《恆存の「和魂洋才」批判について》
《恆存各評論から以下�´↓�の内容を考へる》「 」内が恆存文。( )内は吉野注。
恆存は日本人の耳目に入り易い「和魂洋才」について、以下�´↓�の如く厳しく指摘しそれを「劣等複合」と見なしてゐる。其處が現今保守言論人と言説を大いに異にしてゐる部分である。と同時にその點を探究してみる事が、彼等言論人における「西歐近代適應異常」及び「精神の近代化(個人主義確立化)」成否の檢證に役立ち得るかとも思へる。
� 嶇尊架虜佑藁�等複合」について。・・・恆存はかく言ふ「日本の社會科學者のみならず、知識階級一般は、明治以降、西洋の觀念論といふものにまともに(「眞理の爲の學」として)ぶつかつてゐない。彼等は常に權力の、とは言はぬ、實益の紐附であつた。明治初期においては、西洋の學問はまづ國家有用の實學として受入れられた(「眞理の爲の學」ではなく單なる「實益のための學」として)。いはゆる『和魂洋才』の説がそれである。(注:それ故に西歐がした「眞理の爲の學」による「神に型どれる人間の概念の探究」としての近代化なぞは無理であつた。精神の政治學ラインは下がらなかつた、と言ふ事になるのでは)。が、それは間もなく挫折する。その挫折を『和魂』の衰弱のためと見るのは俗説である。『和魂洋才』などといふ劣等複合をもつて、『洋才』の向かうの『洋魂』(クリスト教)に眞向かうこと(「眞理の爲の學」として)を囘避したことに、そもそもの間違ひがある。その意味では時代の限界を考慮に入れたにしても、福沢諭吉以下の明治洋學者達を、私は高く評価しえない。彼等の多くは、『和魂』も何もあつたものではない。所詮は地方下級武士の劣等感(上級武士=出世慾=利己心に對する)に基づいた立身出世主義が國家有用の實学といふ考へと結びついたのに過ぎまい」(全五『論争のすすめ』)と。
簡略するとかう言ふことか。否定しきれぬ立身出世慾(A)が鬱勃として有るにもかかはらず、もう一つ心には利己心「A」を否定する自己(日本の民族性)が存在する。その二律背叛に彼等は堪へきれず、かつ後ろめたさ(劣等感)からも逃れる爲に、〈利己心「A」⇒和魂「B」滑り込みの自己欺瞞⇒C”國家主義〉へと、その立身出世主義を變節させる必要が生じた。そして其處に救ひを求めたのだと言ふ事になるのであらう。
��繰り返しにもなるが、上記の劣等感(上級武士=出世慾=利己心に對する)について恆存はかうも言ふ。「その利己心(プラス2の利己心)から逃れようといふ衝動が、幕末維新の混迷に堪へ切れず中央集權的國家意識に救ひを求めたとも言へる」。そしてさうした衝動の淵源は「本來的には日本の民族性の内に、第二の習性として封建道徳の名殘りとして人々は利己心に對して頗る過敏であつた」(全六P310『生き甲斐といふ事』)處に上げられると。即ち利己心(A)への後ろめたさから「國家意識と言ふ大儀(C”)」に見合ふ精神、自己犠牲的概念である自我(B:和魂)に逃避したと言ふ事なのである。
それに關聯した事であるが、幕末維新時の士族等が抱く愛國心(國家意識)には、「利己心(±の)」が自己欺瞞的に混在してゐたと恆存は言ふ。簡略すると「マイナス2の利己心とプラス10の國家意識からなる憂國の士の自己欺瞞(−2A⇒B擦り替へ)」と、「プラス2の利己心とプラス10の國家意識からなる立身出世主義者の自己欺瞞(+2A⇒B擦り替へ)」とが有り、結局は二者ともに、利己心(A)への劣等感(後ろめたさ)が原因の、「國家意識と言ふ名の大儀(C”)的自己犠牲(B)」への逃避であり、どちらもそれは自己欺瞞(A⇒B擦り替へ)でしかないと指摘するのである(同頁)。(下欄圖參照:「和魂洋才は劣等複合」のゆゑん)
��「西洋文明(A)を受け入れることは、同時に西洋文化(B)を受け入れることを意味します。和魂をもつて洋才を取入れるなどといふ、そんな巾着切の樣な器用なまねが出來ようはずはない。和魂をもつて洋魂を捉へようとして、初めて日本の近代化は軌道に乗りうるといへるのです」(『傳統にたいする心構』全5P192)。
