平成二十年二月二十四日

『福田恆存を讀む會』

吉野櫻雲發表文

二月:選擇評論:全集第六巻所收:『教育の普及は浮薄の普及なり』

(「潮」第六十二號 昭和四十四年五月刊:五十八歳)

(新發刊:福田恆存評論集  第8卷  「教育の普及は浮薄の普及なり」)

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 教育と文化との關聯を、恆存の別評論(『教育改革に關し首相に訴ふ』)で要約するとかうなる。

拙發表文:『教育改革に關し首相に訴ふ』より「 」内が恆存文。( )内は吉野注。

恆存は、「明治以來の國民皆學の教育狂(國家近代化の爲の教育)が日本の文化を破壊して來た」からであり、その國家の近代化(西歐化)が日本文化の崩壊を招いたからであると指摘する。「今日の日本人の心に穿たれた空洞は」それが原因であり、「近代化の實績を擧げた」犧牲として「日本人固有の文化」の喪失が支払われたのであると。

 此の事を恆存の論法、「場⇒關係(宿命)⇒適應(自己劇化)⇒適應異常(自己劇化破綻)」

で言ふと以下の通りになる。

西歐近代と後進國日本と言ふ場(C”)⇒其處から發生した「日本國近代化(關係・宿命:D1)」⇒關係への適應(自己劇化:D2)、即ち國家近代化の爲の教育(教育の手段化)⇒關係(近代化)への「適應異常」、即ち國家の近代化(西歐化)が日本文化の崩壊化を招いたと言ふ事。

 

 そして前囘「讀む會」でも取り上げたが、恆存は別評論で「戰後の日本は文化を喪失してゐる」と言ひ、加へて「今更愛國心を強調しても始まりません。具體的な『物』としての附合へる(E)文化(關係:D1)を失つてしまつたのでは、愛國心の手掛りは何處にも無くなる」(P59『教育改革に關し首相に訴ふ』)と主張する。そして、以下の樣な強烈な文言をも殘してゐる。

*「現代の日本には主體的な生き方や心の働きとしての文化や教養がないばかりか、文化とはそのやうな主體的な精神の型(E)だといふ觀念さへないのです。おそらく日本の全歴史を通じて現代ほど文化が薄ぺらになり、教養ある階級を失つた時代はなかつたらう。(中略)私たちはまづその自覺に徹すべき」(全五P187『傳統にたいする心構』:昭和三十五年著)

 

 昭和三十五年(約半世紀前)にかかる言葉を殘し、晩年には「日本は更に惡くなつてゐる」と言ふ風な言葉を殘してゐる。そして沒後十数年が經ち、小生が思ふにつけても、今日の現状は「それから更に」が加はつてゐるのは確實のやうだ。

 その恆存が言ふ「文化を喪失した」今日の現状を分かり易く圖示してみると、別圖「パワーポイント(以下PPと略稱)」、rekish.bunka.kata.new.pdf へのリンクの一頁左圖になるのではなからうか。又は限りなくそれに近い情況を呈してゐると言へるのでは・・。

 

 そして、その樣な慘状になつてしまつた原因を、恆存の諸評論から纏めてみるとかうなる。

やはり圖示した方が分かりやすいと思ふので圖で説明する。
⇒「PP圖」rekish.bunka.kata.new.pdf へのリンク

即ち日本は、「nihontekiseishinshugikouzu.pdf へのリンク(日本の精神主義的構圖)」で西歐近代(higanosa.pdf へのリンク右圖)に適應しようとしたが、物質的近代化だけで終はり、「精神主義的構圖」は殘存し、その結果として「適應異常」を招來して、「同:左圖」の文化喪失に繋がつたのだと。

それをもう少し詳しく言ふとかうなる。

維新以來、日本の知識階級特有の「精神主義的構圖」(nihontekiseishinshugikouzu.pdf へのリンク)で、現實的には曲がりなりに「物質的近代化」が圖れた。それで「近代化こと終れり」と錯覺したその事自體に、「近代化の實績を擧げた」犧牲として「日本の文化を破壊して來た」原因があるのだと恆存は言ふのだ。日本の知識階級は「精神の近代化」を見殘したのである。

