平成十八年十月二十二日
『福田恆存を讀む會』
吉野櫻雲 發表文
十一月:テーマ評論:
全集第六巻所載:【『教育改革に關し首相に訴ふ』
(「潮昭和四十一年六月號:五十五歳)
恆存は後年『言論の空しさ』を訴へたが、この當時(昭和四十一年)は文士として「言葉(せりふ)は行動する」に徹してゐた。この評論『教
育改革に關し首相に訴ふ』にもその激しい気迫を感じる事が出來る。と同時に今日の現實を見、それから察するに結局は時の首相「佐藤栄作」や世にも受け入れられなかつたのを知る事が出來、讀んでゐて思はず目頭が熱くなるものがある。
同時期、恆存と同じく三島由紀夫も日本及び日本人についての評論が多くあつた。三島由紀夫は文士として活動してきたがつひには「言論の空しさ」に失望し、結局は行動家としての道を選び、恆存が當「建白書」を書いたその三年半後(昭和四十五年十一月)に、「市ヶ谷自衛隊」で檄文を發し自刃して果てた。同じく佐藤首相の在職期間である。
そして恆存はその四、五年後あるシンポジウム(現代學生文化會議)で、三島についてかう言つてゐる。「三島は自己を近代化することができなかつたから死んだのだ」と。恆存の言ふ近代化(「精神の近代化」)について、小生は大きな意味合ひを感じる。
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佐藤栄作:首相在職期間 |
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[第1次] |
昭39.11. 9〜昭42. 2.17 |
831日 |
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[第2次] |
昭42. 2.17〜昭45. 1.14 |
1,063日 |
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[第3次] |
昭45. 1.14〜昭47. 7. 7 |
906日 |
そして當評論著作後四十年を經た今年(平成十八年)十一月、「教育基本法改正案」(政府案)が衆議院に上程された。果たしてそれらは恆存の教育に關する本質論を捉へてゐるや否や。
と言ふ事で、今評論も中々の難解にしてかつ手ごはく、そしてどの文章も重要なのであるが、特に以下内容文を此處に取り上げる事とする。更にいつもの如く難解なる内容については、手助けを他評論に仰ぐこととする。(以下文中傍線及び括弧内は概ね吉野附記。「P9圖」云々は「讀む會テキスト」頁を表す)
〔難解又は重要文〕その1
*P48下:「彼等(大學人)を支へてゐるものは單なる權力慾でしかなく、學問教育の自由は飽くまで西洋からの借り物としての楯であり口實であるにすぎません。何故なら、彼等は學問、教育の自由と言ふ事について眞劒に自分の頭でとことんまで考へ盡くした事がない」・・・
とは何を言はんとしてゐるのであらうか。此處で言ふ「單なる權力慾」とは、彼等(南原繁を含めた大學人)即ち進歩的知識人が特有する處の、「絶對的自己肯定」の變位形と、恆存は言はんとしてゐるのではなからうかと小生は推測する。尚、それについては以下の内容文が參考になると思ふ。
〔拙發表文:『日本の知識階級』より抜粋〕
恆存は、「日本の知識階級は言はば絶對的自己肯定者(C”自己主人公化)として終始してきた」と看破し、「私小説家・近代日本知識人、その典型としての清水幾太郎」の三者を、いずれもパターンは「テキストP9」の「日本精神主義構圖」だと言つてゐる。即ち以下の樣に。
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「現實(A)的不滿⇒B:逃げ處としての個人的自我概念⇒C”自己主人公化(自己完成:絶對的自己肯定)⇔「詩神・護符・後ろ楯の思想:C2」⇒自己滿足・自己正當化(似非生き甲斐・似非實在感)」(參照:下欄圖) |
そして、彼等「絶對的自己肯定者はあらゆるものを自己の手中に収めようとして(權力慾)、その結果、自己の不滿(A:現實的不滿)を處理する能力だけを失つた人間である。(中略)不滿の原因は現實といふ客観的對象のうちにのみあるのではないのに、彼等はそれをそこ(A的不滿)にのみ見出さうとする。いや、さうする以外に能力も無く、方法も知らぬのであります」(『日本の知識階級』全5P369)。と、上記三者を當該評論で鋭く指摘してゐるのである。