・・・�´↓�を統合して見るに、恆存は何を言はんとしてゐるのであらうか。(それを探究する前に「洋才」と言ふ概念は外延が広過ぎる爲、ここでは一應「西歐學問・社會科學・自然科學・資本主義・個人主義・自然主義・民主主義等」と定義して置く)
この事を考へるに當たつて、評論『醒めて踊れ』の「ハードウェア・ソフトウェア」論、及び『せりふと動き』にある「關係(D1)と称する實在物は潜在的には一つのせりふ(言葉)によつて表し得る」(全七P300『せりふと動き』)の文章が役に立つと思ふので、その論に從つて考へてみる事とする。
「關係と称する實在物・・」云々の論に據るならば、西歐近代との關係(實在物)である「近代化」を表しうる言葉の一つとして「洋才」が上げられる。そして明治日本は前近代であつたが爲に、その「近代化」及び「洋才」を當然「ハードウェア」として受け止めざるを得なかつた。
換言すると、「近代化」といふ關係、それを表する言葉「洋才」を、それら新漢語に對する用法(「So called」)で、正常な關係に「形ある『物』として見せる」と言ふ「ソフトウェア」の藝當が明治日本では出來なかつた、と言ふ事をそれは意味する。具體的にはどう言ふ事をそれは示すかと言へばかうなる。
前述概念の「洋才」は、實證精神によつて形成されたものであるとしても、恆存評論に則れば、より本質的には『神に型どれる人間の概念の探究』と言ふ近代化の一形態であつて、その背景には當然觀念論としてのクリスト教(洋魂)がある。
故に、西歐が近代で「洋才」に客體化して見せた「神に型どれる人間の概念の探究」と言ふものを、やはり明治日本も近代化を移植するに當たつて、同じく實證精神(「眞理の爲の學」も同意では)を驅使して、「形ある物として(和才の裏に)見せる」必要があつた。その藝當が「ソフトウェア」としての「So called」なのである。が、現實的可能性としてはそれが出來なかつた。それは何故か。「洋才」を形成した基の實證精神(「眞理の爲の學」)なるものを明治日本は理解出來ず、西歐近代に精華を齎した果實としての「洋才」にだけ眼が眩み、その結果「(國家)實益のための學」としてしか、それを輸入する事が出來なかつたからなのである。
恆存流に言へば、上記「ハードウェア」(「近代化」・「洋才」)に對應しそれを「So called」する能力即ち、精神の政治學としての「ソフトウェア」を持つ事が出來なかつた事をそれは意味する。そして此處に西歐近代への學問上(社會科學・自然科學的)「適應異常」が明確に示されていると言へるのである。
そして更にそれは今日も續いてゐるのだと恆存は指摘する。當文初出「日本の社會科學者のみならず、知識階級一般は、明治以降、西洋の観念論といふものにまともに(「眞理の爲の學」として)ぶつかつてゐない」はその事を示してゐるのではあるまいか。今日も時に於いて、「和魂洋才」を論ふ保守言論人にも、その事が指摘出來得る樣に思ふ。
即ち明治から引き續き現代も、「和魂洋才」を論ふ人士は、文明開化以來これ程まで物質(西歐物質文明)の恩澤を受けながら、日本人の民族性ゆゑに「物慾(A)を物慾として是認することをおそれ」て來たのである。それが餘りに、「あらゆる物質的(A)なこと、肉體的(A)なことに、すべて精神(B)のべールをかぶせ、それをことごとく精神(和魂が將にそれ)の發動として自己満足」する結果を齎した。そしてその揚げ句に「物質(西歐物質文明):A」を心の内では軽蔑すると言ふ事態に到つたのである。そのいきさつを實文では詳しくかう述べてゐる。「明治以降の日本人はあらゆる物質的(A)なこと、肉體的(A)なことに、すべて精神(B)のべールをかぶせ、それをことごとく精神の發動として自己満足してきた。かれらは肉慾(A)を肉慾として是認することをおそれ、それに精神的な衣をかぶせた。物慾(A)を物慾として是認することをおそれ、それに藝術愛や愛國心(B:國家主義や絶對主義的愛國心)や愛他心(B)や、その他の主種雑多な大義名分をかぶせた」(P479全二「肉體の自律性」)のだと。