西歐文明の裏に西歐文化を讀み取れない結果として發生した、「和魂洋才」論の自己欺瞞(文化喪失の一路を辿つてゐながら「和魂=文化」が存在してゐると自惚れた欺瞞)が、日本人から「文化喪失」に對する覚醒を奪つたのである。

その邊の事を恆存はかう言つてゐる。「西洋文明(A)を受け入れることは、同時に西洋文化(B)を受け入れることを意味します。和魂をもつて洋才を取入れるなどといふ、そんな巾着切の樣な器用なまねが出來ようはずはない。和魂をもつて洋魂を捉へようとして、初めて日本の近代化は軌道に乗りうるといへるのです」と(『傳統にたいする心構』全5P192)。更に詳しいいきさつは評論『傳統にたいする心構』『論争のすすめ』及び拙發表文を參照されたし。

 

 そして恆存は、文化再興即ち「rekish.bunka.kata.new.pdf へのリンク右圖」化にも通ずる事として、「言葉遣ひ(E:型)や礼儀作法(E:型)、長幼の序(同)の如き日常茶飯の躾(同)」の復活を、吾々日本人に強く訴へかけてゐるのである。是等は前囘の拙發表文で書いた「E:型・仕來り(躾)・樣式・儀式」と同一概念である。尚、この小生が附した「E」と言ふ符牒の概念には、恆存が言ふ處の「ソフトウェア」「精神の政治學」「フレイジング」「So called」「傳統技術」が内包される。吾々は、D1(文化)=E(型)なのだと言ふ意味合ひに深く思ひを致さなければならない。

 

 もう一つ、恆存の「道徳教育」に對する考へ方にも觸れる必要がある。「P301下」でも書いてゐる通り、恆存は「道徳教育」論者ではない。

今日の學校のみならず日本社會の荒廢を払拭する手段として、恆存は「E:型・仕來り(躾)・樣式・儀式・傳統技術」の復活を唱へるのである。評論『教育・その本質』だつたかでも「道徳教育」の非を謳つてゐる。児童生徒は、教師が持つ「自己を超えたるものの何か(絶對・全體)」に向けての「宿命/自己劇化」の後ろ姿に、徳目なるものを學ぶのだと、その樣な表現をしてゐた樣に記憶する。この二つの恆存の提議は、先般の「教育諮問会議(?)」の結論「道徳教育の実施」と兼ね合はせて吾々はよく考へる必要がある。

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〔以下は、吉野櫻雲發表文〕

 

と言ふ事で、今評論も中々の難解にしてかつ手ごはく、そしてどの文章も重要なのであるが、特に以下内容文を此處に取り上げる事とする。更にいつもの如く難解なる内容については、手助けを他評論に仰ぐこととする。(以下文中傍線及び括弧内は概ね吉野附記。「P9圖」云々は「讀む會テキスト」頁を表す。「A・B・D2」等も同テキスト三頁を參照の程)

 

〔難解又は重要文〕:P295下「成る程」〜296「 」内が恆存文。( )内は吉野注。

「學問はやはり學問以外のものに對して有用のものでなければならない。それは何者かに奉仕しなければならない。自分自身に、或は自分自身が勝手に眞理と思ひ定めたものに奉仕してはならないのである。さういふ自分勝手な學問の概念は、ヨーロッパにおいて宗權が衰へ、浪漫的自我主義が一般の風潮になつてからの後の事であり、高々百年の歴史しか持つてゐない。その意味における『大學の自治』『學問の自由』といふ思想は、謂はば『御神體を盗まれた神棚』の如きものである。が、人々は神棚を神だと言ひ張つて來た。そしてその自己欺瞞が今や曝露され掛かつてゐるのである」・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。此の邊の文章は小生にとつて

だけかもしれないが、理解しにくいものがあるので整理してみる。

��「自分自身に、或は自分自身が勝手に眞理と思ひ定めたものに奉仕してはならない」とは、

當文の少し前に記述してある「學問の爲の學問」「眞理の爲の眞理」と言ふ考へ方に對して、その否を恆存は唱へてゐるのであらう。即ち「學問の爲の學問」「眞理の爲の眞理」と言ふ概念は、「自分勝手な學問の概念」であつて、それは「ヨーロッパにおいて宗權が衰へ、浪漫的自我主義が一般の風潮になつてからの後の事であり、高々百年の歴史しか持つてゐない」程度の代物であつて、近代自我(個人主義)前半の時代「近世」に出來上がった概念でしかないのだと。そして、それとは反對に中世では、學問は神、教會に奉仕してゐたと。

