十二月から二月迄:選擇評論: 全集第六巻所載:【『獨斷的な餘りに獨斷的な』(「新潮」昭和四十九年一~四、八、九、十一、十二月號及び五十年二、三月號:六十三~四歳)】
それは恆存の「適應異常」論で言ふと以下の樣な内容である。
〔場(C”)⇒關係(D1:宿命)⇒適應(D2:自己劇化)⇒適應異常(D3:自己劇化破綻・自己滿足)〕
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西歐近代と後進國日本と言ふ(場:C”)⇒日本國近代化(關係・宿命:D1)⇒關係への適應(D2)、即ち國家近代化の爲の教育(教育の手段化)⇒關係(近代化)への「適應異常」(D3)、即ち國家の近代化(西歐化)が日本文化の崩壊化を招いたと言ふ事。 |
そして今囘選擇評論『獨斷的な餘りに獨斷的な』で取り上げられてゐる内容(又はその一部?)は、日本近代文學における「西歐近代適應異常」の問題と言へる。
簡略して言ふと、西歐近代の精華「個人主義文學=十九世紀リアリズム小説=自然主義文學(小説)」、即ち「テキストP8構圖」を、「テキストP9構圖」の日本はその精神主義構造を持つが故に咀嚼不良を起こし、やはり文學上にもそれを客體化(近代化)する事が出來なかつたと言ふ事なのである。文中(P508下段)の「文壇總掛かりで、詰り富國強兵と同じく『擧國一致』で近代小説=自然主義小説といふ二十八糎砲の作成に熱中したのであり、・・」云々はそれを指し示してゐる。そしてその根柢に本質として關はつてゐるものは何かと言へば、「文學すらも文明開化の出世主義のネガティーブな吐け口になつてゐた」と言ふ事になるのである。
更に恆存の言はんとしてゐる大事な點は、「それは果たして『あつた』と過去形で片附けられるかどうか、頗る疑問である」(P505最後)と言ふ内容である。現代文學もいまだにそれを引き摺り、同じ轍の上を歩いてゐると恆存は指摘してゐるのである。やはり恆存の「適應異常」論で言ふと以下の樣な内容である。
〔場(C”)⇒關係(D1:宿命)⇒適應(D2:自己劇化)⇒適應異常(D3:自己確認・自己滿足)〕
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西歐近代文學と後進國日本文學と言ふ場(C”)⇒日本文學近代化(關係・宿命:D1)⇒關係への適應(D2)、即ち「新しき小説」「近代小説=自然主義小説といふ二十八糎砲の作成」⇒關係(近代化)への「適應異常」(D3)、即ち「藝術家(B)である事の保證を目的とする私小説」家への転落と言ふ事。換言すれば、A(實生活)的問題の解決忌避⇒B(文學)への逃避。下欄〔難解又は重要文〕P513上:參照 |
前囘の『教育改革に關し首相に訴ふ』や今囘の選擇評論を含め恆存の言ふ、一連の「西歐近代適應異常」の根柢にある問題は、以下文『醒めて踊れ』等で取り上げられてゐる日本の特質的土壌即ち「場(C”)及び言葉(F)との距離測定能力の缺如」に繋がるのである。
「言葉(F)と話し手との間に距離(E)を保ち、その距離を絶え間なく変化させねばならぬのと同樣に、相手と共に造り上げた場と自分との間(關係:D1)にも距離を保たねばならず、その距離を絶えず變化させ得る能力がなければいけない。さういふ能力こそ、精神の政治學としての近代化といふものなのである」(『醒めて踊れ』)。「なぜなら關係(D1)と称する實在物は潜在的には一つのせりふ(言葉)によつて表し得るものだから」(『せりふと動き』)である。それが故に「言葉との距離測定」によつて關係の適應正常化(眞の近代化)が圖れる。しかしさうした「言葉との距離測定」が日本人に出來ないのは、「それが身につく土壌が日本に缺けてゐるから」なのであると恆存は指摘する。そして此處が大事な恆存の主眼なのであるが、「さう言ふ土壌(テキストP9圖)に生じた文學や藝術や學問が、或は政治や制度が、もし近代的に見えるとすれば、それは何處かにごまかしがあるに違ひ無い」(全七P393『醒めて踊れ』)。と恆存の批評眼は鋭く見抜いてゐる。
今囘評論『獨斷的な餘りに獨斷的な』では、上記傍線の日本的欺瞞の一環として、「日本の自然主義文學」を取り上げてゐるのである。
そして更に、恆存の一番言ひたかつた事。やむなき事由(『暫く休載の辯』參照)によつて、叉つひには病気(昭和五十六年:腦梗塞)の爲に『獨斷的な餘りに獨斷的な』連載として書く事が果たせなかつた事。恆存自身も其處(『覺書』P697)に書いてゐることではあるが、それは何かと言へば、全集第六巻『覺書』に在る内容(「完成せる統一體としての人格」論)なのである。小生はその事を此處に附け加へておきたい。
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〔以下は、吉野櫻雲發表文〕
と言ふ事で、今評論も中々の難解にしてかつ手ごはく、そしてどの文章も重要なのであるが、特に以下内容文を此處に取り上げる事とする。更にいつもの如く難解なる内容については、手助けを他評論に仰ぐこととする。(以下文中傍線及び括弧内は概ね吉野附記。「P9圖」云々は「讀む會テキスト」頁を表す。「A・B・D2」等も同テキスト三頁を參照の程)
〔難解又は重要文〕その1「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
P513上:「私は一個の常識人として『破戒』を通じ、近代日本における小説の、いや、文學の在り方を社會的、道徳的に否定してゐるのに過ぎない。私にとつては、文學(B)より生活(A)の方が優先する。人間や社會(A)の方が優先する」・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。それについては以下の文が參考になるのでは。
参考:「肉體の自律性は當然その反面に精神の自律性を前提とする。肉體、あるいは物質で解決すべき事を、精神の重荷とするなかれ――精神には精神のみの解決しうる問題をあてがひ、その領域と大權とを縮小せしめるにしくはない。そのときはじめて精神は自律し、その権威は輝くであらう。
が、ぼくたちは今日までなんと精神を神聖化し、さうすることによつて精神の負荷を重からしめ、結果として精神を侮辱してきたことか。肉體の自律性が確立してゐなかつたからである。明治以降の日本人はあらゆる物質的(A)なこと、肉體的(A)なことに、すべて精神(B)のべールをかぶせ、それをことごとく精神の發動として自己満足してきた。かれらは肉慾(A)を肉慾として是認することをおそれ、それに精神的な衣をかぶせた。物慾(A)を物慾として是認することをおそれ、それに藝術愛(B:私小説家が然り)や愛國心(B:絶對主義的愛國心)や愛他心(B)や、その他の主種雑多な大義名分をかぶせた。・・・」(P479全二「肉體の自律性」:續く文も重要であるが、長いので省略)
【上記項目についての質疑應答】
〔難解又は重要文〕追加文「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
P515上:「私小説の定義そのものの改變を要求した。詰り『藝術家、知識人が他の職業に比して殆ど社會的に顧みられぬといふ不滿、劣等感から、それが如何に《神聖》な仕事であるかを立證し、自分がさういふ《聖職者:B》であるといふセルフ・アイデンティフィケイションを確立する爲の作業』を私小説の定義とした方が、明治以後の文學を日本近代化の過程として捉へ易く、・・(中略)當時の作家にとつて何より緊急な事は優れた小説を書く事ではなく、自分がそれをなし得る人間、即ち藝術家(B)である事を、自他共に、いや、他の誰よりも自分に向かつて證明することであつた」云々。・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。それについては以下が參考になるのでは。
〔恆存の言ふ、明治日本の自然主義作家達の末路〕:更なる詳細は「P10枠文」にて後述。
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「藝術家、知識人が他の職業に比して殆ど社會的に顧みられぬといふ不滿、劣等感」⇒「文學(B)すらも文明開化の出世主義のネガティーブな吐け口になつてゐた」⇒故に「文學が如何に《神聖》な仕事であるかを立證」せんとした⇒作家は聖職者(B)⇒自己に忠實(D2:自己表現)⇒C”:自己完成といふ名の自己絶對視(その自己が作る「新しき小説」)・自己正當化(「新しき小説」の後楯となる西歐自然主義小説)⇒自己確認(D3)即ちセルフ・アイデンティフィケイション(虚妄の實感)・似非實在感。自己陶酔・自己滿足・エゴイズム。 |