�機テ�本人の民族性である「神道的生活態度」。・・・其處から來る「むくつけき本能的なるもの=物慾・性慾・食慾・鬪爭慾」への嫌悪感及び忌避感(『日本および日本人』より)。それが物慾延いては物質(西歐物質文明・洋才)更には「A領域」への蔑視に繋がる。恆存は言ふ「本來的には日本の民族性の内に、第二の習性として封建道徳の名殘りとして、人々は利己心に對して頗る過敏であつた」(全六P310『生き甲斐といふ事』)と。
「福沢諭吉以下の明治洋學者達」は、「所詮は(上級武士=出世慾=利己心に對する)地方下級武士の劣等感(A)」でしかないものを、「弱者の歪曲された優越意思(A⇒B)」同然、和魂(B)に滑り込ませたのである。それを恆存は以下の樣に表現する。「(上級武士=出世慾=利己心に對する)劣等感に基づいた立身出世主義(A)が國家有用の實學(洋才)といふ考へと結びついたのに過ぎまい」と。
それはどう言ふ事を意味するかと言ふと、「上級武士=出世慾=利己心」に對する後ろめたさ(A)⇒和魂「B」滑り込みの自己欺瞞⇒國家主義(C”安全地帶への定着)」と言ふ、日本の精神主義的構圖(テキストP9圖)の類型をそれは示す。その爲、自己の據り處である國家主義(C”)の後楯(C2)として洋才が必要であり、故にそれは單なる實學(國家「實益のための學」)で充分なのであつた。洋才は「眞理の爲の學」としては必要性がなく、また當時としてはその餘裕もなかつたのである。結果として、彼等は西歐物質文明を洋才(國家「實益のための學」)として利用するだけで、精神(和魂)の優越性は譲らなくて濟んだ。學問(洋才)を「眞理の爲の學」として拒んだ事は、その結果として「『洋才』の向かうの『洋魂』(クリスト教)に眞向かうことを囘避した」(全五『論争のすすめ』)事に通ずるのである。
「和魂をもつて洋才を取入れるなどといふ、そんな巾着切の樣な器用なまねが出來ようはずはない。和魂をもつて洋魂を捉へようとして、初めて日本の近代化は軌道に乗りうる」(『傳統にたいする心構』全5P192)のに、國民性の小器用が災いし、眞の日本の近代化(精神の近代化)をし損ねたのである。(下欄圖參照:「和魂洋才は劣等複合」のゆゑん)
なほ更に加へるに、上述の「劣等感に基づいた立身出世主義が國家有用の實学といふ考へと結びついたのに過ぎまい」とは、恰も日本自然主義作家達が通つた轍(以下傍線部分)にそれが近似してゐるのが分かる。
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「藝術家、知識人が他の職業に比して殆ど社會的に顧みられぬといふ不滿、劣等感」⇒「文學(B)すらも文明開化の出世主義のネガティーブな吐け口になつてゐた」⇒故に「文學が如何に《神聖》な仕事であるかを立證」せんとした⇒作家は聖職者(B)⇒自己に忠實(D2:自己表現)⇒C”:自己完成といふ名の自己絶對視(安全地帶)。その自己が作る「新しき小説」。(その「新しき小説」の後楯(C2)となる西歐自然主義小説)⇒自己確認(D3)即ちセルフ・アイデンティフィケイション(虚妄の實感)・似非實在感。自己陶酔・自己滿足・エゴイズム。 (「テキストP9圖」と照合されたし) |
そして追記するならば、「福沢諭吉以下の明治洋學者達」の行爲は、「劣等感」を滑り込ませた先が文學(B)ではなく和魂(B)であつたに過ぎないと言ふ事。更にそして、「新しき小説」(C” 自己絶對視・安全地帶)の後楯を西歐自然主義が努めた如く、彼等國家主義(C”安全地帶)の後楯(C2)を洋才(國家「實益のための學」)が矢張り努めたに過ぎないと言ふ事なのである。(下欄圖參照:「和魂洋才は劣等複合」のゆゑん)
