令和二年十一月十五日
吉野櫻雲
小林秀雄著『福澤諭吉』と恆存「福澤諭吉論」との比較
注:以下轉載文は〔 〕「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
① 《全集第六巻所收【『生き甲斐といふ事』――利己心のすすめ(昭和四十四年七月刊)】から》
*「黒船に象徴される外敵壓力(西歐近代:C‘)に對し急速に中央集權的な近代國家を造り上げねばならぬ〔近代化(D1)〕といふ宿命的(D1)な要請が、利己心(個人的エゴイズム:A)をすべて惡しきものとして抑壓した。或は利己心(個人的エゴイズム:A)は國家(國家的エゴイズム:A)に吸収された時にのみ、身を立て家の名を顯彰するものとして稱美されたのである〔即ち、富國強兵を隠れ蓑にした立身出世主義・自己擴大欲の稱美〕。随つて一般の國民は十の國家意識〔大義( C‘):近代國家建設・國家主義〕の蔭にこの利己心(個人的エゴイズム:A)が生きてゐる事に殊更氣附かず、私心(個人的エゴイズム:A)が零であると思ひ込んでゐられた。同樣に、マイナス二の利己心(零よりやや少ない「自己犧牲的利己心A」)をプラス十の國家意識〔大義( C‘):近代國家建設・國家主義〕と混合して濟ませてゐた似て非なる(自己欺瞞的)『憂國の士』も存在し得たのである。このマイナス二の私(零よりやや少ない「自己犧牲的利己心A」)とプラス十の公〔國家意識( 大義C‘):近代國家建設・國家主義〕とからなる三角形(△)と、プラス二の私(出世慾A)とプラス十の公〔國家意識( 大義C‘):近代國家建設・國家主義〕とからなる三角形(△)とは、全くの相似形を爲し〔とは、±共にの利己心(A)が、國家意識( 大義C‘)の蔭に在るのを示す〕、互ひに出入り自由であつて、そこには無意識のうちに(±二なる「似たもの利己心」同士の)自己欺瞞が成立し得たのである。
「なぜなら、本來的には日本の民族性(『祓ひ清めて和に達す』)のうちに、また第二の習性として封建道徳の名殘りとして、人々は利己心(A)に對して頗る過敏であつたからだ。だからこそ、プラス二の利己心(出世慾A)を零と思ひ込み、僅かマイナス二程度の利己心(零よりやや少ない「自己犧牲的利己心A」)を憂國に轉じ得たのであり、その利己心(個人的エゴイズム:±2A)から逃れようといふ衝動が、幕末維新の混迷に堪へ切れず中央集權的國家意識〔大義( C‘):近代國家建設・國家主義・安全地帶〕に救ひ(自己正當化)を求めたとも言へるのであつて、明治の開國を必ずしも外發的なものとしてのみ解釈し切れないものがある」(全六P310『生き甲斐といふ事』)。
(PP圖「和魂洋才」參照)wakonwousai2.pdf へのリンク
② 《全集第五巻所收『論争のすすめ』から》
*「日本の社會科學者のみならず、知識階級一般は、明治以降、西洋の觀念論(「眞理の爲の學」の一つ)といふものにまともにぶつかつてゐない。彼等は常に權力の、とは言はぬ、實益の紐附であつた。明治初期においては、西洋の學問(洋才)はまづ國家有用の實學(洋才=後楯・上位概念:C2)として受入れられた。いはゆる『和魂洋才』の説がそれである。が、それは間もなく挫折する。その挫折を『和魂』の衰弱のためと見るのは俗説である。『和魂洋才』などといふ劣等複合をもつて、『洋才』の向かうの『洋魂』(クリスト教)に眞向かうことを囘避したことに、そもそもの間違ひがある。その意味では時代の限界を考慮に入れたにしても、福沢諭吉以下の明治洋學者達を、私は高く評價しえない。彼等の多くは、『和魂』も何もあつたものではない。所詮は地方下級武士の劣等感(上級武士=出世慾=利己心に對する)に基づいた立身出世主義〔プラス二の利己心(出世慾A)〕が國家有用の實學(洋才=後楯・上位概念:C2)といふ考へと結びついたのに過ぎまい」(全五P253『論争のすすめ』)。
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《① ②兩文からの考察》
和魂洋才について
