令和元年七月十八日

〔福田恆存を讀む會〕

吉野櫻雲 

『日本人にとつて天皇とは何か』(福田恆存對談・座談集第七巻:『諸君』昭和四十六年)

 

今般、一聯の恆存「天皇論」を讀んで、小生は、以下PP圖「①「權威と權力の二元性」⇒②「自衞權・憲法・天皇制」(P323「近代的君主のあり方」)⇒③「『完成せる統一體としての人格』論で考察する恆存の天皇觀」の關聯で、それを捉へることが出來た。よつて、恆存の「天皇論」をそのPP圖に基づき説明する。即ち毎會の如く、《PP圖で恆存(C)の思想(D1)を「形ある『物』にして見せる(Eの至大化)」》、と言ふ趣旨ではあります。

①PP圖「權威と權力の二元性」keni.kenryoku.nijyuusei.pdf へのリンク・・・この左右圖は「彼我の差」を明確化したもの。

*「右圖西洋」は、PP圖上枠文を圖化したもの。即ちP291林發言「西洋では他民族が併存してゐるから、(權威B併存の)二元主義が出來なかつた。力を持つてゐる奴が元首(權力A)、を明確化。

*「左圖日本」は、恆存發言である左枠文の「明治以來六十年の『絶對天皇制』時代」云々、及び二頁目「日本に於ける、權威と權力の二元性」文(下欄村松發言含む)を明確化したもの。つまり「司祭的権威者(B⇒ C’)としての非政治的側面(B)を温存してゐた日本の特殊性」を明確化した。

〔この左圖で言へる事とは〕・・・この圖は恆存の左枠文に從ひ、「明治以來六十年の『絶對天皇制』時代」の中央集權(一權A集中)を表したものであるが、この「中央集權(一權A集中)」圖はその時代のみに留まらず、他時代にもそれが通用してゐる事を示してゐる(以下恆存發言)。

*P285「二權(權力Aと權威B)分立を一權(A)にまとめてしまはうとする天皇が、日本の歴史上なかつたかといふとさうは言へない」⇒P289「天皇が權力(A)を自分で握つてはならないといふことは、日本史のはじめからあつたかどうか」⇒「ともかくあそこ(聖徳太子)で中央集權(一權A集中)を考へてゐる」。

つまりこの圖「中央集權(一權A集中)」の時代が過去にもあつたのだ。恆存は控へめに言つてゐるが「天皇が權力(A)を自分で握つてはならないといふことは、日本史のはじめからあつたかどうか」(P289)なのである。この圖の本質、「この法外の法(權威B:A’⇔A・非實證) 、理外の理(權威B:A’⇔A・非實證)が、日本人の生活全體をずつと支配してゐた。いひかへればそれは常識であつた」(P290)なのである。

この圖を凝視し、一番重要と小生に思へたのは、戰後も現代(こんにち)にも、この圖は適用できるのだと言ふことだ(勿論恆存の言に從つての話であるが)。

戰後日本にも、この圖上の「權力(A)の頂點( C‘:政治的權力者天皇)」の位置に、「天皇:元首(A⇒ C‘)」と復活させる事は可能であり、それは歴史的意義を持つ事になる。つまり、天皇に「權力A」を保持させる事で、しかもそのこと自體が何ら時代錯誤にもならず、二元性(權力A+權威B)を一元化した「立憲君主制の近代國家」として、今日の現代國際社會にもそれが通用する(以下文)を、この圖は證左出來るのである。

*「私は戰後のデモクラシーをせめて戰前にまで戻すべきだと思ひます。戰前の中央集權、或いは絶對天皇制といふのにも弱點はあつたかもしれませんが、それは是正すれば直ることであつて、そこへ一應戻す必要がある、せめてそこまで戻すといふことはまだ可能ではないかと思ふ」(『日本民族國家の形成と天皇御存在の意義』P401)。

*「權力(A)と權威(B)を一元化したからといつて専制君主的な側面が出てくるとは思ひませんよ」⇒「私はやはり日本は明治維新でヨーロッパ的な近代化の道を選びとつたと思ふんです。つまり權威(B)と權力(A)の一元化ですね。それなのにそれをいつまでも曖昧のままにしておくから、權威(B)は權威ではなく、權力(A)は權力でなくなつてしまふ」(P321)。

*「現代國際社會(「近代的君主のあり方」)においては元首でなければまずいのではないか。國會や大臣といふものをオーソライズ(公認)するためにも」⇒「憲法用語・法律用語を使へば元首といふ言葉しかない」⇒「象徴といふのはをかしい、世界に通用しない(「近代的君主」に反する)」⇒「私はただ常識的に言つただけ、他意はない」(『自衞權・憲法・天皇制』P379)。

 

 尚、以下は重複する部分もあるが、上記の補足文である。

「 」内が恆存文。( )内は吉野注。

 

  參照PP圖:「權威と權力の二元性」keni.kenryoku.nijyuusei.pdf へのリンク(以下は簡略説明文)。

P277恆存發言:「やはり西洋とはちがつて、天皇(A⇒C‘)のうしろに天子さま(B⇒ C’)がまだいらつしゃつたのではないか(〔法外の法(權威B:A’⇔A・非實證)、理外の理(權威B:A’⇔A・非實證)といふものを權威(B上のC‘:天子さま)がみんな引き受けてゐた〕」⇒P278「司祭的権威者(B⇒ C’)としての非政治的側面(B)を温存してゐたので、それほど混亂をきたさずにすんだといふこと、これがまず日本の特殊性」⇒P279「西洋の獨裁者的君主と違ふ」⇒「日本はさういふ獨裁的君主制の時代を飛びこして近代的な君主制の形を採つた」⇒P290「(權威B上のC‘である天子さまがみんな引き受けてゐた)この法外の法(權威B:A’⇔A・非實證)、理外の理(權威B:A’⇔A・非實證)が、日本人の生活全體をずつと支配してゐた。それは常識であつた」。

