令和二年0月0日
〔福田恆存を讀む會〕
吉野櫻雲
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『せりふと動き』(「テアトロ」昭和五十二年~五十四年:六十六~六十八歳) (注:『醒めて踊れ』昭和五十一年:六十五歳) 〔第一部:P239迄〕(次囘は未定) ① PP圖で更に明確化出來る、西歐との彼我の差・・・文化荒廢(D1の至小化)と型喪失(Eの至小化=芝居の堕落)の因果關係。 ②現象(芝居=『せりふと動き』)から本質(近代化適應異常等)を考へる。 *此處で探究してゐるのは、PP圖化することで、恆存思想(文化と型の問題)の更なる明確化が圖られるのではなからうか、と言ふ試みである。故に今般レジュメの比重は大きくPP圖の方にある。 |
去年邊りから、何故か評論『せりふと動き』が氣になり、もう一度讀んで見たい衝動に驅られてはゐたが、そのままになつてゐた。正月休みを得て、酒氣帶のあたまでも讀めるのではと讀みだしたが、おつとどつこい、そんな生優しい内容ではなかつた。その爲、七草が開けて、頭がはつきりして來たのを幸ひに、本格的に再讀にかかつた次第である。各箇所に恆存思想がどつぷりと埋め込まれてをり、思はず「う~ん」と唸を擧げてしまふのも屡々であつた。ふと見過ごしてしまひさうな、各項目の演劇的現象批判の中に、強烈な、現代日本への「文化批判」が織り込まれてゐるのに「ドキッ」と氣附かされるのである。即ち「文化荒廢(D1の至小化)」が役者修業を腐らせ(Eの至小化)、人間修業も腐らせる(Eの至小化)と言ふ事が、この評論で理解出來るのである。
特に『醒めて踊れ』『せりふと動き』(六十五~六十八歳:昭和五十一年~五十四年)では、『文化とはなにか』『日本および日本人』(四十四歳)や『傳統にたいする心構』(四十九歳)の頃より、更なる「文化荒廢」に對する慨嘆の深さが感じられるのである(以下枠文參照)。是は「文化荒廢」が更に進んでゐる事を意味してゐるのであらう。であれば、その後の現在日本は、何をか況やと言ふ事になる。さうした理由からも、今囘の讀む會テーマに當評論を取り上げた次第である。
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「 」内が恆存文。( )内は吉野注。 *「現代の日本(日本歴史C⇒文化荒廢D1の至小化)を顧みた時に生活(に根づいた:Eの至大化)や文化に根づいた(D1の至大化)役者(△枠:ルノーの樣な役者)といふものが、どこにゐるのか、その文化荒廢(D1の至小化)といふ現實( C’)を前にして、私は時折、底知れぬ絶望感に襲はれます」(P226)。 *「日本の文化が今や文化なき無政府状態(D1の至小化)だから・・」(P227)。 *「今日、まともに、芝居(せりふFと動きE)と取組んでゐる人々(△枠)にとつてほとんど絶望的(D1の至小化)とも思はれる日本の社會の文化的貧困(D1の至小化)といふ『大問題』」(P229)。 *「ここで殊に言つておきたい事が一つあります。それは角野、平の姿形ばかりでなく、その喋り方(E)が、教養、文化(どちらも『カルチャー』:D1)を失つた(D1の至小化)日本の現代子(△枠)丸出し(Eの至小化)だといふ事です」(P233)。 |
尚、『せりふと動き』各章に於ける「ダメ出し」(役者・演出家等に對する文句等)は、以下の本質(恆存「演劇論」)の現象化と言へる。
〔本質:恆存「演劇論」〕
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「 」内が恆存文。( )内は吉野注。 *場(場面 C’)から生ずる「關係(D1)と稱する實在物は、潜在的には一つのせりふ(F:決めぜりふ・渡りぜりふ等)によつて表し得る(Eの至大化)」(全七P300『せりふと動き』)。 *場面(C’)から關係(D1)として生ずる「心の動き(D1)を形のある『物』として見せる(Eの至大化)のがせりふの力學(フレイジング:E)」(『せりふと動き』)。 *「すべてのせりふ(F)において、それ自體の意味内容(F)より關係(D1)の方が先行するといふ事、觀客に見せなければならぬ(Eの至大化)のは、何よりもその關係(D1)なのだといふ事」(P318『せりふと動き』)。 *「意識が強度になればなるほど、話し手(△枠)と言葉(F)との距離は大(Eの至大化)になる。(中略)話し手(△枠)とその言葉(F)との距離(Eの至大化)が観客の目に見える様に喋れ。(中略)口にしてゐる一つ一つの言葉(F)をどの程度に意識(Eの至大化)してゐるか、その度合ひを役者(△枠)として明確に把へろ(Eの至大化)」(「せりふと動き」P300)。 *「大事なことはまず相手(C’場)に掛かつてゐるせりふ(F)一つ一つに鉤を付け(Eの至大化)、その都度、それを自分の心(D1:心の動き)に引掛けながら言ふ(フレイジング:Eの至大化)、それは必ず動きや姿勢に出る(Eの至大化)筈のものです。あらゆるせりふ(F)は『・・・しながら』(E)のせりふであり、あらゆる動き(E)は『・・・言ひながら』(F)の動き(E)であると心得たら間違ひ無い」(中略)『何(F)を喋るか』ではなく『なぜ(D1心の動き:關係)喋るのか』の『なぜD1』を『何F』の裏に見せてくれて(Eの至大化)こそ芝居の面白味があるのです」(P320上~321『せりふと動き』)。 *「せりふ(F)は語られてゐる意味の傳達を目的とするものではない。一定状況の下(場面C’)において、それを支配し、それに支配されてゐる(D1:宿命・關係)人物の意志や動き(D1)を表情や仕草(E)と同じく形のある『物』(Eの至大化)として表出する事、それが目的であり、意味(F)の傳達はその爲の手段に過ぎぬ。(中略)言葉の意味(F)は大よそ、時々理解出來ればよく、何より大事なのは、その言葉と意味(F)の背後にある哀切な心の動き(D1の至大化)を聲の形に出す(Eの至大化)事である」(全七P345~6『シェイクスピア劇のせりふ』)。 *「言葉(F)は寫實ではなく用途(E)。言葉は物(F)を指し示す物の影(寫實)ではなく「實在物=關係D1」を目に見える樣に(Eの至大化)傳へる用途(E)を持つてゐるものなのである」(講演カセット「シェイクスピア劇の魅力」より要旨)。 *「在るものは關係(D1)だけである」(P23上)が、しかもそれを「言葉(F)は客觀的に描寫しない」(P70下)又はし得ないのである。「言葉(F)は對象を描寫するためのものではない」(P69下)。何故ならば、「事實は語るべきものではなく、ただ在るもの」(62上『批評家の手帖』:拙發表文から)だから。 *「關係(D1)の無いところでは、個(AB及びFも可能)も全く捉へ處も手掛りも無いものとなる。個よりも關係(D1)の方が先に存在し、一つ一つの個(F)は既成の關係(D1)の中に生れて來るのだからである」(P455『フィクションといふ事』)。*「言葉(F)と話し手との間に距離(E)を保ち、その距離を絶え間なく変化させねばならぬのと同様に、相手と共に造り上げた場と自分との間(D1)にも距離を保たねばならず、その距離を絶えず変化させ得る能力がなければいけない。さういふ能力こそ、精神の政治学としての近代化といふものなのである」(『醒めて踊れ』)。 *「自分と言葉(物)との距離の測定が出來る」とは「言葉(物)を自己所有化する」と言ふ事。即ち、意識度を高くし、言葉(物)の用法に細心の注意をし、「言葉(物)を自分から遠く離す事によつて、逆にその言葉を精神化し、支配、操作する事が出来る様になる」。さうする事によつて「自分に近付け、言葉を物そのものから離して自分の所有にする事が可能になる」(『醒めて踊れ』P391全七)。 *言葉との附合ひ方である「so called=所謂何々=Eの至大化」「フレイジング=Eの至大化」の効果的用ゐ方で、「自分と言葉との距離の測定が出來」「言葉を自己所有化する事が出來る」。その働きによつて、結果的に場(C’)と言ふ對象から自分を分離(非沈湎化)させる事が可能となり、ひいては「場との關係を適應正常化(D1の至大化)」させる事へと繋がる(恆存文+小生の補足的説明)。 *「そもそも動作や作用、さらに人間の抽象的な營みを名詞化しようといふ働きそのものが、主體である自分を對象から分離し、距離をつくらうとする衝動なのです」(全三P204『日本および日本人』)。 |
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(注):今囘は、各役者(△枠)に於ける、主題(C場)⇒關係(配役D1)⇒ せりふ(F)⇒動き(E)、の巧拙を「PP圖」で讀み解く爲、從來の「とは何を言はんとしてゐるのであらうか」を省き、いきなり讀み下し的に「D1の至大化」・「Eの至大化」等を括弧に附してゐるので、かなり煩はしいかと存ずる。
是は、文化の存在(D1の至大化)が生活の樣式(Eの至大化=芝居も然り)にどれだけ影響するかの追求なので、ひとつお許し願ひたい。恆存が言ふ、「在るものは關係だけである」の關係(D1)が、どれだけ型(E)に影響するか(即ち、D1の至大化=Eの至大化)を探究してゐるのであります。
以下、「PP圖」で讀み解く、評論『せりふと動き』に於ける關係論
《一 役者と人氣》
〔難解又は重要文〕P199下及びP202「 」内が恆存文。〔 〕( )内は吉野注。
PP圖①頁參照⇒P199〔一 役者と人氣〕p199.yakushatoninki.pdf へのリンク
*(PP右圖參照):P199「藝術にも自ら客觀的基準(Eの至大化)といふものがある筈です。少くとも歐米先進國にはそれがある。その點、日本の劇評位、でたらめなものはない。なぜでせうか。歐米では演劇(演劇歴史C)の傳統(D1)があり、その傳統(D1)が基準(E)を作り、そして劇評家(△枠)はその基準(E)を身に附けた(Eの至大化)専門家だからです。
*(PP左圖參照):「日本では芝居(新劇の歴史:C)そのものが傳統(D1)も基準(E)も無い無政府状態(D1の至小化=Eの至小化)ですから、役者(△枠)はどうやつても(下手な演技でも=Eの至小化)觀客に責任を問はれない。氣にしなければならぬのは漠然たる人氣だけです〔とは即ち、P226「泥臭さ(Eの至小化=唯の癖を個性と取り違へ)が藝の味(D1の至小化)であり、灰汁の強さ(Eの至小化=唯の癖を個性と取り違へ)が役者の魅力(D1の至小化)」と言ふ錯覺に頼る事〕」。
*P202「新劇がいつまでも演劇になれぬ根本的な弱點」⇒「つまり、新劇(△枠)は未だにリアリズム(Eの至大化)を克服してゐない(Eの至小化)ばかりか、それを無視し、恐れてゐる(Eの至小化)といふ事」⇒「日本の新劇界には、『中身の無い』娯楽劇を軽蔑し、〔リアリズム(Eの至大化)とは反對の〕圖式的なイデオロギー(Eの至小化)や前衛的な表現形式(Eの至小化)にすがつて、それを新劇の身分證明(似非D3實在感)とする風潮(『固定觀念』)が長く續いた」⇒「軽喜劇(△枠:娯楽劇)においてこそ、主題( C‘)や思想(D1)や獨り合點の氣持ち(D1の至小化)といふ隠れ蓑(D1の至小化)をすつかり剥ぎ取られ、役者(△枠)は丸裸(素の人間)にされてしまふので、リアリズム(Eの至大化)の基本を身に附けてゐない(Eの至小化)と、リアリティーの無い浮上つた作り物(Eの至小化)のせりふ(F)や動き(E)で裸身を隱さうと足搔き、その結果、かへつてリアリティーの無さを露出(Eの至小化)してしまひ、觀客を白けさせてしまふ」。
〔難解又は重要文〕P201「 」内が恆存文。〔 〕( )内は吉野注。
PP圖②頁參照⇒P201〔江守徹宛〕p201.emori.pdf へのリンク