*②文及び①文の傍線部分を考察し、それを簡略すると以下の樣なプロセスになる。
「±2の利己心(A:+2出世慾・―2自己犧牲的利己心)⇒福澤諭吉他、地方下級武士の劣等感(對利己心A・對出世慾A・對上級武士A)⇒劣等感(A)から和魂(B)へ滑り込みの自己欺瞞⇒中央集權的國家意識〔即ち大義( C‘):近代國家建設・國家主義・安全地帶〕へ⇒その後楯としての國家有用の實學(洋才:C2)⇒大義( C‘)に救ひ〔自己正當化・セルフアイデンティティ(實感D3)〕を求めた」。
*結論から先に言ふと、福沢諭吉以下の明治洋學者達は、西洋の觀念論(「眞理の爲の學」の一つ)である洋魂(クリスト教)にまともにぶつかつてゐない(眞向かうことを囘避した)。劣等感(A)から和魂(B)滑り込みの自己欺瞞の上に彼等が求めた、國家有用の實學(洋才=後楯・上位概念:C2)なんぞでは、近代化適應正常(D1の至大化)は出來なかつた、と恆存は言つてゐるのである。又、福澤諭吉自身も、『洋學の實利益を明にせんことを謀り、あらん限りの方便を運(めぐ)らす其中にも、凡そ人に語るに、物理の原則〔實證精神(A‘⇒A)〕を以てして自ら悟らしむるより有力なるはなし』(『文明論之概略』)と著述してをり、洋魂(クリスト教)については、「小林秀雄著『福澤諭吉』」(全十二『考へるヒント』所收)を讀む限りではあるが、その論究は一切ない。
彼等が「救ひを求めた」中央集權的國家意識〔大義( C‘):近代國家建設・國家主義・近代化〕の、その手段として仰ぐ、國家有用の實學(洋才=後楯・上位概念:C2)には、洋魂(クリスト教)は必要とされてゐなかつた。日本の近代化には、國家有用の實學(洋才)と「和魂」で間に合ふと高を括つてゐたのである。尚、福澤諭吉の「和魂」信奉について、「小林秀雄著『福澤諭吉』」では以下の樣に書いてゐる。
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*P115(福澤諭吉曰く)「學者に『獨立の丹心』(ま心・赤心:Eの至大化)があれば、新知識(洋學・洋才)を得るのと自己(和魂)を新たにするのとは同じ事である筈だ」⇒「漢書生(和魂)と洋學者(洋學・洋才)とは、我等の兩身であり、兩身相較する自己を實驗臺としなければ學問論も文明論も書く事は出來ぬ」と。 P115「日新の學(洋學・洋才)に對し、古學(和魂)を否定する論(思想轉向)は、彼(福澤諭吉)には見られない(即ち、和魂維持)」⇒「のみならず、『物理原則〔實證精神(A‘⇒A)〕の部分を除くときは、取るべきもの甚だ少なからず』と言ふ古學(和魂)の、彼の語法を借りれば『精神の密』について彼の鋭敏は、決して鈍磨する事がなかつた」。 |
要するに、國家有用の實學(洋學洋才)と古學(和魂)で、近代化適應は叶へられると、福澤諭吉は確信してゐたのである。だが、この課題について、恆存は眞つ向から以下の樣に反論してゐる。
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*「ある型の文化(B)の上にそれに適合した文明(A)が築かれるのです。たとへ文明が目に見える物質的、客體的(A)なものであり、文化が精神的、主體的(B)なものであるとしても、前者には必ず後者の支へがあり、物質文明(A)もまた精神的(B)であることを知らねばならないのです。 したがつて、西洋文明(A)を受け入れることは、同時に西洋文化(B)を受け入れることを意味します。和魂(日本B)をもつて洋才(西洋A)を取入れるなどといふ、そんな巾着切の樣な器用なまねが出來ようはずはない。和魂(日本B)をもつて洋魂(西洋B)を捉へようとして、初めて日本の近代化は軌道に乗りうるといへるのです」(『傳統にたいする心構』全5P192)。
