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《全集第七巻所載:『近代日本知識人の典型(清水幾太郎を論ず)』(昭和
五十五年十月)》
吉野櫻雲 發表
結論から言へば、清水幾太郎の場合も、「私小説家」や「近代日本知識人」と同じく、や
はり非近代國家人即ち「精神(B)主義構圖」日本人が型取る、同一パターン(「テキスト9 圖」)の變格活用が、其處に展開されただけと恆存は言つてゐる樣に見える。(下欄圖參 照)
〔清水幾太郎:「精神(B)主義構圖」〕(參照P3「付録」)
絶對的自己肯定⇒A:現實(非近代日本)不滿⇒B:逃げ處としての個人的自我概念(平
和主義)⇒C"自己主人公化(自己完成・絶對的自己肯定)⇔「C2:護符・後ろ楯の思想 (コント・プラグマティズム)⇒自己滿足・自己正當化(似非生き甲斐・似非實在感)」
清水幾太郎の場合、共産主義(先進性)が敵であり、その後ろめたさ(「非近代日本」)
の対抗概念(共産主義:先進性⇔「進歩・先進」)として、以下の「C2・護符」が持ち出さ れたと。同時にそれが自己正當化(D3:身元證明・似非實在感)の護符となつたのだ、 と恆存は言つてゐる。
敵としての共産主義⇔対抗概念「C2」護符としての「平和運動・反安保闘争・天皇制・
憲法第九条・原爆・核・ナショナリズム・忠誠・コント・プラグマティズム等々」
・・・畢竟自己への肯定因「C":自己完成・絶對的自己肯定」の後楯でしかないと言ふ
事。(參照P3「付録」)
以下、それらの事柄を含めて探求していく。
〔当評論中解りにくい部分を他評論(右項)で補足〕
*K.K女史(五十代)發表文
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