��續く「その意味における『大學の自治』『學問の自由』といふ思想」とは何を意味するかと言ふと、それ

は「學問の爲の學問」「眞理の爲の眞理」の延長線上にある「大學の自治」「學問の自由」の思想と言ふ事を意味する。そしてさうした「思想は、謂はば『御神體を盗まれた神棚』の如きものである」即ち、他に對して「有用のもの」でない(役に立たない)、奉仕するものを持たない抜け殻の思想でしかないと恆存は言ふのであらう。しかし「人々は神棚を神だと言ひ張つて來た」即ち主客転倒し『大學の自治』『學問の自由』そのものを目的格としてしまつたのだと。つまり「浪漫的自我主義」の影響でその過ちを冒したと言ふのである。「そしてその自己欺瞞が今や曝露され掛かってゐるのである」と。それは何を意味するかと言ふと、奉仕する「主」を喪つた「浪漫的自我主義」「近代自我(個人主義)」の産物でしかないと言ふ、「大學の自治」「學問の自由」の化けの皮が、本體の「近代自我(個人主義)」の限界と共に覺知されて來たと言ふのである。此處で大事な事は、しかしその覺知はあくまでも西歐での出來事なのであると言ふ事だ。

 こと日本に於いては、「近代自我(個人主義)」の確立もないが故に、また限界もなく當然さうした覺知もあり得ないと。かかる點も含めて西歐との「彼我の差」が以下の項に續いて行く。

��「殊に東洋や日本においては、學問は學問以外の何物かに直接有用なものであつた。〜

〜(中略)それは謂はば日本近代化、西洋化の爲に有用の學問といふ事に他ならない。(中略)随つて、たとへ神抜きの神棚に過ぎぬもの(奉仕するものを持たない抜け殻)にもせよ、ヨーロッパの大學、學問の理念(『大學の自治』『學問の自由』)は最初から日本に馴染まぬものだつたといへる」・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。上記の理解に當たつては以下の文が參考になるのでは。「 」内が恆存文。( )内は吉野注。

「日本においては、學問は學問以外の何物かに直接有用なものであつた」とは・・・以下の通り。

*「日本の社會科學者のみならず、知識階級一般は、明治以降、西洋の観念論(「眞理の爲の學」として)といふものにまともにぶつかつてゐない。彼等は常に權力の、とは言はぬ、實益の紐附であつた。明治初期においては、西洋の學問はまづ國家有用の實學として受入れられた(「眞理の爲の學」ではなく單なる「實益のための學」として)(全五『論争のすすめ』)

*「『學制』頒布の際の太政官布告の根本には修身齎家治國平天下といふ儒教思想があつたのです。(中略)精神、物質、兩面における日本近代化の原動力は儒教以外の何物でもなかつた事を忘れてはなりません」「問題は儒教の傳統的な學問の概念と西歐の學問の概念とが全く異質のものでありながら、それに氣附かぬまま巧みに事態を乘り切つてしまつた事にあります」(『教育改革に關し首相に訴ふ』)

 

「最初から日本に馴染まぬものだつた」とは・・・「大學の自治」「學問の自由」の思想は西歐近世の「浪漫的自我主義」「近代自我(個人主義)」の産物。しかし「近代自我(個人主義)」は實質上日本には確立化し得なかつた無縁な代物であり、以下の樣な彼我の差があると恆存は言ふのである。

*「明治五年の太政官布告が如何に自己修養(精神面の近代化と言ふ事か)の爲の教育と言ふ理念を強調したにせよ、それを『近代的な個人主義』の自覺を求めたものと見做す譯にはいかないのです。言ふまでもなく『學制』の根本精神は『近代的な國家主義』の強化にありました。外に向つて國家の近代化を急速に達成しようとすれば、内に向つては必然的に個人の近代化を抑止せねばならなくなります。その意味で、自己修養、自己完成と言ふ當時の教育理念は儒教的な克己心に支へられてゐたのであり、又その枠から脱け出る事は出來なかつたのであります。言換れば、それは國家の爲には直接間接を問はず自己を犠牲にすると言ふ事です(西歐の、「個人倫理の次元を、根源的には宗權を國權の上位に置く」との相違が此處に露呈してゐる)」(全五『論争のすすめ』)

