳へず、學は則格物窮理、術は則方技兵法、世を擧げて西人の機智の民たるを知りて、その徳義の民たるを知らず。況やその風雅の民たるや。是においてや、世の西學を奉ずるものは、唯利を是圖り、財にあらでは喜ばず」(『しがらみ草紙の本領を論ず』より)と。
【どうであらう、此の邊について各位のご賢察は・・・】
難解又は重要文〕:P239上「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
「肉體を肯定し、これをともに掬つて近代心理の平衡を保つといふ高等な藝當は當時の知識階級nihontekiseishinshugikouzu.pdf へのリンクには不可能であり、それゆゑ肉體の錘りを切り捨てたのであつた――そのことを荷風は百も承知で、しかもなほ反抗したのです。(中略)いま、僕たちは明治日本の歪められた精神主義に責任をとりつつあるではありませか。(中略)とにかく荷風は修身克己の精神主義のうちに、なにごとにつけても自己を押し出さずにはゐられない不純な濁りを見てとり、それを虚栄とし嫌味とした。『主張の藝術を捨てて趣味の藝術に』といふ荷風の情緒の文學がここに成り立つたのであります」・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。
「近代心理の平衡を保つといふ高等な藝當」とは、恆存がよく謂ふ「精神の政治學」の事であらう。「テキストP5~8」迄の「精神の政治學」ラインの下降化と言ふ、西歐歴史の「一貫性・統一性」の事を指してゐる樣に思へる。特に「肉體を肯定し」は、ルネサンスの特色を記した恆存の以下文を想起させる。參照⇒「PP『彼我の差』higanosa.pdf へのリンク」
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*ルネサンス人の特色・・・「肯定的積極的な生命慾(A)と合理を貴重とする人間理性のたくましさ」(『小説の運命Ⅰ』) 。 |
また、「修身克己の精神主義のうちに、なにごとにつけても自己を押し出さずにはゐられない不純」とは、PP圖「日本の精神主義構圖」を參照されたい。⇒參照「日本の知識階級nihontekiseishinshugikouzu.pdf へのリンク」。
【どうであらう、此の邊について各位のご賢察は・・・】
五 救ひなき境地
難解又は重要文〕:P250上「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
「荷風の哀感の缺如にもかかはらず、じつは彼の非情が登場人物を空間にくつきりと丸彫に仕あげたとき、それらは作者の心境とは離れて、すぐれた人形師の刻んだ人形の樣に、ふしぎなほど生々しい人間味をあざやかにほうしゃするのであります」・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。「空間にくつきりと丸彫に仕あげたとき」とは、文體による樣式化(E)の事を言つてゐるのであらう。また「人形師の刻んだ人形の樣に」も、P244下の「もはや荷風の眼にはすべてのひとびと(F)が――もともと人間といふものが、詮じつめたところそれぞれ一個の人形としか映じなかつた」の「一個の人形」も、そのどちらも樣式化(E)としての「人形的表現」kahuu.huukei.kteika.pdf へのリンクの事を指してゐるのであらう。以下の文章がその事を更に物語つてゐる樣に思へる。
「封建的な秩序と道徳(宿命:D1)との限界内でなんの矛盾も反撥も感じず、本能(A)の赴くままに蠢いてゐる人間(F)――彼等は自我のめざめもその限界も知らず、また官能と生命(A)のはかなさに人間存在の悲しみをも讀みとるすべもなく、蟲のやうに、それゆゑに人形のやうに生きてゆく、その哀れさに荷風はかぎりないいつくしみといたはりとをもつて對してゐる」(P245上)。⇒參照(樣式化(E)としての「人形的表現」kahuu.huukei.kteika.pdf へのリンク:左圖)
尚、探究の時間が不足してしまつたので、以下重要な點を簡潔に記しておく。
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荷風における「樣式化(E)」の變化:「生活の様式化が藝術(E文學)」(P234)⇒(上圖參照kahuu.huukei.kteika.pdf へのリンク) *「悲哀感情の表現」(マナリズム)⇒「人形」的表現⇒深化(人形視する荷風の心境の深化:P247上)⇒非情(「人形化には必然である非情」P247下⇒「荷風の哀感の缺如にもかかはらず、じつは彼の非情が登場人物を空間にくつきりと丸彫に仕あげた」(P250上)⇒防壁(「定着しがたい日本的な情緒(文化と同D1)はそのまま裸の描寫にはたへがたい。混亂した淺薄な文化的風潮の波に押し流されぬためには防壁(E)が必要」。(即ち「定着しがたい日本的な情緒」とは「連續性のない日本文化(D1)nihonbunkanotokuchou.pdf へのリンク」と同一的な謂ひである)。 *そして樣式化(E)の「防壁」とは、文化(D1)の護持、構築にと繋がる(Eの至大化=D1の至大化)。 その他 *「主人公はあくまで風景(F)の喚起する情緒(文化と同?D1)であり、人物はその發現を助けるもの」(P246上)(上圖參照kahuu.huukei.kteika.pdf へのリンク) |
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