【上記項目についての質疑應答】
〔難解又は重要文〕その2「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
P526下~7上:「當時はまだ『私小説』といふ言葉も無ければ、その意識もなかつた。藤村も花袋も自然主義といふ『新しき小説』の騎手たらんとしてゐただけである。自然主義とは自然や社會的現實の在るがままの姿を忠實に再現する技法を意味するが、その根據は、自然の法則や力の働き(即ちそれらを客體化せんとする合理・科學主義や實證精神)が社會や人間を支配するといふ世界觀に在る。しかし、當時の日本の自然主義作家達が、この樣な唯物論を明確に意識し信奉してゐたとは言へない。ただその小説技法(寫實)をなんとかして物にしようとしてゐるだけの事であらう」。及び後述の「が、この哲学は日本の自然主義作家にとつて殆ど無縁のものだつた」云々(P530下~531上)・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。それについては西歐自然主義作家の代表「フローベール」について書いた恆存の以下の文章(「 」内)が、この二つの差異を明確に顯はし參考になるのでは。先に簡略して言ふと、西歐近代の構圖(テキストP8圖:個人主義)をフローベールは極限化(B領域の極小化)して描き、その舞台上に「可能性の天窓(B:個人の純粋性)は一分のすきもなく完全にとざされ、現実世界で獲得できた自由(A領域の拡大的世界・個人主義)のいかにつまらなく、それがあまりにつまらぬために自由でもなんでもないといふことを、(『マダムボヴァリー』で)克明に描写し證明し」て見せたと言ふ事。即ち日本自然主義作家の構圖(テキストP9圖:B領域の拡大化)との明確な差異が其處には展開されてゐるのである。
〔補足:拙發表文「『一匹と九十九匹と』から」及び他からの抜粋。「」内が恆存文〕
西歐十九世紀時代・・・實證主義そして社會の合理化に追ひ詰められて詰め腹を切らされた、個人の純
粋性(B:個人的自我)の「可能性の領域は圧迫され、狭窄になり、つひに絶無になつたとき、ひとびとはその代償として獲得できた現實世界(A)における自由を、自分の掌のうへにみつめて、これはひどくつまらないものだと氣づいたのである。こんな程度のもののために、可能性の夢を犧牲にしてきたとはばかばかしい。だまされた、と狂気のやうにわめきだした。ニーチェ(1844~1900)は氣が狂つた。フローベールはもつと冷静に復讐の手段を考へだした。――個人(個人主義?)の敗北を身をもつて敗北してみせること、可能性の天窓(B:個人の純粋性)は一分のすきもなく完全にとざされ、現實世界で獲得できた自由(A領域の拡大的世界・個人主義)のいかにつまらなく、それがあまりにつまらぬために自由でもなんでもないといふことを、克明に描写し證明してやること(それが小説『マダムボヴァリー』)」(『現代日本文學の諸問題』より。全一:P59)。
恆存は、フローベールの夢想はイエスの人格化「理想人間像」(C:絶對・全體)にあったのだと『小説の運命』等で確か言つてゐた。「ロマネスクな夢想こそが、作品の裏がはからあのリアリスティックな無表情の記述の保證に立つてゐるにほかならない」(『小説の運命Ⅱ』:P611)と。
「フローベールのリアリズムとはまさにそれである。―― 一片の虚妄にすぎぬと承知してゐればこそ、かれは自己の理想人間像(C:夢想)を語りはしなかつたのであるが、同時に、その理想人間像があつたればこそ實證精神をしてあれほどまでに自我(集團的自我「A」:代理としてのボヴァリー夫人)を斬りさいなむことを許したのである」(全一P475『理想人間像について』)
「かれら(フローベール等)の夢想してゐた自我の内容の高さと深さとに想ひいたらねばならず、その背景に発見されるものは神(C)」なのである。と恆存は言ふ(參照:全一P637『現代人の救ひといふこと』)。しかし、理想人間像(C:夢想)は作品には登場しない。ただそれら(B⇒C探求)は「作品の裏がはからあのリアリスティックな無表情の記述の保證に立つてゐるにほかならない」と。「一片の虚妄にすぎぬと承知してゐればこそ、かれは自己の理想人間像(C:夢想)を語りはしなかつたのであるが、同時に、その理想人間像があつたればこそ實證精神をしてあれほどまでに自我(「集團的自我A」:代理としてのボヴァリー夫人)を斬りさいなむことを許したのである」(全一P475『理想人間像について』)と。何處にも神を語つてゐないあの小説スタイルこそが「神に型どれる人間の概念(理想人間像)の探究」なのだと、恆存は言つてゐるのである。
是は我々が大いに留意すべき點である。心理主義小説で「刻明に他我を、現實を描寫することに對するあの情熱」を持ち、彼が「さういふ近代自我(個人主義)に幻滅と絶望とを感じ」る事が出來たのは何故なのかと言ふ事。フローベールに「その絶望を可能ならしめたものとして」、「實證主義が自我の内から追放した」にも關はらず、彼の背景には消滅せぬ神があり、しかもその實證精神によつて、「神に型どれる人間の概念の探究」をせしむるだけの、「夢想してゐた自我の内容の高さと深さ」があつたからなのであると言ふ點が重要なのである。「高さと深さ」とを支へたのは、取りも直さず「消滅せぬ神」なのであつたと言ふ事。それが我々日本人にはなかなか理解が出來ない。當然明治日本の自然主義作家達には無理であつたと今囘評論(P526下)では言つてゐるのである。
繰り返しが多く恐縮だが、此處、この差が重要な點なのである。西歐近代自我(個人主義)が演じた自然主義も、明治日本の自然主義も究極はエゴイズムと自己陶酔に逢着してしまふのであるが、そのプロセスが以下①②の樣に歴然として違ふ。それを曖昧にしている「日本近代文學史の通説」に恆存は我慢がならないのである。
①〔恆存の言ふ、西歐近代自我(個人主義)の末路〕
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近代=「神の死」即ち「神意(宿命)喪失」⇒神の代はりに自己の手による宿命演出⇒自己主張(表現)・自由意思(人間如何に生くべき)⇒自己完成(自己主人公化・自己全体化・自惚鏡)⇒自己陶酔・自己満足・自己絶対視・自己証明による「似非實在感」⇒エゴイズム(近代自我の必然)⇒自己喪失(自己への距離感喪失)。 |
②〔恆存の言ふ、明治日本の自然主義作家達の末路〕:更なる詳細は「P7枠文」にて後述。
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「藝術家、知識人が他の職業に比して殆ど社會的に顧みられぬといふ不滿、劣等感」⇒「文學(B)すらも文明開化の出世主義のネガティーブな吐け口になつてゐた」⇒故に「文學が如何に《神聖》な仕事であるかを立證」せんとした⇒作家は聖職者(B)⇒自己に忠實(D2:自己表現)⇒C”:自己完成といふ名の自己絶對視(その自己が作る「新しき小説」)・自己正當化(それ「新しき小説」の後楯となる西歐自然主義小説)⇒自己確認(D3)即ちセルフ・アイデンティフィケイション(虚妄の實感)・似非實在感。自己陶酔・自己滿足・エゴイズム⇒自己喪失。(劣等感即ち後ろめたい利己心は、「本來的には日本の民族性の内に、第二の習性として封建道徳の名殘り」だと恆存は言ふ。それが福沢諭吉等下級武士にもあつたと) |
フローベールは「背景に神」があり、強靱な實證精神があるが故に、[實證主義⇒神追放⇒個人主義⇒個人主義の限界]に近代の宿命を見、それに幻滅と絶望とを感じる事が出來たのである。そして、その實證主義(實證精神)こそはクリスト教(絶對神)が形成したものなのであると言ふ點が重要。その概略は以下枠内のとほりである。
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カトリシズムの教義である『肉(A)に従ふは罪。肉(現實)は神意の遂げ處』⇒近代が持つ「神への叛逆も、じつは(中世の)千年にわたるながいあいだの神への凝視と沒入とから習得し免許をあたへられた理想人間像にもとづいておこなはれたものである」⇒強靱な實證精神の確立⇒「神に型どれる人間の概念の探究」⇒實證精神(自然科學・社會科學)で自然・社會(A)を現實的に客體化⇒更に人間の精神(B)迄も實證精神で「A的」俎上にて客體化(自然主義)⇒個人主義⇒「畢竟エゴイズム」⇒個人主義の限界(實證精神の果て) |