そして彼等は「絶對的自己肯定」の爲に、その肯定因として「C2:護符・後楯」を上位概念「世界・社會・階級、大思想」に求めようとする。何故ならば、西歐近代が否定因としての神を背景に持つに對して、前近代日本はそれを持たない。故に後楯による自己欺瞞が可能になるのであると恆存は指摘するのである。(參照:下欄圖)
更に、さうなる原因としての「彼等は學問、教育の自由と言ふ事について眞劒に自分の頭でとことんまで考へ盡くした事がない」については、以下の内容文が參考になると思ふ。
〔拙發表文:『論爭のすすめ』より抜粋〕
*『論爭のすすめ』P253下:「日本の社會科學者のみならず、知識階級一般は、明治以降、西洋の観念論といふものにまともにぶつかつてゐない」・・・とは以下の内容を示すのでは。
「西洋の觀念論」とは、「B(個人の純粋性)⇒C(神・絶對、そして眞理もその近似性?)」の樣式を具へると言ふことでは。その傳統樣式のご本家、クリスト教(その「連續性、一貫性」)及び上述の内容を含めて、洋魂(クリスト教)への不理解をこの文章は言つてゐるのでは。
そして西洋は、やはり學問と言ふ舞台においても、「神に型どれる人間の概念の探究」を實證精神によつて追究してきたと言ふ事なのではなからうか。さうした傳統(連續性、一貫性」)に支へられた「學問の自律性」を日本の知識人は把捉出來なかつた、と恆存は此處で指摘しているのではなからうか。(傍線:吉野附記)
〔難解又は重要文〕その2
*P51下:「『學制』頒布の際の太政官布告の根本には修身齎家治國平天下といふ儒教思想があつたのです。(中略)精神*、物質、兩面における日本近代化の原動力は儒教以外の何物でもなかつた事を忘れてはなりません」(傍線:吉野附記)。とは何を言はんとしてゐるのであらうか。・・・
此處は難しい文章である。その内容よりも、當文中*記した「精神」の面においても「日本近代化の原動力は儒教以外の何物でもなかつた」に、小生は引つかかりを感じる。何故なら恆存はこの問題について以下の樣に言つてゐるからである。
○「日本は物質面における近代化は行はれたが、物質面に対しての、精神の面での『精神の政治学』としての近代化は行はれてゐない」(講演カセット「日本の近代化とその自立」より)。
○「精神の近代化=個人主義」と言つてゐる。(參照:全五P370上の文「個人主義といふ精神的近代化」より)
即ち「精神の近代化=個人主義」は日本では確立されてゐないと恆存は明言してゐるのである。にもかかはらず此處でかく言ふは如何なる意味をなすのか。
小生が思ふに、儒教思想「修身齎家治國平天下」の「修身」と言ふ側面が、精神面での役割を演じ、まがりなりにもある程度の「近代化」を進めて來た。しかし眞の「精神の近代化=個人主義」までは形成出來なかつた。その樣に恆存は言はんとしているのではなからうか、と解するしかない。
そしてそれに續く以下の文、「問題は儒教の傳統的な學問の概念と西歐の學問の概念とが全く異質のものでありながら、それに氣附かぬまま巧みに事態を乘り切つてしまつた事にあります」が、多分その辺の「精神の近代化=個人主義」未形成の原因を此處に表現してゐるのではなからうか。實に傍線部分は曖昧な箇所である。今後の探究を要する。
どうも腑に落ちぬが故に更にしつこくこの點について拘ると、恆存は「徳川時代の日本:儒教政治」と、「依然としてその支配下にある」明治以降からは、「精神の近代化=個人主義」は形成されないと、以下の樣に言つてゐるのである(後段はそれについての小生の解説)。
〔拙發表文:『論爭のすすめ』より抜粋〕
「前者(ヨーロッパの中世)にあつては、はじめから神に從屬する自己(B)があつて、そのかげに支配=被支配の自己(A)が忍びこみ紛れこんだのであるが、後者(徳川時代の日本:儒教政治)は支配=被支配の自己(A)を前提としてそのやましさに堪へられず、そこに訴へるべき人間性の純粋を喚び求めたのである。その差は明瞭に宗教と文化政策との差にほかならない。(中略)宗教改革は神(C)をその抽象性において支配=被支配の教門政治(A)から救ひ出したが、忠の觀念はいかに美化され、いちおうの純粋性にまで高められてはゐたとはいへ、君主の肉體(相對)を超えてなほ生きのびる抽象性をもちうるものではない」(『近代の宿命』)
