平成二十年八月十日
『福田恆存を讀む會』
八月選擇評論:全集第五巻所收
『常識に還れ』(「新潮」昭和三十五年九月號:四十九歳)
『常識に還れ・續』(「朝日新聞」昭和三十五年九月六日―七日)
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今囘選擇評論のレジュメを書き進めてゐる内にふと氣が附いた。どう言ふ事かと言ふと、此處でも以下の恆存理論が適用出來るのではないかと言ふ事である。
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*場から生ずる「關係(D1)と稱する實在物は潜在的には一つのせりふ(言葉)によつて表し得る」。 故に、せりふ(言葉:F)との附合ひ方及び扱ひ方(E)、即ち「フレイジング」「socalled=所謂何々」の用ゐ方で、場との關係(D1)を適應正常化(非沈湎)させる事が可能となり得る。(全七P300『せりふと動き』より要約)。 |
そして、この理論を今囘評論における「日米新安保条約」問題に應用するとかうなる。
「(日米と言ふ)場から生ずる關係(日本の敗戰:D1)と稱する實在物は潜在的には一つの言葉(新安保条約=軍事同盟:F)によつて表し得る」。それ故に「安保条約=軍事同盟」と言ふ言葉(F)への「socalled=所謂何々:E」の用ゐ方で、日米と言ふ場(C”)との關係(D1)を適應正常化(非沈湎)させる事が可能となり得るのである」、と言ふ事になる。
それを言ひ換へれば、「常識とは現實(場)に從ひ(適應正常し)、現實に教へられる考へ方であり、生き方」、即ち「常識に還れ」とは、「現實と言ふ場との關係を適應正常化させる」考へ方、生き方をしろ、と言ふ事になるのである。
(參照:別紙PP圖)jyoushiki.pdf へのリンク
*引き續きK會員より。
『常識に還れ』選擇動機・・・「もう半世紀近く前の出來事で、以後、政治状況は樣變りしてゐます。この作品の今日的意義を考へてみたいと思ひます」他。
及び、本日「讀む會」の、LEADING(READING)へ・・・。
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〔以下は、吉野櫻雲發表文〕
と言ふ事で、今評論も中々の難解にしてかつ手ごはく、そしてどの文章も重要なのであるが、特に以下内容文を此處に取り上げる事とする。更にいつもの如く難解なる内容については、手助けを他評論に仰ぐこととする。(以下文中傍線及び括弧内は概ね吉野附記。「P9圖」云々は「讀む會テキスト」頁を表す。「A・B・D2」等も同テキスト三頁を參照の程)
第一部:『常識に還れ』
〔難解又は重要文〕:P228上「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
原文讀要⇒右文から〜〜本能に溺れやすい」迄:當文中「彼等(大學教授達)は全學連を擁護してゐるのではない。學生をと言ひたいが、さうでもない。ただ大學教授の権威を象徴してゐる『學園の自治』を、一口に言へば、自分達の『被尊敬權』を擁護してゐるに過ぎない」・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。此の邊については、恆存の「日本の知識階級」に對する冷徹なる分析を要約した、「テキスト補:P2」を參照してほしい。
そして上文については以下枠文が參考になるのではなからうか。先述すると、上文の「大學教授は自分達の『被尊敬權』を擁護してゐるに過ぎない」とは、どう言ふことを意味してゐるかと言へば、それは即ち、大學教授は自らの「絶對的自己肯定」の爲に、その肯定因として、自己の「C2:護符・後楯」を上位概念「世界・社會・階級、大思想(此處では「大學の自治・學問の自由」)」に求めようとしてゐるに過ぎない、と言ふことになる。⇒「テキスト補:P2圖」