上枠内に概略した西歐自然主義の背景は、恆存が前出(P526文)で指摘する樣に、「當時の日本の自然主義作家達が、この樣な唯物論を明確に意識し信奉してゐたとは言へない。ただその小説技法(寫實)をなんとかして物にしようとしてゐるだけの事であらう」。この事は何を意味するかと言へば、あへて他評論『醒めて踊れ』の「ハードウェア・ソフトウェア」論を適用するとかうなるのである。(以下は吉野的「固執」に類する範疇なのでお聞き流し下されたし)
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P527上「何の爲に現實を在るがままに描寫(寫實)しなければならないのか」について「ハードウェア・ソフトウェア」論を適用する 「關係(D1)と称する實在物は潜在的には一つのせりふ(言葉)によつて表し得る」。その恆存の言に從ふならば、西歐近代との關係(實在物)である「近代化」を表しうる言葉の一つとして「(西歐)自然主義」が上げられる。そして明治日本は前近代であるが故に、その西歐自然主義を當然「ハードウェア」として受け止めざるを得なかつた。 換言すると、「近代化」といふ關係、それを表する「(西歐)自然主義」の言葉を、それら新漢語に對する用法(「So called」)で、正常な關係に「形ある『物』として見せる」と言ふ、「ソフトウェア」の藝當が明治日本では出來なかつた、と言ふ事に繋がるのである。具體的にはどう言ふ事を示すかと言へばかうなる。 (西歐)自然主義は、たとへ唯物論に歸因するとしても、より本質的には『神に型どれる人間の概念の探究』と言ふ近代化の一形態であつて、その背景には觀念論としてのクリスト教(洋魂)がある。 故に、西歐が近代で「自然主義」に客體化して見せた「神に型どれる人間の概念の探究」を、やはり明治日本も近代化を移植するに當たつて、同じく「形ある物として(日本自然主義の裏に)見せる」必要があつた。その藝當が「ソフトウェア」としての「So called」なのである。が、現實的可能性としてはそれが出來なかつた。「觀念論⇒唯物論」経緯の不理解は勿論の事、それが故に「自然主義」を單なる「寫實」としてしか移植出來なかつたのである。恆存流に言へば、上記「ハードウェア」に對する精神の政治學としての「ソフトウェア」を持つ事が出來なかつた事にそれは繋がり、此處に西歐近代への文學上「適應異常」が明確に示されていると言へるのである。そして更にそれは今日も(P535上:最終文も同意)と、言ふ事に。(參照:『醒めて踊れ』・『せりふと動き』) |
【上記項目についての質疑應答】
〔難解又は重要文〕その3「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
① P530下~次頁上:「急激な西洋化、近代化の渦中にあつた明治の作家達が『描寫』=寫實といふ
技法の攝取にのみ捉はれ、『小説神髄』が不問に附した、或は曖昧に素通りしてしまつた「人間とは如何にあるべきか」「人生とは何か」といふ根本問題に思ひ及ばなかつたのは不思議である」云々。及び「(近代自我=個人主義、追究と深い關係を持つ自然主義を理解出來ずに)技法だけを安易に輸入すれば、人生や人間の眞實が描けると安易に思込んでゐる樣では技法さへ物に出來はしない。(中略)當時の彼等にとつては技法だけが問題であつたのであり、また飜案にもせよ、人生が問題になつたとしても、文學、小説そのものが問題になつた事は殆ど無い」・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。
「不思議」とはかう言ふことでは。ご本家西歐に於いては、「人間とは如何にあるべきか」「人生とは何か」なる命題は、近代自我(個人主義)追究と深い關聯を持つ自然主義(リアリズム小説)からそれは發するものであつた。が、日本の自然主義作家達は當然その樣には捉へられず、日本流にその命題から出生する概念を以下「人生⇒世間・社會⇒世態・人間⇒人情・人間悪⇒反道徳的」に飜案してしまつた。と言ふ事を恆存は此處で指摘してゐるのではあるまいか。
② P531上:「(二葉亭)は曲がりなりにも哲学、形而上學のとば口に立つてゐた。(中略)その哲学がヘーゲルの亜流に過ぎぬ觀念論であるにも拘らず、それに唯物論を基調とする小説技法(寫實)を接木しようとした所に、彼の『悲劇』は殆ど救ひ難いものになつた」・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。「悲劇」とは、「P556下」で言ふ「彼は文學(B)を疑ひ、傳統や國家(C”)に『逃避』」した悲劇を言つてゐるのではなからうか。「小説技法(寫實)を接木」とは、二葉亭も一時日本自然主義作家達の技法(寫實)を取り入れようとした事を示す。さうしたが結局幻滅し、しかも鴎外や漱石の樣には日本自然主義作家達とは違ふ世界を確立出來なかつた。文學では「實感」を獲得出來ぬと結論し斷念したのである。原因は以下項目がそれを證してゐる。尚、二葉亭の樣には「文學」を疑はなかつた鴎外・漱石のその理由についてはP556下でそれを取り上げる。が、先にその理由を忖度するに恆存の言に從ふならば、鴎外、漱石は二葉亭と同じ明治の「無限定性の自己」の中にゐながらも、「かれらは(江戸幕府の文化政策でしかなかつた儒教の)封建道徳の背後に道徳そのもの(本質としてのB⇒C)を見てゐた」(「自己劇化と告白」P417)からであると言つてゐる。そのC(絶對・全體的なるもの)が鴎外を歴史小説へと向かはせ、漱石をして「自己本位(私の個人主義)」の主題に結實化(「新規範・新限定の自己」化)させていつたのであると同評論他(全集1・2)で恆存は書いてゐる。故に二人はC(絶對・全體)を持つが故に、文學を疑はずに濟んだ。二葉亭は文學の背後にそれを持つ事が出來なかつたのである。
【上記項目についての質疑應答】
〔難解又は重要文〕その4「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
P548下:「彼(二葉亭)は小説家(B)であるよりもまず人間(A)でありたかつたのだ」・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。恆存は二葉亭の此の點に、自然主義作家達(B主義者)とは異なる、かつ當時から今日まで日本人に缺如的な、最重要項目(Aの事はAで)なるものの存在を見てゐるのである。故に二葉亭に哀惜の眼を注いでゐる。その證明については前述(P513上)した以下の文が參考になる。「私(恆存)は一個の常識人として『破戒』を通じ、近代日本における小説の、いや、文學の在り方を社會的、道徳的に否定してゐるのに過ぎない。私にとつては、文學(B)より生活(A)の方が優先する。人間や社會(A)の方が優先する」。
【上記項目についての質疑應答】
〔難解又は重要文〕その5「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
(P546上の「二葉亭が身動き出來ずにゐた限界といふものが確かにあつたのだが、一體、それは何であつたか」を以下〈P551上〉〈P556下〉の内容は含む)
P551上:「自分(二葉亭本人)は『始終實感で心を苛めてゐないと空疎になる男だ』『實感で試験をせんと自分の性質ですら能く分らぬ男だ』。(中略)その點では、當時の自然主義作家、私小説作家と同樣、二葉亭もいちわうセルフ・アイデンティフィケイション(D3)を求めてゐたといふ事になる。が二葉亭はそれを藝術や文學によつて達成し得るとは思はなかつた。(中略)彼にとつてセルフ・アイデンティフィケイションはセルフ=自己からは遣つて來ない。『自分の性質ですら能く分らぬ』といふ言葉のうちに、二葉亭は無定形、無限定の自己(關係・宿命喪失の自己)を認めてゐたに相違なく、それに居住ひを匡させるもの、即ちセルフアイデンティファイ(自己確認)する物として、實感といふものを考へてゐたとしか思はれない。
自己の存在を實感し得る爲には、自分の外に在つて自分の上にのしかかつて來る自分以外の何物か(C的なもの)との出會ひ(D1:宿命・關係)が必要になつて來る。それが『實感で心を苛めてゐないと』とか『實感で試験をせんと』とかいふ言葉になつて表れて來たのではないか。(中略)單純化し過ぎる事を覺悟の上で言へば、二葉亭の實感とは、この『普通人』の道徳觀(此處ではBの範疇ではなく、「C⇒D1:關係・宿命」の意で言つてゐるのでは?)の事である。文學以前の、或は文學を超えた常識(同上)の事である」・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。「單純化し過ぎる事を覺悟の上で言へば、が重要な文に思へる。上記の外に、二葉亭の言ふ實感を恆存は明確には書いてゐないので此處の處は漠然としてゐるが、かう言ふ事を言はんとしてゐるのでは。