 

〔難解又は重要文〕:P296上「 」内が恆存文。( )内は吉野注。

「それにも拘らず、ヨーロッパ近世の「大學の自治」「學問の自由」といふ考へ方が日本の大學人を支配する樣になつたのはなぜか」。「それは文學や藝術の場合と同樣に、單純な自由思想、西洋思想の影響としか思はれぬ。〜〜(中略)とすれば、「大學の自治」「學問の自由」といふ觀念もさういふ舶来品の一種であると考へざるを得ない」・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。

「それは文學や藝術の場合と同樣に、單純な自由思想、西洋思想の影響としか思はれぬ」とは、別圖「PP2頁圖」:《日本的精神主義構圖》」が參考になるのでは。
⇒參照別圖。
rekish.bunka.kata.new.pdf へのリンク

其處で恆存が謳つてゐる事は、日本の知識階級は「絶對的自己肯定」の爲に、その肯定因として自己の「C2:護符・後楯」を上位概念「世界・社會・階級、大思想(即ち當評論では「大學の自治・學問の自由」)」に求めようとしてゐる、と言ふ事である。その日本の知識階級の圖形(2頁圖)が将に「大學人」にも當て嵌ると言ふのである。「しかも皮肉な事にそれは國家權力の要請によつて(即ち日本近代化の爲の國家有用の實學として)促進され保護されて來た」のだと。

 さうした圖形であるが故に、以下の樣に、西歐に輪を掛けて更なる日本の自己欺瞞が其處には存在すると、恆存は鋭く指摘する。

「大學教授は(自己の護符としての舶來思想の)輸入商であり、大學生はその舶來品の需要者であるとすれば、『大學の自治』『學問の自由』といふ觀念もさういふ舶來品の一種(即ち護符としての上位概念)であると考へざるを得ない」と。即ち前述の小生の解説に翻つて言ふと、こと日本に於いては、西歐近代の樣に「その自己欺瞞が今や曝露され掛かつてゐるのである」とは行かず、「近代自我(個人主義)」の確立もないが故に、病膏肓、さうした限界から來るその樣な覺知すらも當然あり得ない、とその樣に恆存は言はんとしてゐるのである。その意味からして「詰りは、大學は立身出世の爲であり、適應異常者(PP2頁圖)適應手段に過ぎぬといふ事になる」のだと。故に「戰前、戰中、戰後を問はず、『大學の自治』も『學問の自由』も單なる言葉だけの虚像に過ぎなかつた」と鋭く本質を剔抉するのである。

 

〔難解又は重要文〕:P301下「 」内が恆存文。( )内は吉野注。

��   「私は單に硬教育や道徳教育を行へなどと言つてゐるのではない。最も大事な事は最も些細な事から始まる。

言葉遣ひ(E:型)や礼儀作法(E:型)、長幼の序(同)の如き日常茶飯の躾(同)がそれだ。(中略)私の言ふ事は決して古風ではない」。P302下「もし言葉遣ひや居ずまひの樣な躾が、戰爭中、或は敗戦後の混亂時に何よりも大事な事だと考へる政治家や學者や教育者が何十人かゐたら、今日の如き大學騒動は決して起こらなかつたであらう」。

��   「さういふ作法の躾と共にもう一つ大事な事は祝祭日の廢止、或はその休日化である。これも何度か言つて

來た事だが、祝祭日には儀式(E:型)、ないしは慣習的行事(E:型)を伴はなければならない。それによつて平生は個人の利害しか生きてゐない吾々も、初めて共同體の存在を確かめ合ふのである・・」云々。・・・この�´△浪燭鮓世呂鵑箸靴討陲襪里任△蕕Δ�。

��   「最も大事な事は最も些細な事から始まる。言葉遣ひ(E:型)や礼儀作法(E:型)、長幼の序(同)の

如き日常茶飯の躾(同)がそれだ」とは、その理解に當たつては、別圖rekish.bunka.kata.new.pdf へのリンクの右圖」とその説明文が參考になるのでは。恆存は「型」の復活が「文化」の再興に繋がる事を指摘してゐるのだ。以下の樣に。