*〔江守徹宛〕:P201「リズム(E)といつても、芝居のせりふ(F)の場合は強弱、高低、遅速の機械的な繰返し(Eの至小化)といつた單純なもの(Eの至小化)ではなく、それは第一に喋つてゐる言葉(F)の意味の輕重(Eの至大化)と、第二に話し手(△枠)がその言葉(F)をどういふ感情(心の動き:D1)で喋るか〔『心の動きを形のある『物』として見せる(Eの至大化)』〕。即ち、P345の『言葉と意味(F)の背後にある哀切な心の動き(D1の至大化)を聲の形に出す(Eの至大化)』〕といふ、その時々の言葉(F)と話し手(△枠)の心(D1)との距離の變化(Eの至大化)と、すなはち字義通りの意味(F:なに)と字義には託し得ぬ裏の意味(D1:なぜ・心の動き)と、この二つが綯ひ交ぜになつて、觀客に近附いたり、それから遠ざかつたりしながら(Eの至大化)、觀客に心の體操や舞踏を快く行はせる(D1の至大化)ことを意味します」(以下枠文參照)。
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*「相手(場 C‘)にせりふ(F)を直に掛けるな。せりふ(F)を自分の心(D1)に掛けろ」⇒「大事なことはまず相手( C‘)に掛かつてゐるせりふ(F)一つ一つに鉤を付け(Eの至大化)、その都度、それを自分の心(D1:心の動き)に引掛けながら言ふ(フレイジング:Eの至大化)、それは必ず動きや姿勢に出る(Eの至大化)筈のものです。あらゆるせりふ(F)は『・・・しながら』(E)のせりふであり、あらゆる動き(E)は『・・・言ひながら』(F)の動き(E)であると心得たら間違ひ無い」(中略)『何(F)を喋るか』ではなく『なぜ(D1心の動き:關係)喋るのか』の『なぜD1』を『何F』の裏に見せてくれて(Eの至大化)こそ芝居の面白味があるのです」(P320上~321『せりふと動き」』)。 *「せりふ(F)は語られてゐる意味(F)の傳達を目的とするものではない。一定状況の下(場面C’)において、それを支配し、それに支配されてゐる(D1:宿命・關係)人物の意志や動き(心の動きD1)を表情や仕草(E)と同じく形のある『物』(Eの至大化)として表出する事、それが目的であり、意味(F)の傳達はその爲の手段に過ぎぬ。(中略)言葉の意味(F)は大よそ、時々理解出來ればよく、何より大事なのは、その言葉と意味(F)の背後にある哀切な心の動き(D1の至大化)を聲の形に出す(Eの至大化)事である」(全七P345~6『シェイクスピア劇のせりふ』)。 |
〔難解又は重要文〕P208「 」内が恆存文。〔 〕( )内は吉野注。
PP圖③參照⇒P208〔坂東玉三郎宛〕p208.bandou.okada.pdf へのリンク
*P208「眞の型(Eの至大化)といふのは寫實(リアリズム:E)に則り、寫實(リアリズム:E)を殺して内面(心の動き:D1の至大化)を力學的に計算された形(Eの至大化)として見せてくれる(Eの至大化)事で、約束通りの仕來り(即ち「子供に芝居ごつこを樂しまれる」=Eの至小化)の意味ではない」。
《二 まだ生きてゐる松井須磨子》〔注:新劇に於ける近代化適應異常(D1の至小化)の繼續〕
〔難解又は重要文〕P210「 」内が恆存文。〔 〕( )内は吉野注。
PP圖③參照⇒P210〔岡田茉莉子宛〕(同上)
〔岡田茉莉子宛〕:
*P210「歌舞伎や新派(△枠)なら正面切つても(E)、その所作(E)にもせりふ囘し(E)にも型があり(Eの至大化)、そこには型として結晶し得る(Eの至大化)リアリティー(E)があり、臺本( C‘)そのものがさういふ風に書かれて(Eの至小化)ゐる」。
*P213「なぜ日本の(新劇の)劇評論家諸氏(△枠)は臺本( C‘)を、そのせりふ(F)をほとんど無視する(Eの至小化)のか、(中略)その(臺本 C’の)眞贋を識別(D1)し、その造形性に觸れないで演技(E)や演出(E)を論じる事は不可能(Eの至小化)である」・・・上文「造形性」とは何を言はんとしてゐるのであらうか。以下の消息を物語つてゐるのではなからうか。
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〔造形性について〕「 」内が恆存文。( )内は吉野注。 參照PP圖《フィクションとしての「完成せる統一體としての人格」》p231.kannseiseru.pdf へのリンク *「役者にとつて最も重要なことは自分の演じる人物の性格ではなく劇の主題(C全體)は何であるかを見極める事、そして自分の役(D1)がその主題(C全體)とどういふ關係(D1)にあるかを理解することである」(演劇入門:P73)。 仏閣を例へて言へば、「本堂、五重塔、廻廊等の部分は全體(C)たる七堂伽藍の構成にたいして、緊密な調和を保つていなければなりません。そしてまた、それらの細部である彫刻や柱や屋根なども、本堂は本堂としての、五重塔は五重塔としての全體(C)的調和を保つと同時に、それを通じて七堂伽藍の全體(C)的調和につながつてゐなければならない。劇においても同様で、各登場人物は、表に現れた形においては主役と端役との別はありませうが、それらが共に仕へる全體(C)としての主題( C)は一つのものであります。端役といふのは、主役に対して端役なのではなく、劇の全體(C)的調和に対して端役なのであります。それは主役に仕へるものでもなく、主役の引立役でもない。引立役といへば、主役も端役も、ともに劇の主題(C全體)の引立役にほかならないのです」(單「演劇入門:P72」)。 |
〔難解又は重要文〕P213「 」内が恆存文。〔 〕( )内は吉野注。
PP圖參照⇒P213〔濱木綿子宛〕①p213.hama.yuko.pdf へのリンク
〔濱木綿子宛〕
*P213「今日の日本の現代劇(△枠)は、歌舞伎、新派の土壌の上に初めて西洋流の現代劇(西歐近代 C‘=主題 C’)といふ新しい種を蒔く役割(D1)を演じた(D1の至小化)松井須磨子(△枠)の時代から本質的には一歩も前進してゐない」。
*「須磨子調(即ち『近代化適應異常:D1の至小化』原因の須磨子調:Eの至小化)は、案外根強く日本の女優(△枠)を支配してゐる(D1の至小化)」。