そして、和魂(日本B)をもつての洋魂(西洋B)の捉へ方を、「神に型どれる人間の概念の探究」として以下の樣に示すのである。 *「近代ヨーロッパは神を見失つた――が、それはただ神の解體と變形と抽象化とを意味するに過ぎぬ。まさにその爲の手續きであり過程にすぎなかつたヨーロッパの近代精神とその政治制度、経済機構なのである」(參照『近代の宿命』全二P466)。 *「萬人をその胸に救ひとる人格神が、その手をその脚を、さらにその胴體をもぎとられ、それらが制度化せられ機械化(A)せられる――で、神は人體を失つて、完全な精神としての抽象化を受ける。その精神が文學の領域(B)として殘されるといふわけだ」(參照『近代の宿命』全二P463)。 *「(日本の)西洋化は文明の世界にとどまつてゐて、文化の世界にまでは及んでゐない。西洋には文明だけしかないのではなく、それを生み、その發展を必然ならしめた文化(クリスト教文化・洋魂)があるはずです。が、私たちは文化(クリスト教文化・洋魂)までは自分のものにすることが出來なかつた。そのための滿たされぬ気持ちが日本文化の憧れ(和魂洋才もその一つ)となる」(『傳統にたいする心構』)。 |
*であるから、以下枠文に記載する、福澤諭吉の思想〔「これ(近代化適應)の爲への、『一身にして二生(つまり和魂洋才)を經る』〕を、恆存は否定するのである。「『和魂洋才』などといふ劣等複合をもつて」は「近代化適應正常」(D1の至大化)は出來ないと。
〔小林秀雄著『福澤諭吉』からの轉載文〕(一部簡略化)
*尚、以下枠文には、恆存著『醒めて踊れ』(「『ソフトウェア』の適應能力」文)を想起させるものがある。故に恆存の「關係論」を其處に適用してみると、その『ソフトウェア』(so called・Eの至大化)に、諭吉・恆存兩者の違ひが浮かび上がつて來る樣に思へるので、下方でそれを試みる事にした。その爲、以下枠文には「關係論」で使用する符牒(「Eの至大化」等)の記載が煩はしいかと存ずるがお許し願いたい。
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「 」内が小林及び福澤文。〔 〕( )内は吉野注。 *「『今日わが國の學者(△枠)の文明論(so called・Eの至大化)といふ課業(近代化に對する)は、(西洋の學者の文明論とは)全く異なる。私達は水より火(漢學から洋學)に變じ、無より有に移らうとするが如き率爾の文明( C‘西歐近代)の變化〔近代化(D1)〕に會して、言はば新しく文明( C’)の論を始造〔即ち、近代化論(so called・Eの至大化)〕しなければならぬ窮地(F:近代化概念)に立たされてゐる。その點で、今の學者(△枠)の課業(文明論)はまことに至難(Eの至小化)である』(『文明論之概略』)と言ふ」。 *「彼は活路は洋學(洋才)にしかないと衆に先んじて知つたが、(中略)福澤の炯眼はもつと深いところに至つてゐた」⇒「洋學(洋才)は(近代化・文明開化:D1)の活路(Eの至大化)を示したが、同時に私達の追ひ込まれた現實の窮境〔F:即ち近代化(D1)⇒F窮境(近代化概念)〕も、はつきりと示した(Eの至大化)といふ事が見抜かれてゐた」。 *「(福澤諭吉曰く)『試に見よ、方今我國の洋學者流(洋才者)、其前年は悉皆漢書(和魂)生ならざるはなし、悉皆神佛者ならざるはなし。封建の氏族に非ざれば、封建の民なり。恰も一身にして二生(和魂+洋才)經るが如く一人にして兩身(和魂+洋才)あるが如し。二生(和魂+洋才)相比し兩身(和魂+洋才)相較し、其前生前身に得たるもの(和魂)を以て之を今生今身に得た(洋才・洋學)る西洋の文明( C‘西歐近代)に照らして(近代化適應:D1)、其形影(和魂E+洋才E)の互に反射(相比相較:Eの至大化)するを見ば果して何の觀を爲す可きや。その議論(E)必ず確實(Eの至大化)ならざるを得ざるなり〔近代化適應(D1の至大化)の手段として〕』と」。 *「漢書生(和魂)と洋學者(洋學・洋才)とは、我等の兩身であり、兩身(和魂洋才)相較する自己を實驗臺(so called・Eの至大化)としなければ學問論(E)も文明論(E)も書く事は出來ぬ」。 *「これ〔近代化適應正常(D1の至大化)〕の爲への、『一身にして二生(和魂洋才)を經る』(so called:Eの至大化)〕」。 *「明治の過渡期〔近代化(D1)〕が招く困難(F:近代化概念)は、又とない『好期』(so called・Eの至大化)。