上記の結果即ち、それは他評論『人間・この劇的なるもの』等で言ふ、「C(絶對・全體)⇒D1(宿命・關係)⇒D2(自己劇化)⇒C(絶對・全體)⇒D3(實在感)」のプロセスから得られる「實在感」と同じ樣に、恆存は二葉亭の「實感」を捉へてゐるのではなからうか。「自己の存在を實感(D3)し得る爲には、自分の外に在つて自分の上にのしかかつて來る自分以外の何物か(C的なもの)との出會ひ(D1:宿命・關係)が必要になつて來る」の文がそれを指し示してゐる。「自分以外の何物(C的なもの)との出會ひ(D1:宿命・關係)」が。そして出會ふ事から發生する「宿命(D1)/自己劇化(D2)」が實感(D3)を齎すのである、と言つてゐる樣に思へる。
ついでに言ふと、此の「始終實感(實在感)で心を苛めてゐないと空疎になる男だ」の言は、小生の個人的な見解では非常に共感するものがある。「實在感」或いは「全體感・必然感」無くしては、甚だ生活は人生は空虚なのだ。何故なら恆存が言ふ如く、「私たちは、平生、自分を全體と調和せしめようとして、それができずに疲れはててゐる(全體感・實在感の缺如)。いひかへれば、生理的には必然かもしれぬが、倫理的には偶然な事故にしかすぎぬ死以外に、何の完結も終止符もない人生に倦み疲れてゐるのだ。私たちの本能は、すべてが終ることを欲してゐる」(『人間・この劇的なるもの』)からである。小生は、かかる指摘が大いに納得出來る樣な日常性に埋没してゐる時間帯にある時、二葉亭の言「實感で心を苛めてゐないと空疎になる」を痛く感じる。叉やはり恆存が指摘してゐる樣に、特に戰後の(今日の)日本は、文化を形(型)を喪失してしまつてゐるが故に、さうした實感(實在感)の缺如を増幅してゐるのではなからうかとも思へるのである。
「文化・形(型):D1」の重要性について恆存はこの樣に言ふ「型にしたがつた行動は、(中略)行動をそれ自體として純粋に味はひうるやうにしむけてくれる。そのときにおいてのみ、私たちは、すべてがとめどない因果の中に埋もれた日常生活の、末梢的な部分品としての存在から脱却し、それ自身において完全な、生命そのものの根源につながること(實在感獲得)ができるのだ」(同評論)と。上記傍線文の空漠感を「文化・形(型):D1」は解消し、人間を全體感、實在感に繋ぎとめてくれる。故にそれ(D1)の喪失が人をして「何の完結も終止符もない人生に倦み疲れ」させ、空疎(D3:實在感缺如)に晒すのである。
恆存の文ばかりをその檢證の爲に索引するのは氣が引けるが、前囘『教育改革に關し首相に訴ふ』ではかう言ふ文章がある。「明治以來の國民皆學の教育狂(國家近代化の爲の教育。或は「眞理の爲の學」ではなく「實益のための學」)が日本の文化を破壊して來た」。「今日の日本人の心に穿たれた空洞は」それが原因であり「近代化の實績を擧げた」犧牲として「日本人固有の文化」の喪失が支払われたのであると恆存は指摘してゐるのである。昨今の學校教育荒廢も文化(形=美意識)喪失に源がある樣に思へるのである。各位はこの實在感の問題についていかが思し召すや・・・。
話が逸れてしまつたが、上記實感、實在感については以下の文が參考になるのでは。
〔以下は拙發表文『個人主義からの逃避』からの抜粋。「」内傍線が恆存文〕
*「實感」が持つ二つの意味・・・恆存は二つの使ひ方をしてゐる。眞の實在感(D3)としての實感と、物まね的自己満足感でしかない「實感依據」(注)との。
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眞の實在感獲得の流れ: 絶對・全體(C)⇒宿命・關係(D1)⇒自己劇化(D2)⇒絶對・全體(C)⇒實感(D3:實在感・全體感・必然感・充實感)。(參照:『人間・この劇的なるもの』他) |
そして「二葉亭のうちに、個人主義文學(日本のいびつな自然主義文學の意)の呼びかけにたいする否定の意思表示が見られる」(『個人主義からの逃避』P206上)と恆存は言ふ。
それは何を示すかと言へば、日本の自然主義文學にある似非實感としての「實感依據」に、二葉亭の眞性の實感が反撥した事を示すのである。その爲に政治に(國家をC的なものと捉へ)身を投ぜんとしたのである。(注)上記評論内で言つてゐる「實感依據」或は「唯物的、即物的」とは、「何にでもべたべた引つ付く自他未分の神道的生活態度」(『日本および日本人』)の意ではなからうか。
****以上は拙發表文『個人主義からの逃避』より*****
尚、今評論『獨斷的な餘りに獨斷的な』では、恆存はにせ物の實感を「セルフ・アイデンティフィケイション(虚妄の實感)と評してゐる。そして二葉亭の行爲については、恆存はかく言ふ。「『敗滅』の上に(日本自然主義)文學によつて築かれたセルフ・アイデンティフィケイション(虚妄の實感)を突き崩して、『敗滅』を直視せよといふのが二葉亭の眞意であつた」と。尚「自然主義作家・私小説家」が獲得した似非實在感とは以下の如きものであり、上記枠内で言ふ「眞の實感(實在感)」との差は明白である。
〔恆存が書く「自然主義作家・私小説家」に至る流れ。及びその似非實在感〕
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江戸幕府瓦解(文化政策的な儒教倫理C”の崩壊)⇒規範(D1)喪失⇒無限定性の自己(D1・關係・宿命喪失)⇒明治日本は、宗教改革の神に先導された西歐の資本主義と異なり、「近代日本(明治)は資本主義をはじめから利己的な惡徳として發展せしめる以外に道はなかつた(經濟的適應異常)。天皇と國家とのためにといふ名目を除外しては。(中略)近代日本の帝國主義は自己を限界づけるなにもの(國際主義)ももたなかつた(政治的適應異常)。のみならず、天皇や國家の権威は強者の惡徳を正當化した」⇒したがつて「明治の知識階級は政治活動(A)や社會活動(A)のうちに自己を生かすことを惡と見なさざるを得なかつた」のである⇒加へるに利己心に對する後ろめたさ(日本人の習俗性と封建道徳の残滓)⇒爲に、「完全に私を放棄して政治に身を挺するか(「下級武士の和魂洋才」)、さもなければ頑強に私を固執(自己絶對視)して一點に立ちすくむか(自然主義作家)」の二者擇一⇒それが故の、自然主義作家がした實生活(A)から文學(B)への逃避。即ち「文學すらも文明開化の出世主義のネガティーブな吐け口になつてゐた」。(と同時に和魂(B)は下級武士(福沢諭吉等)のアクティーブな吐け口と言ふ事なのでは)⇒自己に忠實(D2:自己表現)⇒C”:自己完成といふ名の自己絶對視・自己正當化⇒D3:自分でする自己確認即ちセルフ・アイデンティフィケイション(虚妄の實感)・似非實在感。「テキストP9圖」參照及び『近代の宿命』(全二P463)『私小説的現實について』(全一P571~3) |
【上記項目についての質疑應答】
〔難解又は重要文〕その6「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
(P553下「『自己は在るのではなく、成るのである』といふジッドの言葉は、自己は無限定のものであり、捉へ難いものであるといふ自我の相對性、或はその基盤(全體・絶對?)の喪失の認識から生じたものであるが」云々・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。今囘評論及び他の評論から恆存の論を纏めるとかうなる。「無限定の自己」の情況下においては、「ある」ではなく「成る」が追究されるのである。そして「何を敵として選んだかによつて、そしてそれといかにたたかふかによつて、はじめて自己は表現せられる(成る)」のであると恆存は言ふ。「自己劇化は自己より大いなるものの存在(全體・絶對)を前提として、はじめて存在する。自己は自己を表現しきれぬばかりでなく、自己は自己を劇化しきれない」(『自己劇化と告白』全二:P415)のだと。故に日本自然主義作家達の自己確認(セルフ・アイデンティティー:似非D3)では「成る」は確立出來ない。自己確認では「自己は自己を表現しきれぬばかりでなく、自己は自己を劇化しきれない」のだと恆存は言ふのである。繰り返すならば、「何を敵(仕へる對象としての全體・絶對)として選んだかによつて、そしてそれといかにたたかふかによつて、はじめて自己は表現せられる」のである。