「せりふの力學、換言すればせりふ(言葉・物)との附合ひ方、扱ひ方、即ち「フレイジング」「So called」「型・仕來り(躾)・生き方・様式」の用ゐ方の適不適で、場との關係(D1)を適應正常化(非沈湎=文化存在)させる事が可能となり、また反對に適應異常化(沈湎=文化喪失)に陥らせる事にもなり得る」と言ふ事にある。⇒參照別圖。

 「右圖」の如く「型・仕來り(躾)・生き方・様式」の大事さを「政治家や學者や教育者が何十人か」が知り、學生も又それを身に附けてゐれば、「大學騒動は決して起こらなかつたであらう」といふのである。それについては前囘「讀む會」の以下文(拙發表文)が參考になるのでは。「 」内が恆存文。( )内は吉野注。

恆存曰く、「文化といふものが青少年の不良化や大學騒動や過激な大衆運動を未然に防ぐ阿片として絶大な効果を有する」と。それを簡略すると、文化のある處、相手(場)との關係の適應正常が出來得るのであるから、「青少年の不良化や大學騒動や過激な大衆運動」(即ち適應異常)が起こる筈がないと言ふ事になる。⇒參照:別圖「PPrekish.bunka.kata.new.pdf へのリンク」の右圖」

 

その點をもう少し詳しく言ふとかうなる。

文化(D1)のある處(換言すれば自國の歴史との「適應正常化=非沈湎」が圖れてゐる國)では、「物・對象・言葉F」との距離測定能力即ち「E」を至大化させる「:型・仕來り(躾)・様式・儀式」が形成されてゐて、その「型・仕來り等」が歴史との關係(文化)を形ある「物」として生き方に反映(Eを至大化)させてくれるのである。その樣に恆存は言ふのである。⇒詳しくは下欄枠文(190上【全集第五巻所載『傳統にたいする心構』拙發表文より】)を參照の程。

話を戻すが、物(言葉F)そのものではなくそれとの附合ひ方扱ひ方の能力(E)にあるのだと言ふのである。恆存は演劇論の、場から生ずる「心の動き(關係)を形のある『物』として見せるのがせりふの力學」(『せりふと動き』)を此處に適用し、「(關係D1)を形のある『物』として見せる(E)」能力を、物・言葉との附合ひ方(扱ひ方)に發揮出來れば人間關係も上手くいく(適應正常)と言ふのである。

 

《文化があると言ふ事は生き方・樣式があると言ふ事、關係の適應正常化が圖れると言ふ事》

「物に己の心を通はせ得る人(とは、物との附合ひ方が出來る人=「型・仕來り・生き方・様式・技術」を持つてゐる人。So called、即ち「自分と言葉との距離が測定出來る人間」即ち「ソフトウェア=精神の政治學」を持つてゐる人)が、人との附合ひにおいて相手方に心を通はせられぬ筈はありますまい(即ち、相手との關係の適應正常が出來ない筈がない、と言ふ事になる)」。

 以上を引つくるめて言ふと、「物に己の心を通はせ得る人が、人との附合ひにおいて相手方に心を通はせられぬ筈はありますまい」とは、「型・仕來り・生き方・様式・技術」を持つて物と附合へる人は、人との附合ひ(關係)も、形のある『物』として距離測定能力を見せられない筈はない、と言ふ事になる。更にしつこく言ふと、故に文化(D1)の喪失とは「型・仕來り・生き方・様式・技術:E」を喪失する事を意味し、その事は、人間に生活で「實在感・全體感・必然感」を獲得し難くさせてゐる事に繋がるのである。恆存評論を纏めるとさうなる。(參照:『人間・この劇的なるもの』)

 であるから、上記のことを良く理解出來る人間がゐたら、とは取りも直さず「もし言葉遣ひや居ずまひの樣な躾が、戰爭中、或は敗戦後の混亂時に何よりも大事な事だと考へる政治家や學者や教育者が何十人かゐたら、今日の如き大學騒動は決して起こらなかつたであらう」と恆存は慨嘆するのである。