*「新劇育ちの杉村春子(△枠)さへそこから抜け出してゐない」(即ち、『西歐演劇 C‘への近代化適應異常:D1の至小化』に彼女等は(△枠)は支配されてゐると言ふ事)」。
*「新派も演劇もありはしない。創作劇も飜譯劇もありはしない、明治も昭和もありはしない。日本の芝居の前衛は未だに明治の新派(即ち、『西歐演劇 C‘への近代化適應異常』)、いや壮士芝居なのだ」。
*〔濱木綿子宛〕:P214上「あなた(濱木綿子:△枠)の場合、一つ一つのせりふ(F)が須磨子調(Eの至小化)になる原因はどこにあるのか。それは自分(△枠)のせりふ(F)を言ふ切掛で初めて芝居(演技)に掛かる(Eの至小化)からで、それまでのあなたは全く芝居(演技)をしてゐない(Eの至小化)」⇒「完全な死に體(Eの至小化)になつてゐる」⇒「自分(△枠)がせりふ(F)を言つたり踊りながら驅け込んで來たりする(動きE)時だけ生きてゐる獨り芝居(Eの至小化)」。
*PP圖參照⇒P214〔濱木綿子宛〕②p214.hama.yuko2.pdf へのリンク
*P214「大事なのは相手方( C’場)がせりふ(F)を言ふ時(E)、心でではなく(即ち「意は似せ易し」だから、意・氣持ち:D1の至小化でではなく)、體(姿)で聴いてゐなければならない(Eの至大化:即ち「姿Eは似せ難し」だから、嘘が出來ないから)、それ(體・姿で聴く)をあなた(△)は極端に無視してゐる(Eの至小化)」⇒P215上「相手( C‘場)の言葉を聴いてゐるうち(場との關係D1)に、當然胸(D1)がふくらんで來る筈(心の動き:D1の至大化)で、そのふくらみ(心の動き:D1の至大化)が助走部(Eの至大化)となり、相手の話が終つた瞬間に踏切つて(Eの至小化)自分(△枠)のせりふ(F)にならなければならないのに、あなた(△枠)は相手( C‘場)のせりふ(場との關係D1)を死に體(D1の至小化)のまま耳だけでしか聞いてゐない(Eの至小化、即ち體(姿)で聴いてゐない)」⇒「寢そべつてゐた(死に體:D1の至小化)のが、急にぴよんと起き上がつて驅け出す(「助走部:Eの至大化」となつてゐない)から、體が崩れ、そのよろよろ死に體(D1の至小化)がくねくね(非助走)のせりふ囘し(Eの至小化)になつてしまふ」⇒即ち「大時代の須磨子節(Eの至小化)が是だと」⇒「せりふの原則・せりふの公理を言つて置く」(以下の通り)。
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〔せりふの原則、テレビや映畫ではごまかせても芝居では絶對にごかせないせりふの公理〕 *P215「それは、相手方( C‘)のせりふを聴いてゐる時(場との關係D1)にこそ、自分(△枠)の芝居(せりふFと動きE)のすべてが懸つてゐる(D1の至大化=Eの至大化)のだといふ事。自分(△枠)の番になつて初めて自分のせりふ(F)を喋る(Eの至小化)のではありません。そのせりふ(F)のすべて、いや、それ以上の事を、次に言ふ(E)自分(△枠)のせりふ(F)に盛切れぬほど多くの事を、相手( C‘場)が喋ってゐる時(場との關係D1=即ち聴いてゐる時)に心の中で喋りまくつてゐる(E)のです。聽きながら(D1)喋つてゐる(E)のであり、したがつて、聴く事(D1の至大化)は喋る事(Eの至大化)なのです。 *P216「役者(△枠)としての心得の第一は、自分のせりふ(F)を機械的に早く覺えてしまひ、次にはその自分のせりふ(F)の切掛けになる相手( C‘場)のせりふ(場との關係D1=心の動き)まですつかり覺えてしまふ事。その後で自他のせりふ(F)を忘れた樣に自由になり(Eの至大化)、相手のせりふ(場 C’)が毎晩舞台の上(場 C‘)で一つ一つ初めて聴く言葉の樣に新鮮に聞えて來(D1の至大化)、自分のせりふ(F)もそれに應じて初めて口に出た樣に新鮮に喋れる樣(Eの至大化)になる事です」。 |
《三 泥臭と洗煉》
〔難解又は重要文〕P226「 」内が恆存文。〔 〕( ) 内は吉野注。
PP圖參照⇒P226〔ルノー宛〕①p226.runo1.pdf へのリンク
〔ルノー宛〕
*P226「あなた(女優ルノー:△枠)の中には一人の人間の生活の歴史(『生き方E・生活の樣式E』)があり、フランス( C‘)の文化(D1)がある。大袈裟に言へば、その精髄(D1の至大化=Eの至大化)があると思ひました。やはり俳優修業は人間修業と言ふ事になりませうが、現代の日本(日本歴史C⇒文化荒廢D1の至小化)を顧みた時に生活(に根づいた:Eの至大化)や文化に根づいた(D1の至大化)役者(△枠:ルノーの樣な役者)といふものが、どこにゐるのか、その文化荒廢(D1の至小化)といふ現實( C’)を前にして、私は時折、底知れぬ絶望感に襲はれます。
奇妙な事に、日本では生活(『生き方:E・生活の樣式:E』)と文化(D1)とは相容れない、あるいは相反する概念(生活A對文化B)として捉へられてゐるらしい。(中略)一口に言ふと、生活は日本的、土著的、庶民的、感情的(A:集團的自我概念)なものであり、文化は西洋的、都會的、高踏派的、知的(B:個人的自我概念)なものであると考へられてをり、兩者の間に斷絶と分裂(即ちA對B)とがあるといふ事なのです。日本の新劇(△枠)は田舎者(△枠) の都會化・西洋化(近代化D1)といふ文化運動に終始してきたのですが、その矛盾と苦闘に惱み疲れながら、なほも前衛、プールヴァール〔Eの至小化=參照:P202『圖式的なイデオロギー(Eの至小化)や前衛的な表現形式(Eの至小化)』〕などを隠れ蓑(C2上位概念)にする事によつて逆に日本化、土著化(近代化適應異常:D1の至小化)の方向に向ひつつある(即ち『Eの至小化=D1の至小化』なり)。それが現状です。人に花を贈る時、相手の手を汚さぬ樣に土を拭ひ去り、根を切り捨てる配慮(E型・礼儀=文化D1)は、芝居(日本の芝居)においては、美徳(Eの至大化)として通じません。