恆存の論を更に演繹するならばかうなる。明治日本はもとより現代日本も含め、そして更には西歐近代自我の逢着(個人主義の限界)も含めて、それら全體・絶對(神)喪失が招く「無限定の自己」の時代、換言すれば「解放されて仕へるべき何をも持たぬ自我の不安」(全二:シェイクスピアP27)の時代。かかる現實世界で全體感、實在感(實感)を獲得するには、上記の「成る」が要求されて來るのであると恆存は言ふのである。そして日本人の解決策として、例の「完成せる統一體としての人格」論が其處に繋がつて來るのである。尚この「『自己は在るのではなく、成るのである』といふジッドの言葉は、自己は無限定のものであり」と言ふ重要な問題に關しては以下の文が大いに參考になるのでは。
それは二十二年溯つての『自己劇化と告白』(昭和二十七年著)の文章である。「ジッドがいふやうに、(無限定の)自己は在るのではなく、成るのである。いひかへれば、成ることによつて、はじめて(無限定の自己は)存在しうるのだ。あるがままの自己(旧限定の自己)とは、つまりは世間、あるいは世間の承認した規範によつて限定された自己といふことにほかならず、それを信じるといふことは、とりもなほさず世間を信じるといふことでしかない。自己の可能性に賭けるもの(恆存文に從ふなら鴎外・漱石・ハムレット)にとつて、このやうな輕信が許されるわけがない。意識家の眼(例へばハムレット)は、自己のうちにつねにあらゆるものに成りうる自己を見てゐるだらう。が、あらゆるものに成りうるといふのは、その可能性のうちのなにかひとつに自己が轉化する以前においては、自己はなにものでもないといふにおなじだ。(中略)なにかになるためには動かなければならぬ。自己は動かねばならぬ。かうして、かれは自己劇化に専心する」(全二:P414上『自己劇化と告白』)。この樣に二十二年前に書いたものを、今囘の舞台『獨斷的な餘りに獨斷的な』に、恆存は再度重要テーマとして登場させてゐるのである。
【上記項目についての質疑應答】
〔難解又は重要文〕その7「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
(P555下〔藝術(B)と実行(A)、或は二葉亭に於ける言葉(B)と行動(A)について〕:「・・さういふ言葉は既に行動の領域に屬するものであり、時には最も行動的な行動となり得る。しかし、その樣な言語觀に裏打ちされた文學概念の自覺を二葉亭の時代に求めるのは時代錯誤も甚だしい」・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。此處の部分は今囘讀んで、かなり重要な内容を含んでゐる事を小生は再認識した。
恆存が他評論で指摘する、西歐浪漫派文學に始まつた、「言葉は寫實」と言ふ誤解釈。それはP526下~7上項目で既に取り上げたが、恆存が言ふ樣に、「(西歐)自然主義とは自然や社會的現實の在るがままの姿を忠實に再現する技法を意味するが、その根據は、自然の法則や力の働きが社會や人間を支配するといふ世界觀に在る」。にも拘わらず日本自然主義作家達は、さうした唯物論に歸因し、より本質的には、自然主義は西歐實證精神が内包する『神に型どれる人間の概念の探究』の精華の一つであると言ふ事に理解が及ばなかつた。その結果として「忠實に再現する技法」(寫實)だけを輸入してしまつたと言ふ事になる。それ故にご本家西歐浪漫派ですら掴み損なつてしまつた、「言葉は既に行動の領域に屬するもの」と言ふ概念が、當然明治日本に移植され得る筈がない。
二葉亭も他の日本自然主義作家達と同樣、「言葉は寫實」の呪縛から脱出し得なかつた。そして恆存の言ふ處の、「言葉は(絶對・全體との)關係を表し、『關係/自己劇化』の行動に際しそれは鞭(スプリングボード)の役割を果たす。更にその「絶對・全體」に向けた自己劇化行動の結果として實在感(實感)を獲得させる。さうした用途を言葉は持つのである」(要旨)について迄は思ひ至り得なかつた。二葉亭が希求した「實感」が、上記の「言葉が持つ行動性」によつて、獲得出來得る事には到底氣が附かなかつたのである。「言葉(せりふ)は行動する」、引いては「藝術とは演戯なのであり、演戯とは絶對に迫る事なのである」(『藝術とはなにか』)に迄、到達出來得なかつた處に、二葉亭の限界があると恆存は言つてゐるのであらう。しかし、二葉亭がもしそれを掴んでゐたら「言葉は行動する」を悟り、文學の世界を生きられたのではないか、と我々が思ふのは矢張り「時代錯誤も甚だしい」のである。
さうした時代背景を持つ「言葉は寫實」が、日本自然主義作家達に齎した以下のプロセスに、二葉亭は文學(言葉)不信を起こし、その結果として「傳統や國家(C”)に『逃避』」したのである。
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日本自然主義作家達が辿つた「虚妄の實感」へのプロセス 「藝術家、知識人が他の職業に比して殆ど社會的に顧みられぬといふ不滿、劣等感」⇒「文學(B)すらも文明開化の出世主義のネガティーブな吐け口になつてゐた」⇒「言葉は寫實」と言ふ自然主義文學への逃避⇒逃避(後ろめたさ)故に寫實で「文學が如何に《神聖》な仕事であるかを立證」せんとした⇒作家は聖職者(B)なり⇒自己に忠實(D2:自己表現)⇒C”:自己完成といふ名の自己絶對視(その自己が作る「新しき小説」)・自己正當化(その「新しき小説」の後楯となる西歐自然主義小説)・「安全地帶」⇒自己確認(D3)即ちセルフ・アイデンティフィケイション(虚妄の實感)・似非實在感。自己陶酔・自己滿足・エゴイズム |
上述の「言葉は寫實」と言ふ誤解釈について恆存が以下の樣に述べてゐる。それは先にも引用した、「關係(D1)と称する實在物は潜在的には一つのせりふ(言葉)によつて表し得るものだから」を敷衍した内容である。
〔以下は拙發表文『演劇論と人生論の一致』からの抜粋。「」内が恆存の言。( )内は吉野注〕
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「言葉は寫實ではなく用途を持つてゐるもの」(講演カセット「シェークスピアの魅力」より要旨) 「言葉とは、意味の傳達以上に「用途」の役割を持つてゐる。寫實(何)よりも用途(なぜ)を。故に人間を目的・行動に駆り遣る爲の鞭的用途(スプリングボード)の役割を持つ」。言葉は物を指し示す物の影(寫實)ではなく「實在物=關係」を目に見える樣に傳へる用途を持つてゐるものなのである。故に「言葉(せりふ)は行動する」。フレイジングが言葉からその内奥にある行動性(關係)を引き出す役目を果たす。「なぜ」が際立つ。即ち、關係を行動(自己劇化)へと轉化させる、「スプリングボード」としての役割・方法論がフレイジングであり「So called」なのでは。 |
(探究ついでに記して置くと、フローベールのやつた事は『ボブアリー夫人』で「寫實」をやりながら、實際の作品上では書かない處に「理想人間像(C)」と自分との「關係(D1)=實在物」を傳へてゐたのではなからうか。「寫實(何)よりも用途(なぜ)を」)
尚、更に大事な點は、前々枠内の「虚妄の實感へのプロセス」を、今囘選擇評論では文學の側面でのみ恆存は取り上げてゐるが、このパターン「西歐近代適應異常による精神主義化(テキストP9圖化)」は文學のみならず、他の日本知識階級にまでそれが蔓延してゐて、かつ日本人全般にもその指摘は免れないと言ふ視點であり、それを我々は忘れてはならない。それについては以下の文が參考になるのでは。
〔以下は拙發表文『「私小説家」「近代日本知識人」「清水幾太郎」の相似形』からの抜粋。かつ一部補足。尚「 」内が恆存文。( )内は吉野注〕
恆存は、「日本の知識階級は言はば絶對的自己肯定者(C”自己主人公化)として終始してきた」と看破し、「私小説家・近代日本知識人、その典型としての清水幾太郎」の三者を、いずれもパターンは「テキストP9」の「日本精神主義構圖」だと言つてゐる。即ち
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「現實(A)的不滿⇒B:逃げ處としての個人的自我概念⇒C”自己主人公化(自己完成:絶對的自己肯定)・安全地帶⇔左項「安全地帶」への後楯・護符(C2)として「詩神・外來思想(プラグマティズム等)や上位概念(世界・社會・階級」を持つ⇒それを強みに自己滿足・自己正當化(似非生き甲斐・似非實在感)」:自己確認(D3)即ちセルフ・アイデンティフィケイション(虚妄の實感) |
だと。