〔參考文:全五P190『傳統にたいする心構』小生發表文より〕⇒參照:別圖「PP1頁」の右圖」

文化(D1)のある處(換言すれば自國の歴史との「適應正常化=非沈湎」が圖れてゐる國)では、「E」を至大化させる「:型・仕來り・様式・儀式」が形成されてゐて、その「型・仕來り」が歴史との關係(文化)を形ある「物」として生き方に反映(Eを至大化)させてくれるのである。文化(D1)のある國は「仕來り」を持つが故に、「對象・言葉との距離測定不能(言葉に呪縛)」が原因の、適應異常や狂氣の囘避が可能となるのである。その事柄を「テキストP12圖」的に言へば、「D1の至大化=Eの至大化」と言ふ事になる。「型・仕來り・様式・儀式」は生活・言葉への囚はれから人を救出してくれるのである。更に換言すれば、平生足をさらはれてゐる樣な現實的平面から意識を立ち上がらせてくれる。なぜにそれが可能となるかと言へば、「型・仕來り・様式・儀式」に内在する働き、恆存の文章に從へば、以下枠文のダイナミズムをそれは宿してゐるからなのであると理解する。もう一度簡略して言ふと、文化は國及び歴史への沈湎を防ぎ、「型・仕來り・樣式・儀式」は言葉(或は生活・對象)への沈湎から免れる手立てとなる、と言ふ事なのである。(參照:拙發表文《恆存の「實在感」についての考察》)

「そもそも動作や作用、さらに人間の抽象的な營みを名詞化しようといふ働きそのものが、主體である自分を對象から分離し、距離をつくらうとする衝動なのです」(全三P204『日本および日本人』)

 
��「祝祭日には儀式(E:型)、ないしは慣習的行事(E:型)を伴はなければならない。それによつて平生は個人の利害しか生きてゐない吾々も、初めて共同體の存在(全體感)を確かめ合ふのである・・」とは何を言はんとしてゐるのであらうか。上枠内最下段文と恆存の以下の文が參考になるであらう。「 」内が恆存文。( )内は吉野注。

*「儀式は元來、個人を沒却する場でなければならぬ。人間が個人であることをやめて、生命の最も根源的なるものに歸つていくための通路であつたはずだ」(『人間・この劇的なるもの』)

*恆存文に據れば、儀式(型)の能動で「意識的に部分(現在)としての自己を味はひ尽くす課程において、全體感(時間的全體感)が象徴的に甦る」のである。即ち「時間的全體感」を味はふ(獲得する)ことが可能となるのである。その結果として意識は「自分の肉體からそつと足をぬいて、下界を見おろしてゐるやうな感じ」になり、さうして「上に脱け出た意識は、足下の現實が時々刻々に動いてゐることを實感」(P533)出來るやうになる。「いま、将に生きている」と言ふ實感が其處に出現する。換言すれば「時間的全體感」獲得による「實在感」が其處に成立するのである。と恆存はその奧義を吾々に開示してくれる。

*「私達の意識は、平面を横ばひする歴史(過去・現在・未來といふ時間的繼續)的現實の日常性から、その無際限な平板さから、起きあがらうとして、たえずあがいてゐる。そのための行爲が演戯(儀式・型の行動)である」(全三P532『人間・この劇的なるもの』)。
*「私たちは、平生、自分を全體と調和せしめようとして、それができずに疲れはててゐる(全體感・實在感の缺如)。いひかへれば、生理的には必然かもしれぬが、倫理的には偶然な事故にしかすぎぬ死以外に、何の完結も終止符もない人生(時間的エンドレスが齎す、時間的完結と言ふ全體感の缺如、及び時間的終熄と言ふ實在感の缺如)に倦み疲れてゐるのだ。私たちの本能は、すべてが終ることを慾してゐる(終熄の實在感)」(全三P584『人間・この劇的なるもの』)。

 
以上の項目を纏めて分かりやすく説明するとかうなる。

人間が平生、「自己のうちで全體と調和しかねて」、それが爲に「生理的には必然かもしれぬが、倫理的には偶然な事故にしかすぎぬ(即ち全體感、實在感缺如の緩慢的)死」なるものに晒され「倦み疲れてゐる」時、かかる「無際限な平板さから」「まぬかれ、生の充實感にひたるため」に、儀式こそは「その方式であり型」となり得るのである。その樣に恆存は斷言するのだ。