泥ごと、根ごと、差出せば(即ち、E型・礼儀にあらず)、いや、花は附けてをらずとも、根があり、それに泥がついてさへゐれば(Eの至小化)、その泥臭さ(Eの至小化=唯の癖を個性と取り違へ)が藝の味(D1の至大化)であり、灰汁の強さ(唯の癖を個性と取り違へ)が役者(△枠)の魅力(D1の至大化)であるといふ事になります。(中略)(ルノーと同じく、新劇女優)田村秋子は江戸から東京へと、土著的である事と都會的である事との矛盾しない生活=文化〔即ち『文化(D1)とは私たちの生き方(E)であります。生活の樣式(E))』である〕の時代を生きてきた女優であります。(中略)フランスはカペー、ブルボン朝以來、パリと田舎の諸都市との間の文化的連帶〔即ち『文化(D1)とは私たちの生き方(E)であります。生活の樣式(E))である』〕を未だに保持し續けております。(中略)(現代日本の樣に)リージョナリズムといふ言葉を土著性(土地への沈湎:D1の至小化)と譯し、その土地固有の生活方式と考へるのは大間違ひで、その(リージョナリズムの)背景には共通項としての文化(D1)的連帶感(D1の至大化)がある〔即ち言ひ換へれば『文化(D1)とは私たちの生き方(E)であります。生活の樣式であります(E)』がある〕。(中略)あなた(女優ルノー)の樣に年を取れば取るほど、洗練と芳醇の度を増し(Eの至大化)、フランスの田園、パリの街路、ヴェズレーやオータンの寺院と繋がる顔〔リージョナリズム即ち『文化(D1)とは私たちの生き方(E)であります。生活の樣式(E))であります』〕を作りあげられる役者の出現が、今後のフランスに、パリに果たして期待できるでせうか。手取り早く言へば、貴族的な老婦人でもパリの貧乏人でも田舎の百姓でも演じこなせる(D1の至大化=Eの至大化:即ちリージョナリズムを身に附けてゐる)女優を今後のフランスは生んでくれるでせうか。その點、私は餘り期待出來ない」。
と、PP圖的に探究したのであるが、此處で、小生は「リージョナリズム(地域主義)」の言葉に拘泥してしまつた。以前KK氏質問で、レジュメに回答した内容とこの文章は、果たして整合性があるやに疑問が生じたのである。で、以下枠文の樣に今囘再考察を企ててみた。
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「 」内が恆存文。 ( )内は吉野注 《評論『醒めて踊れ』他を含めての探究》 ① 「近代化(D1)とは樣式(E)を成り立たしめる基盤たるリージョナリズム(地域主義D1)に對して(即ちD1=Eに對して)破壊的作用(D1の至小化)を意味する(とは、『西歐近代化D1』は、もう一つのD1である『日本文化D1の破壞=型Eの破壞』を意味すると言ふ事)以上、單に規律やルールの確立(Eの至大化)を説いたところで始まらぬ」(即ち是は、おほもとの『D1の至大化』が壞れていたら『Eの至大化』は無理と言ふ事であらう)。 何故ならば、「その(リージョナリズム:地域主義D1の)背景には共通項としての文化的連帶感(D1の至大化)がある」から。〔即ち言ひ換へれば『文化(D1)とは私たちの生き方(E)であります。生活の樣式(E))であります』と言ふ事があるから〕。(參照:『醒めて踊れ』P395。『せりふと動き』P226。『傳統にたいする心構』全五P185)。 ② 「リージョナリズム(地域主義:D1)は場( C‘)の原理の上に成立する。家族的な共同體の意識(D1)が一つの場( C’家族的共同體)を形成する」(『醒めて踊れ』P395)。 ③ 「日本の近代化(D1)はリージョナリズムからの、或はその基盤たる家族共同體的な場( C‘)の原理からの脱却をつひに果し得ず(D1の至小化)今日に至つてゐるといふ事實」(『醒めて踊れ』P395)。 ・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。明確化する爲に一應、小生的見解を上文中に括弧で入れてみた。そして更には以下の消息を物語つてゐるのではなからうか。 *②は、〔場( C‘)⇒關係D1「リージョナリズム(地域主義)・家族的な共同體の意識」⇒日本人(△枠)〕、の原理を言つてゐるのであらう。 *③は、「日本の近代化(即ち近代化適應異常:D1の至小化)が、リージョナリズム(F外來語)を讀み違へ(not so colled)、それが本來持つ「文化的連帶(D1の至大化)」性を損なふ事となつた。その爲②の原理の強靱さに負けて、即ち「家族的な共同體: C’」へと沈湎(D1の至小化)してしまひ、其處からの「脱却をつひに果し得ず今日に至つてゐる」を、是は物語つてゐるのだと思ふ。 *もう少し詳しく言ふとかうなる。PP圖參照⇒P226〔ルノー宛〕②:p226.runo2.pdf へのリンク 西歐への「近代化適應異常」(D1の至小化)が、近代化を不十分(D1の至小化)にしたのみならず、加へて「日本文化:D1」の荒廢を齎し、その爲、リージョナリズムの背景にある「共通項としての文化的連帶感(D1の至大化)」を抹消し、リージョナリズムを唯の「土著性(土地・家族的な共同體 C‘への沈湎:D1の至小化)」にと換骨奪胎化してしまつた、と言ふ事を是は意味する(結局①文と同意とはなるが)。 即ち換言すれば、以下枠文で指摘する「メカナイゼーション:F」等への不適應(Eの至小化)と同樣に、このリージョナリズム(F)に對しても、「所謂近代化(潜在的言葉:F)へのso called(Eの至大化)」をなすべきを、それが出來なかつた事を是は意味するのである。
*で、此處で謹んで、以前『醒めて踊れ』(P393)で探究した、拙發表文《恆存の「近代化とリージョナリズム」に關して》の訂正をさせて戴きたい。 其處に記載の「恆存は、リージョナリズムから脱却すべきだと言つてゐるのだと思ひます」は、今般の『せりふと動き』(P226)を併せて探究するに、以下の樣に訂正すべきと思はれる。 即ち、「恆存は、近代化適應異常(D1の至小化)の爲、西歐のリージョナリズム(F)を『so called』出來ず(Eの至小化)に齎された、『日本のリージョナリズム』(土著性=土地・仲間内・家族的共同體 C‘への沈湎:D1の至小化)から、脱却すべきだと言つてゐるのだと思ひます」と。