漢書生(和魂)と洋學者(洋學・洋才)とは我等の兩身。兩身(和魂洋才)相較する自己を困難(F)に對處する實驗臺と捉ふべし(so called・Eの至大化)」。 *「福澤は、明治の過渡期〔近代化(D1)〕に處する困難(F:近代化概念)を、又とない『好期』(so called・Eの至大化)と見た。西洋人にはわからぬ『實驗の一事』(so called・Eの至大化)と見た」⇒「注意すべきは、彼の言ふ、『實驗の一事』(so called・Eの至大化)には、洋學の實驗的方法〔實證(A‘⇒A)〕の意味はなく、むしろ『學者(△枠)は學者にて私に事を行ふ(私立:Eの至大化)』意味に重點がある事だ」⇒「學者(△枠)に『獨立の丹心』(ま心・赤心:Eの至大化)があれば、新知識(洋學)を得る(客體化:Eの至大化)のと自己(和魂)を新た(Eの至大化)にするのとは同じ事である筈だ」。 |
【兩者の「ソフトウェア」(so called・Eの至大化)の相違】
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〔恆存「關係論」による近代化のプロセス〕 *「場( C‘:西歐近代)⇒關係(D1:近代化・ハードウェア)⇒關係的概念(F:近代化概念・ハードウェア)⇒關係的概念(F:近代化概念)への對處(so called・Eの至大化:ソフトウェア)⇒人間(△枠)」。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 〔「關係論」で讀む、福澤諭吉の近代化プロセス〕 *「新文明( C‘西歐近代)⇒明治の過渡期(近代化:D1)⇒困難(F:近代化概念)⇒E:困難(F:近代化概念)を又とない『好期』と見た(so called・Eの至大化:ソフトウェア)・西洋人にはわからぬ『實驗の一事』と見た(so called・Eの至大化:ソフトウェア)・『獨立の丹心』(まごころ:Eの至大化)で新知識(洋學)を得る(客體化:Eの至大化)のと自己(和魂)を新たにする(so called・Eの至大化:ソフトウェア)⇒福澤・學者・人間(△枠)」。 *「新文明( C‘西歐近代)⇒明治の過渡期(近代化:D1)⇒F:①困難②漢洋轉向(F近代化概念)⇒E:②の漢書生(E和魂)と洋學者(E洋學・洋才)とは、(轉向ではなく)我等の兩身。兩身(和魂・洋才)相較する自己を、①の困難(F)に對處する實驗臺と捉ふべし(so called・Eの至大化:ソフトウェア)⇒福澤・學者・人間(△枠)」。 〔「關係論」(『醒めて踊れ』)で讀む、恆存の近代化プロセス〕 *「西歐近代( C‘)⇒近代化(關係:D1の至大化)⇒F(近代化諸概念):技術や社會制度などの、メカナイゼーション(機械化)・システマライゼーション(組織化)・コンフォーマライゼーション(劃一化)・ラショナライゼーション(合理化)等⇒E:精神の政治學の確立・ソフトウェアの適應能力(so called・Eの至大化)。Fへの對應する方法は言葉や概念(F)に囚れず、逆にこれを利用すること、即ち言葉(F)の用法(so called・Eの至大化:ソフトウェア)にすべてが懸つてゐる。自分と言葉との距離の測定(so called・Eの至大化:ソフトウェア)⇒人間(△枠)」。 【參照:以下本文】 *「近代化の必要條件は技術や社會制度など、所謂『ハードウェア』のメカナイゼーション(機械化)、システマライゼーション(組織化)、コンフォーマライゼーション(劃一化)、ラショナライゼーション(合理化)等々の所謂近代化に對處する精神の政治學の確立、即ち所謂『ソフトウェア』の適應能力にある。マルクスの言ふ疎外は何も資本主義社會特有のものではなく、共産主義社會、全体主義社會にも生ずるものであり、また有史以來その度を増して來たものである。それに對應する方法は言葉や概念に囚れず、逆にこれを利用すること、即ち言葉の用法にすべてが懸つてゐる。自分と言葉との距離が測定出來ぬ人間は近代人ではない。いや人間ではない」(『醒めて踊れ』全七P393上)。 