 

  P321・3「近代的君主のあり方」(近代化と天皇)とは・・・參照PP圖「自衞權・憲法・天皇制」jieiken.kenpou.tennousei.pdf へのリンク(以下は簡略説明文)。

*(であるから)⇒P401恆存發言:「私は戰後のデモクラシーをせめて戰前にまで戻すべきだと思ひます。戰前の中央集權、或いは絶對天皇制といふのにも弱點はあつたかもしれませんが、それは是正すれば直ることであつて、そこへ一應戻す必要がある、せめてそこまで戻すといふことはまだ可能ではないかと思ふ」(『日本民族國家の形成と天皇御存在の意義』P401)。

その方法論として、戰前の祝祭日(Eの至大化)・正かな正漢字(Eの至大化)を復活させる必要があるのだ、と恆存は言ふのであらう。何故なら 「天皇がなさつてゐる公的な行爲(型儀式:Eの至大化)の中にこそ、日本の歴史(C)と文化(D1)が繼承(D1の至大化)されてゐる(右記右圖)ことは疑ひないんだから」、「(社會を)天皇(△枠)の日常生活と合致させる」事が必要だと。(參照PP圖:「自衞權・憲法・天皇制jieiken.kenpou.tennousei.pdf へのリンク)。

*(更に曰く):P321恆存發言簡略「權力(A)と權威(B)を一元化したからといつて専制君主的な側面が出てくるとは思ひませんよ」⇒「私はやはり日本は明治維新でヨーロッパ的な近代化の道を選びとつたと思ふんです。つまり權威(B)と權力(A)の一元化ですね。それなのにそれをいつまでも曖昧のままにしておくから、權威(B)は權威ではなく、權力(A)は權力でなくなつてしまふ」⇒「私は結局日本の社會に公家(貴族)がいなくなつたことは問題だと思ふ」⇒「明治憲法下では公家がゐた。この公家が天皇とわれわれ一般國民とのあいだの仲介をし、社會がピラミッド(集團的自我A上の有機的『力の流れ』)になつてゐて、はじめて象徴が成り立ちうると思ふ」。

*P323司馬反對發言:「私はさういふ階層をつくることこそ、ひつくりかへされるもとだと思ふ」云々。

⇒P323恆存發言:「その(司馬が言ふ)日本的といふところがどうもひつかかりますね。それは昔と同じやうに今も連綿として續き、今後も続いていくものなのかどうか。近代的君主のあり方はそれでいいのかどうか疑問ですね」⇒「『象徴』の裏に『元首』といふ意味を讀みとれなくなつたことも一つの斷絶ですが、皇室の神事についてもそれが言へると思ふ」⇒「最近は皇室の神事が國民とまつたくつながりがなくなつた」⇒「春季皇霊祭が春分の日、秋季皇霊祭が秋分の日」⇒「神道の儀式といふのは農耕民族のものだから、江戸時代にはこれが宙に浮いてゐなかつた」⇒「いまでは日本の國民のリズムがまつたくちがつてしまつてゐる」。(參照PP圖:「自衞權・憲法・天皇制」・「恆存の天皇觀と『完成せる統一體としての人格』論」)。

*司馬反對発言:P323「昔から皇室の神儀といふものは、もともと國民とつながつてはいない。(中略)さういふ祭りごとが今國民の皇室觀から離れてきてゐるといふのは形にとらはれた見方だと思ふ」云々。

(『日本人にとつて天皇とは何か』)。(參照PP圖:「自衞權・憲法・天皇制」jieiken.kenpou.tennousei.pdf へのリンク・「恆存の天皇觀と『完成せる統一體としての人格』論」tennou.pdf へのリンク

更に『自衞權・憲法・天皇制』:P378から

*P378志水發言:「福田さんが元首といふ言葉を使はれたけれども、そこのところがひつかかる」⇒「天皇はやつぱり政治的權力(A)と無縁であることが本來の姿ではなからうか」⇒「(故に)元首説には賛成できない」⇒「元首といふことになると、これは明らかに政治行爲(A)」⇒「日本の歴史と共に天皇家が續いてきたのは、天皇が非政治(A)的な領域にゐたから」。