そして彼等「絶對的自己肯定者はあらゆるものを自己の手中に収めようとして、その結果、自己の不滿(A:現實的不滿)を處理する能力だけを失つた人間である。(中略)不滿の原因は現實といふ客観的對象のうちにのみあるのではないのに、彼等はそれをそこ(A的不滿)にのみ見出さうとする。いや、さうする以外に能力も無く、方法も知らぬのであります」と上記三者を當該評論で鋭く指摘してゐるのである。(『日本の知識階級』全5P369)
そして「絶對的自己肯定」の爲に、その肯定因として「C2:護符・後楯)」を上位概念「世界・社會・階級、大思想」に求めようとするのだと。さうなる理由として、西歐近代が否定因としての神を背景に持つに對して、前近代日本はそれを持たないが故にである。
(加ふるに日本人的特質についてはP513上項目『肉体の自律性』文を參照の程)
**********〔以上、拙發表文より〕***********
更にもつとこの恆存の論を掘り下げて言ふならば、中西輝政等保守派論者が稱讚する「和魂洋才」にも、このパターン「近代適應異常による精神主義化(テキストP9圖化)」の弊は指摘出來得る。(參照:別紙「産經新聞」切り抜き「中西輝政」主張文)
思ふに、「和魂洋才」などと言つてゐる事自体が、「西歐近代適應異常」(テキストP9圖)なのだと恆存は指摘してゐるのではなからうか。
恆存はかく言ふ「時代の限界を考慮に入れたにしても、福沢諭吉以下の明治洋學者達を、私は高く評価しえない。彼等の多くは、『和魂』も何もあつたものではない。所詮は地方階級武士の劣等感(A:利己心に對する)に基づいた立身出世主義(A劣等感⇒和魂「B」逃げ込みの自己欺瞞⇒C國家主義に轉化)が國家有用の實学(「眞理の爲の學」でなく單なる「實益のための學として」の洋才A)といふ考へと結びついたのに過ぎまい」(全五P253『論争のすすめ』)。「その利己心から逃れようといふ衝動が、幕末維新の混迷に堪へ切れず中央集權的國家意識(國家主義)に救ひを求めたとも言へる」(全六P310『生き甲斐といふ事』)と。即ち、「利己心(A)への後ろめたさ⇒和魂:自己犠牲(B)的精神への逃避⇒C:國家主義(全體主義)に救ひ」と言ふ、「近代適應異常による精神主義化(テキストP9圖化)」のパターンが此處にも同じく成立してゐるのである。
その本質的原因として恆存はかう書いてゐる。「明治初期においては、西洋の學問はまづ國家有用の實學として受入れられた。いはゆる『和魂洋才』の説がそれである。『和魂洋才』などといふ劣等複合(注1)をもつて、『洋才』の向かうの『洋魂』(クリスト教)に眞向かうことを囘避したことに、そもそもの間違ひがある」(『論争のすすめ』同頁)と。(それ故に西歐が擧行した「眞理の爲の學」(實證精神)による「神に型どれる人間の概念の探究」としての近代化などは無理なのであつた。「精神の政治學ライン」は下がり得なかつたのである)。
更にかうも、「西洋文明(A)を受け入れることは、同時に西洋文化(B)を受け入れることを意味します。和魂(B)をもつて洋才(A)を取入れるなどといふ、そんな巾着切の樣な器用なまねが出來ようはずはない。和魂をもつて洋魂を捉へよう(西歐近代を「神に型どれる人間の概念の探究」と見る事等)として、初めて日本の近代化は軌道に乗りうるといへるのです」(『傳統にたいする心構』全五P192)と。(ではどの樣にしたらについては、拙發表文『西歐精神について』『適應異常について』を參照されたし)。尚この問題については漱石も言つてゐる。「外發的で皮相、上滑りな文明開化」と明治の近代化を批判し、「和魂洋才」などと稱讚してはゐないのである。叉鴎外もこの樣に書いてゐる。「西學の東漸するや、初その物を傳へてその心を傳へず、學は則格物窮理、術は則方技兵法、世を擧げて西人の機智の民たるを知りて、その徳義の民たるを知らず。況やその風雅の民たるや。是においてや、世の西學を奉ずるものは、唯利を是圖り、財にあらでは喜ばず」(『しがらみ草紙の本領を論ず』より)。
社會科學者、自然科學者は職業柄か、洋才のみに目が眩み洋才の奥にある「洋魂」の威力には氣が附かなかつたのである。明治作家達も同樣である。洋行した漱石鴎外のみが洋魂「クリスト教」が齎した近代自我(個人主義)の威力に觸れ得た。
と言ふ事で、本來「西歐近代適應異常」の形態(テキストP9圖)であるにも拘わらず、しかしながら本国人の耳目に入りやすく、かつ響きが心地よい此の「和魂洋才」には、我々は努々注意して懸からねばならない。日本人が時に於いて、「和魂洋才」と自己滿足を擧げてゐる限りは「精神の近代化」(テキストP8圖化)は圖り得ず、恆存の指摘する「西歐近代適應異常」に氣附く日が到來しないと言へるのではなからうか。
(注1)「劣等複合」とは、逃げ込み場としての「和魂B」、そして洋才(A)に對する和才(A)の敗北を指してゐるのでは。恆存はクリスト教(宗教)と徳川時代の儒教政治(文化政策)との差をこの「劣等複合」と言ふ言葉で比較してゐるのであらうか。それとも、いずれが「個人の純粋性:B」の静謐を確保し得たか否かの優劣か。しかし神道や仏教についての本質的な優劣を此處で言つてゐるのではなからう。
追記:色々附け加へると話がややこしくなるが、小生の「寸感」として此處に書き留めておく。即ち、恆存の言ふ「言葉は行動する」引いては「藝術とは演戯なのであり、演戯とは絶對に迫る事なのである」は、當然恆存の評論活動や演劇活動にも及ぶ事である。恆存は書きながら或は演出しながら、その結果としての「實在感(實感)・全體感・必然感・充實感」を獲得してゐたのである。そして我々が恆存評論を讀む事も、矢張りその「自己劇化⇒全體⇒實在感獲得」の行動に參劃してゐる事になる。其處に恆存評論の「ダイナミズム」があると思ふのである。
【上記項目についての質疑應答】
〔難解又は重要文〕その8「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
(P546上の「二葉亭が身動き出來ずにゐた限界といふものが確かにあつたのだが、一體、それは何であつたか」を以下内容は含む)
*P556下:「(二葉亭)は自己の無限定性といふ當時としては殆ど解決不可能な問題(前項目枠内の内容)を背負ひこんでしまつたのである。しかし自分が直面してゐるのはその樣な解決不可能な問題であるといふ事に氣附きさへすれば、良かれ惡しかれ、彼は文學(B)を疑ひなどせず、傳統や國家(C”)に『逃避』せずに濟んだであらう。そこに彼の限界があり、時代の限界があつた」及び「無限定性の自己」云々。・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。恆存は此處では二葉亭の限界を見、それを惜しんでゐる。そして當時ではその超越は無理である事も承知して是を書いてゐる樣に見える。
それは何ゆゑにかと言へば、恆存の主題「完成せる統一體としての人格」論に關聯して來るものの樣に小生には思へる。
二葉亭は、當然時代的背景であるとも言へる「テキストP9」の構圖からは逃れられない。故にその時代(明治)で何を全體或いは絶對(C)とするかの選擇について、二葉亭の場合は「國家」を選擇しなければならなかつた。其處に恆存は時代的限界を見るのである。恆存の「完成せる統一體としての人格」論から言へば、國家とは本來「集團的自我」上にある幾つかの共同體的場(C”)の一つであり、それはあくまでも相對界の對象であり、決して「絶對界」のものでは有り得ない。明治は、相對のものを絶對の對象にしなければならなかつた時代的限界があつたとも言へる。さうした前近代(西歐近代適應異常)の明治に生きた二葉亭の悲劇が其處にはあると、恆存は指摘するのである。構圖的に示すならば、明治は「テキストP8圖(西歐近代の構圖)」には成れなかつた。故に二葉亭は仏作家フローベールには成れず、その手法「可能性の天窓(B:個人の純粋性)は一分のすきもなく完全にとざされ」ながらも、しかも文學(B)に留まるなどと言ふ行爲は當然取れなかつた。と言ふ樣な事を恆存は此處で言はんとしてゐるのではなからうか。そして「文學(B)を疑ひなどせず」との言は、何を示すかと言へば、恆存の文を借用しながら書くと、それはかう言ふ事なのであらう。
「肉體、あるいは物質で解決すべき事を、精神の重荷とする」事なく、「個人の純粋性(B)」から夾雑物を排し、「個人の純粋性の静謐」と言ふ定位置に文學(B)を留め置くならば、それは「完成せる統一體としての人格」論を冒すことはない。否むしろ、文學(B)は「自己を超えたる」處に絶對・全體(C)との黙契を保持する事によつて、「何役かを操る自分の中の集團的自己をひとつの堅固なフィクションとしての統一體たらしめる原動力」と成り得るのである。その樣な意をこの頁の文面に、恆存は含ませてゐるのではなからうかと小生には思へるのである。更にそれ等の事柄については以下の文が參考になるのでは。