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〔難解又は重要文〕P227「 」内が恆存文。〔 〕( ) 内は吉野注。
PP圖參照⇒P227〔ルノー宛〕③p227.runo3.pdf へのリンク
*P227「少なくとも彼(リチャード・ウィドマーク)のこなし得る柄(E)の領域は廣い(Eの至大化)。西部劇のカウボーイから、アメリカ大統領まで、どんな職業、身分、性格の役(D1)を振られても、少しもをかしくはない(即ち『主題 C‘⇒役:D1の至大化)⇒演戯:Eの至大化』と言ふ事)」。
*P227「前述の緒形拳だが、それと西田敏行とは、役者として私は兩者の差を峻別して置いたが、作者も演出家(△枠)も、そして觀客(△枠)も同じ泥臭さ、灰汁の強さ(Eの至小化)に惹かれてゐるのではないか(D1の至小化)、ひょつとすると當人(△枠)まで、さう思つてゐるかも知れない。が、西田敏行とは違ふと思つてゐる緒形拳にしても、芸域は狭い(Eの至小化)、(中略)緒形拳の首相、大學教授、大企業の社長といふのは無理であらう。もちろん、日本の文化が今や文化なき無政府状態(D1の至小化)だから、演つて演れない事(Eの至小化)はなからうが(即ち、以下の要領で罷り通ると言ふ事)。
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*「文化なき無政府状態(D1の至小化)」なら演技も狭くても可(Eの至小化)なり、つまり、以下の「D1の至小化=Eの至小化」を恆存は言つてゐるのだ。 P226「泥臭さ(Eの至小化=唯の癖を個性と取り違へ)が藝の味(D1の至小化)であり、灰汁の強さ(Eの至小化=唯の癖を個性と取り違へ)が役者の魅力(D1の至小化)であるといふ事になります」=庶民的・土著的(D1の至小化)の換言。 |
つまり、彼の安全圏といふのは新國劇譲りの土著性(D1の至小化:『日本のリージョナリズム』=土地・仲間内・家族的共同體 C‘への沈湎:D1の至小化)と持つて生まれた愛嬌(癖=Eの至小化)との混合物であり、北斎(の演技)もそれで成功したと言へる。が、考へて見れば、(中略)戰後、硬派の時代は去り、庶民的(D1の至小化:『日本のリージョナリズム』=土地・仲間内・家族的共同體 C‘への沈湎:D1の至小化)な落語は生きのびられても、侍を主人公(天C⇒武士道:D1の至大化⇒侍△枠)にした講談は生きのびられない平和な大衆社會(『日本のリージョナリズム』)の到來を豫知したからであらうが、同時に彼自身(△枠)のうちに立役、英雄役者の素質が無い(D1の至小化)と悟つたからに違ひ無い。(彼は)今のままで成功疑ひ無し、さういふ『庶民的』(D1の至小化:『日本のリージョナリズム』=土地・仲間内・家族的共同體 C‘への沈湎:D1の至小化)な時代(C)が恐らく彼の生涯(△枠)を通じて續く(D1の至小化)だらうと思ふからだが」。(中略)P228「八代氏と寫樂、北齋、及び西田、緒形との連携にはどこか宿命的(D1)なものがあるのではないか。(中略)それは明治以後、殊に關東大震災以後、顕著になつた東京の下町( C’)人種(△枠)の敗北感(D1の至小化)に通じるものがある。困るのは、その劣等感(D1の至小化)が泥臭さ(Eの至小化)と癒着症状(P227文參照即ち:D1の至小化=Eの至小化)を呈してゐる事ではなからうか」。
〔四 新派の將來〕
〔難解又は重要文〕P229「 」内が恆存文。〔 〕( ) 内は吉野注。
PP圖參照⇒P229〔四 新派の將來〕p229.shinpanoshourai.pdf へのリンク
〔四 新派の將來〕:《文化(D1)と芝居(せりふFと動きE)延いては國民の「生き方E」との關聯》・・・
*P229「今日、まともに、芝居(せりふFと動きE)と取組んでゐる人々(△枠)にとつてほとんど絶望的(D1の至小化)とも思はれる日本の社會の文化的貧困(D1の至小化)といふ『大問題』が潛んでゐる」⇒「私が一讀啞然としたのはまづその事である(とは、三十年後の發言者の初歩的な感慨が、『GHQに代表される當時のアメリカ人、あるいは西洋人の歌舞伎觀と全く同質』と言ふ事)」⇒「三十年前の歌舞伎界(△枠)および日本の知識階級一般(△枠)は特定演目禁止といふGHQ( C‘)への『(寺子屋評が言ふ)忠義(D1)といふものをいかに嚴しくおしつけられてきた(D1の至小化:抑壓)か、またそれに一所懸命抵抗しきれずにきた(D1の至小化)か、さういふ(戰後の)歴史』即ち、『ウオーギルトインフォメイションプログラム』と言ふ名の、GHQ( C‘場)⇒忠義(D1の至小化:特定演目禁止)⇒「歌舞伎界(△枠)および日本の知識階級一般(△枠)が、實は、右(『三十年後の發言者の初歩的』感慨)のごとき物静かな谺となつて返つてきたのである」⇒「私にとつてはその方が遙かに『恥ずかしい』」⇒「禁止令(D1の至小化)は實現しなかつた。にもかかはらず、歌舞伎界(△枠)は『公儀』( C’=GHQ)を憚り遠慮した(D1の至小化)、つまり『抵抗しきれず』にゐた(D1の至小化:抑壓)」⇒「そのうち徐々に『非人間的』『非民主主義的』(D1の至小化:特定演目禁止的)な身代り物は復活し今日に至つた」⇒即ち「歌舞伎界(△枠)への直撃彈(D1の至小化)はいちわう避けられはしたものの、學校教育(△枠)、社會教育(△枠)は見事に被彈した(D1の至小化)」即ち、「GHQ( C‘場)⇒『日本人の封建的道徳觀抹殺』と言ふ『非人間的』『非民主主義的』『特定演目禁止的』被彈(D1の至小化)⇒『學校教育(△枠)・社會教育(△枠)』」⇒「その(GHQの)災害(前記:D1の至小化)が今日の歌舞伎界(△枠)に、その役者(△枠)や觀客(△枠)におよんでゐる。身代り物を生んだ(D1の至小化)封建時代( C’)を他人事の樣に『日本人といふのはやりきれなかつたんだなあ』(F)などと呑氣な事を言つて(Eの至小化)はゐられないのである」⇒「呑氣な事(F)を言つて濟ましてゐる(Eの至小化)今日の日本人(△枠)、およびその(日本歴史Cの)文化の實状(D1の至小化)の方が私にとつては『やり切れない』」。