*P379恆存發言簡略:「いや、私のいふ元首とは、世界共通語として(P323「近代的君主のあり方」?として)もし使ふとすれば、元首といふ言葉しかない」⇒「憲法といふのは自國民に對するだけのものじゃない」⇒「やつぱり世界共通語を持つ必要がある」⇒「さう言ふ意味(「近代的君主のあり方」)で元首としたはうがいい」⇒「天皇が歴史的にみて政治(A)的な機能を果たさなかつたかといふと、決してさうではなくて、それぞれの時代の權力者は天皇の將軍宣下(A)がなかつたら、天下に号令する公的な資格を得られなかつた」⇒「日本の歴代の将軍はみんな天皇からの權威(B)づけをほしがつた」⇒「天皇は政治權力(A)を直接的には持たないかもしれないけれども、政治權力(A)を保證する権威(B)者であつた」⇒「この點は万邦無比なんです」⇒P380志水發言「ただ天皇が將軍をオーソライズ(公認)する事が出來たのは天皇自身が政治權力者(A)ではなかつたから出來た」⇒恆存發言「過去においてはそれができたけれども、現代國際社會(「近代的君主のあり方」)においては元首でなければまずいのではないか。國會や大臣といふものをオーソライズ(公認)するためにも」⇒「憲法用語・法律用語を使へば元首といふ言葉しかない」⇒「象徴といふのはをかしい、世界に通用しない(「近代的君主」に反する)」⇒「私はただ常識的に言つただけ、他意はない」。

・・・この②は何を言はんとしてゐるのであらうか。明確化する爲に一應、小生的見解を上文中に括弧で入れてみた。そして察するに、立憲君主制の近代國家を形成する爲には、天皇制は二元(權力A+權威B)の一元化をすべきと恆存は主張してゐるのだと思へる。何故なら「P321恆存發言」で以下の如く述べてゐるので。

*P321恆存發言簡略:「權力(A)と權威(B)を一元化したからといつて専制君主的な側面が出てくるとは思ひませんよ」⇒「私はやはり日本は明治維新でヨーロッパ的な近代化の道を選びとつたと思ふんです。つまり權威(B)と權力(A)の一元化ですね。それなのにそれをいつまでも曖昧のままにしておくから、權威(B)は權威ではなく、權力(A)は權力でなくなつてしまふ」。

と言ふ事は、天皇は「元首」となる事で「權力A」を保持し、しかも、二元性(權力A+權威B)を一元化した立憲君主制の近代國家として、現代國際社會にも通用する事が可能となるのだ、とさう恆存は言つてゐるのであらう。

尚、更には以下の消息をも是は物語つてゐるのではなからうか。

『自衞權・憲法・天皇制』:P381

 

《恆存主張要旨:戰後(左圖)の文化崩壊(衰退?)を復興させる手立て(右圖化)》⇒參照PP圖『自衞權・憲法・天皇制』

* (戰前の) 「(農民生活の)リズム(E)によつて制定された祭日(Eの至大化)といふものを全部崩しちやつた(Eの至小化)のが戰後(左圖)」⇒「戰前の祝祭日・正かな正漢字(Eの至大化)を復活させる」⇒即ち「右記(右圖)の天皇(△枠)の日常生活と合致させる」⇒何故なら 「天皇がなさつてゐる公的な行爲(型儀式:Eの至大化)の中にこそ、日本の歴史(C)と文化(D1)が繼承(D1の至大化)されてゐる(右記右圖)ことは疑ひないんだから」。

 

  參照PP圖:「完成せる統一體としての人格」論で考察する恆存の天皇觀」tennou.pdf へのリンク

普遍性(C)、超絶性(C)の問題

P416恆存發言簡略:(しかしながら、戰後の)「今問題なのは、國民一人一人が自分(A)をおさへる、エゴイズム(A)をおさへるワクとして國家( C’)とか、あるいはその象徴としての天皇( C’)といふものが必要ことは議論の余地がないと思ひますが、しかし、それでは國家のエゴイズム(A)は何でおさへるか、この概念がないとダメだと思ふ」⇒「自分の押賣り(A)は日本の民族性(美感・美意識)からいへばきたないことだと思ふ」⇒「それが國家( C’)となると、日本といふのは誇るべき國である。あるいは神州である(エゴイズムA)、といふことになる」⇒「それが素直に通ちやうといふところに、私はまだ日本人が近代國家(Aナショナリズム&B國際主義併存)の國民としてちよつとまだ足りないところがありやしないかと考へる」⇒「日本國が優れてゐるといふのはおかしい、自慢話(A)なんですから」⇒P417「さつきのキリシタンの話(P408『キリシタンのもつてゐる普遍性C、超絶性C』)じやないけど、人間の普遍性(B⇒C的)と結び附かない國家(A)主義といふのは危險だといふのです。いま、へたをするとそつちへ行く心配がある」(『日本民族國家の形成と天皇御存在の意義』)。

 

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と言ふ事で、今評論も中々の難解にしてかつ手ごはく、そしてどの文章も重要なのであるが、特に以下内容文を此處に取り上げる事とする。更にいつもの如く難解なる内容については、手助けを他評論に仰ぐこととする。

P272《權威と權力の分立》

〔難解又は重要文〕P272「 」内が恆存文。( )内は吉野注。

*「私は左翼がいふ明治の絶對天皇制といふ場合でも、ヨーロッパの皇帝と同じかどうかといふと、かなり疑問がありますね。たしかに明治憲法体制はヨーロッパの近代國家をならつたわけですから『天子さま』は皇帝のやうなものに變貌せざるを得なかつたでせう。しかし私はどうも底の方では明治の時代といへども『天子さま』はずつと生きつづけてゐたやうな氣がするんですがね。しかしこれを言ふと結論めいたことになつちやうんで・・・」・・・上記傍線部分は、以下の事を言つてゐるのであらう。

*「絶對者でもないもの(天皇)が、無意識のうちに、西洋流の神(F)に對抗し、それに牽制されて(not so called=Eの至小化)超絶的な風貌(似而非近代性=近代化適應異常)を呈してくる(P194)」(即ちクリスト教「絶對神」への適應異常)。〔『日本および日本人』(全三P192):參照「ソフトウェア圖

