令和元年七月十八日

〔福田恆存を讀む會〕

吉野櫻雲 

『自衞權・憲法・天皇制』(福田恆存對談・座談集第七巻:『日本に政治はあるか』昭和四十九年)

 

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〔難解又は重要文〕P378「 」内が恆存文。( )内は吉野注。

*P378志水發言:「福田さんが元首といふ言葉を使はれたけれども、そこのところがひつかかる」⇒「天皇はやつぱり政治的權力(A)と無縁であることが本來の姿ではなからうか」⇒「(故に)元首説には賛成できない」⇒「元首といふことになると、これは明らかに政治行爲(A)」⇒「日本の歴史と共に天皇家が續いてきたのは、天皇が非政治(A)的な領域にゐたから」。

*P379恆存發言簡略:「いや、私のいふ元首とは、世界共通語として(P323「近代的君主のあり方」?として)もし使ふとすれば、元首(A)といふ言葉しかない」⇒「憲法といふのは自國民に對するだけのものじゃない」⇒「やつぱり世界共通語を持つ必要がある」⇒「さう言ふ意味(「近代的君主のあり方」)で元首としたはうがいい」⇒「天皇が歴史的にみて政治(A)的な機能を果たさなかつたかといふと、決してさうではなくて、それぞれの時代の權力者は天皇の將軍宣下(A)がなかつたら、天下に号令する公的な資格を得られなかつた」⇒「日本の歴代の将軍はみんな天皇からの權威(B)づけをほしがつた」⇒「天皇は政治權力(A)を直接的には持たないかもしれないけれども、政治權力(A)を保證する権威(B)者であつた」⇒「この點は万邦無比なんです」⇒P380志水發言「ただ天皇が將軍をオーソライズ(公認)する事が出來たのは天皇自身が政治權力者(A)ではなかつたから出來た」⇒恆存發言「過去においてはそれができたけれども、現代國際社會(「近代的君主のあり方」「近代化と天皇」)においては元首(A)でなければまずいのではないか。國會や大臣といふものをオーソライズ(公認)するためにも」⇒「憲法用語・法律用語を使へば元首(A)といふ言葉しかない」⇒「象徴といふのはをかしい、世界に通用しない(「近代的君主」に反する)」⇒「私はただ常識的に言つただけ、他意はない」。
・・・ここは何を言はんとしてゐるのであらうか。明確化する爲に一應、小生的見解を上文中に括弧で入れてみた。そして察するに、立憲君主制の近代國家を形成する爲には、天皇制は二元(權力A+權威B)の一元化をすべきと恆存は主張してゐるのだと思へる。何故なら「P321恆存發言」で以下の如く述べてゐるので。

P321恆存發言簡略「權力(A)と權威(B)を一元化したからといつて専制君主的な側面が出てくるとは思ひませんよ」⇒「私はやはり日本は明治維新でヨーロッパ的な近代化の道を選びとつたと思ふんです。つまり權威(B)と權力(A)の一元化ですね。それなのにそれをいつまでも曖昧のままにしておくから、權威(B)は權威ではなく、權力(A)は權力でなくなつてしまふ」。

 と言ふ事は、天皇は「元首」となる事で「權力A」を保持し、しかも、二元性(權力A+權威B)を一元化した立憲君主制の近代國家として、現代國際社會にも通用する事が可能となるのだ、とさう恆存は言つてゐるのであらう。

〔難解又は重要文〕P380「 」内が恆存文。( )内は吉野注。

(參照PP圖自衞權・憲法・天皇制」jieiken.kenpou.tennousei.pdf へのリンク參照PP圖:天皇tennou.pdf へのリンク

*P380恆存發言簡略:「公家社會はなくなつたものの貴族社會といふものがあつて、貴族社會と天皇、皇室の間にサロンができてゐた」⇒「この貴族社會は、一般の庶民社會の中にひとつの共同體をつくつてゐた」⇒「戰後は貴族社會がなくなつて共同體が消えてなくなつた」⇒「天皇はフィクションになつて、つまり浮き上つちやつて國民とのつながりが切れてしまつた。ですから、現在の天皇は文化(D1)の體現者としての生き方もむずかしくなつてゐるし、國民との通路のやうなものもない」⇒「天皇(△枠)の日常生活には、祭司(△B⇒C)のやうな役割がありますね。これは神道(C)によるもので、(中略)農民生活のリズム(E)をそのまま儀式化(Eの至大化)したもの」⇒「この農民生活のリズム(E)は四季の移り變り(C自然=空間的全體感)に即したものだから、日本に住んでゐる以上は都會生活者にとつても、さう本質的にかけ離れた樣式(E)じゃない。にもかかはらず戰後は、そのリズム(E)によつて制定された祭日(Eの至大化)といふものを全部崩しちやつた(Eの至小化)わけです」⇒「さうなると、天皇が一人で皇居の中で祭司(△B⇒C)をやつてゐても、國民生活の中にはリズム(E)が崩れちやつてゐる(Eの至小化)から、天皇の行爲(儀式化:Eの至大化)は國民生活の面からその意味でも浮き上がってしまつた(Eの至小化)。(中略)日本文化(D1)の體現者(Eの至大化=D1の至大化)とは言へなくなつて、浮き上がつた存在になつてしまつてゐる」⇒「天皇のなさつてゐることが、間違つてゐるのじやなくて、日本固有の文化(D1)を否定しまつた(D1の至小化)政治(A‘⇒A)の在り方が間違つてゐる(近代化適應異常:以下枠文參照)と思はなけりやならない」⇒(中略)「天皇(△枠)の生活(Eの至大化)とつなげるやうな形(E)で、私は日本の社會構造を再編成(參照PP圖:天皇)する必要があると思ふんです」⇒(中略)「天皇がなさつてゐる公的な行爲(Eの至大化)の中にこそ、日本の歴史(C)と文化(D1)が繼承(D1の至大化)されてゐることは疑いないんだから」⇒「天皇の問題、憲法の問題、自衛の問題は戰後ずうつとタブーになつてゐたんだけれども、もう取り上げなければならない時代になつたと思ふんです」。

上文中「日本固有の文化(D1)を否定しまつた(D1の至小化)政治(A‘⇒A)の在り方が間違つてゐる(近代化適應異常:別文參照)」とは、以下の消息を物語つてゐるのであらう。

 

拙發表文:『日本および日本人』から

*恆存は言ふ。「近代化の實績を擧げた」犧牲として「日本人固有の文化」の衰退(喪失)が支払われたと(全六『教育改革に關し首相に訴ふ』から)。

是はつまり、日本は物質的近代化だけで「精神の近代化」が出來なかつたと言ふ意味を持ち、その爲、この近代化(西歐近代への)適應異常が、文化衰退を招いたと言ふ事を示してゐる。

 

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