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拙發表文『教育の普及は浮薄の普及なり』より 〔難解又は重要文〕:P296上「 」内が恆存文。( )内は吉野注。 「それにも拘らず、ヨーロッパ近世の「大學の自治」「學問の自由」といふ考へ方が日本の大學人を支配する樣になつたのはなぜか」。「それは文學や藝術の場合と同樣に、單純な自由思想、西洋思想の影響としか思はれぬ。〜〜(中略)とすれば、「大學の自治」「學問の自由」といふ觀念もさういふ舶来品の一種であると考へざるを得ない」・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。 「それは文學や藝術の場合と同樣に、單純な自由思想、西洋思想の影響としか思はれぬ」とは、別圖「PP2頁圖」:《日本的精神主義構圖》」が參考になるのでは。⇒參照別圖。 其處で恆存が謳つてゐる事は、日本の知識階級は「絶對的自己肯定」の爲に、その肯定因として自己の「C2:護符・後楯」を上位概念「世界・社會・階級、大思想(即ち當評論では「大學の自治・學問の自由」)」に求めようとしてゐる、と言ふ事である。その日本の知識階級の圖形(2頁圖)が将に「大學人」にも當て嵌ると言ふのである。「しかも皮肉な事にそれは國家權力の要請によつて(即ち日本近代化の爲の國家有用の實學として)促進され保護されて來た」のだと。 さうした圖形であるが故に、以下の樣に、西歐に輪を掛けて更なる日本の自己欺瞞が其處には存在すると、恆存は鋭く指摘する。 「大學教授は(自己の護符としての舶來思想の)輸入商であり、大學生はその舶來品の需要者であるとすれば、『大學の自治』『學問の自由』といふ觀念もさういふ舶來品の一種(即ち護符としての上位概念)であると考へざるを得ない」と。即ち前述の小生の解説に翻つて言ふと、こと日本に於いては、西歐近代の樣に「その自己欺瞞が今や曝露され掛かつてゐるのである」とは行かず、「近代自我(個人主義)」の確立もないが故に、病膏肓、さうした限界から來るその樣な覺知すらも當然あり得ない、とその樣に恆存は言はんとしてゐるのである。その意味からして「詰りは、大學は立身出世の爲であり、適應異常者(PP2頁圖)適應手段に過ぎぬといふ事になる」のだと。故に「戰前、戰中、戰後を問はず、『大學の自治』も『學問の自由』も單なる言葉だけの虚像に過ぎなかつた」と、恆存は鋭く本質を剔抉するのである。 |
【どうであらうか、此の邊についての諸氏のご感想は・・・】
〔難解又は重要文〕:P232下「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
原文讀要⇒P232上10行目〜下、文節終迄:當文中「私が言ひたいことは、宿命といふものを認めろといふことだ」云々について・・・これはP232上段の文には一應關聯しながらも、唐突に「宿命」と言ふ言葉が出てきた感がするが、この邊の文は何を言はんとしてゐるのであらうか。「宿命といふものを認めろ」とは、最終頁P234の「常識とは現實に從ひ、現實に教へられる考へ方であり、生き方である」と言ふ文とも關聯して來ると思はれる。又、P231下の「私達の歴史は手遅れから始つた」とも關聯する。
つまり、「大東亞戰爭」で負けたと言ふ現實。そして其處から派生してくる「米軍進駐⇒安保⇒新安保条約」と言ふ現實。厭であらうとなからうと敗戰國としては、「中立不能の前提に立つた軍事同盟(新安保条約)」(P233下)であつても、再戰の覺悟がない以上、それを受け入れなければならないと言ふ事。日本が共産國化せずに生き殘る爲にはその現實(即ち、その場から來る「宿命」)を認めろと言ふ事を恆存は謂はんとしてゐるのであらう。
そして更には、日本が明治開國以來、先進國化(近代化)の宿命を背負ひ、かつそれに適應異常しながらも歴てきた、その現實から眼を逸らすなと言ふ事になるのであらう。その「明治開國以來、近代日本が辿らねばならなかつた一つの運命」、或は「近代化に對する適應異常の歴史」と言ふ點については、恆存は以下の樣に書いてゐるのである。