 

〔難解又は重要文〕P275「 」内が恆存文。( )内は吉野注。

*林「皇帝といふのはローマのシーザーの後継者ですから、元來ヨーロッパ全體に一つしかあつてはならないもの、だから王より一段高い地位にあるわけです。それがなぜいくつもの皇帝ができたか・・」云々は以下に簡略記載。

 

*ローマ帝國⇒①東ローマ帝國・西ローマ帝國に分割⇒②東ローマ帝國の後裔がロシア帝國(故にロシア君主は皇帝)。西ローマ帝國の理念的な復興「神聖ローマ帝國」の皇帝にドイツ王が君臨。それ故、近代ドイツの君主も皇帝を称す⇒③ナポレオン(佛)が武力で神聖ローマ帝國(獨以前)を解體し勝手に皇帝自稱⇒以來、皇帝亂出。(元來、ヨーロッパには王はいろいろあるが、皇帝といふのは理念的には一つ)。

 

〔難解又は重要文〕P275「 」内が恆存文。( )内は吉野注。

①P275林發言簡略:「日本の場合は、やつぱり中國の影響」⇒「(中國は)戰國時代にになつて王を称するものが亂出。その上が皇帝だといふ事で始つた」⇒「だから日本でも國家の元首は『皇帝』にしようといふことになつた」⇒「しかしヨーロッパでも中國でも他民族の集まり」⇒「日本は一民族一國家」⇒「一つの民族國家の元首といふ意味だつたら、王も皇帝も同じ」⇒「明治時代に皇帝といふ言葉を使つたからといつて、必ずしもドイツの皇帝・ロシアのツアーの意味で使つたわけではない」⇒「單に民族國家の元首といふ意味で使つたに過ぎないのだらうと思ふ」⇒「大事なことは近代化のためにどこでも君主が必要である、といふ事」⇒「つまり民族の統一が、社會の近代化にとつて非常に重要な推進力になる」⇒「日本が一つの統一國家としてまとまるためには、君主が必要であつた」⇒「ある場合には君主と言ふものの地位を高める事も必要」⇒「それぞれの國が近代化のために強力な君主を必要とした」⇒「日本の明治天皇は、ごくふつうの、世界史のルールみたいなものにかなつて出てきた」⇒「だから當時の日本人が傳統的な天皇さまとは違つたものにつくり上げた」⇒「日本がヨーロッパと違ふところは、日本は傳統的な天皇さまがすでにいたために、非常に容易に近代的君主を成立させることができた」⇒「ヨーロッパの近代的君主達は自らが戰爭をして權力的に國内を統一し、やつと國民の象徴となりえた」⇒「日本の場合は天皇みずからが武力をつかつたわけではない」。

P277恆存發言以下簡略:「問題はそこ」⇒「日本人は傳統的に文(B)と武(A)を分けてきた」⇒「明治になつてこの二つがいつしよになつた」⇒「明治以來六十年の『絶對天皇制』(權力A權威B一元)時代にしても、政治的權力者天皇(A⇒C‘)と司祭的権威者天皇(B⇒ C’)とははたして本當に一緒(一元)になつたのか」⇒「やはり西洋とはちがつて、天皇(A⇒C‘)のうしろに天子さま(B⇒ C’)がまだいらつしゃつたのではないか」⇒P278「司祭的権威者(B⇒ C’)としての非政治的側面(B)を温存してゐたので、それほど混亂をきたさずにすんだといふこと、これがまず日本の特殊性」⇒P279「西洋の獨裁者的君主と違ふ」⇒「日本はさういふ獨裁的君主制の時代を飛びこして近代的な君主制の形を採つた」・・・上文①②の更なる參照文として以下を轉載する。

『日本民族國家の形成と天皇御存在の意義』(當座談集P431)

*P431村松發言簡略:「西洋の王様は封建領主のなりあがり」⇒「日本の天皇は、封建領主と關係ない」⇒「二千年の歴史をもち、しかもそのうち、直接統治された時代は少い」⇒「實際は調停者的な、あるいは美學的中心みたいな存在、大げさにいへばローマ法王的な役割を千数百年續けてこられた」⇒「かういふ貴重な存在は、一度なくしたら二度と戻らない」⇒「一片の常識だと思ふ」⇒「その常識さへ、國民に徹底してゐない」⇒「學校でも教へない」⇒「日本人自らが、國家理念を、國民に認識させまいとしてゐるやうな格好ですね」。

 

參考:表「權威と權力の二元性」「 」内が恆存文。( )内は吉野注。

P290「この法外の法(B上のC‘:天子さま) 、理外の理(B上のC‘:天子さま)が、日本人の生活全體をずつと支配してゐた。いひかへればそれは常識であつた」と言ふ歴史的推移》

以下時代

歴史的推移)

一元(權力A)か二元(權威B有り)か

天皇の祭司(天子さま)性。「(B上のC‘:天子さま)がずつと支配・それは常識」

補足

聖徳太子以前

万世一系の天皇

 

*「(B上のC‘:天子さま)がずつと支配・それは常識」。

 

聖徳太子

一元(權力A):中央集權(一權集中)

權力と權威の二元性がこのとき(本質として)すでに保たれてゐた」。

 

藤原時代

二元「二權(權力Aと權威B)分立になつた」

同上

 

後醍醐天皇

一元(權力A

同上

 

 