即ち上文は何を意味するかと言へば、相對(現實)を超えた絶對(理想)追求の純粋性をクリスト教は保持し、そうした特質(現實拒否=現實超越性)を儒教道徳は保持してゐないと言ふ事を意味する。クリスト教は「現實拒否の觀念性」即ち理想主義の特質を持つが故に、西歐は「理想と現實・絶對と相對」等の二元論を展開し得た。それによつてクリスト教からは、「テキストP5〜8圖」が表す精神の政治學發揮による「分割ラインの下降化」(近代化)が可能となつたのである。その結實として精神の近代化(個人主義)も其處から形成された。
それと較べ儒教政治の徳川時代においては、専制政治と言ふ名の「支配=被支配の自己(A)」が前提であるが故に、A温存が災ひし「分割ラインの下降化」が不可能事となつたのである。それ故に徳川時代は「テキストP9圖」に滯留し、「日本的精神主義構圖」からの脱皮を圖る事が出來得なかつたのである。そしてその後の日本もその構圖の支配下から脱出出來てはゐない。P253上の「依然としてその支配下にある」はその事を指す。故に精神の近代化(個人主義)は其處からは形成され得なかつた。と言うことになるのでは。
〜〜〜〜〜〜以上〔拙發表文:『論爭のすすめ』より抜粋〕〜〜〜〜〜〜
そして、その「精神の近代化=個人主義」未形成の原因を恆存はかく言ふ。儒教による精神面の「自己修養、自己完成」は「近代的な國家主義」の強化目的の爲であり、西歐の「個人の強靱化:個人主義(精神の近代化)」を目的とするものとはそれは全く違ふものであると。詳しくは以下の樣に指摘してゐる。(括弧内は吉野附記)
「明治五年の太政官布告が如何に自己修養(精神面の近代化と言ふ事か)の爲の教育と言ふ理念を強調したにせよ、それを『近代的な個人主義』の自覺を求めたものと見做す譯にはいかないのです。言ふまでもなく『學制』の根本精神は『近代的な國家主義』の強化にありました。外に向つて國家の近代化を急速に達成しようとすれば、内に向つては必然的に個人の近代化を抑止せねばならなくなります。その意味で、自己修養、自己完成と言ふ當時の教育理念は儒教的な克己心に支へられてゐたのであり、又その枠から脱け出る事は出來なかつたのであります。言換れば、それは國家の爲には直接間接を問はず自己を犠牲にすると言ふ事です(西歐の、「個人倫理の次元を、根源的には宗權を國權の上位に置く」との相違が此處に露呈してゐる)
この文章は、前出『近代の宿命』の「後者(徳川時代の日本:儒教政治)は支配=被支配の自己(A)を前提としてそのやましさに堪へられず、そこに訴へるべき人間性の純粋を喚び求めたのである」そして明治以降も「依然としてその支配下にある」との文と符牒が合ふのである。
〔難解又は重要文〕その3
*�。丕毅蕎�:「明治十九年文部大臣森有禮の學校令に至つて學問、教育は國家の爲のものとはつきり示されるに至りました」。
�■丕毅珪�:「明治の『學制』も戰後の六三三四制も共にアメリカの教育體系や教授法を模倣しながら、本家とは似ても附かぬ形式主義(適應異常と言ふ事か)に堕したものだつた」。
��P57下:「(戰後教育の)六三三四制とその理念の誤つた適用(適應異常と言ふ事か)をそのまま是認してゐる限り,事態はますます惡化するばかりです」。
とは何を言はんとしてゐるのであらうか。・・・
上記�´↓�で恆存が言はんとしてゐる事は、「(國家)近代化の爲の教育といふ教育觀」の間違ひを、時の首相「佐藤栄作」に建白してゐると言ふ事なのである。そしてその是正が必要なのであると。
そして恆存はかく提言するのである。
�� 文部省は「百年計畫の大理想」を提示すべし。
�� 「明治百年を記念する大事業として、(大事業の礎に)その百年に亙る日本の近代教育の理念と制度とを再檢討すべし」(首相に對して)
�� 文部省を中央教育廳として、學校教育の中央集権的機關とする。
�� 文化省を造る。⇒文部省と「文化」護持とを離反させる必要性。