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拙發表文:『人間不在の歴史觀』より 《恆存は先の大戰(或いは「戰争」)をどのやうに捉へたか》:「 」内が恆存文。( )内は吉野注。 *「大東亞戰爭は日本近代化の成果であり、同時に破綻であつて、それを前近代的なものと考へてゐる限り、近代の確立も克服もあつたものではない」「肯定と否定とは両立させ得るもの」(『人間不在の歴史觀』全五P381〜2)。 *「私はこの戰争(大東亜戦争)を明治開國以來、近代日本が辿らねばならなかつた一つの運命とみてゐた」。「あれ(日露戰爭)以來、吾々は同じ事をやつてゐるのではないか、ここに血を流した父祖の絶望的な慘めさは、そのまま今(太平洋戦争中)の吾々のものではないかと」。そしてその「同じ事」、絶望的な慘めさとは、「當時のヨーロッパ列強(先進國)に對し背伸びして力を競はうとする明治の日本の苦しい立場を物語るもの」(P385『軍の独走について』)。 〔恆存は戰爭を以下の樣に捉へる〕 *戰爭=國家的エゴイズム=エゴイズム(國・個人)=惡。故に「聖戰」視は欺瞞。 「が、背に腹は變へられぬ時がある」(P385『軍の独走について』)=やむを得ぬ「必要惡」としての肯定。 そして、「戰爭」と共に「近代化」も恆存は「必要惡(ネセサリーイーブル)」と他の評論に て書いてゐる。以上から推察するに、このやうに纏める事が出來る。 大東亞戰爭は(日露戰爭をも含めて)日本が辿らざるをえなかつた、必要惡としての「近代化(西歐化)」が招いた一つの経路(「運命」)であり、その結果として「軍は日本近代化の防波堤」となり物質的近代化の「成果」に寄與した。ゆゑに「大東亞戰爭は日本近代化の成果である」と。 そして「破綻」の方の原因は、日本は物質的近代化(西歐化)だけで終はりもう一つの更に重要な「精神の近代化」を缺如した「適應異常」に因るものである、と。何故なら恆存は「日本の近代史を『近代化に對する適應異常の歴史』として見直す事を提案する」(『適應異常について』)、と言つてゐるのであるから。(『讀む會テキスト:甲圖と乙圖』の違ひ。參照) 故に何處かに書いてあつたが「先の大戰は良いも悪いもない、失敗であつた」と言ふ事になるのである。また、西歐思想「帝國主義」への適應異常が日本の軍政面であると言つたニュアンスの文章も記憶がある。 以下の林房雄著『大東亞戰爭肯定論』と一見似てゐるが、植民地化(「東漸する西力」)への抵抗(戰ひ)と、近代化(必要惡)の爲の戰爭と、同じやむを得ぬ戰ひでありながら、概念的相違がそこにあるやうに小生には思へる。 恆存の「歴史觀」及び「大東亞戰争」見解:一部重複文有り。 *「もともと私は大東亞戰争否定論の否定者。(中略)或は林(房雄)氏も私と同じで、單なる否定論の否定を肯定論と銘打つただけかも知れません」(『人間不在の歴史觀』) *戰爭=國家的エゴイズム=エゴイズム(國・個人)=惡。故に「聖戰」視は欺瞞。 「が、背に腹は變へられぬ時がある」(P385)=やむを得ぬ「必要惡」としての肯定。言ひ換へれば、日露戰爭も大東亞戰爭も「すべてを自分の問題として、自分がその中に這入つて、歴史を生きながら押進めて行くといふ態度を持たねばならない」と言ふ事なのである。(『軍の獨走について』P389) 「自分がその中に這入つて」とは、氏の以下の文と繋がつていく。 「歴史家が時代や人物と共に生き、共に迷ふ心の持主でなければならぬのは、言ふまでもなく歴史上の人物が、歴史そのものが、迷ひながら生きてゐるからです」(『人間不在の歴史觀』全五P381)。 「歴史に附合へば附合ふ程、首尾一貫した因果の直線は曖昧薄弱になり、遂には崩壊し去る。そして吾々の目の前に残されたのは點の連續であり、その間を結び附ける線を設定する事が困難になる。(中略)が、歴史家はこの殆ど無意味な點の羅列にまで迫らなければならぬ。その時、時間はずしりと音を立てて流れ、運命の重みが吾々に感じられるであらう」(『乃木将軍と旅順攻略戦』P116)。 上述の事柄を恆存の体驗的現象に顯はすとこのやうになる。 「その時私は感じたのです。あたかも明治以後の日本の歴史が眼前を、といふよりは自分の身内を、一瞬のうちに通り過ぎるのを。そして、私はつくづく思ひ知りました、あれ以来、吾々は同じ事をやつてゐるのではないか、ここに血を流した父祖の絶望的な惨めさは、そのまま今(太平洋戦争中)の吾々のものではないかと」(P385『軍の独走について』)。 即ちそれらは「近代日本が辿らねばならなかつた一つの運命」の糸で繋がつてゐるのだと。たしか「
歴史の必然」とも恆存は他の評論で述べてゐる。 参考:別評論家の「大東亞戰争」見解。 *小林秀雄:(要約)「反省したい奴は反省したらいい、俺はしない・・・。歴史的必然である」的捉へ方。 *林房雄:「大東亞戰爭は東漸する西力に對する東亞百年戰争の終曲」(『大東亞戰爭肯定論』) |