 

 

 

明治時代(絶對天皇制)

「西洋の獨裁的君主制の時代を飛びこして近代的な君主制の形を採つた」⇒右項

一元(權力A:皇帝):「外壓によつて日本が立憲君主制の近代國家」「明治になつてこの二つ(文Bと武A)がいつしよになつた」。

*P321恆存發言簡略「權力(A)と權威(B)を一元化したからといつて専制君主的な側面が出てくるとは思ひませんよ」⇒「私はやはり日本は明治維新でヨーロッパ的な近代化の道を選びとつたと思ふんです。つまり權威(B)と權力(A)の一元化」。

同上

*「法外の法(B上のC‘:天子さま) 、理外の理(B上のC‘:天子さま)が、日本人の生活全體をずつと支配・それは常識」。

P277天皇(A⇒C‘)のうしろに天子さま(B⇒ C’)」。

*「司祭的権威者(B⇒ C’)としての非政治的側面(B)を温存」。

戰後の天皇制(立憲君主制)

權威(B)のみの一元性。

*「法外の法(B上のC‘:天子さま) 、理外の理(B上のC‘:天子さま)が、日本人の生活全體をずつと支配・それは常識」。

 

 

〔難解又は重要文〕P279「 」内が恆存文。( )内は吉野注。

「權威と權力の二元性」

P281恆存「問題はどういふところから日本にさういふ智慧〔二權(權力と權威)〕分立がでてきたのか」⇒P283「王さま(權力)は必要だといふ考へと同時に、王さま(權力)は損だといふ考へもある」⇒P285「二權(權力と權威)分立を一權にまとめてしまわうとする天皇が、日本の歴史上なかつたかといふとさうは言へない(例:後醍醐天皇)」⇒「明治天皇と後醍醐天皇とは違ふ。明治天皇の場合は、外壓によつて日本が立憲君主制の近代國家として、生れかはらなければならない要請があつた」⇒P289「天皇が權力を自分で握つてはならないといふことは、日本史のはじめからあつたかどうか」⇒「天智天皇などは中大兄皇子時代に蘇我入鹿を殺しています」⇒「あのころまではまだ二權(權力と權威)分立といふのははつきりしてなかつたんじゃないか。二權(權力と權威)分立になつたのは藤原時代(894年遣唐使廃止以後の平安中期・後期)からでせう」「聖徳太子なんかは、物部氏、中臣氏と、蘇我氏との間で、バランサーとして、用心深く過ごしてゐた」「だからこれは天皇といふものがまだ危險な(二權分立出來ない)状態にあのころはあつた」「ともかくあそこ(聖徳太子)で中央集權(一權集中)を考へてゐる」⇒山崎「二元的なものが本質であつたとしても、(聖徳太子の時は)形の上で強い天皇イメージ(中央集權)をつくつていかざるを得なかつた」⇒P290恆存「山崎さんが言ふ樣に權力(A)と權威(B)の二元性がこのとき(聖徳太子の時は本質として)すでに保たれてゐたとして、權力(A)といふのは言ひ換へれば法(A‘⇒A:實證)であり理(A’⇒A:實證)である」「さうすると、法外の法(權威B:A’⇔A・非實證)、理外の理(權威B:A’⇔A・非實證)といふものを權威(B上のC‘:天子さま)がみんな引き受けてゐた」P290「この法外の法(權威B:A’⇔A・非實證)  、理外の理(權威B:A’⇔A・非實證)が、日本人の生活全體をずつと支配してゐた。いひかへればそれは常識であつた」。

〔難解又は重要文〕P292「 」内が恆存文。( )内は吉野注。

*P292恆存發言:「そのため(海にかこまれた一民族の國といふ立地条件)に日本はうまくいつてゐるやうだけど、これはいいことか、わるいことか。つまり日本のシャーマン(呪術・宗教的職能者)的な權威は日本にだけしか通用しない。日本でいくらシャーマン的な權威を持つてゐても、ほかのシャーマンとぶつかつたらどうにもならないんですよ。ぶつからないやうにできているんだ、日本では」⇒「第一、日本の神話には日本創造が語られてゐるだけで、世界創造のアイデアがない。だから、日本人には日本における權威が世界にも通用するとつい思ひがちになる」⇒「ほかの國と交はるんだつたら契約を取り交はさなければいけないんですよ」。

・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。文は、以下「拙發表文から」を物語つてゐるのだと思へる。つまり簡略先述すると以下を。

*「西洋の旧約聖書の場合、もちろんセム族といふ一民族の所産で、その限界はあるけれども、とにかく世界創造、人間創造といふ普遍性(C)を持たせてゐる。ところが、日本の神話といふのは、日本列島(A:相對)、日本人の創造(A:相對)しか説明できない(普遍性Cがない)」。

拙發表文:「恆存のフィクション論」(天皇論)から (注:天皇は絶對者Cにあらず⇒『近代の宿命』最終章)

「完成せる統一體としての人格」論で考察する恆存の天皇觀「 」内が恆存文。( )内は吉野注。  參照⇒PP圖:恆存の天皇觀と「完成せる統一體としての人格」tennou.pdf へのリンク

 