���い痢崛世劼篭軌蕕吠顕修竜躰�をとらせない樣にする事」にある。何故なら「明治以來の國民皆學の教育狂(國家近代化の爲の教育)が日本の文化を破壊して來た」からであり、その國家の近代化(西歐化)が日本文化の崩壊を招いたからであると指摘する。「今日の日本人の心に穿たれた空洞は」それが原因であり「近代化の實績を擧げた」犧牲として「日本人固有の文化」の喪失が支払われたのであると。前出した「日本は物質面における近代化は行はれたが、物質面に対しての、精神の面での『精神の政治学』としての近代化は行はれてゐない」弊害が此處に露出したのである。分かり易く恆存の「適應異常」論で言ふと以下の樣になる。
〔場⇒關係(宿命)⇒適應(自己劇化)⇒適應異常(自己劇化破綻)〕
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西歐近代と後進國日本と言ふ(場:C”)⇒日本國近代化(關係・宿命:D1)⇒關係への適應(D2)、即ち國家近代化の爲の教育(教育の手段化)⇒關係(近代化)への「適應異常」、即ち國家の近代化(西歐化)が日本文化の崩壊化を招いたと言ふ事。 |
將に今般(平成十八年十一月)、衆議院に上程された「教育基本法改正案」(政府案)のいはゆる「愛國心・文化」云々*に對して、恆存は四十年も前に上記の意味で大いなる疑問を掲示してゐると言ふ事になる。上述と同樣、恆存の「場⇒關係(宿命)⇒適應(自己劇化)」法則からすれば、國との紐帯(文化と言ふ關係・宿命)を喪失すれば愛國と言ふ「自己劇化」は最早不可能になると言ふ事をそれは示してゐる。*「傳統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が國と郷土を愛するとともに・・・」(教育目標)
しかし恆存はさうした悲觀的情況の中でも失望せず、「樂觀的觀測」の手を日本人に差しのべる。「絶望する必要は無い。日本人にはまだ日本の自然(空間的全體:C)があり、國語(D1:文化の砦?としての正假名正漢字)があり、そして歴史(時間的全體:C)があります。それが今日もなほ私達に殘された最小限の文化(C⇒D1)です」と。即ち仕へるべき全體とその紐帯(關係:文化)を、最小限とはなつたが、未だ喪失してはゐないのだと我々に訴へるのである。
そして、最小に殘された「日本の自然及び歴史」と「文化(國語)」への附合ふ方法を、恆存は以下の樣に提示する。
「民主主義も人権尊重も單なるハイカラな概念としてでなく、常識として、即ち文化として空気の如く周囲に存在する樣になれば、たとへ讀み書き算盤だけの知識でも近代人として立派に生きていけるのです」と。・・・
しかしこの文章はなんとなく分かり得た樣で今ひとつ小生には要領を得ない。もう一つ突込んで恆存の他の文章で檢證してみたい。むしろ餘計生硬な内容となり意味不明になる可能性が強いが・・・。それでも一應換言するとかうなる。それは、恆存の演劇論、「(場面から生ずる)心の動きを形のある『物』として見せるのがせりふの力學」(『せりふと動き』)の應用である。
「日本の自然(空間的全體)、歴史(時間的全體)と言ふ場」との關係(宿命)である「文化」への適應を、言葉の用法(「So called」法)で正常な關係に「形ある『物』として見せる」と言ふ事。それがハードウェアとしての「文化(關係)」に對するソフトウェアとしての對處方法なのである。何故日本は「民主主義・人権尊重」を選擇し取り込まうとするのか。西歐が自國の文化内で、それら概念(「民主主義・人権尊重」)に客體化して見せた「神に型どれる人間の概念の探究」を、日本も自分の文化内にそれを同じく「形ある『物』として見せる」と言ふ事が「So called」なのである。恆存のせりふ理論「何(せりふ・「民主主義・人権尊重」)の裏に何故(關係=文化)を見せる」と言ふ事をそれは示す。さうすれば民主主義、人権尊重を「常識として、即ち文化として空気の如く周囲に存在」させる事が出來るのである。
と書いては見たがやはり案の定、結局は生硬な文に堕し珍紛漢になつてしまつたかと思ふ。今後の自己研鑽の必要性を痛切に感じる次第である。 をはり
《進歩的知識人の構圖》nihontekiseishinshugikouzu.pdf へのリンク