〔以下は拙發表文『「人間・この劇的なるもの」他:作品論』より〕「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
*「自己劇化は自己より大いなるものの存在(全體・絶對)を前提として、はじめて存在する。自己は自己を表現しきれぬばかりでなく、自己は自己を劇化しきれない。(恆存文「何を敵〔仕へる對象、即ち全體・絶對か個人か:吉野注〕として選んだかによつて、そしてそれといかにたたかふかによつて、はじめて自己は表現せられる」)(『自己劇化と告白』全二:P415。圖解:「完成せる統一體としての人格」:參照」)
*「無限定の自己」の問題・・・恆存は「無限定の自己」といふ言葉を、ハムレットに適用し、二葉亭四迷、鴎外、漱石の明治維新後の作家たちの「實感依據」に対してもこの問題を展開してゐる。(全六P555:『獨斷的な、あまりに獨斷的な』)
無限定の自己といふ名の、江戸幕府瓦解が招いた「規範喪失」は、二葉亭四迷、鴎外、漱石、彼ら明治人を苦しめた。彼らの人生或はその創作の主題にそれは大きく關係した。維新後の精神的空白が齎す、集團的自我上への表現せられるべきものの不在(敵である「全體」を喪失したがための)に繋がつたのである。それが、鴎外を歴史小説へと向かはせ、漱石をして「自己本位(私の個人主義)」の主題に結實化(「新規範・新限定の自己」化)させていつた。「かれら(鴎外・漱石)は封建道徳の背後に道徳(B⇒C)そのものを見てゐた」(「自己劇化と告白」P417)からであると恆存は言ふ。そして「無限定の自己」の問題は二葉亭をして「國家,つまり國事に參加直接參加するといふ行動によつて、枠を失つた自己(無限定の自己)の歪みを匡さう」とさせた。と上記及び他の評論で恆存はそのやうに述べてゐたと記憶する。(參照:全集六『獨斷的な、あまりに獨斷的な』他)
*演戯(自己劇化と言つてもよいのでは)・・・「演戯とは、絶對的なものに迫つて、自我の枠を見いだすことだ」「何とかして絶對なものを見いださうとすること」( 注:但し相對である人間は「絶對」に成る事は出来ない。とも恆存は言つてゐる。到達できぬ究極の理想に迫ろうとする行為、それが演戯。そのプロセスの重要性)
*絶對 / 演戯・・・宿命/自己劇化=真の自由=實在感・全體感(必然感)=幸福感。
*「關係のないところでは個も全く捉へ処も手掛りも無いものとなる。個よりも関係のほうが先に存在し、一つ一つの個は既成の關係の中に生れて来る」(全6覚書:P700)即ち、關係不在(自由の別名)が自我の不安をもたらすのであると。
*元來、忠實、誠實とは對他的概念。・・・「人生が芝居以上に芝居であるならば、吾々は自己に対してではなく、その芝居(場面から齎される關係・宿命:吉野注)に対して誠實でなければならない」(全六P456:『フイクションといふ事』)(「テキストP10・P11圖:參照」)
【上記項目についての質疑應答】
〔難解又は重要文〕その9「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
P560~1上:
*鴎外は「妥協した(傍觀者になつた)のではない。新思想の先端を歩みながら、封建時代の傳統の重みに堪へてゐたのである」・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。それについては、拙發表文《「口邊に苦笑をうかべる」東西文人:その時代的差異》の「P16~8」を參照されたし。
*「鴎外は歴史を文學にしたと言へよう」・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。それについては以下の文が參考になるのでは。
〔以下は拙發表文《「口邊に苦笑をうかべる」東西文人:その時代的差異》より〕「 」内が恆存文。( )内、傍線は吉野注及び附記。
恆存は言ふ。「某職の辞令を拝した事実のはうが、はるかに大切なのである。このささやかな事実のうちに鴎外の自我はかへつて安定の場所を得る。そこに彼は人間、自我の運命のはかなさを蔽ひ庇ふ堅固な盾を見いだす。これは自己主張といふがごときものではない。鴎外は自己の保證を求めて平凡な實生活上の事実に縋つたのである」(『近代日本文学の系譜』全一P23)。
即ち「C(儒教精神)→D1(宿命)→A→B→D2(自己劇化)→C(全體・絶對)→D3(全体感・實在感)」、と言ふ流れに「安定の場所」と「自己の保證」(自己確認との違ひ)を鴎外は得たのである。その事を恆存は別評論(『獨斷的な、餘りに獨斷的な』全六P561)でかう評してゐる。「鷗外は歴史を文學にしたと言へよう」と。そして更に、さうした文學となつた史傳に「歴史の、或は人生の重みを感じる」(同上)事が出來ると恆存は言ふのである。
恆存は「文學(芸術)」の定義を、「芸術とは演戯である」と言ふ。そして「何とかして絶對なるものに迫らうとするもの、それが演戯」だとも。
かく言ふ處から導き出されることは、鴎外は歴史を書くことによつて、「演戯→絶對→實在感」と言ふ藝術の必然を其處に獲得した、と言ふ事になる。(叉、何を敵(夢想)とするかによつて自己は表現せられるとも、恆存は言ふ)
そして「演戯→絶對→實在感」と言ふ藝術の必然とは、恆存が言ふ處のかかる文にその所在があると思ふのである。「歴史に附合へば附合ふ程、首尾一貫した因果の直線は曖昧薄弱になり、遂には崩壊し去る。そして吾々の目の前に残されたのは點の連續であり、その間を結び附ける線を設定する事が困難になる。(中略)が、歴史家はこの殆ど無意味な點の羅列にまで迫らなければならぬ。その時、時間はずしりと音を立てて流れ、運命の重みが吾々に感じられるであらう」。(『乃木将軍と旅順攻略戦』P116)
その、「歴史家はこの殆ど無意味な點の羅列にまで迫らなければならぬ。その時、時間はずしりと音を立てて流れ、運命の重みが吾々に感じられる」と言ふ部分。それは別な恆存の表現を簡略して書けば、以下の内容と通ずる事なのである。
「意識は、平面を横ばひする歴史(過去・現在・未來といふ時間的繼續)といふものに垂直に交る」時、「部分(現在)を部分として明確にとらへることによつて、その中に全體(過去・現在・未來といふ時間的全體)を実感」する。「私たちが個人の全體性を恢復する唯一の道は、自分が部分に過ぎぬことを覚悟し、意識的に部分としての自己を味はひつくすこと、その味はひの過程において、全體感が象徴的に甦る」。将にその時、生きるといふ日常的平板さから「上に脱け出た意識は、足下の現實が時々刻々に動いてゐる(『ずしりと音を立てて流れ』る)ことを實感」する。(全三P532『人間・この劇的なるもの』)
即ち、點(部分)に迫る事によつて、鴎外の精神に全體感が象徴的に甦つたのである。其處に鷗外は藝術的實在感を感得する事が出來たのである。文學が持つ「時間藝術」の實在感獲得の方法論(部分徹底=前後暗黒化→全體感・實在感獲得)を、歴史を書く事(史傳)によつて鴎外は得たのである。「鷗外は歴史を文學にしたと言へよう」とは、將にその事を指すのであらう。
史傳上で「友人の楊庵が、杖を掌の上に立てて歩いてゐる無意味な描写、少くとも主人公の人生行路において何の因果關係も無い、この樣な些事を」鴎外が見いだし書き留める時に、さうした「點」に迫る事による、藝術的實在感を其處に感得する事が出來たのではなからうか。(全六P561『獨斷的な、餘りに獨斷的な』)叉、『渋江抽斎』で「抽斎歿後の第三年は文久一年である」と書き、翌年も叉その翌年もその書き出しで筆を執る時、その時「時間はずしりと音を立てて流れ、運命の重みが」鴎外には把握されたのではなからうか。
かうした、鴎外によつてもたらされた「史傳」と言ふ獨特な文學は、「キーンやサイデンステッカーの如き優れた日本文學研究者にも」解り得なかつたのである。
そして鴎外と同樣の實在感を、恆存も「旅順」にて得た。そしてやはり「歴史を文學にした」のである。以下の文章はそれを證左してゐると思ふ。「(乃木)将軍は己の不幸をそれと知らず、頑なにじつと堪へてゐたのである。自己の苦しみを方法論で解決することを知らぬ愚かさであり、馬鹿正直さである。(中略)かれは逃げ道を見いだせぬまま、ひたすら時間の経過をまつよりほかに方法をしらない。その男の運命が顔を覗かせるのはこの瞬間である。前方をみつめ背伸びして浮きあがつた前のめりの姿勢を、運命が肩越しにそつと乗り越してゆく。この一途の求道なくして、僕たちは運命を語る資格を持たない。将軍の運命とともに明治日本の國運が、遼東半島の先端を一過したのである」(全一P525 『國運』)。「その時私は感じたのです。あたかも明治以後の日本の歴史が眼前を、といふよりは自分の身内を、一瞬のうちに通り過ぎるのを。そして、私はつくづく思ひ知りました、あれ以來、吾々は同じ事をやつてゐるのではないか、ここに血を流した父祖の絶望的な慘めさは、そのまま今(太平洋戰争中)の吾々のものではないかと」(P385 『軍の獨走について』)。