〔兩者相違についての補足説明〕 諭吉も恆存と考へ方が似てゐて、近代化適應(D1)には、近代化概念(F關係的概念:ハードウェア)への對處(so called・Eの至大化:ソフトウェア)が必要と捉へてゐるのが興味深い。恆存が謂へば「F:メカナイゼーション等」、諭吉が謂へば「F:困難」の、近代化概念(言葉F:ハードウェア)を、諭吉は「又とない『好期』(so called・Eの至大化:ソフトウェア)、西洋人にはわからぬ『實驗の一事』(so called・Eの至大化:ソフトウェア)」と捉へてゐるのである。 ただ、近代化概念(F:困難・メカナイゼーション等)への對處(so called・Eの至大化:ソフトウェア)の見解に相違がある。恆存の謂ふ「自分(△枠)と言葉(F近代化概念)との距離の測定(so called・Eの至大化:ソフトウェア)」、即ち、困難(F)又はメカナイゼーション等の近代化概念(F:ハードウェア)に對して、福澤諭吉は新知識(國家有用の實學=洋才)と和魂併用と言ふ『一身にして二生を經る』で、その距離測定(so called・Eの至大化:ソフトウェア)が可能と捉へたのである。其處には恆存が主張する、洋才(F近代化概念)の裡に洋魂(クリスト教)を見るべし、或いは、洋才には「神(洋魂)に型どれる人間の概念の探究」(上述各文)がある、等々の距離測定(so called・Eの至大化:ソフトウェア)が缺如してゐた。尚、小生が思ふに、福澤諭吉の論には、生誕の早遅に歸因するのかも知れぬが、同じく洋行經驗者「森鷗外」(三十年遅い生誕)の以下見解には届かぬものがあるやに感じられるのである。
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利己心劣等感(A)から和魂(B)へ滑り込みの自己欺瞞について
① 記載文:「所詮は地方下級武士の劣等感(上級武士=出世慾=利己心に對する)に基づいた立身出世主義〔プラス二の利己心(出世慾A)〕が國
家有用の實學(洋才=後楯・上位概念:C2)といふ考へと結びついたのに過ぎまい」。
恆存の上記指摘について、小林秀雄文を引用すると、當の「地方下級武士」福澤諭吉は、以下の樣に考へてゐたのが分かる。
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*P120「物事を考へ詰めて行けば、福澤に言はせれば、『哲學流』に考へれば、一地方、一國のうちで身を立てるのが私情(A:出世慾・利己心)から發するが如く、世界各國の立國〔①文記載の「中央集權的國家意識」が是に該當する〕も、各國民の私情(A:出世慾・利己心)に出てゐる事は自明な筈である」⇒「これは『自然の公道』(公的思考B)ではなく、人生開闢以来の實状である」⇒「物事の實を先ず確かめて置かないから、忠君愛國(公的思考B)などと言ふ美名に、惑はされるのである」⇒「高が國民の私情(A出世慾・利己心)に過ぎぬものを、國民最大の美徳(忠君愛國B)と稱するのは不思議である」⇒「世人は、物を考へ詰めるのを嫌がるから、『哲學の私情(A出世慾・利己心)は立國の公道(公的思考B)』であるといふこの不思議な實社會(A)の實状が見えない」。 *P121「私達は、一面では、高が私情(A:出世慾・利己心)に過ぎないが、一面では立國の公道(公的思考B)であるやうな厄介な或るものを抱いて生きて行かねばならない」⇒「惟ふに、この人間として避けられぬ困難に對し、福澤は、『文明論之概略』を書く時に出會つた困難(F近代化概念)、即ち、『一身にして二生を經るが如(Eの至大化)』き困難(F近代化概念)に對するのと同じ態度〔つまり、近代化(D1)⇒F困難(近代化概念)⇒一身にして二生を經るが如し(Eの至大化)〕を取つた」⇒「進んでこれ〔一身にして二生を經るが如し(Eの至大化)〕を容認する事によつて、これ〔一身にして二生を經るが如し(Eの至大化)〕を思想の推進力(Eの至大化)と變ずるといふ、この現實に即した思想家の手腕は、彼の思想の動きを一貫する(Eの至大化)電流の如きものである」。 |