  「ぼくにとつて問題なのはエゴイズム(A:相對)の處理なのですよ。個人のエゴイズム(A

相對)といふのは、ときには國家( C:上位的相對)の名において押さへなければならない。それなら國家( C:上位的相對)のエゴイズム(A)といふのは何によつて押さへるかといふと、この原理は、天皇制(非絶對C=A相對)によつては出てこないだらう。日本の國家( C:上位的相對)のエゴイズム(A)を押さへるといふことは、天皇制(C=非絶對C=A相對)からは出てこない。ぼくは天皇制を否定するんじやなくて、天皇制(C=非絶對C=A相對)ともう一つ併存する何か(相對Aを超えたるものの何か=C)がなくちやいけない。絶對天皇制(相對Aの絶對C化)といふのは、どうもまづい(中略)西洋の旧約聖書の場合、もちろんセム族といふ一民族の所産で、その限界はあるけれども、とにかく世界創造、人間創造といふ普遍性(C)を持たせてゐる。ところが、日本の神話といふのは、日本列島(A:相對)、日本人の創造(A:相對)しか説明できない(普遍性Cがない)。だからクリスト教につけといふ意味じゃないけれど、やつぱりわれわれは、もう少し二重に生きる道(即ち、「完成せる統一體としての人格」論)を考へなくちやいけない

天皇制( C=非絶對C=A相對)の必要と、それを超える――優位といふ意味ぢやなくて――他の原理(C)を立てなければならないんだけど、自由主義とか民主主義(近代化概念=相對界A)といふのではだめなんだ。(中略)

『教皇無謬説』といふのがあるでせう、しかし、教皇(C=非絶對C=A相對)は事實あやまちを犯してきましたよ。でも、それは地上教會(非絶對C=A相對)のあやまちだよ。たとへば、ジャンヌ・ダルクを魔女扱ひにした。その地上教會(非絶對C=A相對)のあやまちといふのは、後世の同じ地上教會(非絶對C=A相對)がなほすことができる。あるいは地上教會(非絶對C=A相對)は永遠に間違ひしつぱなしになるかもしれない。でも、それは天上教會(C)によつて裁かれる、といふことがある

しかし、天皇が天上教會(C)なしの地上教會(非絶對C=A相對)の最高権威(即ち天上教會C代はり)とすると、ボロ(A:相對的行爲)を出すわけにはいかない。天上教會(C)のごとく振舞はなければいけない。そこに非常にむずかしさがあるし、ちょつとでもボロを見せれば、大正天皇が勅語をまるめてのぞいた(ボロA的行爲を見せた)といふと、もういけないんだ(絶對Cの相對A的堕落化)。かういふことをやつたら大變なことになつちやふ(天皇無謬Cの崩壊)。天皇(非絶對C=A相對)が絶對にボロ(A:相對的行爲)を出さずに濟むかといふ問題ですね(A相對が相對A的行爲を犯さずに濟むか)」(『文武兩道と死の哲學』:對談・三島由紀夫。昭和四十二年)(P119『滅びゆく日本へ』福田恆存の言葉)

 

  「専制君主制と立憲君主制とを問はず、かつて貴族階級に擁せられてゐない君主といふも

はなかつた。天皇の、あるいは一般に君主の、個人的人格は貴族階級によつて形づくられる。天皇は個人になり、個人として生きる場所を、いはば私たちにとつての社會(A)を、華族との交際のうちに見出す。あるいは私たちの社會はその尖端に位する華族(最上位の△枠)において天皇(C)と接触し、さうすることによつて、天皇(C)を國民生活(A)のうちに取入れる。それが正常な在り方といふものであらう」(『象徴天皇の宿命』麗評別)P122『滅びゆく日本へ』福田恆存の言葉)。參照⇒PP圖:恆存の天皇觀と「完成せる統一體としての人格」論tennou.pdf へのリンク

  「日本語の神といふ言葉は西洋人のそれとは異り、絶對(C)的な唯一神を意味しはしない。

さういふ抽象性はないのだ。それはもつと具體的なものの比喩なのである。神とはそもそも最初から『神のごときもの』であり、『尋常(ヨノツネ)ならずすぐれたる徳(コト)のありて可畏(カシコ)き物を迦微(カミ)とは云(イフ)なり』(本居宣長)で、日本人は人間が神になることを少しもをかしいとは思つてゐないのだ。神は私たち人間から隔絶されたものでもなく、人間を拒絶し裁くものでもなく、私たち人間がそれに感情移入できるもの、あへていへばそのためのものだつたのである」(『象徴天皇の宿命』麗評別)P122『滅びゆく日本へ』福田恆存の言葉)

 

・・・上記①②③とは何を言はんとしてゐるのであらうか。明確化する爲に一應、小生的見解を上文中に括弧で入れてみた。そして、上記①②③を統合して考察すると、以下の樣に小生には捉へることが出來る(但し、小生は神道には明るくない)

*相對界(A)に於ける、貴族(小△枠)と「頂點天皇C」の設定化。そして、それを超えたるものとして、絶對・全體(C)概念としての天照大神・八百萬の神」。つまり上文①②は、天皇(C)・「天照大神・八百萬の神(C)」を、二元論的に「完成せる統一體としての人格」論で、恆存は捉へようとしてゐる様に小生には思へる。即ち、一元論的な「神道」の神を、二元論的な場所に位置附けんとしてゐると思へるのである。唯この邊は洵に重要ではあるが、現在の處、考察するに時間がなく、今後更なる探究を必要とする部分である。(參照⇒PP圖:恆存の天皇觀と「完成せる統一體としての人格」論tennou.pdf へのリンク

