令和三年十二月二十九日

吉野櫻雲

 


【福田恆存著『個人と社會』(全集三P79)より論究】

《中國・ロシア等(権威主義・全體主義國家)は、「個人倫理の延長に社會や政治を考へない」》(即ち、『近代化適應異常』國家)
參照PP圖⇒
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「近代化適應異常」 page152.html へのリンク

「個人倫理の延長に社會や政治を考へる」とは以下文を内包してゐるのである〕
*「萬人をその胸に救ひとる人格神が、その手をその脚を、さらにその胴體をもぎとられ、それらが制度化せられ機械化(A)せられる――で、神は人體を失つて、完全な精神としての抽象化を受ける。その精神が文學の領域(B)として殘されるといふわけだ」。

*「近代ヨーロッパは神を見失つた――が、それはただ神の解體と變形と抽象化とを意味するに過ぎぬ。まさにそのための手續きであり過程にすぎなかつたヨーロッパの近代精神とその政治制度・経済機構(A)」。(『近代の宿命』全二P463P466

福田恆存理解には關係論が重要


著 
#個人と社會  #中國主張の民主化論(近代化適應異常)參照PP圖⇒
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  西歐近代⇒からの關係:②近代化⇒「③個人倫理(宗權)の延長」(②的概念)⇒③上に社會や政治を考へる〔根源的には宗權を國權(国益・国家エゴ)の上位に置く〕⇒③は自由民主主義國家(故に、中國・ロシア等「権威主義國家」主張の民主化論はウソ・自己欺瞞:即ち②への適應異常)。

 

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平成十八年五月二十八日

寸觀:《拉致被害者肉親、横田早紀江さんとブッシュ大統領の對談から》

ブッシュ大統領の辯:「人間の尊厳と自由について話せないほど忙しくありません」云々について。(四月三十日附け、産經新聞)

 と同時に、同件への韓国盧武鉉(のむひょん)大統領」や韓国與黨政治家の對應の差に、圖らずも小生は恆存評論文を思ひ出した。二大統領の「自由・民主主義・ヒューマニズム」の捉への差に、以下の文が關聯してゐるのを強く感じたのである。(傍線は吉野附記)

恆存曰く、「アメリカを筆頭とする自由主義諸國は、たとへ現状では國際間にまで倫理が通用しなくても、本質的には個人倫理の延長に社會や政治を考へてゐる國です。兩者は永遠に一致しないかもしれない。しかし、いや、それゆゑに、個人倫理の次元を、根源的には宗權を國權の上位に置く、すくなくとも同位に置く、人間觀にもとづいてをります。間違ひは犯しませうが、本質な生きかたについては、昔から何の變更もありません。が、ソ聯は國家目的、社會目的、階級目的を個人倫理の上に置きます。後者は前者によつて規定されます。私は躊躇なく、自由主義諸國に共感をおぼえる」(全三P79『個人と社會』)

 此處に恆存の言葉を借りれば、近代を近代國家を「神に型どれる人間の概念の探求」として客體化してきた西歐自由主義國家と、ただそれを真似た國家との違ひを讀み取る事が出來るのではなからうか。更に言へば現状イラク諸部族の、「國家よりも宗派・民族を優先」に、似た概念でありながらも根本的な相違が其處(傍線部分)に介在する、の感を小生は禁じ得ないのであります。