福澤諭吉は利己心(出世慾A)へ劣等感を抱いてなど無く、利己心(出世慾A)を歴とした「國民の私情」と承認し、一地方の内(地方下級武士)で身を立てる私情(A:出世慾・利己心)が、そのまま自分の立國の公道〔「中央集權的國家意識」大義C‘)〕でもある事を認めてゐる。そして、「一面では、高が私情(A:出世慾・利己心)に過ぎないが、一面では立國の公道(公的思考B)であるやうな厄介な或るものを抱いて生きて行かねばならない」事を、是も『一身にして二生を經るが如し』と捉へ、和魂洋才(一身にして二生)と同樣に、近代化適應に際しての「思想の推進力」にしたのである。
恆存指摘の「所詮は地方下級武士の劣等感(上級武士=出世慾=利己心に對する)に基づいた立身出世主義〔プラス二の利己心(出世慾A)〕が國家有用の實學(洋才=後楯・上位概念:C2)といふ考へと結びついたのに過ぎまい」なる批判も、諭吉にとつては我關せずで、何等後ろめたい劣等感はないと認識してゐる樣にも窺へる。むしろ、「高が國民の私情(A出世慾・利己心)に過ぎぬものを、國民最大の美徳(忠君愛國B)と稱するのは不思議である」と、其處にこそ國民の自己欺瞞の存在を諭吉は見てゐる感がする。
小生思ふに、冒頭①文で恆存が記述してゐる、「人々は利己心(A)に對して頗る過敏であつた」(以下枠文)に對して、諭吉はその「過敏」を否定し、反對に、利己心は「國民の私情」と見て私論を展開してゐる。それを恆存の慧眼は「すり替へ」と見て、諭吉の私論展開の根柢には、「利己心は國家に吸収された時にのみ、身を立て家の名を顯彰するものとして稱美された」者自身の、本人には氣附かぬ「自己欺瞞」が在ると、恆存は見通してゐたのではなからうか(以下枠文參照)。
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「 」内が恆存文。〔 〕( )内は吉野注。 *「なぜなら、本來的には日本の民族性(『祓ひ清めて和に達す』)のうちに、また第二の習性として封建道徳の名殘りとして、人々は利己心(A)に對して頗る過敏であつたからだ」。 *「黒船に象徴される外敵壓力(西歐近代:C‘)に對し急速に中央集權的な近代國家を造り上げねばならぬ〔近代化(D1)〕といふ宿命的(D1)な要請が、利己心(個人的エゴイズム:A)をすべて惡しきものとして抑壓した。或は利己心(個人的エゴイズム:A)は國家(國家的エゴイズム:A)に吸収された時にのみ、身を立て家の名を顯彰するものとして稱美されたのである〔即ち、富國強兵を隠れ蓑にした立身出世主義・自己擴大欲の稱美〕。 |
そして、國家有用の實學(洋才=後楯・上位概念:C2)を基とした、上述内容(私情と公道)及び「和魂洋才」の『一身にして二生を經るが如し』の思想が、「洋魂 」への論究を缺いてゐる爲、結果としては近代化適應異常に陥つてゐる事を、吾々は恆存思想で知るばかりなのである。
重複するが、小林秀雄著『福澤諭吉』(全十二『考へるヒント』所收)には、諭吉の洋魂(クリスト教)論の記載は一切ない。にも關はらず、諭吉の近代化適應論をも含めて、小林秀雄は福澤諭吉を稱讚してゐる(以下枠文)。福澤諭吉に對する、恆存との「見解相違」に小生は大いなる興味を持つた次第である。尚、恆存著「小林秀雄の『考へるヒント』」には福澤諭吉に關する内容は特に書かれてはゐない。
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「 」内が小林文。〔 〕( )内は吉野注。 *「この人の本當の偉さは、この思想轉向〔漢學から洋學、即ち近代化(D1)〕に際して、日本の思想家が強ひられた特殊な意味合ひ(近代化適應:D1)を、恐らく誰よりもはつきりと看破してゐたところにある」⇒「『文明論之概略(緒言)』で曰く、『今日わが國の學者の文明論といふ課業は(西洋の學者の文明論とは)全く異なる』云々」(『福澤諭吉』)。 |
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