 話を戻すが、その捉へんとしてゐる理由として、以下枠文が反面教師(「一元論の虚構」)として、浮かび上がつて來る(特に傍線部分が重要である)

「 」内が恆存文。( )内は吉野注。

 

*「國家において天皇を長(をさ)とする一つの序列(集團的自我A)しかないとしたら、その序列からはみだした個人の生きる道(個人的自我B⇒C)は全く鎖(とざ)されてしまふ(「宗權BCは國權Aを超える」が得られない)。が、極端に言へば、さういふ一元論の虚構(天皇は神であるといふ事)を信じることによつて日本の近代は成立した、この鎖國に慣らされた小さな島國の上に、たとへさうしてでもそれを成立せしめねばならなかつたのである」(『覺書』全一)。

*「天皇は神であるといふとき、その神は、すでに日本流の神でもなければ(此處は重要である。天皇は「神道:八百萬の神」ではないと、恆存は見てゐるのである。上文の「一元論の虚構」だと。だが同時に、別評論『象徴天皇の宿命』(麗評別)では「日本人は人間(相對)が神(C:八百萬の神)になることを少しもをかしいとは思つてゐないのだ」とも書いてゐる。この邊が難しい。死んで神にはなる(乃木神社・東郷神社等)が、生きてゐる内は神にはなれないといふ事か?)、さうかといつてクリスト教的な神(C)でもありません。それが、無意識のうちに、西洋流の神(F)に對抗し、それに牽制されて(Fへのnot so called=Eの至小化)、なんとなく絶對者のやうな色彩をおびてきた(似而非:近代性=近代化適應異常)のであります。(中略)、國家主義でもないものが超國家主義的相貌を呈してくる(似而非:近代性=近代化適應異常)。それと同樣に絶對者でもないもの(天皇)が、超絶的な風貌(似而非:近代性=近代化適應異常)を呈してくる(即ちクリスト教「絶對神」への適應異常)」(『日本および日本人』P194上)。參照圖「ハードウェア&ソフトウェア」software2.pdf へのリンク

 

 P294《近代化と天皇》(P323「近代的君主のあり方」)(司馬と見解對立⇒P321・3參照)


〔難解又は重要文〕P321「 」内が恆存文。( )内は吉野注。

P321恆存發言簡略:「權力(A)と權威(B)を一元化したからといつて専制君主的な側面が出てくるとは思ひませんよ」⇒「私はやはり日本は明治維新でヨーロッパ的な近代化の道を選びとつたと思ふんです。つまり權威(B)と權力(A)の一元化ですね。それなのにそれをいつまでも曖昧のままにしておくから、權威(B)は權威ではなく、權力(A)は權力でなくなつてしまふ」⇒「私は結局日本の社會に公家(貴族)がいなくなつたことは問題だと思ふ」⇒「明治憲法下では公家がゐた。この公家が天皇とわれわれ一般國民とのあいだの仲介をし、社會がピラミッド(集團的自我A上の有機的『力の流れ』)になつてゐて、はじめて象徴が成り立ちうると思ふ」。

*司馬反對發言:「私はさういふ階層をつくることこそ、ひつくりかへされるもとだと思ふ」云々

⇒恆存發言:「その(司馬が言ふ)日本的といふところがどうもひつかかりますね。それは昔と同じやうに今も連綿として續き、今後も続いていくものなのかどうか。近代的君主のあり方はそれでいいのかどうか疑問ですね」⇒「『象徴』の裏に『元首』といふ意味を讀みとれなくなつたことも一つの斷絶ですが、皇室の神事についてもそれが言へると思ふ」⇒「最近は皇室の神事が國民とまつたくつながりがなくなつた」⇒「春季皇霊祭が春分の日、秋季皇霊祭が秋分の日」⇒「神道の儀式といふのは農耕民族のものだから、江戸時代にはこれが宙に浮いてゐなかつた」⇒「いまでは日本の國民のリズムがまつたくちがつてしまつてゐる」。(參照PP圖:「自衞權・憲法・天皇制」・「恆存の天皇觀と『完成せる統一體としての人格』論」)

*司馬反對発言:P323「昔から皇室の神儀といふものは、もともと國民とつながつてはいない。(中略)さういふ祭りごとが今國民の皇室觀から離れてきてゐるといふのは形にとらはれた見方だと思ふ」云々。

〔難解又は重要文〕P327「 」内が恆存文。( )内は吉野注。

*P324恆存發言簡略:「どの場合も結局、いつでも西洋(近代化)を問題にしていなければならないといふことでせう」⇒「西洋とくらべて、日本といふものの特異性をプラス面に考へよう(例:和魂洋才)と、マイナス面に考へようと、ぼくは同じやうな氣がする(近代化適應異常から來る複合劣等?)。つまりぼくの言ひたいのは西洋を間にはさまない日本的な行き方といふのはあるんだらうかといふことです」⇒P327「天皇論をすると(戰後)かういうふうに二權(権力A権威B)分立できたところに、日本の特徴だとかなんとか論じなければならない。それがまた日本のよさである(自慢話:A)といふやうな問題になるといふのは、ちょつと氣になるといふことですね。われわれは、意識して西洋人にわかるやうにしてゐるわけじゃないけれども、みんなどうしてもさういふことになるわけですね」⇒「(當時の日本人論ブームの?)タイミングよく語られてくるといふことが氣になる」⇒「明治以來、戰後ばかりでなく、日本はせうがないつて叩きのめしたり、日本は結構だといつたり(和魂洋才論流行時期)これを繰り返してるんだ」。