〔難解又は重要文〕P230「 」内が恆存文。〔 〕( ) 内は吉野注。
PP圖參照⇒P230:《今日の歌舞伎界(△枠)に、その役者(△枠)や觀客(△枠)に於ける、芝居と現實との混同》p230.konnichinokabukikai.pdf へのリンク
*P230「芝居、すなはち『エンタテインメント=もてなし』(即ち『身代り物』なる物語・フィクション)と、現實の社會〔即ち『忠(D1)とは藩の財政、經營(F)における遣繰りの才能(E)に發揮される』〕とを混同しては困る。(中略)歌舞伎は江戸期(C)町人文化(D1)の所産(△枠)である(即ち、江戸期C⇒町人文化D1⇒所産:歌舞伎△枠)。そこに描かれた武士の生活感情や道徳觀(D1)は武士自身のそれ(天C⇒武士道:D1の至大化⇒武士)ではなく、町人(△枠)の目に映つた(D1の至小化)武士のそれ即ち(天C⇒武士道:D1の至大化⇒武士)である。(中略)平和な繁榮社會(町人文化D1、即ち、江戸期C⇒町人文化D1⇒所産:歌舞伎及び町人△枠)では、それ故に扇情的な『悲劇』〔 即ち『身代り物』と言ふ主題( C‘)〕が求められる」(『その程度の事は當時の江戸歌舞伎の作者、見物の町人も充分承認してゐたに違ひ無い』)。
*P230下(今日)「何より黙過し得ぬ事は芝居(B非現實)、あるいは一般にフィクション(B假説)と現實(A)との混同(即ち、對象Fに對する、so called缺如=Eの至小化)が文化の荒廢(D1の至小化)を齎し、文化の荒廢(D1の至小化)からその兩者(B假説とA現實)の混同(即ち、對象Fに對する、so called缺如=Eの至小化)が生じてゐるといふ現状である」(その原因は、以下枠文:吉野注)。
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*「GHQ( C‘場)⇒『日本人の封建的道徳觀抹殺』と言ふ『非人間的』『非民主主義的』『特定演目禁止的』被彈(D1の至小化)⇒學校教育(△枠)・社會教育(△枠)」。つまりこの恆存文は、所謂「ウオーギルト・インフォメイション・プログラム」の弊害を指摘してゐるのだと小生には思へる。 |
PP圖參照⇒前出P231《フィクションとしての「完成せる統一體としての人格」》p231.kannseiseru.pdf へのリンク
*P231「今、私はフィクション(B:物語・假説)と現實(A)との混同と言つたが、それは現實(A・場C‘)もまたフィクション(假説)であるといふ認識が缺けてゐる事から生じる(以下枠文參照)。文化(D1)もまたフィクション(假説)であるが、〔とはつまり、「歴史C⇒文化D1⇒人間(△枠)⇒保守演戯D2」構圖もフィクション(假説)なのだと言ふ事。そのフィクション圖そのものが「完成せる統一體としての人格」論圖なのだと言ふ事〕今日、日本の文化(D1)の實状(D1の至小化)はそのフィクションとしての凝集力(D1の至大化)、結晶度(D1の至大化)が弱まり(D1の至小化)、その間隙(荒廢:D1の至小化)を縫つて子供だましの生の現實(フィクションBと現實Aとの混同)がフィクション(假説)面をして罷り通つてゐるに過ぎない」。
〔參照文①〕
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拙發表文『フィクションといふ事』全六から 〔難解又は重要文〕:P457上「 」内が恆存文。( )内は吉野注。 *「藝術(B)がフィクション(假説)である事にうしろめたさを感じるなら、實行(A)もまたフィクション(假説)に過ぎぬ事のうしろめたさをなぜ感じないのか。また實像としての實行(A)に確かな手應へを感じるなら、藝術(B)もまた實像であり實行(A)である事の手應へをなぜ感じないのか。人生(A&B)を寫實しながら、そこに出來上つた作品(B)は現實(A)とは別次元(B)に属するなどといふごまかしに安んじようとするなら、自分達が人生(A&B)だの現實(A)だのと稱してゐるものも、また何か得體の知れぬものの寫實に過ぎぬのではなかといふ不安をなぜ懷かないのか。 一般に藝術(B)と現實(A)との間の、或は藝術(B)と自然(A)との間の對立や不連續性を餘りに強調し過ぎる樣に思はれる。フィクション(假説)は藝術(B)の特權ではない。人生(A&B)や現實(A)も、自然(A&C)や歴史(C)も、すべてがフィクション(假説)である。人生觀( C’)なしには人生(A&B)は存在し得ない。どんな人間でもその人なりの人生觀( C’)を持つてをり、それを杖( C’)にして人生(A&B)を生きて(D2:自己劇化)ゐる」。 *「關係(D1)の無いところでは、個(A&B)も全く捉へ處も手掛りも無いものとなる。個(A&B)よりも關係(D1)の方が先に存在し、一つ一つの個(A&B)は既成の關係(D1:フィクション・假説)の中に生れて來るのだからである」(P455『フィクションといふ事』)。 |
〔參照文②〕
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全六P704『覺書』(『防衛論の進め方についての疑問』) *「フィクション(假説)は虚像ではない、堅固な建造物である。フィクション(假説:C・C’)に適應(D1)し、これを維持しようといふ努力(演戯D2)は人格を形成する(參照PP圖「完成せる統一體としての人格」論)。逆に言へば、一人一人の人格(同圖:△枠)がその崩壊を防ぐための努力(演戯D2)がフィクション(假説)を作りあげ、これを堅固なもの(「完成せる統一體としての人格」論)に爲し得るのだ。が、虚像(C・C’ではない砂上の樓閣、即ち日本國憲法)への適應(D1の至小化=適應異常)を強ひれば、ソフテストウェアである心(B精神)はコンシャンス(良心・自覺:C)への求心力(B⇒C)を失ひ、人格の輪郭(△枠)から外へ沁み出し、空のコップのやうな透明人間になつてしまふ。それはもはや人格(△枠)とは言ひ難い、人格(△枠)の崩壊であり、精神(B)の頽廢である」。 |