【どうであらうか、此の邊についての諸氏のご感想は・・・】
そして、最終頁(P234)の「常識とは現實に從ひ、現實に教へられる考へ方であり、生き方である」・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。「常識とは現實に從ひ」とは、現實と言ふ「場との關係に適應正常(宿命/自己劇化)」せよ、と言ふ事ではなからうか。それについては「テキスト補:3頁右圖」が參考になるのでは。右圖の構圖が即ち「常識」と言ふ事を言つてゐるのではなからうか。(參照:別紙PP圖)jyoushiki.pdf へのリンク
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第二部『常識に還れ・續』
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〔難解又は重要文〕:P238下「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
「私は自分の意識と時間の極く小部分しか政治にさいてはをらず、そしてまた政治專從者、革
命運動專從者の場合以外、政治とはさうあるべきものと考へてゐる。呼びたければ『ブルジョワ・デモクラット』とでも何とでも、そこらの既成の片言を借りてくるがよい」。
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〔難解又は重要文〕:P239下「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
原文讀要⇒右文から最終まで:當文中「政治に極く少量の勢力しか割かぬが、この種の文章を發表することも私の政治行動だと言へよう。が、嚴密に言へば、それは反政治主義行動である。政治を全人間活動の最高價値と見なし、それを基準として自他を裁くのが進歩主義者であるとすれば、さういふ彼等の政治觀に、私の『ブルジョワ・デモクラット』的政治觀が、もっと根本的には私の古風な文化觀(P232「宿命といふものを認めろ」と言ふ事か?)、人間觀が反撥するのである」。
・・・�´△諒絃呂蓮�何を言はんとしてゐるのであらうか。また恆存自身が「ベターなるもの」として選擇してゐる「民主主義」について、氏はどの樣に考へてゐるのであらうか。
上文�△�「政治に極く少量の勢力しか割かぬが、この種の文章を發表することも私の政治行動だと言へよう。・・」云々の意味合ひは、英國人の持つ政治への關はり合ひ方、即ち恆存評論の何處かに書いてあつた「賤業なる政治は、政治家に任せると言ふのが英國人の考へ方(要約)」にも似ている感じがするが、此の邊については以下枠文が參考になると思ふ。文中の、民主主義とは「統治される或は統治させる技術」と言ふ邊りが、この「政治に極く少量の勢力しか割かぬ・・」云々を物語つてゐる樣に思へる。英國人の「二元論」の現實主義的巧みな使ひ方に、日本は學ぶべき點がある事を謳つてゐるのである。
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單行本:『私の英國史』(あとがき:「英國史の基調音」について) 「英國史の基調音」・・・「それは宗教的には英國國教といふ鵺(ぬえ*)的なものを生み、道徳的には愛國心(B)と利己心(A)との妥協によつて、個人の自由を確保し、政治的には中央集權的指導力(統治する技術)と民主主義(統治される或は統治させる技術)とを融合させ、心情的には國家主義(A)と国際主義(B)とを兩立させる事によつて、ヨーロッパのどの國よりも先に近代國家として出發した事を意味する。随つて『私の英國史』は『英國の爲の英國史』ではなく、『現代日本の爲の英國史』といふ意味でもある。(中略)現代の日本にとつてこれほど格好な反省の鏡はあるまいと思ふ箇處が隨所にあり・・・」。 (*源頼政が退治したという、伝説上の妖力をもった怪獣。頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎、声はトラツグミに似るという) |
【どうであらうか、此の邊についての諸氏のご感想は・・・】
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