歴史は文學であると言ふ事について、恆存は以下の樣にも言つてゐる。歴史を書くには「如何に學者であらうと、歴史上の人物と共に生き、共に迷ひながら描かなかつたなら、吾々の前に歴史はその姿を現しはしないでせう。しかし、史上の人物と共に生き、共に迷ひながら描くとすれば、それは當然、フィクション、即ち嘘になる。(中略)歴史家が時代や人物と共に生き、共に迷ふ心の持主でなければならぬのは、言ふまでもなく歴史上の人物が、歴史そのものが、迷ひながら生きてゐるからです」。故に「歴史は社會科學を利用はしても、社會科學そのものではなく、それは依然として文學なのです」と。
その意味からしても、「歴史を文學にした」鴎外の史傳は、「吾々の前に歴史はその姿を現す」ものとして、「歴史の、或は人生の重みを感じる」事が出來ると、「歴史は文學」との謂ひを籠めて、同じやうに恆存は述べてゐるのである(參照:全五P380『人間不在の歴史觀』)。更に詳しくは、拙發表文《「口邊に苦笑をうかべる」東西文人:その時代的差異》の「P12~9」を參照されたし。
****以上拙發表文『口邊に苦笑をうかべる』より**** 【上記項目についての質疑應答】
〔難解又は重要文〕その10「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
*P569上~~P569下:「後の自然主義作家は『小説は美術である』(『小説神髄』)と言ふ命題を『小説家は藝術家=聖職者(B)である』といふ命題に摩替へてしまつた。その上、聖職者(B)であるにも拘らず、社會的地位が低い事に對する不滿(A)を自己の存在と創作の據り處(自己確認D3)とするに至つた」(注)云々・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。突き詰めるに、「文學すらも文明開化の出世主義のネガティーブな吐け口になつてゐた」(『現代人の救ひといふこと』)に、矢張り歸因する事なのであり、それについては以下の文が參考になるのでは。(注)此の文はP13の以下文に照應出來得まいか。「彼等(福沢諭吉以下の明治洋學者達)の多くは、『和魂』(B)も何もあつたものではない。所詮は地方階級武士の劣等感(A:利己心に對する)に基づいた立身出世主義(A劣等感⇒和魂「B」逃げ込みの自己欺瞞⇒C國家主義に轉化)が國家有用の實学(「眞理の爲の學」でなく單なる「實益のための學として」の洋才A)といふ考へと結びついたのに過ぎまい」。結果、國家のお面を被つた自己確認(滿足D3)に。
〔以下は拙發表文『現代人の救ひといふこと』より。一部加筆〕「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
日本の自然主義作家について・・・日本の自然主義作家には、西歐自然主義作家が内部に宿す「かれらの夢想してゐた自我の内容の高さと深さとに想ひいたらねばならず、その背景に発見されるものは神(C)」などと言ふ「高さ深さ」なるものは見出せないのである。
日本人はクリスト教の絶對神による「歴史の統一性と一貫性」とを持たぬ爲、クリスト教の理想を現實世界に客體化せんとする、實證精神の強靱性(「神に型どれる人間の概念の探究」)と言ふものをもやはり養ふことが出來なかつた。と同時に近代に於ける西歐精神の行き詰まり、「個人主義の限界」とそれが齎す精神の不救による絶望感(自己喪失)と言ふものも、精神的問題として當然無く、理解すらも出來ないのが(明治のそして今日も引き摺る)現實なのであつた。即ち「絶望の深刻をなめさせられるほど強烈な夢も理想(C)ももつてはゐない。にもかかはらず、(西歐的問題を彼我の差を辧へず、パラレルに近代化の一つと安直《日本的土壌=距離測定能力欠如》に受け留め)、絶望の身ぶりを愛し、救ひを口にし、文學(B)に救ひをはせる」。その「文學(B)すらも文明開化の出世主義(A)のネガティーブな吐け口に」なつてしまつてゐたと言ふ風にである。
要するに日本人の絶望は、神喪失の西歐精神が逢着した、精神(B)の不救による絶望ではなく、單なる「物質(A)喪失」の問題でしかなく、故に「ぼくたち(日本人)のうちに政治(A)では救ひえぬどんな苦悩が存在してゐるといふのか」と言ふ事になるのである。恆存は更に言ふ日本人の「相對主義の泥沼」を。「ぼくたちは今日の現實を惡と見なし、堕地獄と觀ずる前提として、いかなる善も、いかなる天國の夢想(C)も、そして救ひの手をさしのべる神も、一切もつてはをらぬのだ」と。究極なる理想或は絶對的理想(神)を持ち得ずば、眞に絶望もしえぬと言ふことか。神無きが故に(絶對の観念を持ち得ぬ國民性が故に)、我々日本人の人生、自我は絶望の對象たる資格を持ち得ぬと。すなはち相對にて解消される。「眞に絶望しえぬことの悲しみは、じつはぼくたちが神をもたず、ゆめをももちえぬこと」に歸來する、と恆存は言ふのである。(P637『現代人の救ひといふこと』)
「日本の自然主義作家」は、西歐リアリズム文學の方法論即ち「人間個體の輪郭により、その存在と孤獨感とをあかしするといふ方法」(『個人主義からの逃避』P208)をも曲解して、私小説的寫實に變形させてしまつてゐる。即ち今評論で言ふ「絶望の深刻をなめさせられるほど強烈な夢も理想(C)ももつてはゐない。にもかかはらず、絶望の身ぶりを愛し、救ひを口にし、文學(B)に救ひをはせる」。「文學(B)すらも文明開化の出世主義(A)のネガティーブな吐け口に」と言ふ自己欺瞞のスタイルで、文學(B)へ逃げ込んだ自己自身を寫實に描く。「強烈な夢も理想(C)ももつてはゐない」が故にそれを現實(A)的に客體化する「實證精神」も日本には育たないのである。やはり「テキストP8圖」から生じるリアリズムを、彼我の差を辧へず、パラレルに近代化の一つと安直(「日本的土壌」=「距離測定能力欠如」)に受け留め、「P9圖」的に適應異常してしまつたと言ふことに尽きるのである。
以下は重複してしまふ内容だが重要なので繰り返す。
對するに西歐リアリズム文學の基底にある「實證精神」こそは、西歐の「歴史的一貫性」を形作つた方法論的思弁である。それによつて西歐は、近代の精華の一つ「個人主義」を獲得し、と同時に、それによつて「個人主義の限界」に逢着し、かつその「危機の自覺」と「幻滅の自覺」に到達したのである。西歐が持つ「千年にわたるながいあいだの神への凝視」が結實した「實證精神」が齎す、「歴史的一貫性」の傳統を日本は保持してない(P633上)と、恆存は言ふのである(以下枠内參照)。換言すれば、「實證精神」が齎す「精神の政治學」ライン下降と言ふ、西歐の歴史を日本が經てゐないが爲に、日本的様相(「テキストP9圖」の自己欺瞞)を呈したのであると言ふ事になるのである。(詳しくは「テキストP5~8圖」と「9圖」でその差異をご覽戴きたい)
〈参考:クリスト教の「連續性、一貫性」と歴史〉:「和魂をもつて洋魂を捉へる」手引き
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歴史の意識(西歐)・・・「絶對者のないところに歴史はありえない」。 クリスト教の絶對神による「統一性と一貫性との意識が人間の生活に歴史を賦與」した。⇒そしてその神(絶對者)そのものが「近代を過去のアンチテーゼとして成立せしめる歴史的一貫性」を形作つた。即ち西歐近代は「反逆すべき神」として中世を持つことが出來たのである。「神への叛逆も、じつは千年にわたるながいあいだの神への凝視と沒入とから習得し免許をあたへられた理想人間像にもとづいておこなはれたものである」(P599『小説の運命Ⅰ』)⇒「なぜなら神と言ふ統一原理はその叛逆において効力を失ふものではなく、それどころか叛逆者の群れと型とを統一しさへする」⇒どのやうに統一していつたかと言へば、近代西歐精神を「神に型どれる人間の概念の探究」と言ふ形で統一していつたのである。(參照:『近代の宿命』P462、及び同小生發表文中「西歐歴史的統一性:圖解」及び『現代人の救ひといふこと』) |
***〔以上、拙發表文『現代人の救ひといふこと』より〕***
【上記項目についての質疑應答】
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