〔難解又は重要文〕P233「 」内が恆存文。〔 〕( ) 内は吉野注。
PP圖參照⇒P233:〔「かもめ」公演役者宛〕p233.kamome.pdf へのリンク
〔「かもめ」公演役者宛〕
*P233「ここで殊に言つておきたい事が一つあります。それは角野、平の姿形ばかりでなく、その喋り方(E)が、教養、文化(どちらも『カルチャー』:D1)を失つた(D1の至小化)日本の現代子(△枠)丸出し(Eの至小化)だといふ事です」⇒「芝居(せりふFと動きE)に丸出し(Eの至小化)は禁物です。生の役者が出てきて(Eの至小化)はいけません。(中略)生の自分以外の何者かになる(Eの至大化=D1の至大化)のが芝居といふものでせう(つまり、以下の事)。
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*場面(C’)から關係(D1)として生ずる「心の動き(D1)を形のある『物』として見せる(Eの至大化)のがせりふの力學(フレイジング:E)」(『せりふと動き』)。 |
P234「役者(△枠)修業の第一は自分のせりふ(F)を喋る(E)より、いやその爲にこそ、まづ相手役( 場C’)を初め、その場の登場人物全部(場 C’)のせりふに耳を傾ける〔即ち、場(C’)から生ずる相手の心の動き(D1)に耳を傾ける〕事、そしてそれを自分なりに理解し(D1の至大化)、受け留め(D1の至大化)、心の何處かに収める(D1の至大化)事、そこから始めなければならぬといふ事です。それを見逃す演出家を私は演出家とは認めません」。
〔水谷八重子宛〕
*P236「人間とその生活(『生き方E・生活の樣式E』)とから出てくる演技力(Eの至大化)といふものは」(中略)P237「現代の役者の通弊として生活經驗(『生き方E・生活の樣式E』)の貧しさ(Eの至小化)と想像力の足りなさから、とかく頭で類型的(Eの至小化)な芝居(せりふFと動きE)をしがちな點は共通してゐると思ひました」・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。以下(前出P226)の消息を物語つてゐるのではなからうか。即ち「文化の荒廢(D1の至小化)=生き方・生活の樣式の喪失(Eの至小化)=演技力の貧困(Eの至小化)」と言ふ事(以下枠文參照及び、PP圖參照⇒P226〔ルノー宛〕①)。
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P226「あなた(女優ルノー:△枠))の中には一人の人間の生活の歴史(『生き方E・生活の樣式E』)があり、フランス( C‘)の文化(D1)がある。大袈裟に言へば、その精髄(D1の至大化=Eの至大化)があると思ひました。やはり俳優修業は人間修業と言ふ事になりませうが、現代の日本(日本歴史C⇒文化荒廢D1の至小化)を顧みた時に生活(に根づいた:Eの至大化)や文化に根づいた(D1の至大化)役者(△枠:ルノーの樣な役者)といふものが、どこにゐるのか、その文化荒廢(D1の至小化)といふ現實( C’)を前にして、私は時折、底知れぬ絶望感に襲はれます。 奇妙な事に、日本では生活(『生き方:E・生活の樣式:E』)と文化(D1)とは相容れない、あるいは相反する概念(生活A對文化B)として捉へられてゐるらしい。(中略)一口に言ふと、生活は日本的、土著的、庶民的、感情的(A:集團的自我概念)なものであり、文化は西洋的、都會的、高踏派的、知的(B:個人的自我概念)なものであると考へられてをり、兩者の間に斷絶と分裂(即ちA對B)とがあるといふ事なのです」。 |
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參考:付録
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*「文化(D1)とは私たちの生き方(E)であります。生活の樣式(E)であります」(全五P185『傳統にたいする心構』の「エリオットの弁」より)。 *拙發表文《講義2「近代化とは何か」》より 〔難解又は重要文〕P102「 」内が恆存文。( )内は吉野注。 「不均衡の問題」・・・ *「社會がいろいろな分野に分裂して近代化が行はれますと、相互の間(各場C’各場間)にどうしても阻隔(近代化D1適應に對する不均衡の問題=技術A・藝術Bに於ける近代化の長短)が生じて來ます。さうなると最も生きやすい方法は、文學(藝術B)なら文壇といふ一つの閉鎖的世界(場C’)を作ること(「リージョナリズム」下欄枠文參照)です。温室(場C’)の中に閉じこもる(居附き=沈湎)ことによつて、自分たちだけが肌を温め合つてすごすといふこと(なあなあの自己欺瞞)になります。軍とか官とかいふところの近代化(D1の至大化)についてゆけない落伍者が、閉鎖的な世界(場C’)にとじこもる(D1の至小化=沈湎)やうな現象が生じて來たのだと思ひます。これも分斷された近代化(「社會がいろいろな分野に分裂して近代化」したが、精神の近代化は出來なかつた)のもたらした一つの必然であります」・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。明確化する爲に一應、小生的見解を上文中に括弧で入れてみた。そして更には以下の消息を物語つてゐるのではなからうか。
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