・・・とは何を言はんとしてゐるのであらうか。明確化する爲に一應、小生的見解(注)を上文中に括弧で入れてみた。そして當文は今ひとつ良く判明できかねるのであるが、以下「P416恆存發言」他の消息(特に傍線部分)を物語つてゐるのではなからうかと思ふ。

 

  P416恆存發言簡略:「今問題なのは、國民一人一人が自分(A)をおさへる、エゴイズム(A)をおさへるワクとして國家( C’)とか、あるいはその象徴としての天皇( C’)といふものが必要ことは議論の余地がないと思ひますが、しかし、それでは國家のエゴイズム(A)は何でおさへるか、この概念がないとダメだと思ふ」⇒「自分の押賣り(A)は日本の民族性からいへばきたないことだと思ふ」⇒「それが國家( C’)となると、日本といふのは誇るべき國である。あるいは神州である(エゴイズムA)、といふことになる」⇒「それが素直に通つちやうといふところに、私はまだ日本人が近代國家(Aナショナリズム&B國際主義併存)の國民としてちよつとまだ足りないところがありやしないかと考へる」⇒「日本國が優れてゐるといふのはおかしい、自慢話(A)なんですから」⇒P417「さつきのキリシタンの話(P408『キリシタンのもつてゐる普遍性C、超絶性C』)じやないけど、人間の普遍性(B⇒C的)と結び附かない國家(A)主義といふのは危險だといふのです。いま、へたをするとそつちへ行く心配がある」(『日本民族國家の形成と天皇御存在の意義』)。

 

  「明治になつて、絶對者(C)の思想(クリスト教精神)を根柢にひめた西洋の思想、文物、人間にぶつかつてみると、對抗上、どうしても絶對者(C)が必要になつてくる。しかも、日本にはそれがないから、なにか手近なものにそれを求めようとする。天皇制もそれですし、プロレタリアートもそれです。元來、絶對(C)ではないもの(相對物)を絶對と見なさうとする」(『日本および日本人』P194上)。

 

  拙發表文「完成せる統一體としての人格」論で考察する恆存の天皇觀から。

「 」内が恆存文。( )内は吉野注。參照PP圖:恆存の天皇觀と「完成せる統一體としての人格」論tennou.pdf へのリンク

 

「ぼくにとつて問題なのはエゴイズム(A:相對)の處理なのですよ。個人のエゴイズム(A:

相對)といふのは、ときには國家( C’:上位的相對)の名において押さへなければならない。それなら國家( C’:上位的相對)のエゴイズム(A)といふのは何によつて押さへるかといふと、この原理は、天皇制(非絶對C=A相對)によつては出てこないだらう。日本の國家( C’ :上位的相對)のエゴイズム(A)を押さへるといふことは、天皇制(C’=非絶對C=A相對)からは出てこない。ぼくは天皇制を否定するんじやなくて、天皇制(C’=非絶對C=A相對)ともう一つ併存する何か(相對Aを超えたるものの何か=C)がなくちやいけない。絶對天皇制(相對Aの絶對C化)といふのは、どうもまづい(中略)西洋の旧約聖書の場合、もちろんセム族といふ一民族の所産で、その限界はあるけれども、とにかく世界創造、人間創造といふ普遍性(C)を持たせてゐる。ところが、日本の神話といふのは、日本列島(A:相對)、日本人の創造(A:相對)しか説明できない(普遍性Cがない)。だからクリスト教につけといふ意味じゃないけれど、やつぱりわれわれは、もう少し二重に生きる道(即ち、「完成せる統一體としての人格」論)を考へなくちやいけない。

天皇制( C’ =非絶對C=A相對)の必要と、それを超える――優位といふ意味ぢやなくて――他の原理(C)を立てなければならないんだけど、自由主義とか民主主義(近代化概念=相對界A)といふのではだめなんだ。(中略)。

『教皇無謬説』といふのがあるでせう、しかし、教皇(C’=非絶對C=A相對)は事實あやまちを犯してきましたよ。でも、それは地上教會(非絶對C=A相對)のあやまちだよ。たとへば、ジャンヌ・ダルクを魔女扱ひにした。その地上教會(非絶對C=A相對)のあやまちといふのは、後世の同じ地上教會(非絶對C=A相對)がなほすことができる。あるいは地上教會(非絶對C=A相對)は永遠に間違ひしつぱなしになるかもしれない。でも、それは天上教會(C)によつて裁かれる、といふことがある。

しかし、天皇が天上教會(C)なしの地上教會(非絶對C=A相對)の最高権威(即ち天上教會C代はり)とすると、ボロ(A:相對的行爲)を出すわけにはいかない。天上教會(C)のごとく振舞はなければいけない。そこに非常にむずかしさがあるし、ちょつとでもボロを見せれば、大正天皇が勅語をまるめてのぞいた(ボロA的行爲を見せた)といふと、もういけないんだ(絶對Cの相對A的堕落化)。かういふことをやつたら大變なことになつちやふ(天皇無謬Cの崩壊)。天皇(非絶對C=A相對)が絶對にボロ(A:相對的行爲)を出さずに濟むかといふ問題ですね(A相對が相對A的行爲を犯さずに濟むか)」(『文武兩道と死の哲學』:對談・三島由紀夫。昭和四十二年)(P119『滅びゆく日本へ』福田恆存の言葉)。

 

 

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