�供ス掌融�代の封建道徳(儒教道徳)に歸因する「利己心」への劣等感(後ろめたさ)について。・・・
恆存は言ふ「本來的には日本の民族性の内に、第二の習性として封建道徳の名殘りとして、人々は利己心に對して頗る過敏であつた」(全六P310『生き甲斐といふ事』)と。そしてそれが前項で書いた通り福沢諭吉等下級武士にもあつたと言ふ。「その利己心(A:劣等感)から逃れようといふ衝動(A⇒B和魂)が、幕末維新の混迷に堪へ切れず中央集權的國家意識(C”安全地帶)に救ひを求めたとも言へる」(同頁)のだと言ふのである。前項の國家主義成立の補足として此處に追記しておく。
此處まで恆存の「和魂洋才」批判を探究してきて思ふことは、現今の保守言論人にも「和魂洋才」派は多く、其處が恆存と大いに保守の質を異にしてゐる處と思へるのである。果たして恆存の鋭い矛先を逃れ得る人士はどれ位ゐるか。彼等は知識階級であるが故に、幕末維新の「下級武士」とは違ひ上級武士に對する劣等感はない(何處にもないとは必ずしも言へない)。が、「出世慾=利己心」への日本的後ろめたさ(劣等感)は今も習俗的に附き纏つてゐやう。物質(物慾・A的領域)への蔑視も、習俗性として「精神を神聖化」し、かつ「肉體の自律性が確立してゐない」が故に、同じく残滓としてそれが停留してゐるのではなからうか。西歐物質文明の現象(資本主義・市場主義・能力主義)への忌避感嫌悪感にそれが漂つてゐる樣に見える。恆存は、「和魂洋才」派も「自然主義作家(私小説家)」や「近代日本知識人(進歩的文化人を含む)」と同樣、下欄の日本の「精神主義的構圖(テキストP9圖)」を示す事を前述の通り此處に證明したのである。
そして更に思へる事は、恆存が言ふ「日本の社會科學者のみならず、知識階級一般は、明治以降、西洋の觀念論といふものにまともにぶつかつてゐない」についてである。是は、學問(洋才)を「眞理の爲の學」として拒んだ事を示してゐるのではなからうか。拒んだが故にまともにぶつかり得なかつた。そして「ぶつかつてゐない」とは、當然觀念論のご本家「クリスト教」にもまともにぶつかつてゐない事を示し、結果として、「『洋才』の向かうの『洋魂』(クリスト教)に眞向かうことを囘避」(全五『論争のすすめ』)してしまつた事にそれは繋がる。叉それが故に「和魂をもつて洋魂を捉へる」と言ふ事が出來ないのである。現今保守派の中西輝政や入江隆則、更に石原慎太郎、西尾幹二等による安手なクリスト教批判はそれを示してゐる樣に見へる(西尾は雑誌『諸君』で「和魂洋才」を否定してはゐるが大いに怪しい)。保守言論人ですらさうなのであり、よつていつまでも「日本の近代化は軌道に乗り」得ない情況が續くのである。
かう書いて來て、ふと、當時の言論界に於ける恆存の孤塁が此處に忍ばれてくる・・・。
以上、恆存評論を寸借繼ぎ接ぎして、和魂洋才を稱へる保守派言論人を「西歐近代適應異常」者に仕立て上げてしまつた觀があるが、さてこの點について各位はいかが思し召されるや。
「和魂洋才は劣等複合」のゆゑん
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「福沢諭吉以下の明治洋學者達を、私は高く評価しえない。彼等の多くは、『和魂』も何もあつたものではない。所詮は(上級武士=出世慾=利己心に對する)地方下級武士の劣等感(A)に基づいた立身出世主義(A)が國家有用の實学といふ考へと結びついたのに過ぎまい」・・・とは即ち、「上級武士=出世慾=利己心」に對する劣等感(A的不滿)⇒和魂「B」滑り込みの自己欺瞞⇒國家主義(C”安全地帶への定着)」と言ふ日本の精神主義的構圖(テキストP9圖)の類型をそれは示す。その爲自己の據り処である國家主義(C”)の後楯(C2)として洋才が必要であり、故にそれは單なる實學(國家「實益のための學」)で充分なのであつた。(當發表文P3から) |
をはり
平成十九年二月
吉野櫻雲