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《全集第五巻所載:『演劇的文化論』(日本近代化論の爲の覺書)昭和四
十年三月著》
『演劇的文化論』を讀むのは、これで四・五囘目にならうか。恆存の評論は他にも言へる
事だが、讀む度に新しい發見がある。今囘、より理解出來た事は「日本の土壌」が持つ 非近代の歪み(「テキスト」P9)が、如實に演劇には現象化すると言ふ事である。そして 他分野ではそれが誤魔化されてゐるが故に見えないと言ふ事。詳しくは��にて述べま す。
恆存のスタンスは身じろがない。「日本の近代史を『近代化に對する適應異常の歴史』と
して見直す事を提案する」(『適應異常について』)、と言つてゐる。即ち此處では、「日本 の明治以降の歴史を近代史とは見做しません。近代化史であります」と言つてるのであ る。
〔注:以下文中における主なる參照圖は、『福田恆存を讀む會:テキスト』のP8「甲図:西
欧十九世紀構図」、及びP9「乙図:日本的精神(B)主義構図(非近代)であります」。以 下文中では「テキスト00」と略〕
1.なぜ演劇か。・・・演劇の中にある「健康・秩序・有機性・全一性」。
2.「健康・秩序・有機性・全一性」とは。・・・別圖參照:『福田恆存を讀む會』テキストP1
1圖《演劇における関係の真実化》。
「テキストP9・P8」と「テキストP11」の相關關係。
3.恆存が言はんとしてゐる事。(纏め)
「近代國家の未成立」と「近代適應異常」、かてて加へてその事に對して自己欺瞞と
隠蔽がなされてゐるが爲に、政治・經濟・社會・藝術・文學等々、各分野に露呈してゐる 日本の非近代の歪みが日本人には見えない。分かりやすくその歪みを見える樣に圖化 すると、「テキストP9圖とP8圖」の差となる。
自然科學及び社會科學の分野において、日本は「P9圖=非近代」の状態で「P8圖
=近代」を真似ようとしたに相違なく、ただ演劇程「非近代」の實相は表面化しなかつた だけである。西歐の「科学製品は輸入」できた爲に、それ(物質的近代化)をもつて、近 代化が成就したと上記分野は錯覚した。科學製品(洋才)の奧にある「科學精神(洋魂) は移植できなかつた」(『近代日本文学の系譜』)爲に、「精神の近代化」未達成による 「非近代の歪み」には氣がつかなかつたのである。「科学製品は輸入」できた蔭に「P9 圖=非近代」の姿がそのまま残つてゐる事に氣がつかなかつた。その事を恆存は簡潔 にかう言つてゐる。「西洋に學ぶべきものはその近代しか無い。その近代を物にすれば 西洋は卒業だと言ふ明治人の和魂洋才主義に基づく西洋即近代説」(P412)が日本人 を淫していたと。(そして現在でも「和魂洋才主義」の非に氣がつかない保守派論客達が ゐるのである。)
その問題が、物の見事に「演劇」では露出する。誤魔化しが効かぬ性質を演劇は持つ爲
に、最もそれが露出するのであると恆存は言ふ。「役者の日本人の『意=沈湎』が『姿』 を裏切る」と。(參照『醒めて踊れ』P397・P399)
それを圖で説明するとかうなる。「P9圖=非近代」の人間が「P8圖=近代」の思想と行
爲(「近代自我」)を舞台上で演ずる無理、誤魔化しが如實にバレルのである。役者は一 應近代人「P8圖」の「せりふと動き」を覺え切る。しかしながら舞台上に出ると、非近代 日本人「P9圖」の「意」が演ずべき「P8圖」の「姿」を裏切つて舞台上に「P9圖」の姿が 出てしまう。「西洋的、近代的思考を經た内容のせりふともなれば、日本人の肉體と肉聲 には當然無理な姿勢を取らされる」とは、その事を言つてゐるのである。以下表「二項目 目*印」がその例である。その近代人的演戯が「P8圖=近代」俄仕込みの日本人(役 者)には出來ない。他部門では誤魔化しが効くが。(以上の内容は一見分かりそうで分 かりにくい部分である:「質疑應答」)
「日本の近代化といふ課程の中で一番貧乏くじを引かされてゐる」(P419)ゆゑんが其
處にあるのだ、と恆存は言ふ。
誤魔化しが効かぬ性質であるが故に、その反面「近代そのものの弱點(「全體」喪
失)に對しては本質的な賦活力」も又演劇にはその性質上内在してゐると。演劇の中に ある「健康・秩序・有機性・全一性」がそれなのである、と恆存は希望的観測を掲げる。 それが「日本近代化の爲」に必要な要素になるのだと・・・。
しかし「日本近代化論の爲の覺書」としての提言、に当評論では留まつてゐる。では「日
本近代化」本論はどの評論となるのであらうか・・・。察するにそれは以下になると思ふ。
*『日本の近代化とその自立』(「三百人劇場」講演:昭和五十一年三月〜六月分)と『醒
めて踊れ』(同年七月著)。『新漢語の問題――近代化試論』(昭和五十五年二月刊)。
(注:五十六年五月、七十歳「腦梗塞」にて一ヶ月入院後は、纏まつた論作なし)
*上記で言ひ足りない部分を、遺言的に「全集第六巻『覺書』(昭和六十三年二月刊
行)」上で、「一體、この私が何が言ひたいのか」(P698)⇒「完成せる統一體としての 人格論」として以下の樣に展開してゐる。
箇条書きに、� 福峺朕夕腟舛慮続Α廖泡有□有�⇒�ぁ福峇粟�せる統一體としての人格
論」)として。
� ァ憊忱凖�なあまりに獨斷的な』(昭和四十九〜五十年發表)
�◆悒侫�クションといふ事』(昭和四十五年十一月發表)
��.防衞論の進め方についての疑問(昭和五十五年五月刊行六十九歳)
�ぁァ峩畭綟�本知識人の典型清水幾太郎を論ず」(同年九月發表)
《当評論:解りにくい問題に對する他論考文での補足》engekitekibunkaronhosoku.new.pdf へのリンク
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