 さうした儀式に内在する、「型にしたがつた行動は、その一區切り一區切りが必然であり、それが他に從屬しながら、しかもそれぞれがみずから目的となる」。

「必然とは部分(生)が全體(死)につながつてゐるといふことであり、偶然とは部分(生)が全體(死)から脱落したことである」。即ち「型にしたがつた行動」によつて、人間は「必然感」と「全體感」を獲得し、それによつて生の充實感(實在感)を味はふ事が出來ると、恆存は言ふのである。どの樣にしてそれが叶へられるかと言ふとかうなる。

「型にしたがつた行動は、行動をそれ自體として純粋に味はひうるやうにしむけてくれる。そのときにおいてのみ、私たちは、すべてがとめどない因果のなかに埋れた日常生活の、末梢的な部分品としての存在から脱却し、それ自身において完全な、生命そのものの根源(全體)につながることができるのだ」と。

この樣に恆存は、「儀式・型⇒必然感・全體感の獲得⇒生の充實感(實在感)の成立」の奧義なるものを吾々に開示してくれるのである。即ち、當項目冒頭�△任寮潴筺憤焚縞検砲釦瑤靴董◆峙啓阿鯣爾�祝祭日は人間に『必然感・全體感=生の充實感』を與へてくれるのだ」、と明快な答へを示してくれるのである。重要な點なので更に補足して書くとかうなる。「型にしたがつた行動(Eの至長化)は」、場との關係を適應正常化させてくれ(即ち必然感・全體感の獲得)、その結果として、生の充實感(實在感)を人間に齎してくれると言ふのである。

「��『祝祭日には儀式(E:型)、ないしは慣習的行事(E:型)を伴はなければならない。それによつて平生は個人の利害しか生きてゐない吾々も、初めて共同體(全體的なるもの)の存在を確かめ合ふのである・・』とはどう言ふ事か」。

 かかる「必然感・全體感=生の充實感」喪失の時代になつた原因は那邊にあるのか。恆存の論を要約するとかうなる。そして念の爲、末文に該當する恆存文を附す。

「個人主義(神の代わりに「自己=部分」の全體化)」時代の到來によつて、死は、神と共に本来的位置を占めてゐた「全體」から脱落して「部分」の價値にしか過ぎなくなつた。死はその樣な「低次元的死」「緩慢的死」「非、劇的死」の役割しか今日では演じられなくなつてしまつたのである。さうした「低次元的死」、換言すれば「倫理的には偶然な事故(即ち「部分:生」⇒自己劇化⇒「全體:死」⇒全體感獲得、と言ふ樣式缺如)にしかすぎぬ死」に囲まれた、「倦み疲れた」情況から、儀式こそが即ち「型にしたがつた行動」こそが、吾々現代人を救出してくれるのである。(繰り返すが「倫理的には偶然な事故」の死とは、「全體感」缺如の死を将に物語つてゐるのである)。

傍線の邊の事を恆存の文章で忠實に示すとかうなる。

「私たちは生それ自體のなかで生を味はふことはできない。死を背景として、はじめて生を味はふことができる。死と生との全體的な構造の上に立つて、はじめて生命の充實感と、その秘密に參與することができるのだ」。

ところが「ヒューマニストたち(個人主義による)は、死をたんに生にたいする脅威と考へる。(中略)かれらにとつて、單純に生は善であり、死は惡である。死は生の中絶であり、偶然の事故であるがゆゑに、できうるかぎり、これを防がねばならぬと信じこんでゐる。(中略)生の終はりに死を位置づけぬいかなる思想も、人間に幸福をもたらしえぬであらう。死において生の完結を考へぬ思想は、所詮、淺薄な個人主義に終はるのだ」。とその樣に、「部分(生)⇒自己劇化(儀式・型)⇒全體(死)⇒必然感・全體感獲得⇒生の充實感(實在感)の成立」の樣式を喪失してゐる「個人主義」思想の缺陷を恆存は鋭く指摘してゐるのである。(參照:『人間・この劇的なるもの』最終章)

をはり

 



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